執務室内の個室に籠っていたら、謁見室での話し合いを終えたであろう女性陣が突撃して来た。ツヴァイが対応しているが押し切られそうだったので、アインと共に個室から外に出る。
ツヴァイを挟んで、ザスキア公爵とリゼルが言い合いをしていたが、僕を認識した瞬間にツヴァイの両側を擦り抜けて突撃してきて、アインに防がれた。君達は肉体派じゃないのに素早くね?
ツヴァイが後れを取る事が有るとは驚いたが、危険度が低いと判断し取り押さえる事で彼女達に怪我を負わすリスクを考えて最終防衛線のアインに託したのかな?
娘達の成長と一瞬の遣り取りに驚きと喜びを感じつつ、左右の腕を掴まれてそのまま応接セットのソファーに座らされる。
「ザスキア公爵は、落ち着いて下さい。リーンハルト様が困惑しています」
割と強い力で抑え込まれています。小柄な彼女達の何処に、こんな力が有るのだろうか?ピクリとも動かないって凄いぞ。
「落ち着くのは、お互い様でしょう。何が私は落ち着いてます的に話していますの?先ほど迄は貴女が荒ぶって、私が押さえに回っていましてよ」
ロイス達が、コソコソと執務室から逃げ出すのを止める暇もなく半分押し倒されて、両方の腕をガッチリと抱き抱えられて身動きが取れない。主の危機に娘達は呑気に紅茶の準備を始めた。
危険は無いと判断するのは早計じゃないかな?僕は拘束されて身動きが取れないのだが、結構な危機的状況じゃないかな?
僕を挟んで睨み合う女性陣を宥めるべきか、先ずは拘束を解いて離れる様に説得するべきか悩む。こんな所を他の連中に見られたら、結構な大騒ぎだと思うのだが?
「謁見室に残された方々は僅かながら、リーンハルト様を疑っていましたわ。モア教との癒着とまでは言いませんが、良い様に『我らが守り手』と持ち上げられて取り込まれる可能性が有るのではと……」
ザスキア公爵が目を伏せて、申し訳なさそうに言ってくれた。そうか……僕が居なくなった後で、そんな話になっていたのか。まぁ僅かながらという気持ちは嬉しい。
普通に疑わしいと判断されても反論出来無いけどね。宗教と国家の中核が癒着とか、普通に最悪の状況だし。下手したら国家転覆クラスの原因だし、普通に笑えないや。
ん?リゼルが厳しい目で、ザスキア公爵を睨んだ。それを怯まず堂々と視線を合わせて睨み合った。なんだろう、胃の辺りがシクシクと痛みだした。ストレスが胃にクルって奴だ。
嗚呼、お腹を押さえて隠している水属性魔法で治癒したい。でも直ぐバレるんだよな。
「そのような事は絶対に有り得ません!感情論でなく実績で判断しています」
「知ってるわよ。ですが変に話が拗れる前に、そういう意見を言わなければ駄目なのも事実です。リゼル、貴女の忠誠心は妄信レベルですわ。何故、私がリーンハルト様を疑っている側の扱いなのです?」
組織として全肯定は害悪でしかない。反対意見をいう事も議論の活発化や正常化に必要、討論とは反発しあったり喧嘩したりする事ではない。まぁ政敵との討論は、争いの延長だけどね。
初期の頃を思い出す。バニシード公爵は公然と敵対し、バセット公爵も怪しかった。侯爵の連中も半分以上は敵対側だったし、表と裏で遣り合っていたな。
今は自然淘汰されて、生き残った連中が手を組んだ。まぁバニシード公爵はハブかれているけど、生き残っているだけでも凄いよな。うん、流石は腐っても公爵か……
「それはきっと、愛の大きさの差。でしょうか?」
「愛の大きさも重さも深さも、私だって負けていませんわ!」
リゼルが鼻で笑ったけど、『新しい世界』の盟主相手に喧嘩を売って互角って凄いんだけど!僕を挟んで顔の近くで話し合われても困る。吐息も感じるし、体臭を嗅いでしまって頭がクラクラする。
あと愛は大きさや深さは良いけど、重さはマイナス寄りの評価じゃないかな?誉め言葉じゃないと思うんだ。執着とか偏愛とか、そっち方面の表現じゃないかな?
僕のイルメラに向ける愛を他の連中は重いとかいうけど、それは違う。僕が彼女に向ける愛は『無条件の愛』だよ。無償の愛ってイメージが良いよね。
「貴女とは再度話し合いが必要ね。将来設計と未来計画の修正が最初から必要な案件だわ」
「既に最終章まで決まっています。今更軌道修正など不要では?」
嗚呼、なんか頭がクラクラしてきたし目の前が真っ暗になって来た。ヤバいな、酸欠みたいな症状だけど何だろう?このまま意識を失うと危険な気がしてならないのだけど、我慢できそうにない。
アインに視線を向けると、頷いてツヴァイと共に彼女達の脇の下に腕を入れて持ち上げて引き離してくれた。抵抗しても、流石にゴーレムクィーンの力には叶わず大人しく向かいのソファーに座らされた。
並んで座れば美少女姉妹に見えなくもないが、外見はザスキア公爵が若く見えるんだよな。ネクタルの効果って凄いけど、リゼルもネクタルの予備を持ってるから逆転は可能。
だが若返り合戦の最後は幼女化だから、無意味というか何処かで線引きが必要だ。ネクタルで若返った場合でも、加齢は自然と同じで普通に年を経ないと駄目で……
そもそも若返りが目的と効果だから、年を取りたいは盛大なネクタルの無駄使いだ。故にザスキア公爵の若返りが上限ギリギリだな。これ以上の若返りは流石に周囲も子供として扱ってしまうよ。
あと、身体的な強度も見た目相応に下がるから筋力も体力も下がるみたいなんだ。肉体的スペックが最高の十代後半から二十代前半なら良いけど、十歳前後の幼女の体力って低いよね。
あとネクタルを手に入れられない連中から無駄使いに対して、総攻撃を受けるぞ。
「その、僕はモア教に裏切りも取り込まれもしませんから大丈夫です。あの暗号みたいな文章だって解読は出来ないですけど、悪い意味ではなさそうなので深く考えない様にしただけです」
この言葉に、ザスキア公爵は悲しそうな顔をして、リゼルは呆れた顔をした。うーん、この差ってなんだろう?
「ですが、モア教の要求を内容にもよりますが拒めるのですか?小さな積み重ねが、大きな要求に繋がりませんか?交渉の一つのテクニックとして小さな要求を飲ませて、後から大きな本題を飲ませるという……」
「相手は評判の良い宗教です。世間体を気にしたり見栄を張るような事はしません。ただ正しいか、民衆の為になるかです。ある意味では世間体かもしれませんので、民衆を扇動すれば要求は拒めるのでは?」
ザスキア公爵の得意分野ですよね?って言葉を続けたけど、ザスキア公爵は大陸最大の宗教の影響力を心配した。だがリゼルは民衆を上手く動かせば、不利な要求は拒めると考えた。
どちらが正しいのかは分からない。リゼルの考えは、モア教の影響力を軽視していると捉えるか?ザスキア公爵の考えは、モア教の影響力を過剰に考えているか?
うーん、僕の意見は現状のモア教の影響力じゃなくて、マリエッタの影響力がモア教にどういう風に浸透しているのかが気になる。数百年も前の人物の影響力が、今も通用している事が理解出来ない。
まぁこれは彼女達には言えないのだけどね……
「事前協議で先方を訪ねた時に感触を確かめてみます。先ずは相手の思惑を知る事から始めましょう。友愛を教義とするモア教ですし、直ぐに危機に陥るとも思えませんから安心して下さい」
玉虫色というか、全く相手任せの後手に回った対応だ。良くは無いし点数を付けるなら60点、及第点には届かない出たとこ勝負って感じか?
だが貴族的な回答でも有る。相手の出方を窺ってから対応するのは臨機応変って事で、不正解ではない。だから、ザスキア公爵は反対意見を飲み込んだ。
そして、ドヤ顔のリゼル。ん?ザスキア公爵がリゼルの脇腹を軽く突いた。隙を突かれたのか、ウッって感じで下を向いた。物理的な攻撃に、涙目で睨んだぞ。
さっきとは逆の構図だ。君達は本当は、嫌い合っている様でも実は仲良しさんだよね?
「違いますわ」
速攻で否定された。
「何がですの?」
「何となくです。気にしないで下さい」
「はぁ?何をふざけてますの?」
「いえ、ふざけていません」
「貴女は、本当にいつもいつも……」
グダグダになったけど、最後は有耶無耶に終わったので安心した。リゼルが細かく追及されないように、気を利かせて掻き回してくれたのだろう。
それでも今回のモア教への訪問については、リゼルの同行は強固に拒否され最後は納得させられた。流石に連続で同行は無理が有るし、目的が仕事では有るが半分は私事だよ。
何故、本来は家と家との繋がりを持つ事とは言え、個人的で私的な行事である結婚式がさ。国家的な催しになったのか?未だに諦めてはいるが納得は出来ない。
伯爵と男爵令嬢の結婚式を執り行うのが、大陸最大の宗教である、モア教の教皇様。
そして聖戦後に暗に『我等が守り手』を言われた『参戦しなかった英雄』の僕かぁ……周辺諸国の動向が気になって外交担当の、ニーレンス公爵の負担が大きい。
後でフォローが必要になるし、メディア嬢からもチクチクと遠回しに嫌味を込めた親書が届き始めた。うーん、お茶会じゃなくて舞踏会に招かれるレベルの負担なのね。
負担を強いている貴族連中と纏めて顔合わせと懇親を行い、何とか不満を解消させるって感じだろうか?
貴族の社交って面倒臭いし好きになれないが、これも権利に対する義務なんだろうな。調整業務ばかり経験を積む事になってるって……
◇◇◇◇◇◇
モア教への公式な使節団として、相応の規模が必要になる。着飾ったお偉い様を連れて行く訳ではないが、相応の立場と責任の有る者が同行する必要が有るのだが……
僕が行くので、同行者が不要になった。僕以上の立場や権限が有る者など少ない。役職ならばニーレンス公爵かサリアリス様、権限ならば王族の方々くらいしかいない。
そして、そういう方々は今回は同行しない。まぁ周辺諸国相手ならば有り得るけど、大陸最大級とはいえモア教の教皇相手なので身分や立場でいうと難しい。
向こうも権力者を差し向けるよりは話の早い実務担当者を好むし、過剰な接待はしないからプライドの高い者を送り込むのはマイナス評価にしかならない。
ウチの大臣連中でも、モア教の通常の持て成しを受ければ口には出さないが不平不満が募り交渉が上手く行くとは限らない。待遇の悪さに態度に出る連中も少なくない。
良くも悪くも貴族って連中は舐められたら終わり、噛み付いてやるって者も多い。その辺を弁えた者じゃないと、モア教との交渉には不向き。
そもそも、今迄はモア教との協議や調整業務は中級官吏か地方領主は直接行っている場合が殆どで今回は異例中の異例。
故に今回の同行者は、中級官吏が数名と王宮警護隊が護衛として同行する事になった。中級官吏の纏め役は、オリビアの父親だ。
彼は中立派閥に所属していた筈だが、知らない内に僕の派閥に移籍していた。正確に言うと、ロイス殿達の入っている派閥と協力体制を結んでいた。
ニーレンス公爵は、僕の政務絡みの小派閥を認めてくれた筈なのだが……既に小派閥どころか中規模な派閥構成人数になっている。
具体的に言えば、総官吏数の三割強らしい。詳細はリゼルが代表として纏めているらしく、他からの反発は無いそうだ。
「流されてるなぁ……」
今日も自分の政務室は賑わっているが、その中心はリゼルで補佐がアイン達ゴーレムクィーンという不思議な布陣で動いている。
最近は上がって来る書類の決済欄に押印するのが仕事になっている感じがする。少し前は自分で書類を書いたりしていたのだが、人数が増えたので細事は任せなければ駄目らしい。
リゼルやロイス殿達は『効率化が進んだだけです』と言うけど、それだけじゃこうはならないんじゃないかな?
最年少宰相としての布陣とか謎な言葉がチラホラと聞こえるけど、耳を塞いでいます。そうはならないんじゃないかな……