余りの衝撃の事実に打ちのめされて、暫しリゼルの膝の上で放心状態になってしまった。これはこれで反省、自重が足りなかった。馬車の中を覗かれたら勘違いからの大問題になるところだった。
腹に力を入れて起き上がる。ここにきて、モア教の教皇からの接触。聖戦の時から、妙に絡んで来るというか配慮してくれているというか……普通じゃない対応だったが、深くは考えなかった。
モア教は国家や権力者への接触は最低限が基本だったし、過去の事例でも教皇自身が結婚式を執り行う事なんて事は無かった筈だ。国王の結婚式でさえ、大司教か司教が執り行ってきた。
本来ならば、大国とはいえ伯爵当主の結婚式を執り行うのは司祭。ウルム王国とバーリンゲン王国の王族と上級貴族の結婚式を執り行ったのが、シモンズ司祭だったんだから。
僕の結婚式の相談をした場合でも、ニクラス司祭とシモンズ司祭で何方が執り行うかで長い話し合いに発展して結果、未だ合意に至らず話し合いが継続中だったんだぞ。
つまり僕の場合に当て嵌めても同じ、それが司教も大司教も素っ飛ばして教皇?もしかして、ニクラス司祭とシモンズ司祭が揉めて上に伺いを立てた結果とか?
いやいやいや、それでも精々が司教クラスだろう。因みにだが、アウレール王とリズリット王妃の結婚式を執り行ったのは当時のエムデン王国のモア教の代表だったミリエム司教だ。
大国の王族でも司教だよ。二つ上の教皇って何でだろう?確かにモア教の信徒として恥ずかしくない行いはしてきたけど、それは大抵の信徒にも当て嵌まる。僕だけが特別じゃない。
貴族としての括りならば?未だ一年ちょっとしか上級貴族として活動していない。こういうのは長年の献身とか努力が考慮される訳だから、短期の慈善事業は対象にならない。
後年に『若い頃からこういう善行を積んで……』とか評価される訳で、直ぐに何かしたから評価して特別扱いとかは無い。それは、モア教の教義からしても変だよ。
いや、待てよ。冒険者ギルド本部経由で無意識を派遣したり、色々と調べようとした事が結果的にマイナスに働いた?危機感、いや不信感を煽ってしまった?
それで直接乗り込んで来る?いや、普通に総本山に来いって話だろう。今の教皇は謎が多く、滅多に人前に姿を露わさない。総本山の奥に引き篭もっていると聞いている。
正直、男なのか女なのか若いのか年を取っているのか?それすらも公式には不明、謎に包まれていると言うのは……公明正大な宗教としてどうなの?
とは思っているが、特に問題になっていない。
アウレール王曰く、一応国家の上層部には一定の情報は入っていて『今代の教皇は高齢の女性』だそうだ。モア教の歴史において、女教皇は珍しくない。三代に一回は女性が教皇に選任される。
確か教皇の選出方法は、司教クラスの投票によるものらしい。昔は投票じゃなくて、司祭以上が全員集まって名前を大声で呼んで満場一致で決めたらしい。
満場一致で叫ばれて選ばれるという事は、神の意に沿うので素晴らしいという事らしい。まぁ人間は三人寄れば派閥が出来るというし、大声で叫ぶ満場一致選出は次第に廃れて妥協案としての投票案になった。
◇◇◇◇◇◇
ザスキア公爵の屋敷には何度か訪れているので緊張はしないが、通された最上級の応接室には既に主要なメンバーが集まっていた。屋敷の主である、ザスキア公爵にニーレンス公爵とメディア嬢。
ローラン公爵にサリアリス様。これって臣下のTOPが集まってます。この情報が他に漏れたら、絶対に邪推されるヤツです。良からぬ企みをしているのだろう?
まぁ議題の内容を考えたら、このメンバーにアウレール王が入っても、残念ながら違和感は無い。それ程の難題なのは間違いないな。
はぁ宗教絡みは、本当に面倒臭い。
僕とリゼルを含めた、7名が今回の緊急会議の参加者だ。全員に紅茶が配られた後、応接室からメイド達が全員退出する。普段ならば壁際に立って待機するのだが、今回は人払いの為に退室した。
探査魔法で探ってみたが、この部屋を窺う不審な者は居ない。つまり参加者以外に、此処で話した内容は広まらないって事だな。徹底しているのだが、このメンバーでメディア嬢が微妙に浮いている。
本人もそう思っているのか緊張を隠せてない。まぁ公爵令嬢とは言え無冠無職だから、国家の重鎮達と同席は緊張するだろう。ニーレンス公爵は、彼女を後継者と決めたのだろうか?
ならば困難な話し合いに参加させて経験を積ませるとか?そう思って生暖かい目で見ていたら、ジロリと睨まれた。いえ、僕の所為ではありませんよ。
「その、何と言うか非常に名誉な事だとは思うのだが……前例も無く困惑しかないのだ。リーンハルト殿には、何か事前に連絡とか打診とか有ったのか?」
ニーレンス公爵が話を切り出した。てっきり、屋敷の主であるザスキア公爵が仕切るかと思ったのだが違うらしい。モア教との調整も外交担当の、ニーレンス公爵の仕事の持ち分だろうか?
ローラン公爵は腕を組んで目を閉じているし、ザスキア公爵は非常に珍しいのだが無表情だ。何時もは表情も相手に伝える表現の内として活用しているのに無表情は、それだけ問題が大きいと?
まぁ大きいよね。サリアリス様は本当に困った顔をして身体を小刻みに揺すっているし、メディア嬢は視線を左右に忙しなく動かして落ち着きがない。
あれ?もしかして、僕は疑われている?
「ニクラス司祭とシモンズ司祭に、ジゼル嬢との結婚式の件は相談しました。何方が執り行うかが決まらず、回答待ちの状態でした。まさか教皇様が執り行うとか……自分は聞いてません」
「王命の最中ですし情報が本人に伝わらない事も有るでしょうが、定期的な王都からの報告書には書かれていませんでしたわ。まぁ王都に戻る当日までの情報ですが……」
混乱を避ける為に二人だけの帰国旅でしたから……と要らぬ情報を付け足さないで下さい。ザスキア公爵の片眉の角度が急に吊り上がったしメディア嬢は額に手を当ててます。
いえ、不健全な事は何一つしていないです。健全な帰国旅です。要らぬ混乱を避ける為の隠密移動ですし、少数で移動する事自体は先に報告していますよね?
ですが本人が知らないって問題ですよね?結婚する本人が誰が執り行うか知らないって方が問題では?僕が嫌ですとか、ニクラス司祭が良いです。とか言ったらどうなるのだろう?
「因みにですが、この情報は誰から誰に伝えられたのでしょうか?」
どういう流れで、こういう話になったのか?誰が誰に伝えたのか?その時に内容を知っていたのか?口頭なのか書面なのか?それを知るだけでも、色々な事が予測出来る。
「教皇からアウレール王へ、親書という形で届けられたわ」
ザスキア公爵が何故か大輪の花が咲き誇る様な笑顔で教えてくれた。トップからトップへじゃ臣下は何も言えないじゃないか。初手で完封されたよ。
「嗚呼、どうにもならないルートですね。それで、アウレール王は未だ回答していないのでしょうか?」
親書と言う形なら、返事も書面に認(したた)めるといって有る程度は伸ばせるとは思う。でも相手が国教の教皇からといえば、伸ばせても数日。場合によっては既に回答済みとか……
既に回答が済んでいるならば、事前に話し合いの場を用意する意味は薄い。既に決まったと言えば終わり。その対応について、事前に話し合う意味も薄い。
ならば、数日前?未だ回答はしていない?ならばアウレール王に呼ばれる前に、有る程度の下話は有効か?うーん、断れないよな。
モア教の善意?に対して、遠慮は出来ると思うけど強く押されたら押し切られるか?
「慶事だから断れないだろうが、本人が不在という理由で即答は避けた。問題を先延ばしにした、とも言えるがな。それが三日前の事だ」
三日前、結構ギリギリだけど未だ回答はしていない?
「モア教の目的は何でしょうか?正直、想像が付かないです。僕は確かにモア教には配慮をしていますが、精々が一年程度の事です。聖戦も民衆の陳情も、そこ迄の評価を得られるとは思えません」
僕をガン見している、メディア嬢に視線を合わせるが目を逸らされた。隣の父親であるニーレンス公爵が、メディア嬢の肩を軽くポンポンと叩いた。この父娘、なにか他に思惑が有るのか?
「正直に言えば、教皇が出張る程の成果では無いだろう。過去にモア教の教義に感銘して色々な優遇政策を実行した国も有るが、今回みたいな申し入れは無かった」
「聖戦自体が初めてでは無いですが、民衆の被害を最小限に留めた事は評価として盛られても良いでしょう。ですが、その対象がリーンハルト様というのが微妙ですわ」
そう、国家的な対応を個人に報いるのは変というか異常だ。これが国王や王族ならば、エムデン王国に対してという意味で納得出来るけど、臣下の結婚式にと言われると疑問しか浮かばない。
参加者全員の表情をそれとなく窺っているのだが、分かり易い反応はしてくれない。多分だが全員の思考を読んでいる、リゼルも特に伝えようとして来ない。
つまり重要な情報も反応も無いか限りなく薄いのだろう。コレって本当の意味での事前に情報の共有と対策を一緒に考えるって事だろうか?
「参戦しなかった英雄と言われても、戦後の復興支援では活躍しましたが『戦時中の被害を抑えた』と『戦後の復興を行った』の区別は大きいと思います」
「そうだな。戦後の復興支援の成果は高いが、領地として賜った各領主達も善政を布いている。今回はリーンハルト殿に対してだし、教皇の思惑とは何だろうな?」
黙っていた、ローラン公爵が説明してくれたが『モア教の教皇の思惑』これが最大の謎だろう。まさか、僕を聖人にでも仕立て上げてモア教の為に尽力させる?
いや、モア教の抱えている問題を知らないのだが武力で解決する事って殆ど無くないかな?うーん、これって情報が少な過ぎて対策の予測が立てられないってパターンじゃないかな。
教皇の思惑、この言葉に全員が考え込む。友愛を是とした民衆寄りな宗教、権力者達からは距離を置いていた方針。暴力には無縁で他宗教にも理解が有るというか一方的な排除はしない。
だが民衆は違う。モア教の危機には一致団結して立上り、自主的に脅威を排除してきた過去が有る。当時の扇動者の存在は不明、脅威の排除後は相手に対して酷い行いはしていない。
吸収合併に近い形で負けた相手も救済している。そう、徹底的な排除は行わずに最後は取り込んで終わり。故に禍根が残る事が少なく、残党も脅威に成り得ない。
宗教対立の結果が吸収合併って、少し考えると変だよな。教義が対立するから争う訳で、負けたら改宗して傘下に収まるって宗教界の深い闇を感じる……なので深く考えないでおくか。
「深く考え過ぎでしょうか?」
『賢人は危うきに近付かず』と過去の人の含みの有る言葉を適用しようかな。
「思考放棄は駄目だと思いますわ」
「流石に無策は駄目だろう」
「リーンハルト様はモア教に甘すぎますわ」
「警戒しろとは言わぬが、妄信は駄目じゃろ」
「悪意は無いかも知れぬが、善意として受け取るのには問題が多過ぎる。故に対策を考えているのだぞ」
全員から駄目出しされた。うーん、言われた通りだけど、逆に結婚式を教皇に執り行って貰った場合のデメリットって何だろうか?話し合いの重要な点ってソレかな?