漸く王都に戻れたのに、直ぐに別の任務で出発させられるってさ。何となく心の中がモヤモヤするのは仕方ないと思う。成果に対する報酬は多めに貰ってはいるけど、家族との触れ合い時間が欲しいんだ。
ザスキア公爵とリゼルは、僕が王都から早く出立する方が良いと判断した。理由も説明して貰ったけど、納得はしていない。モア教絡みの件だから、放置せず早めに対応する。
僕に反発する連中が動き出す前に早目な対応と『僕の不在時に色々と対処して終わらせておきます』が怖かった。二人が並んで生気の無い目で抑揚も無く呟くんだよ。何て言うか、物凄く怖いんだよ。
もう反発している連中の未来なんて、皆無って事だよね?
皆と一緒の執務室で作業すると気を使われるので個室に引き篭もっているのだが、仕事自体は殆ど無い。全て処理済みで、僕の確認印すらアインが代わりに押している。
それが通用する管理体制って良いのか?最終判断をゴーレムクィーンが代わりにして良いのか?ロイス殿達が確認しているので実際は問題無いのだろうが、少しモヤモヤする。
この業務形態が、僕が政務に長けているとか思われる誤解の原因では?最近、そう思い始めた。周りが全てお膳立てしてくれているだけじゃん。
僕は何もしてないじゃん!勘違いの現実ってこんなもんだよ!
実は今回のモア教の件について、イルメラに相談するか悩んだ。隠し事はしたくないが、イルメラはモア教の僧侶。余計な心配をさせる事になるかと思ったのだが……
『相手の事を思って秘密にする事』は良い事に思えそうだが、自分が当事者として隠し事をされたら嫌な思いをする。だから正直に、ウィンディアも一緒に説明した。
自分以外との結婚式を所属する宗教団体のトップが祝う。イルメラとしては複雑な思いが有る筈だが『特に問題は無いです。良い事じゃないですか』と笑顔で言ってくれた。
イルメラもウィンディアも先に側室となった、アーシャとも結婚式は挙げないし挙げていない。あくまでも結婚式を挙げるのは本妻として娶る、ジゼル嬢とだけだ。
「他の女性との結婚式の事を相談するとか、最低だと思うな……」
明日の朝、王都を出立する事は公式に発表されている。王都中の掲示板に貼り出されたし、周辺諸国にも公式に文書を送った。慶事だし、下手に隠せば邪推されかねないからね。
大っぴらに公表した方が良いと、アウレール王が判断した。物凄く疑わしいのだが当事者の、エムデン王国だって困惑している。故に下手に隠さず、事実のみを伝えている。
大まかな内容しか知らせてないので、僕が打合せに向かう事は書かれていなかったが……少し考えれば事前協議が必要だと分かるだろう。
本人が行くか代理が行くかの判断は、結構難しいとは思うけどね。国家の重鎮が殆ど私用の為の協議に長期間国を空けるか?
代理人を立てる可能性の方が高いと思う。今回だって謎かけが無ければ、普通に代理を立てようと考えたよ。
僕はエムデン王国の守りの要的な役割も有るので、任務で王都を長期不在って本来ならば駄目な筈なんだ。
前回はエルフ族絡み、今回はモア教絡みだからギリギリ許可が下りたんだ。
他国を経由しないで移動出来るのは助かる。これが他国を移動する場合、どうしても『誰が・何時・どのルートを移動する』という情報は洩れる。
まぁ国防の管理上、他国の重鎮を自国内で自由に移動させる事など有り得ない。公式な使節団だから拒否はされないが嫌がらせや妨害はされる。
上司に確認するからと足止めを食らう位はマシな方で、公然と賄賂を要求されたりする場合もね。足止めだって交渉の場所に遅れて行くだけで、失敗の場合もある。
外交的な嫌がらせとしては、まぁ成功だね。
窓の外を見れば、燃える様な夕日が差し込んでいる。窓際に歩いて外をみれば、白亜の外壁が燃える様に真っ赤に染まって見える。確かに視覚的には綺麗だが比喩としては……
「王都炎上か……前にウィンディアも同じ様な感想を言っていたが、エムデン王国の王都が炎上するような事にはならないし、絶対にさせないさ」
この国を守る事は、自分達の幸せを守る事にもなる。快適な暮らしには治安が良く物流が良好なのが必須で、他に気候などの生活環境が加わる。暑さ寒さも快適な生活には重要な条件だね。
個人的な好き嫌いだけど、ある程度の寒さは我慢できるけど暑いのは我慢できない。常夏のパラダイス?嫌だね、夏よりは冬の方が好きなんだ。
執務室を与えられる程の役職を持つ者が、こんな事を考えられる位に暇が有るってさ。国力に余裕が有るって事で素晴らしいのかどうなのか?
まぁ素晴らしいんだろうな。国家の要職が暇って事は『究極的に問題が全く何も無いから仕事が無くて暇』って事だろうか?馬鹿な事を考えてると……
「ん?ああ、もう退勤時間か……」
アインとツヴァイが執務室に入って来て『もう時間だから帰れ!』って感じで急き立ててくる。いや、もう自分の屋敷に帰るから肩を押さないで下さい。
愛娘達に邪魔にされる気持ち。これって、アウレール王の気持ちと同じ?
◇◇◇◇◇◇
王都から自分の屋敷迄は専用の馬車で移動している。時間にして一時間も無いのだが、貴族街を見ながらの馬車の移動は窓の外を見ながら考えに耽るには良い塩梅だ。
前に教皇の調査を依頼した『無意識』から『危険なので辞退する』と報告が有った。あの野生の勘を持つデオドラ男爵にして察知は難しいと言われた間者が調査を諦める。
モア教の教皇、只者じゃないが敵対的じゃない。だが直接会って話さないと敵味方の判断が出来ないのが困る。まぁ教皇については一旦保留しよう。
折角の王都に戻れたのだから、久々に会う酒好きの御者と言葉を交わしながら情報収集を行う。僕の不在時に面白い噂とかを聞く。彼の情報は正確で助かるし、御礼は酒で済むので此方も助かる。
贈り物の酒が大量に余って消費出来ないから、有力な情報を在庫品処分で賄えるのが助かる。今回は貴族間での動きは殆ど無いのだが『新しい世界』の信奉者達の動きが活発化している事。
殆どの一族に必ず居る困った有能な者達が、秘密裏に王都に集まっているらしいのだが……その殆どが『新しき世界』の信奉者達に挑んで負けているらしい。
つまりは『ネクタル』が欲しくて挑んだが全て返り討ちって事だな。
「ザスキア公爵は、新しき世界の信奉者達を従えれば簒奪も可能だ。でも自らが国王にならずに、今の地位で万全に力を振るえる状況にしたいのだろうな」
「あの女傑達については、我々にも情報が積極的に回っていますが……国家転覆とかは全く考えていませんが、敵対する異教徒には死を以て償わせる!とか恐ろしい意見で統一されてますぜ」
思わず呟いた言葉に答えてくれたが、貴族間の序列に敏感な御者達の間でも話題になっているのか。敢えて積極的に情報を教えてるのは牽制を含めて?異教徒って『新しい世界』は新興宗教なの?
「そ、そうなんだ。まぁ女性にとっては大問題だろうけど、国家の安寧あっての事だからね」
永遠の若さを手に入れても国が乱れていては意味が無い。若さを自慢する事が出来る環境が大事だから治世の維持には協力するけど、ネクタルを奪おうとする連中とは徹底抗戦の構えか……
供給元として公然の秘密である、僕の所に問い合わせが来ない理由を考えると恐ろしい。普通なら配布元が駄目なら供給元に直談判と考えるだろう。
それを止める事が出来る位に勢力が、ザスキア公爵側に傾いているんだろう。アウレール王にまで確認が行くのも、僕への接触をどうしても避けなければ危険だからなんだろうな。
「へい、反発しそうな方々には注意喚起しています。そんな事で国が乱れるとか勘弁して欲しいですぜ」
「平和だからこそ争えるって事かな。余裕が有るって言い換えても良いのかな?」
亡国の危機とか、そこまでいかなくても、国家運営が良く無ければネクタル争奪に力を割けないからね。余計な事に金も人も時間も浪費する事は無理だから。
うーん、永遠の十代。言葉にすれば簡単だが現実は非常に厳しい。だがザスキア公爵と二人の公爵夫人が若返ってしまった。この事実は重いが、アウレール王は完全放置した。
放置せざるを得ない言うか、リズリット王妃の動きも怪しいというか……御者の情報には王族の女性陣の動きは活発でないといったが、そもそも彼女達は頻繁に外出はしないから彼等との接点は少ない。
彼女達の行動範囲は王宮内がメイン、僕等が知らない謀略が進んでいる可能性もゼロじゃないが……それすらも、リゼルが居れば悪巧みは筒抜け。
彼女も『新しい世界』の敵対者の調査に駆り出されて迷惑していると言っていたな。
僕の屋敷は距離が近い。御者と話し込み考えを纏める前に到着してしまった。彼等の情報は有益なので、また良い情報が有れば教えて欲しいと数本のワインを賄賂として渡した。
胸に抱き締めて涙を流して喜んでいたが、その気持ちはイマイチ理解出来ない。エムデン王国一番の酒豪と言われているけど、僕は酒好きじゃない。酔うのが嫌なので魔法で酔いを飛ばしてるだけだから。
まぁそれはそれとして、酒が強い事は貴族社会というか男社会ではプラス要素なので黙って受け入れている。未成年を酔い潰そうとする連中が多いのが嫌になるんだけどさ。
正門にはメルカッツ殿とニールが完全武装で待ち構えているし、その後ろには同じく完全武装の私兵達が整列している。
いや王都の貴族街でそんなに警戒しなくても大丈夫だと思うのだが、武人に武装を簡素化しろ!とは言えない。有事の際に万全な対応が出来る準備と言われれば、その通りなのだから。
エムデン王国と敵対する者達と戦わせるからと約束しながら殆ど戦いに参加してないので不満も有るだろうし、後で何か別の形で労おう。戦争関連は暫くは無いからね。
因みにだが、ニールの匂いは未だ嗅いでいないし体臭好きとも教えていない。本人も本妻であるジゼル嬢の後で側室になるので今は配下として扱って欲しいと言っているし。
まぁ添い寝には参加するので微妙なのだが、女心って難しい。下手な事を言っては藪蛇なので何も言わない『雄弁は銀、沈黙は金』と言われているし多分それが正解なのだろう。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「うん、ただいま」
一糸乱れぬ行動、一斉に頭を下げられた。鍛錬を欠かしてない事は、こんな何気ない動作からも良く分かる。戦いたくて仕方無いって感じが溢れているし、条件付けで模擬戦を行うかな。
デオドラ男爵達からも模擬戦の申し込みが来ているので、条件付けで団体戦とか計画してみよう。兵士は集団戦が基本だから、冒険者稼業と二足の草鞋を履いている彼等に集団戦の経験を積んで貰う良い機会だ。
エムデン王国の武人達との集団模擬戦ならば、実践的な訓練として申し分ないだろう。あの戦闘狂共は、僕との模擬戦が待ち遠しくて大騒ぎだし、そろそろ我慢も限界だろうし。
「お帰りなさいませ」
メルカッツ殿達の後は、メイド長のサラと執事のタイラントを筆頭とした使用人達が総出で出迎えだ。此方も一糸乱れぬ行動で驚かされる。リィナや引き取ったナルサに、アシュタルとナナル。
珍しくベリトリアさんまで玄関先で出迎えてくれた。貴族としての体裁だから仕方ないとは言え、全員で出迎えも恥ずかしいが慣れた。屋敷の主として、長期不在をしたのだから使用人達に労わりの声を掛ける事は必須だ。
今夜も巨大なベッドで彼女達と同衾し匂いを嗅げる幸せが待っている。任務中と違い禁断症状こそないが嬉しさと待ち遠しさで心が震える。これが僕の望んだ細やかな幸せ。
嗚呼、早くイルメラの甘いミルクみたいな匂いを嗅ぎたいんだ……