ゴーレムキングでの移動によって予想外のルートと距離を稼ぐ事が出来た。あとはエムデン王国領内の移動だけだが……僕が有名人過ぎる事が問題だ。顔を晒して移動すれば、必ず身バレする。
領主やその一族で、僕を王宮や王都で見掛ける事が有れば向こうは知っているパターンが多い。自慢じゃないが、英雄様扱いだから顔を晒して自国内を無警戒で歩けば大騒ぎだ。
取り入ろうとか害そうとかの悪意ある連中や純粋に歓迎してくれたり物珍しい珍獣を見たいという悪意無い連中が集まって来る。大騒ぎになれば、移動もままならないだろう。
少なくとも移動の範囲に敵対している貴族が領主の場所は無いが、懇意にしている貴族も多くは無い。エムデン王国の貴族は多いし、派閥の上位とは懇意にしているが末端はそうでもない。
贈り物や季節の挨拶、手紙の遣り取り程度の交流しかしていない。そんな連中の領地に、先触れも事前連絡も無く訪れればさ。問題になるし、される場合も有る。
僕は宮廷魔術師第二席という肩書が有り軍属だから『武力をもって他人の領地に押し入った!』と言われれば、言い掛かりに近いけど間違いでもない。
とは言え、先触れを出すにしても親書を送るにしても人手が無い。
単独行動の弊害は人手が無い事で、まさかアインやツヴァイを送る訳にもいかないだろう。流石に政務もこなすゴーレムクィーンだが、それは王宮内での事で外では関係も無い。
故に街や村には極力寄らずに、野営で済ますしかない。幸いと言うか、空間創造のギフトのお蔭で必要物資の補給の必要は無い。全て自前で賄える。
リゼルの荷物も預かっているので、半年位は無補給で行動できる。最近は散髪もアインに任せると言うか、何故か問題無く散髪出来るアインが異常と言うか……
そんな機能は付けてないのだが、独学で学習したとでも言うのだろうか?
僕だけでなく、リゼルの髪型も毛先を整える程度にはカットが出来るというか何と言うか。無駄に多機能で高性能に進化している。武力に特化した戦闘用のゴーレムがベースなんだけどね。
貴族の子女の身嗜みも問題無く整える事が出来る。それは凄い技術と信用が必須なのだが、それをクリア出来るのが驚愕だ。誰に教わった?自主的に教えを請いて学べるのも凄いが、ゴーレムに教える方も凄い。
王宮内で比較的自由に仕事関連で動き回っているから、女官か侍女の誰かに教えて貰ったのだろう。僕の専属侍女達とも普通に交流してるし、恐ろしい事にザスキア公爵ともコミュニケーションが成立している。
流石は我が子と喜べば良いのか、予想外の進化に驚けば良いのか、まぁプラス方向だから問題は無い。これが悪用出来る技術や技能だと困るのだけどね。
目の前で錬金させられた椅子に座りテーブルクロスを代用した散髪シートを巻いた、リゼルの髪を器用に整えているアインをみて感慨に耽る。僕のゴーレム道とは何ぞや?戦闘特化の看板は取り下げないと駄目か?
確かに休憩宿泊施設として目立たない地下空間を利用しているが、僕以外に人目が無い事を理由に散髪まで目の前で行うのは淑女としてどうかと思うんだ。貴族社会の一般論としてだが……
身嗜みを整える所は伴侶や家族にも見せず使用人に行わせるものだと思っていたけど、違うのだろうか?錬金製なのでそれ程広い訳でもないので気を使っても見えてしまう。僕の常識も古いし、時代が違うと常識も変わるか?
流石に寝室や浴室はプライベート重視だけど、共有スペースだと……いや、普通に自分の割り振られた寝室の中で行えば良くない?
「私の切った髪をじっくりねっとり見詰めても、恥ずかしいのであげませんわよ。どうしてもとお願いするならば考えますが……」
色々と考えていたら酷い誤解を受ける様な言葉を掛けられた。流石に異性の髪の毛の収集癖は無い、僕の拘りは体臭だけだぞ。
「いや、凄い誤解を受けているが欲しいと思って見ていた訳じゃないよ。ゴーレムって何だろうと製作者として、哲学的思想に耽っていたんだよ」
酷い誤解と言うか、わざと面白がって言っているのを理解している。だが髪の毛など要らないと言えば角が立つので話を逸らす。逸らすと言うか事実を言う。僕は匂いは好きでも髪の毛本体には執着は無い。
ギフトで心を読んでいるだろうし、僕も思考の海に沈んでいたので心の防壁も適当だったから思考は筒抜けだった筈だしね。長く行動を共にするようになってから、心の防壁の構築がおざなり過ぎる。反省しよう。
まぁ気心の知れた言葉のキャッチボールみたいなモノだし、公にしなければ問題は無いだろう。毛先を整え終わったアインがテキパキと切り終えた髪を片付け初めて……
「いや、僕に差し出さなくても構わないから早く処分じゃなくて片付けなさい」
綺麗に纏めてハンカチに乗せて差し出さなくて良いから。要らないから、不要だから早くしまいなさい。鉄仮面の無表情の筈なのに、全体的な雰囲気で何故か『分かってますから構わず受け取りなさい』みたいな事しないでっ!
そう言えば、デスバレーに単身ドラゴン狩りに行った時にさ。ジゼル嬢が手紙に添えて一房の髪の毛を送って来たのを思い出した。アーシャは愛用のドレスのリボンを添えてくれたっけ。
僕はその頃から、匂いに対する深い執着が芽生えていたのだろうか?そして既に婚約者や側室に性癖がバレていたという事なのか?性癖の発症の時期の特定を再確認されるって恥ずかしいモノだな。
まぁ恥じ入る性癖でもないが、公にする必要も無い。公にすれば同好の士は集まるかもしれないが、余計な連中も群がって来る。秘めたる情熱は個人で楽しんでって奴だよ、うん。
両手で自分の身体を抱き締めて、イヤイヤしている彼女をボンヤリと眺める。見た目は良いし才媛だし気心も知れているのに全く情欲が湧かないって、ある意味で凄い。家族ならば妹枠だろうか?
それだけ仲間としての意識が強いのだろうな。長期間、一緒に王命達成に行動しても変わらぬ評価と感情。やはり彼女は最高の仕事仲間だなって、うわっと!
「あっ危ないぞ。ハサミを顔に向かって投げつけるなよな。魔法障壁が発動したぞ」
甲高い金属音が目の前で響いたと思えば、足元に散髪に使っていたハサミが落ちている。リゼルが投げ付けたのだろう。一応刃物なので投げるな危険だぞ。しかも連続して二本だと!
「五月蠅いですわ。このニブチンの唐変木のデリカシー無し!ばかばかばかっ!」
更に手近な物を次々と投げるが、僕の魔法障壁を抜ける事は無い。サンアローだって防ぎ切れる強度が有るのが密かな自慢なんだ。か弱い淑女の投擲攻撃じゃビクともしないよ。流石に椅子とか大物は持ち上げられないだろうしね。
余裕をかまして見ていたら、投げる物が無くなったので肩で息をして呼吸を整えている。左右を見回しても投擲出来る獲物は無い。これで終わり、あとは会話によって解決すれば良い。
とか安易に考えていたら、次は直接攻撃に切り替えて来やがった。小さな拳を振り上げて襲い掛かってきやがった、この暴力令嬢は!僕の魔法障壁は普通と違い自動で攻撃の威力によって展開する選択性だ。
つまりじゃれつく程度の攻撃には反応しない。一般的な魔法障壁は全てを拒絶するので日常生活もままならない。なので攻撃の威力によって防御を選択する設定にしている。
触れる程度では発動しない、触れられる様にしている。まぁ常時展開しているので、触れるもの全てを拒絶したら日常生活なんて送れないからね。結構高度な魔力構成なのです。
魔術師ギルト本部に魔力構成を開示すれば、結構な報酬が貰えるとは思うけど一般的には使い辛いだろうな。そもそも常時展開型の魔力障壁を張れる魔術師は少ないし、更に高度な構成で維持しろっていうのも難しいし。
でも知的探求と研究テーマとしては価値が高いと思う。
「ばかばかばかばか、このおバカっ!」
ポコポコと殴られても痛くも痒くも無いが、一応謝罪の意味を込めて痛がる振りをする。暫くポコったので気が晴れたのか肩を上下に揺らして深呼吸をして息を整え始めたよ。
体力の無さはか弱い淑女なんだけどね。うっすらとかいた汗が額に前髪を張り付かせて煽情的なのだが、やはり情欲が湧かない。ジロリと睨まれたが、心の防壁は完璧な筈だぞ。
なので何でもない様な振りをして視線を逸らす。片眉を吊り上げて睨まれたが、思考が読まれてない事は確認済みだから慌てない。
「ギフトで思考を読まなくても、顔を見れば何を考えているか分かりますわっ!」
そんな不条理な事をさも当然のように言われても困る。喋ってないから言質も取られてないので言い逃れというか誤魔化しというか、兎に角困ります。うっすら涙を浮かべているので罪悪感で胸が締め付けられる。
「む?それは誤解だと思うが、前向きに善処しますです。はい」
両手を上げて降参のポーズを取る。まぁリゼルが分かるといえばその通りなのだろう。実際に当たっているので何も言えず白旗を上げて完全降伏する。
流石に二流以下の屑国家を外交で有利に立ち回らせた事だけは有る。彼女が居なければ、バーリンゲン王国の命運はとっくに尽きていただろう。良い人材を引き抜けた事に感謝だ。
過去の自分のナイスプレイに賞賛を送りつつ、現状の対応は下手に出る。魔法馬鹿の自分には、荷が重い相手だよ。僕が勝ち目が全く無いって凄い事だよな。
これでも独立国家相手に、単独で喧嘩を売れる大陸最強を名乗る事が出来る魔術師なのだが……
「何ですか、その貴族院の議員みたいな対応は?」
「完全降伏って事だよ。ごめんなさい」
更なる追及をされる前に、アインがリゼルの両脇に手を入れて持ち上げて強制的に寝室に移動してくれた。紛糾すると思われた査問会は、これにて強制終了となった。
流石にジタバタするのは淑女として品性が欠けると思ったのか、大人しく運ばれていくのを見送る。まぁこれもコミュニケーションという事で良しとしよう。
明日にまで引っ張る事でもないし、明日の朝食の時までには気持ちも納まってくれているだろう。なので朝食は少し豪華にする事に決めた。
「有難う、アイン」
最大の功労者に賛辞を送りながら、自分の寝室に向かう。今夜も気持ち良く一人寝が出来るだろう……