古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第1037話

 魔牛族との協議で問題になったのが、風呂の仕様についてだった。魔牛族にとっての入浴は重要な意味を持つものであり疎かにする事は出来ない。

 

 人間種だと日常的に風呂に入るのは裕福層だけで、平民階級は定期的に共同浴場を利用する位だけど……そもそも共同浴場は相応の規模の街にしかない。

 

 何故なら運用に多大な費用が掛かるから、利用者が多く無ければ採算なんて取れない。故に平民階級は湯を沸かして身体を清めるか、井戸水とかで身体を洗うかだ。

 

 

 

 因みにだが、カシンチ族連合はサウナが主流らしい。細かくは聞かなかったが、湯を沸かす労力よりはサウナ専用のテントを加熱する方が燃料費も少なくて済むそうだ。

 

 そして大量の汗をかいたら常温の水を浴びて『身体を整える』そうだ。そんな事を一年中行うそうだが、風邪をひかないのかと心配になる。

 

 僕は新貴族男爵家の息子だったから、家には風呂が有ったし街の共同浴場にも行った事が有る。まぁ恵まれていたと思うよ。

 

 

 

 身体を清潔に保つという事は健康面でも精神面でも有効な事だからね。

 

 

 

 無機物の錬金ならば、僕が片手間で可能なので希望のリストを貰って余裕を含めて錬金で用意した。ある程度の寸法で錬金し、加工してから使用するそうなので楽だった。

 

 浴槽の拘り、材質に岩や陶、木製に金属まで多種多様な楽しみ方が有るそうだ。でも金属風呂って食材として煮炊きされてるみたいで微妙だと思うのは間違いだろうか?

 

 魔法で湯を用意するので窯と直結する必要も無く、残り湯を抜く為の栓が有れば良い。あとは湯が漏れなければ良いので材質と形状に拘っている。

 

 

 

 そう、形状!

 

 

 

 寝湯とか考えた事が無かったけど、全身を横たわって湯に浸かるという発想は参考になる。今度、自分の屋敷にも作ってみようかな。

 

 エムデン王国は浴槽の材質や形状には、それ程の拘りはないけど彫刻を置いたり湯が出る部分の細工に拘ったり。薔薇の花弁を浮かべたり香油を塗り込んだりといった方面には拘っているな。

 

 まぁ贅沢を極めるという貴族的な思考の集大成の一つだろうか?基本大理石を使用して湯を大量に張ってっていうのが主流だね。

 

 

 

 それはそれで良いとは思うが、一人用の浴槽もコスパが良くて経済的だよね。家族で順番に入って残り湯も洗濯とかの洗い物とかに利用して無駄にしない。

 

 貴族的な思考ではないと、レジスラル女官長あたりにバレたら大目玉で本気の説教だろう。転生前は王族、今は侯爵待遇の伯爵。エムデン王国でも上から数えた方が早い地位にいる。

 

 身分で考えれば有り得ない発想だろうけど、貴族の最下級の新貴族男爵の息子の経験も有るからね。王族や上級貴族の思考に寄ってない自覚は有るよ。

 

 

 

 それも転生して二度目の人生を謳歌しているって事だよね。

 

 

 

 ジト目を向けている腹心から目を逸らす。モレロフの街での仕事は終わり。これから王都に向かって帰国するのだが、盛大な見送りが集まっている。

 

 モレロフの街に滞在する殆どの連中が集まったんじゃないかな?カシンチ族連合に魔牛族と妖狼族、モア教の関係者に宮廷魔術師団員と兵士達と僕の家臣達。一部、不穏な諜報員ぽい連中も含めてだ。

 

 諜報の連中は、僕等とどうしても接触したかったのだろう。涙ぐましい努力をしていたが、その全てを宮廷魔術師団員を支配下に置いて動かした……リゼルが完膚なきまでに潰した。

 

 

 

 うん、あの気の強いカーム殿が何も言わずに従ったのだから恐ろしい。

 

 

 

 モレロフの街のエムデン王国側の門の前に、リゼルと並んで立っているが隣の淑女が怖くて視線を向けられない。向かい側に居る、カーム殿達は笑顔だから表情は穏やかなのだろう。

 

 だが、失礼な事を考えて視線を逸らした時に軽く太腿を抓られた。痛くは無いが、気持ちは伝わったよ。これから最後の二人旅、ソレスト平原を抜ければエムデン王国領。

 

 すでに国境の街には、スプリト伯爵が準備万端で待ち構えているだろう。流石に今回は、ザスキア公爵は居ないと思うがネロ殿は居るだろうから対応に苦慮する事になるか?

 

 

 

 流石に彼女の旦那として義父(狂戦士)達は紹介出来ない。ソレスト伯爵からも、くれぐれもお願いしますと念を押されている。フリじゃないマジだぞ!って血走った本気の目だった。

 

 側室に迎えられた娘の旦那は狂戦士とか、常に胃が痛いだろうな。武闘派の重鎮といえば聞こえは良いが、実際は只の戦闘狂だから言葉が通じない。肉体言語という殴り合いが共通言語だからな……

 

 僕だって未だ馴染めないというか、馴染んだら駄目な部類だと思う。まぁそれはそれとして気の良い連中なのは間違いない。でも、ソレスト伯爵からすれば、絶対に避けたいだろう。

 

 

 

「それでは出発します。モレロフの街の復興は任せました」

 

 

 

 そう言って先に馬ゴーレムに騎乗し、リゼルに手を差し伸べて持ち上げて二人乗りをする。すっかり慣れた移動方法だが、流石にソレスト平原を越えたら馬車移動にしよう。

 

 馬上から皆を見渡す。未来に希望が満ちているのだろう、満面の笑みを浮かべている。この先、頑張り次第だけど繁栄は約束されている。

 

 今までの辛い境遇から解放されて、エムデン王国の国民として再スタート出来るんだ。面倒臭い連中もと完全に縁が切れるから後腐れも無い。新しい生活を純粋に楽しめるんだ。

 

 

 

「お任せください!」

 

 

 

 セイン殿が自分の薄い胸を叩いて、後は任せろと言ってくれた。カーム殿も居るし、僕の家臣団も居るので問題は少ないだろう。有るとすれば防諜対策と魔牛族と妖狼族との対応だけだ。

 

 少しだけ不安なのは、ミルフィナ殿だけだな。もうひと悶着有るとすれば、必ず彼女が絡んでいるという確信めいた予想がする。笑えないけど、こういう勘って外れる事が殆どないんだ。

 

 めでたい事や良い事の勘は殆ど当たらないのに、悪い予感は殆ど当たる。

 

 

 

「立派な農場にしてみせますわ!」

 

 

 

 前は煽情的だったけど、今は貞淑な服装に変わった新妻さんが、旦那の腕に抱き着きながら宣言してくれたけど、総合的な街の発展であって農地改革が本命じゃないよ。間違えないで、総合的だよ。

 

 

 

 役職と立場上、宮廷魔術師団員の最上位の夫婦二人が応えてくれた。彼等に任せれば安心だろう。気になるのは、周辺諸国の諜報員達の数が減っている事。

 

 リゼル達の対処で減らしたのと、先行して途中で接触を試みる者の両方だろうな。まぁ先行組も接触してきたら、問答無用で思考を読まれて怪しければ即捕縛だけどさ。

 

 これで不穏分子が減れば儲けモノ、真実に触れる連中は要らないんだ。公式な事実は、エムデン王国が発表した事が全てなんだよ。それ以外の情報は不要だ。

 

 

 

 歴史は勝者である、エムデン王国の手で紡がれる。そういう事だよ。

 

 

 

「それじゃ王都に帰還するよ」

 

 

 

 馬ゴーレムは鞭など入れなくても思考するだけで動かす事が出来るので、スムーズに歩き出した。生憎の曇り空、遠くの方には黒い雲も見える。これは途中で天候が荒れる?

 

 背中に盛大な歓声を受けるのが少し恥ずかしいのだが、馬ゴーレムを駆け足にする事はしない。恥ずかしいからといって逃げる事は出来ない。気恥ずかしさで耳が熱くなるのが止められない。

 

 リゼルが振り向いて手を振ると、歓声が更に大きくなった。この女は何をしているのだろうか?サービス精神?いやいや任務だし不要というか必要性は低くない?

 

 

 

  純粋な好意を一度に大勢から向けられるという経験は何回か有るけど全く慣れない。慣れる事でもないのだが、気恥ずかしい事は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ソレスト平原も最初来た時は荒野で公道も全く整備されていなかったが、エムデン王国が最低限の整備をしたのか荒れて凸凹だった道路は平らになって歩き易くなっている。

 

 まぁ見通す限り人は見えない。入国制限が掛かっているので、移動できる連中はエムデン王国が許可した者のみ。軍属か許可を得た商人くらいだろう。ライラック商会とか……

 

 岩と砂と少しの植物、物寂しいが敵国との境界など、こんなモノだろう。監視するに適した視界の広さ、障害物の少なさ。人が住んでも争いが起これば真っ先に害されるからな。

 

 

 

 まぁ危険地帯には変わらないか……当時は予算も横領でカツカツだから辺境の整備など後回しか。そもそも計画していなかったかもしれないし。

 

 

 

「ザスキア公爵ですが、今回もソレスト伯爵の所に来ていると思いますわ」

 

 

 

 耳元で囁くなよ。心臓に悪いだろ!

 

 

 

「流石に毎回は無理だろう?王都を空ける事は理由が無ければ難しい。公爵本人でも無理強いは出来ないでしょ?」

 

 

 

 バニシード公爵も王都に戻ったし、政敵を放置して王都を留守にするのは危険だろう。いくら落ち目の、バニシード公爵相手でも危険を犯すとも思えない。

 

 

 

「いえ、理由というか建前は有ります。諜報対策、これ以上の理由は無いでしょう。周辺諸国の諜報員の対応を最前線で行うと言えば、止める理由を探す方が難しいかと思いますわ」

 

 

 

 割と真面目な声色で小声で囁くようにいわれたが、確かに諜報部門の長として王都で遠隔指示より現場の最前線で指揮する方が良い?

 

 

 

「『政争中の為に王都を離れたくない』など公には言えないでしょうね。巻き返しを図る為に他の公爵を攻めるとしても、バニシード公爵は未だザスキア公爵を甘く見ていますわ」

 

 

 

 吐き捨てる様に『男尊女卑が抜けきってませんわ。喉元過ぎれば熱さを忘れる鳥頭な殿方ですわ』って言ったぞ。あれだけ手酷くやられても警戒しないの?馬鹿なの?いや馬鹿だろうな。

 

 僕は最初から他の二人よりも警戒したよ。情報を握って自由に広められる相手に、魔法という武力のみで勝てると思える程は増長していないよ。

 

 情報戦の怖さは身に染みて分かっているから、ザスキア公爵を軽く見るなんて出来る訳が無い。男尊女卑?今は女性の方が強い時代だと思うよ。

 

 

 

「公爵四家第三位。財力のニーレンス公爵と武力のローラン公爵、それに続いて諜報のザスキア公爵?ははは、馬鹿だろ。既に個人資産なんて、ネクタルの販売利益と影響力でニーレンス公爵より多くない?」

 

 

 

 供給元も僕の利益も莫大で屋敷の地下に隠し金庫室を幾つも作ってるのに、更に利益率の高い販売元に喧嘩を売る?バニシード公爵は、ある意味で勇者だな。英雄と呼ばれる僕よりも凄いぞ。

 

 

 

「国内外の淑女の頂点、新しき世界の盟主、ザスキア公爵を敵に回すと国内外の淑女の殆どを敵に回すのだけど?」

 

 

 

「一族の女性総出で止められているけど、少ししか気にしてないそうですわ。エムデン王国は公爵三家となり、もう暫くすれば四家に戻る。と言うのが一般的な見解です」

 

 

 

 三家になって四家に戻る?なにその謎かけ?無言で微笑むってなに?

 

 

 

「あら?雨が降り出してきましたわ」

 

 

 

 誤魔化された?

 

 

 

「魔法障壁をドーム型にして覆っているから大丈夫だよ」

 

 

 

 結構な降りだし風も出て来た。真っ黒な雨雲が流れ込んできて周辺も薄暗くなってきたし、気温も少し下がって来てる?荒野の天候は変わり易いのか?

 

 遠くの空で真っ黒な雨雲の内側から稲光が見える。雷鳴の感じから距離は有るみたいだけど、今日は移動は諦めて雨が止むまで休憩かな。

 

 雨風は魔法障壁で防げるし、移動は馬ゴーレムだから問題は無い。落雷は……試した事はないけど防げると思う。

 

 

 

 何故なら、飛魚達が大勢集まって来たから。彼等は移動の補佐だけでなく防御面でも信頼出来る。その彼等が集まって来たって事は落雷の可能性有り?

 

 

 

「うん、休憩しよう。悪天候で移動とか無理は禁物、急ぎ旅じゃないしゆっくりしよう」

 

 

 

 雨風を遮る木々も大岩も何も無いけど、無ければ作れば良い。道路脇の空き地に魔力を浸透させて隆起させる。高さ10m程の小山を作り中心の少し高い位置にトンネルを掘る。

 

 少し離れた四方に避雷針用のゴーレムルークを立たせれば、警戒と雷除けに効果抜群。更にトンネルの中に小屋を建てる。完璧な雨宿りの準備が出来た。

 

 今日は此処で一泊して天候の回復を待っても良いかな。

 

 

 

「雷雨の中で雨宿り、肩を寄せ合う男女。良いシチュエーションですわ」

 

 

 

 いえ違います。後ろに金魚のフンみたいに付いて来る連中が鬱陶しいので、この辺で退場願う為の準備です。

 

 

 

「撒き餌の意味も込めて錬金しました。付かず離れず付いて来る連中が、どう動くか楽しみだよね?」

 

 

 

「惹かれ合う男女の営みを妨害するのならば、排除一択でしょう」

 

 

 

 惹かれ合う男女の営み?不思議な言葉が聞こえたが、反応しないでスルー推奨です。接触してくれば思惑を暴いて対処、攻撃してくるのならば反撃して対処。

 

 対話を求めて来ても対応は同じ、いい加減に学習した方が良いと思いますよ。只でさえ優秀な諜報員って育成が難しく時間も掛かるし、ウチもウルティマ嬢を引き抜かなかったら一から育てる?

 

 無理だよ。適正のある人材なんて見付けられないし、そもそもノウハウも無い。魔術師なら育てられるけど、諜報員は無理。

 

 

 

 だから、ザスキア公爵を敵に回しちゃ駄目なんだぞ。

 

 

 

 

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