無事にエムデン王国の王都に帰還する事が出来た。このまま自分の屋敷に行って準備を整えてから王宮に向かう予定だったが、そう簡単には進ませてくれないのだろう。
栄光あるエムデン王国の王都守備隊にも、各派閥からの間者が潜んでいる。回り道もせずに真っ直ぐ自分の屋敷に向かっているのだが、既に新貴族街を通過している時点で僕等の存在はバレている。
新貴族街と貴族街を仕切る擁壁の正門の前に、公爵の家紋を付けた豪華な馬車が並んでいる事を考えれば……
馬車の窓から見える豪華な馬車三台が並んでいるのを見て溜息を吐く。御者が困っているのが分かる。僕より優先されるのは公爵本人か、その家族。侯爵本人が乗っている場合だ。
今回は相手の馬車に誰が乗っているかが問題で、向こうの御者とアイコンタクトというか、何かしらの意思疎通を試みている感じがするのだが……
僕の馬車の御者は、あくまでもお爺様の使用人なので格から言っても状況を判断する事が出来るかな?出来るよな?僕が出て行けば、余計に混乱するかな?
「僕の王都入りの情報が売られたのか?」
「城門の警備兵の上層部は、各派閥の息のかかっている方々が居ますので独自の連絡方法が有るのでしょう」
リゼルが溜息と共に吐いた愚痴に裏事情を教えてくれた。城門でのやり取りの際に、周囲の連中の思考を読んだのだろう。公爵三家の家紋付き豪華馬車が揃い踏みって、どうしたら良いの?
「僕は情報員など仕込んでないけどね」
まぁ定期的に執務室に王都を出入りした貴族や要注意人物の記録は提出されるけどね。リアルタイムに最優先で報告は届かない。重要人物の場合は、足止めしての緊急報告だけどね。
僕の行動はある程度は読まれていた。単独行動ばかりだから、関所とかの要所でしか確認出来ないから城門で張るのは間違いじゃないって事だけどさ。
仮にも大体の日程を予測して、公爵の関係者が報告後に直ぐに動ける体制を敷く程にさ。僕の王都入りって重要案件?だって直ぐに王宮に行くのだから、半日程度の時間だよ。
「貴方は警備部門の要なので、正規ルートから情報が入ってきますから情報員を配置する優先度は低いでしょう?」
向かい側に座っていたのに、態々隣に移動して膝に手を置いて言ってくれたのは慰め?いや別に兵士達に対して幻滅とかしてないよ。情報収集の重要性は認識しているけど、それが自分に対してなのがね。
どうにも納得出来ないというか、飲み込めないんだよな。重要案件を抱えての時期ならば理解出来るけど、今回はそうでもないよ。明日の報告会でも十分だと思うんだよ。
いや、特別扱いが嫌なだけで地位とか影響力とか考えればさ。それも仕方ないっていうのはね。分かってはいるけど……まぁその辺が子供なんだ。未だ成人式を終えてないから未成年だけどね。
「各公爵家がさ、僕の王都入りを張っていたって事だよね?そんなに重要人物じゃないだろ。明日には王宮に報告に行くし、今回は事前に調整する内容も無いと思うし」
「自分でも分かっているのでしたら、態々言葉にしないくても宜しいでしょうに……貴方はエムデン王国でも最重要人物です。その影響力は国王をも凌ぎますわ。故に他の方々が根回しをするのは当然でしょう」
そういう特別扱いを嫌う事は理解していますが、自己評価の低さは問題ですわ。と窘められてしまった。確かに早く自分の屋敷に帰って、イルメラ達に会いたい気持ちを妨害されたから不機嫌なのか?
理由が分かれば納得した。自分の気持ちも他人に指摘されないと分からないとか、イルメラ達の匂い成分の枯渇が深刻なんだ。早く彼女達の匂いを嗅ぎたいんだよ。
個人的な嗜好を優先したいけど、仕事を優先しなきゃ駄目だよな。うん、御褒美はお預け。この恨みは忘れない、僕は周囲の評価とは真逆な、割と器の小さな男なんですよ。
「ゴネても仕方ないし、お爺様の馬車の御者では対応は難しいだろうね」
「地方領主の男爵家と宮廷魔術師で侯爵待遇の伯爵家当主とでは、御者も求められる能力に違いが有りますわ」
ヤレヤレ的な感じで言われてしまったが、この馬車の御者に公爵家専属の御者と渡り合えっていうのは無理というかやらせては駄目な対応だった。
御者に並んでいる馬車の横に付ける様に指示を出す。固まっていた御者も安堵の息を吐いて、ゆっくりと馬車を移動させる。さて、中に乗っているのは誰だろうか?
ニーレンス公爵家は、メディア嬢だろう。リザレスク様と言う可能性も有るが高齢だし、今回みたいな急ぎでは出て来ないだろう。ローラン公爵家は、へリウス殿かボーディック卿か?或いはメラニウス様とか?
ザスキア公爵家は……まぁザスキア公爵本人だろうな。彼女は人任せにはしないという確信が有る。
「おかえりなさいませ、リーンハルト様」
「ええ、王命を達成し只今戻りました」
窓越しの会話、やはりザスキア公爵本人が乗っていた。その隣のニーレンス公爵家の馬車の窓から見えるのは、メディア嬢。多分だが、ローラン公爵家の馬車に乗っているのはボーディック卿かな?
爵位と身分の関係で、御者はザスキア公爵本人の乗る馬車の隣に付けた。この辺はアイコンタクトか何かで意思の疎通を図ったのだろう。御者達の謎スキルだね。
「お話は私の屋敷で行いましょう。付いて来て下さいな」
そう言って、御者に馬車を出す指示をしてそのまま動き出した。僕の乗る馬車が二番手で付いていくらしいが、御者から物凄い緊張が伝わって来る。
公爵家の馬車の列の二番目に男爵家所属の馬車が並ぶ訳だから、相当緊張しているのだろうな。この話し合いの後に自分の屋敷か、最悪王宮に送って貰うのだが、大丈夫だろうか?
それとも自分の屋敷に行って貰って、タイラントを呼んでもらった方が良いか?僕が王都に帰って来た事も含めて伝えて貰い、迎えの馬車を寄越して貰うのが正解な気がしてきたよ。
◇◇◇◇◇◇
ザスキア公爵の屋敷には何度か訪れている。因みにだが、リゼルも『嫌々ですが頻繁に訪れています』とプリプリしながら教えてくれた。そう、頻繁にか。僕は知らないのだけれど、頻繁にか……
確かに良く二人で『未来予定案』がどうとか『打合せにない』とか『想定の範囲内とか誤差の内』とか言い合っているので、確かに何かについて良く話し合っているのだろう。
連携もしているみたいだけど、リゼルはその辺の所は教えてくれない。『殿方が女性の内輪の話を気にしては駄目です』というけど、内輪と言うか当事者なんですが?
「この行動、何だと思う?どういう意味が有るのかな?」
貴族街でも公爵家の屋敷は中心部の王宮の近くに有るので、到着までに暫く時間が有る。その僅かな時間で、今後の方針と展開を信頼する腹心に投げ掛けてみた。
意味も無く、ザスキア公爵達が貴族街の入り口で待ち構えている事など無いだろう。無いよね?久し振りだから、早く会いたかったとかじゃないよね?信じますからね!
リゼルの顔を見れば、特に不安は無いが不満は有りそうなのだが……もしかして信じたくないのが正解とか?いやいや、まさかな。上級貴族達がだよ、そんな軽はずみな行動はしないよね?
「正直、困惑は感じました。ですがザスキア公爵は私のギフトを知っていますので、真実を伝えたいとか考えているとかの可能性は低いでしょう。メディア様は問題解決の為に相談したい、そう考えていましたわ」
「問題解決?僕と相談すれば解決する程度の事でって、痛いよ!」
膝を思いっきり抓られたぞ。結構本気の力具合だったぞ。絶対に内出血するレベルの力の入れ具合だったのだが、加害者本人は被害者に非難の目を向けている。
「貴方と言う人はっ!国家の重要人物だと説明したばかりでしょう!逆に貴方でなければ解決しない大問題が発生しているという事ですわ。この微妙な時期に、公爵家が連携しなければ駄目な大問題です」
「予想出来る問題は……僕には心当たりが全く無いよ。愚か者達の一部には対応したけど全体の責任者は、バニシード公爵に丸投げだよね。その他の対応については、殆ど解決してるだろ。これ以上の問題?」
この状況で、僕が他の公爵家と連携しなければ駄目な事って?考えても全く分からないって事は、自分の知る現状進行している問題や、その派生形でも無いって事だよね?
新たな問題の発生、しかも公爵家と連携して臨まなければ駄目なレベル。ん?アウレール王から王命が下る前に?いや、それって相当キナ臭いというかヤバい案件じゃないだろうか?
考え込んでいたので気付かなかったのだが、リゼルがジッと真剣な顔で僕を見詰めていた。つまり彼女も、僕の考えと同じ結果に辿り着いたという訳だな。
「中々にさ。楽はさせて貰えないって事なのかな?」
苦笑しながら気持ちを吐露する。正直今回の件は色々と難しく忙しかったので、少しは楽が出来るかと思ったんだけどね。成人式を終えたら、結婚式を済ませたかったんだけど延期だろうか?
「いえ、ある意味でというか本当の意味で、リーンハルト様にしか出来ないというか何と言うか……ザスキア公爵も動揺が激しく、何時もの心を読ませない他の事を考える余裕も無いというか……」
「馬車で移動中の、この距離で心を読めるの?落ち着いた場所なら隣の部屋に居る対象者の心は読めるのは知っていたけど……移動中でもって、ギフトがレベルアップしている?」
うん、移動する対象者の心が読めるって凄い事で驚いたけどさ。それに気を取られていたけど、本題はザスキア公爵が動揺する程の『僕にしか出来ない問題事』って事の方を気にするべきだよ。
そう思い至って、リゼルを見ようとしたら目の前に彼女の顔が?えっと、僕の膝の上に座って真正面から見つめ合うってさ。どういう状況なの?
「先に伝えた方が動揺も少なく心構えも出来ると思いますので伝えますが……落ち着いて聞いて下さい」
「僕が君の家族の件を伝えた時みたいな状況だね」
心の動揺を抑える為に、冗談めかして問題事を伝えた時と同じ状況だねと軽口を言ったけどスルーされた。それ程の大問題って事なのか?数回深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
うん、リゼルの顔が近過ぎて落ち着かない。彼女も僕好みの体臭なので困る。深呼吸の時に、彼女の体臭を肺の奥まで深く吸い込んでしまった事に反省だ。不可抗力だが、結果は大変宜しくない。
これは浮気じゃない、浮気はしないと鋼の意思で動揺を抑える。
「うん、大丈夫だよ。落ち着いたから」
意を決した様な、何かをガンギマリしたような顔で、その形の良い小さな口から紡がれた言葉に鋼の意思など木っ端微塵に砕け散った。
「リーンハルト様の成人の儀を祝う為に、モア教の教皇様が来られるそうです。そのままジゼル様との結婚式も執り行うそうです」
「うん、ごめんなさい。全然大丈夫じゃなかったよ」
リゼルの膝に倒れ込む。誰か嘘だと言ってくれ!確かに結婚式の件をモア教の司祭である、ニクラス司祭やシモンズ司祭に事前相談はしていたけどさ。どちらが仕切るかで揉めていたけど……
まさか二人を飛び越えて、教皇様が出張って来るって異常事態じゃないか?