派手に壊された窓を見て近くまで寄って行けば、中庭が騒がしい。
侵入者を見付けた警備兵が右往左往している、壊された窓辺に立つ僕を指差して何か騒いでいる。
彼女は無事に逃げ出せただろうか……まぁエルフだし大丈夫か?
◇◇◇◇◇◇
転生の秘密がバレた、あのエルフの女性に……転生前の僕の事を知っているのだ、ヒントは多過ぎる位に有った。
迂闊だったとは思うが、僕も300年も前の事を知っている奴が居るとは思わなかったんだ。
「客人、何が有ったんだ?」
「扉を開けられよ、無事か?」
騒ぎを聞き付けた屋敷の使用人か警備兵が扉を叩いている、僕はレティシアの飲んだグラスを急いで空間創造に収納した。
同時に部屋に警備兵が傾れ込み、ゴーレムポーンを見てロングソードを突き付けた!
「侵入者め、大人しくしろ!」
「武器を捨てろ、床に伏せろ!」
ん?ゴーレムポーンを侵入者と間違えたのか?
「このゴーレムニ体は僕の護衛です、侵入者ではありません」
魔素に還すと漸く警戒を解いてくれた、だがこの状況を僕が説明する必要が有るな……レティシアの事を隠しながら。
「賊は一人、小柄で外套を被り顔は見えませんでした。
いきなり部屋に現れて護衛のゴーレムを見ると窓を破って外に逃げました。何も盗らず喋らずで、何がしたかったのか分かりません」
外見については逃げる所を見られてるから嘘は言えない、だが顔は見てないし声も聞いてなければ特定は難しい。
「賊の心当たりは?」
「無い、と言いたいが昼間の模擬戦でメディア様と取り巻きを倒したから……」
半分本当で半分嘘だ、レティシアはメディア嬢の護衛だが仕返しに来た訳じゃない。
護衛兵達も微妙な顔をしている、可能性としては有りだし彼等はこの屋敷の配置や警備の事を調べるのは容易だから。
幾つかの質問に答えると警備兵は引き上げて、代わりに年配のメイドが来て新しい部屋に案内してくれた。
念の為に部屋の外に警備兵を立たせますと言われたが、断るのも変なのでお願いし自分も部屋の中はゴーレムポーンで警戒すると伝える。
物々しい警備の中、バルバドス邸での初日が終わった、天空の月は大分傾いてしまっていた。
◇◇◇◇◇◇
翌朝、メイドが朝食を部屋まで運んでくれた、バルバドス氏は既に食事を終えて研究室に居るそうだ。
待たせる訳にもいかず、急いで食べて身支度を整えて研究室へと向かう。場所は覚えたので迷わずに行く事が出来た。
「おはようございます、バルバドス様」
研究室の一角のソファーに座ってお茶を飲んでいるバルバドス氏に挨拶をする、彼の周りには本が山積みで既に調べ物をしていたみたいだ……
「おぅ!昨夜は大変だったみたいだな。報復にゃ杜撰過ぎるが、お前が気付かないで部屋の中まで侵入を許すとはな」
昨夜の件は既に詳細な報告まで上がっているな、変な誤魔化しは出来ないぞ。
「はい、賊は魔術師でした。いきなり魔力を感知した時は驚きましたが、護衛のゴーレムポーンを差し向けたと同時に逃げ出したのです。
暗殺専門、不意討ちを防がれたら逃げるとは直接攻撃力は低いと見るべきか……」
暗殺専門の連中はガチの戦闘も強い連中は少ない、標準以上の戦闘力は有るが基本は不意討ちに特化しているし無理はしないから逃げる事を恥とも思わない。
「落ち着いてるな、襲われたのによ。だが俺の面子は潰されたぞ、招いた客人が危険な目に遭ったとなればな」
そうだった、この人怒りっぽいんだよな。今も紅茶に砂糖を何杯も入れて乱暴に掻き混ぜてるし……
「賊が警戒網を縫って侵入するにしても手段は魔法を使ってます。
魔力感知網を広げれば不意討ちは防げるので問題は無いです、常時展開型魔力障壁も有りますから次に来たら必ず捕まえます」
魔法を使う限り魔力の痕跡は消せない、だから有効な対処法だが犯人はレティシアだから捕まえる訳にもいかない。
彼女は必ずまた僕に会いに来ると思うが、流石にバルバドス邸に滞在中は来ないだろう、自宅に帰ってからが心配だ。
立って話をしていたが、研究室付きのメイドが僕の分の紅茶も用意してくれたので不機嫌なバルバドス氏の向かいに座る、今後の改良案の検討も必要だし。
「お前、やっぱり変だ。普通は十四歳の餓鬼がよ、襲われたら怖がるもんだ。
その的確過ぎる対処法とか襲撃慣れし過ぎている。俺はお前が恐怖で依頼放棄でも構わないと思ってたんだぞ、俺の失態だからだ!」
む、バルバドス氏の評価を上げなければ駄目だ。
屋敷に招いた客人の安全は確かに主人に有るが、格下の子供にまで適用する必要は無い。
それに原因は僕に有るんだ、バルバドス氏は全く悪くない。
「お気にならさずに、大丈夫です。
バルバドス様もご存知だと思いますが、僕の母親は暗殺されました……毒殺です。
僕もその後から狙われ続けましたが、悉く返り討ちにしてたので暫くは大人しかったのですが……
もしかしたら賊は僕の暗殺が目的だったのかも知れません。家督継承権を放棄しても僕が目障りな連中は居るのですから……」
そう言えばアルノルト子爵家から未だに勧誘が父上の所に来てるそうだ、最初は暗殺しようとしたくせに魔術師になれば引き込もうとは節操無しめ。
「ぐっ、そうだったな。救国の聖女イェニー殿は……
それ故の暗殺対応慣れとは、お前も中々ハードな人生だな、餓鬼が安心して暮らせないとは嫌な世の中だ」
救国の聖女って、母上にそんな二つ名が有ったのは知らなかった。
考え込んでしまったバルバドス氏を見て思う、本当の事を言えなくて申し訳ない気持ちで一杯だな。
「一度失敗すれば警戒されるので暫くは襲って来ないでしょう、だから大丈夫だと思います。それでキメラの改良案ですが……」
「お前、もう少し困れ!普通に流し過ぎだろ?全く何か有れば俺に頼れ、今回の襲撃の件は借りとくぞ」
そんな目で見られても困るんです、これでは同情を引き出したみたいで嫌なんですよ。しかも自作自演みたいになってるし……
「有り難う御座います」
深々と頭を下げる、本当に申し訳ないです。
研究室付きのメイド達も同情の籠もった目を向けて来ますが、子供なのに可哀想とかですか?
お菓子のお代わりとか別に気を遣わなくても良いんですよ。
「話を変えますが、キメラの改良についてですが鍛冶師の炉を参考には出来ないでしょうか?
僕達土属性魔術師は錬金で端折ってしまうのですが鍛冶師は鉄を溶かします、つまり炉を構成する材料を使えば相当の耐熱性を得られます。
アンドレアル様の魔法は鉄をも溶かしますが、一瞬で融解させられる訳じゃないですから有効でしょう」
腕を組んで考え込んでいるバルバドス氏に続けて僕の構想を話す。
「キメラは巨体ですから胴体に耐熱処理は施せても手足は細いので無理です。ここは割り切って盾を持たせるのはどうでしょうか?」
炉の構造は炉内側に耐火レンガを炉外側に耐熱レンガを貼り合わせる事で効果を発揮するので、厚みは30㎝は欲しい。
キメラの手足は確かに太いが30㎝も厚くしたら間接を曲げる事も無理だ。
「確かに錬金に頼る俺達には盲点だったが盾かよ?何か好きになれないな……」
激甘の紅茶を普通に飲んでるけど大丈夫なのかな?
取り敢えずミニキメラを錬成し両手にタワーシールドに似せた耐火盾を持たせる。
レンガを積むので補強が必要なんだよな、だから魔法を受けたら先に補強が溶けるな……
「だから簡単に俺のキメラを作るなって言ったろ。だが悪くはないな、もう少しスタイリッシュにしたいが二枚の盾を使えば時間は稼げる」
盾を持ったミニキメラを動かすが、盾の重みで更に重心が前に傾いたので倒れた……
メイドさんが目を逸らしたが、口元を押さえた手の隙間から笑みが見えますよ。
「バランス悪いな、俺のキメラがコミカルな動きだ」
「自分で提案してアレですが、この盾は衝撃に弱いです。元々日干しレンガだから当然だけど爆風で砕けますね、他の魔法を組み合わされたらヤバいかな?」
アンドレアル氏が熱線魔法だけ撃ち込んでくるなら大丈夫だが、ファイアボールでも砕けるぞ。
「目に見えているから対応されるんだ、鉄で覆って突撃すれば気付かれる前に接近出来るだろ」
「基本方針が決まれば後は実際の改良ですね、バランス調整と……やはり機動力を上げたいな」
鈍重では近付く前にレンガとバレて直ぐに対応されたら負ける、出来れば直進だけでも早く動かしたい。
フラフラと動くキメラだが、あの八本の脚で早く動くにはどうしたら良いかな?本物の蜘蛛は素早く動けるのだから……
「あいた、痛いです。スパルタですよ、僕は塾生じゃないです」
四度目の拳骨とは遠慮が無さ過ぎじゃないか?
いや身分の垣根を越えたコミュニケーションって事なら有り難いんだけど、他の塾生には殴らないでしょ?
「お前は簡単に俺のキメラを真似るな、簡単に動かすな!苦労に苦労を重ねて作り上げたキメラをこうも簡単に真似されたら俺の立場が無いだろ」
殴られた部分を擦っていると、メイドさんが濡れタオルを用意して押えてくれた。
「バルバドス様は他の塾生にもスパルタで教えてるのですか?」
思わずメイドさんに聞いてしまった、改めて見た彼女は40代後半だろうか?知的で包容力も有りそうな感じ……そう、メイド長みたいだ。
「いえ、この様な生き生きとした旦那様は久し振りで御座います。本当に嬉しそうで……」
ホホホッて口に手を当てて笑ったけどメイドさんが主を笑えるって、彼女とバルバドス氏はどんな関係なんだろう?
「メルサ、変な事を言うな!む、確かに少し横暴だったかもしれん。
お前は……そう、同じ技術レベルの奴と話しているみたいに感じるのに本当は餓鬼なのが気に入らない 。このギャップは何なんだ、お前は本当に変だ!」
「どちらがお子様なのか分かりませんわね」
驚いた事にバルバドス氏はメルサさんに頭が上がらない感じだ、微笑ましく思ってしまう。
「お前、俺を笑ったな?俺は依頼主なんだから、もう少し気を遣え!」
五度目の拳骨は避ける事が出来た、何度も殴られたら馬鹿になってしまう。
「避けるな、全く……ミニチュアの検証は終わりだ!実際にキメラを改良していくぞ」
先ずは耐火盾を装備する事になった、次は機動力の向上か……
◇◇◇◇◇◇
バルバドス邸での二日目の夜、一応警戒網を強めて警備のゴーレムポーンも四体に増やした。
警備兵達も廊下や窓の外を重点的に巡回してくれるそうだが、本当は警備は不要なのに悪い事をしたな。
夕食はバルバドス氏と二人で食べた、やはりお世話係はメルサさんで僕の後にニコニコして立っていたので拳骨は無かった。
逆にバルバドス氏は不機嫌そうだったな。先に風呂に入らせて貰い、寝室へと戻って来た。
ベッドへとダイブ、手足を伸ばして疲れを癒す……
「今日はお弟子さん達も来ていたみたいだが、研究室に籠もっていたので顔を合わせずにすんだ。レティシアに会ったら気まずかっただろう」
バルバドス氏がノリノリでキメラの錬成を繰り返し、一見は鉄の盾にしか見えない耐熱盾を作れる様になった。
明日の課題は機動力、だが見通しは立っていない。
僕の考えている方法は胴体に車輪を付ける事だ、脚は船を漕ぐ様に動かせば滑る様に進む筈だ。
または爆発により推進力を得て進む方法だ、尻から糸を吐く部分を改造すれば良い。
どちらの案も見た目が悪いのが問題だ、バルバドス氏的に許容出来るかな?
「む?魔力反応を感知……ってレティシア殿か。連続で来るのは駄目だと思うんだ、昨夜の件を誤魔化すの大変だったんですよ」
「その話し方は気持ち悪いぞ。前は一人称は我だっただろ、ツアイツ?」
目の前に懲りないエルフ娘が立っていた、普通は騒ぎの次の日は来ないだろ?常識的に考えてさ……