古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

1056 / 1091
第1050話

 長かった王命の旅も漸く終わりが近付いてきた。馬車から王都の城壁が見えた時は、思わず涙が出そうになった。ホームシックは大袈裟だが、第二の故郷としての思い入れが強いのだろう。

 

 転生前の祖国は滅び場所すらも定かではないので、転生後のエムデン王国が第二の故郷。まぁエムデン王国は滅んだルトライン帝国の跡地に建国したので、大きな括りでは同じ土地だと考えて良いのか?

 

 白亜の城壁を見詰めていると隣に座る、リゼルが何故かモジモジし始めたのはトイレだろうか?まだ到着迄には時間が掛かるので、野外トイレでも錬金して用を済ませ……

 

 

 

「違います」

 

 

 

 脇腹に軽い衝撃を受けたのは、指で突っつかれたからか?僕の魔法障壁も悪意が有ったりダメージが大きいものは止めるが、そうでないものは通してしまう。

 

 魔法なのに意外にアバウトな判断基準なのが謎なのだが、傷が付くか付かないか位の威力だと通すのだろうか?完全に止めると、自分から触る事も出来ないので常時展開が不便になる。

 

 そんなに都合良く選別出来無いから、ダメージの大小で決めていると思う。この辺は自己流で改良しても弄れなかった部分だ。自己流で手を加えたのは展開する形状が主だし……

 

 

 

「そうなの?もしかしてお腹空いたとか?」

 

 

 

 朝食は食べたし、昼食にはまだ早い。ああ、そうか。十時の間食かな?確か未だ王都で纏め買いしてストックしている、パティスリーワイズの焼き菓子が残っていた筈だぞ。

 

 馬車に座っているだけでも、時間が経てば空腹を覚えるよな。揺れが大きいと自然とバランスを取るだけでも無意識に力を使っているし、この馬車は僕謹製の錬金馬車じゃないから乗り心地は普通だし。

 

 クッションは追加したけど、腰と尻への負担は結構キツい。振動の緩和って結構難しいけど、お爺様の馬車を魔改造するのも気が引けるからそのまま使用しているけど……

 

 

 

 空間創造から焼き菓子と紅茶の入ったポットとカップを取り出す。

 

 

 

「それも違います。ですが、紅茶と焼き菓子は頂きますわ」

 

 

 

 若い淑女だから、甘味の誘惑には逆らえないのね。

 

 

 

「違うけど食べるの?」

 

 

 

 壁に取付られた折り畳み式のテーブルを倒してカップを置けば、ポットを受け取って上品に注いでくれる。それなりに振動が有るけど、零さないのは流石だな。

 

 焼き菓子を取り出し、皿の上に並べる。高級品なので木の箱に収まっているが、箱から直接手で取って食べるのは……もう王都も近いし自由過ぎて駄目だというか、そろそろ慣らしていかないと駄目だ。

 

 マナー重視、上級貴族の行動を思い出しながら内心は面倒臭いと思っても顔に出さずに紅茶を飲んで、焼き菓子を食べる。飲んだり食べたりしている最中は会話もしない。

 

 

 

 甘味は老若男女に関わらず手軽な賄賂として活用出来るので大量に仕込んでいるが、自分もワインより紅茶と甘味の方が好ましい。何故、未成年なのにエムデン王国一番の酒豪と呼ばれるのか?

 

 魔法で酔いを醒ませるというズルをしているのが原因なので自業自得なのだが、普通は未成年者にそこまで酒は勧めないよね?酔い潰してどうするの?っていう位に勧めて来るし。

 

 まぁ舞踏会でも何でも、催しの際に必ずワインを勧められるのも問題だけどさ。成人式を終えたら、大っぴらに勧めて良いと思われるのだから今より更に勧められる訳なので戦々恐々だよ。

 

 

 

 そもそも宴会を戦いの場として捉えるのも問題なのだが『不安を抱き恐れている』という意味では正しい表現だよね。つまり成人式の時に過去最高に飲まされる?飲まされるだろうな。

 

 特に義父達は全戦全敗中だから、遠慮も何もなく突撃してくるだろう。だが負ける訳にもいかないから、結局は魔法で酔いを醒ますというズルを行って勝ってしまう。

 

 魔法も僕の力だから、純粋にズルとも言えないとは思うけど……普通に考えたら有り得ない事だろうね。何たってワインのフルボトルを十本単位で飲んで人外の義父達を負かすのだから……

 

 

 

「ひとしきり食べ終わったし、先程の話に戻るけどさ。何が違ったの?」

 

 

 

「生理現象では無いという事ですわ。女性に対しての配慮は認めますが、最初に思い浮かべる事ではないでしょうに……」

 

 

 

 溜息を吐かれたが、あの状況と仕草ならば最初に疑うのはトイレでは?これを口に出したら駄目なのは学習しているので沈黙を貫くが、相手は思考を読めるので意味は無い。

 

 黙って見詰めると、諦めたか呆れた様に肩を竦めた。悔しいが様になっている。申し訳ないのだが、僕の女性に関するスキルのレベルは軒並み低いので勘弁して下さい。

 

 居住まいを正して真面目な顔で向かい合う。もう一時間程で王都に到着するから、話し合う時間は限られている。

 

 

 

「婚前旅行の既成事実が正式に広まると思いますと、何とも言えない感情が湧いてきました。その喜びの気持ちを生理現象で済ますとは、言語道断では有りませんか?」

 

 

 

 ん?婚前旅行とは、本妻のジゼル嬢と旅行した場合に言われる事だけど?そもそも未婚の貴族令嬢と結婚前に旅行とか避けるべき事態では?

 

 デスバレーでのドラゴン討伐は、あくまでもアウレール王の承認を得れたから可能だった事だよ。国王が結婚を事前に承諾してくれたから、旅行に同行出来たんだ。

 

 王命がメインで、ジゼル嬢とアーシャの同行が許可されたのはメンタル管理とかの一環だよ。僕はそうは思わないけど、本来ドラゴン討伐とか重圧が凄いので国家のサポートは必須だよな。

 

 

 

 他国との関係性も考えなくてはならない。国家の戦力の象徴、宮廷魔術師の待遇が悪いなんて引抜案件らしい。僕は引抜には応じないけど、周囲の感じ方は分からない。

 

 

 

「え?仕事でしょ?王命でしょ?婚前旅行は違くない?」

 

 

 

「この、おバカっ!」

 

 

 

 貴族令嬢に似つかわしくない鋭い拳が、顔面に襲ってきたので何とか躱す。おぃおぃ魔法障壁が展開したら怪我じゃ済まないんだぞ。突き指じゃ済まないんだぞ。

 

 ジゼル嬢もだが、暴力令嬢化していないか?はぁはぁと肩で息をしている彼女に両手を突きだして、まぁまぁと何とか宥める。これって幼い子供をあやす仕草じゃないかな?

 

 リゼルって、今回の王命に同行したのを仕事じゃなくてプライベートな旅行に同行した事になってる?ははは、まさかな。正式な指示書も出ているからね。

 

 

 

 未婚の貴族子女を王命と言う、公式な仕事以外で連れ回す事なんてないよ。君の純潔にも関わる大事だよ。責任取れとかの話じゃないよ。

 

 

 

「公式に王命として仕事として配下として、同行を命じられてるよね。君と僕は国王の命で一緒に行動していた。これは公式情報であって評価対象だからね」

 

 

 

 愛人同行とか言い出す奴が居れば抹殺してやる。リゼルの輝かしい功績を穢す奴が居るなら抹殺してやる。今回の成果と功績を考えれば子爵位に叙されるし、領地を賜る可能性も高い。

 

 それだけ困難な任務だった。バーリンゲン王国を完全に消滅される為に、後で言い掛かりや難癖を付けられない様に文句の無い完璧な仕事と評価を示さねばならない。

 

 公爵クラスが直接現地に乗り込んで指示する程の大掛かりな作戦だったんだ。まぁバニシード公爵の評価は微妙だけど、それはエムデン王国内の評価であって対外的には……

 

 

 

 うーん、各国に存在する娼婦ギルドが絡んでいるからな。正確で詳細な情報は国の上層部には流れているかも知れない。まぁ政敵だし構わないし関係無いか?

 

 

 

「ん?どうしたの?またモジモジして?」

 

 

 

 リゼルが顔を真っ赤にしてモジモジしているけど、先程の焼き直しみたいな感じになってるが同じ間違いはしないぞ。

 

 

 

「いえ、今回の件は不問とします。そこまで想われているのでしたら、わざわざ婚前旅行などという策を講じなくても問題は無いと言うか……そもそも疑うべき事は無かったというべきか……」

 

 

 

 今度は僕の服の袖を引っ張っている。何度も軽く引っ張っているけど、こういう行為って『自分を可愛く見せたい』とか『相手に甘えたい』時にするという女性心理の働きらしい。

 

 男性の場合は違って『不安を強く感じる』とか『何か強い感情を抱いている』時らしいけど、自分はそうは思わない。まぁ『あざといが可愛い』だろうか?

 

 取り合えず不問というのは、問題にしないという事で許した訳ではない?うーん、女性の心理とは難しい。永遠の謎という事で、今回は此処までにしよう。

 

 

 

 気付いたら、王都の城壁が目の前に迫っていて城門に並ぶ列が見えて来た。僕はというかお爺様の馬車に乗っているので貴族枠の列に向かっている。

 

 従来貴族の男爵位としての入場だから、数台の馬車が既に並んでいるので最後尾に付ける。流石に此処で割り込みをしてしまえば、身元がバレて大騒ぎだろうな。

 

 自分が最優先されなければ我慢出来無いとか、選民意識など無い。何なら一般枠の門から並んで入場しても構わない位だが、空気を読んで我慢しています。

 

 

 

「いえ、馬車の中を改められたら大騒ぎだと思いますわ」

 

 

 

 身も蓋もない意見を貰った。貴族とは言え最下位の男爵だから、馬車の中の確認は必ずするよね。侯爵以上ならば馬車の中の検めは……しない場合もあるけど、それは門番の職務放棄じゃない。

 

 確か明確な判断基準が有ったと思った。国防を担う仕事に就いているので、そういう情報は入手出来るのだが詳細までは確認していない。前に自分が顔パスだった時に、一応調べた。

 

 門番達に身分を笠に違法行為を強要してると思うのが嫌だったから。事前申告の有無や、爵位に信用度。王命等の任務中の場合は通達が有る。

 

 

 

 そういうリアルタイムな情報伝達と、それを任務として実行出来るのだから優秀だよね。御者達もリアルタイムな貴族の序列を覚えるのだし、僕には真似出来無いや。

 

 

 

「冷静な突っ込み、有難うね」

 

 

 

 そろそろ順番が近付いて来たので、馬車の窓のカーテンを開けると此方を窺っていた兵士と目が合った。目を擦って二度見された。ああ、早々に身元がバレたみたいだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。