良く分からない、バニシード公爵と女官の甘酸っぱい関係を見せ付けられたので気が滅入った。僕は政敵とバチバチの戦いを挑む気概を持って来たのだが、相手は既に全面降伏済みだった。
ニーレンス公爵達も呆れながらも受け入れている感じなので、バニシード公爵を排除しようとする動きにはならないだろう。まぁ搾り取るだけ搾り取るとは思うが、お家断絶まで追い込む感じはしない。
ザスキア公爵も呆れながらも嫌味は言うし文句も言うが、排除に動くほどに苛烈でもないので……敗北宣言を受け入れたって事か?
アウレール王がいらっしゃる前に情報収集と基本方針くらいは確認しておきたいので、ザスキア公爵に視線を向ける。苦笑いの後に頷いた。
「今回の件はね。バニシード公爵にも同情の余地が有るのよ。女性王族の方々は、リズリット王妃を巻き込もうと思ったのだけれど手酷く拒否られた。まぁ勝ち目も無いし主導出来ないならリスクを負いたくはないわね」
そう言って、一旦言葉を止めた。リズリット王妃は他国から嫁いだので、エムデン王国の王族では有るが血の繋がりは無い。側室達も同じ、王家の血を継いでいないので立場は直系王族よりも……
王妃という立場は低くは無いが、尊き血筋に重きを置いている連中からすれば『替えの利く程度の、王族を生み出す者』くらいの認識だよ。レジスラル女官長や女官達も側室達に対して、近い感情を抱いている。
怖いけど、子供を授かれば良いし男の子だったら更に良い。まぁ現状は生まれても王位継承権は低いし、次期国王に成れる可能性は限りなく低い。王太子はグーデリアル殿下で、性格も能力も申し分ない。
アウレール王も未だ現役だし、王位継承は二十年くらい先じゃないかな。その時、僕は三十代後半、まだ二十年以上は宮廷魔術師として働けるだろう。
「焦った女性王族の方々は、幼女愛好家のヘルカンプ殿下に目を付けたのよ。彼は一応王位継承権第三位でアウレール王の実子、実情はお飾りの不心得者達を集める為の囮ですが相応の力は有るわ。
そして幼女愛好家という事は寵愛する女性が成長すると愛が冷めるというデメリットが有り、それを解決する唯一の方法が若返りの秘薬であるネクタルね」
前にウィンディアが、僕が幼女愛好家だったらパーティ全員が強制的に幼女に若返らされるって見当違いで無用な心配をしていたけどさ。僕も幼女愛好家という変態に集まられるのは嫌だと不安になったけど……
まさか現実になろうとは思わなかったし、嫌な現実を突き付けられた。ヘルカンプ殿下は好みでない女性王族に縋られた訳だが、一応は血族の方々だし性癖が満足出来る餌も目の前にぶら下げられ無下にはできなかった。
ヘルカンプ殿下は割り振られた役割を十分に果たしている。正に不穏分子の誘蛾灯、だけど今回の件で最期になるだろうな。この暴挙を許したら、周囲から舐められる。故に厳格な処理を下される。
王位継承権の剥奪、王族の権利も大多数は奪われるし最悪は追放か幽閉も有り得る。
「欲望に走ったヘルカンプ殿下は協力者を募ったけれど、伯爵以下の方々では力不足。生き残りの侯爵家は無謀な協力は受け入れないでしょう。モリエスティ侯爵など鼻で笑って門前払いだったそうよ」
美少女に若返った外観で可愛らしくクスクスと笑う姿に一瞬だけ見惚れるが、鋼の意思の力を総動員して耐える。
ヘルカンプ殿下の助力要請を断る連中が多いのは、既にアウレール王から見限られている事が広まっているのだろう。子爵クラスなら王族の意向に逆らうのは相当の勇気が必要だ。
僕だって最初の頃は、アウレール王やリズリット王妃の助力が無ければ無理だった。それが普通に断れる事が凄い。
モリエスティ侯爵は夫人のギフトの関係で、凄く変な人になっているので……まぁそういう人かな?で済むのも問題だよね。
「まぁヘルカンプ殿下は、私にも『あと五歳若返ったら結婚してくれ!そして永遠に十歳の見た目を保ってくれ!』って妄言を吐いてくれたわ。私の未来設計に王族に迎えられる事は有り得ないので即断したわ」
品性下劣で愚か者だと思っていたけれども、想像以上に馬鹿だった。現役公爵本人に対して穢れた欲望をぶつけるとか死にたいらしい。国益を著しく損ねる行動だが、まさか実行するとは……
エムデン王国の膿を吐き出す為の囮の役割を理解していないのは知っていたけど、自分の欲望だけ垂れ流してちゃ駄目だろ。普通に自覚が無いのがもう、何て言うか駄目じゃね?
囮の件も今回の件でお役御免になるのかな?もうヘルカンプ殿下に自分の幼い娘を差し出す連中も居ないだろうし、簒奪する力の有る貴族も……筆頭候補のバニシード公爵が折れたのなら居ないな。
うん、敵対しても大丈夫。十分対抗出来るぞ。だから遠慮は要らない。
「ははは、面白い事を言うのですね。そうですか、国家転覆を企んでいると考えて良いのかな?エムデン王国に国益を優先できない、周囲の状況を見れない王族の方が居るとか信じられません」
やるか、元々敵視されてたしやられっぱなしは気に入らないし、そういう態度で来るならば相応の対応をするしかないよな。今の僕の立場なら大丈夫、今回は引かないぞ。
「落ち着け。目が据わっているし血走っているぞ」
「何時になく好戦的じゃないか。義父達に引っ張られるな」
「英雄と言われても感情が押さえられない危険人物じゃないか!今度は殿下や女性王族に噛み付くのか?」
ニーレンス公爵とローラン公爵が、僕を諫めてバニシード公爵が煽ってくれた。いや殿下や女性王族達を焚き付けたのは、貴方の中途半端な立ち位置が原因ですよね?
ジロリと睨めば目を逸らした。自分の不利な状況は理解しているのに嫌味や文句を言う事は止められないの?壁際に控える女官に視線を向ければ、生暖かい保護者目線で見ているぞ。
彼女にとっては、バニシード公爵の奇行も『あらあら、まぁまぁ』的な可愛い行動なのだろうか?この二人の関係性が全く分からないが、深く突っ込まない方が良いと思う。
「ふふふ、愚かな殿下と困った女性王族達の対処方法の決定権は……アウレール王にお任せする事にしましょう。私達は臣下なのですから、国王の決定に粛々と従いましょう」
ザスキア公爵が方針を提案し、皆が頷いたあと先触れの近衛騎士団員がアウレール王が直ぐに来ると報告してくれたけど……
先触れに来た近衛騎士団員は例の女性王族達を抑える為に増員で駆け寄って行った内の一人だった。あの騒ぎを抑えて直ぐにアウレール王に報告に行ったのかな?
まぁ方針さえ決めてくれれば問題は無い。ザスキア公爵の落ち着き様から考えても、女性王族達にネクタルを供給しろって事にはならないだろう。
ザスキア公爵と信奉する『新しき世界』の構成員達の勢力を考えれば、国王に泣き付いても反発しても無理な事は理解してるよね?無理だからワンチャン騒いでる?
◇◇◇◇◇◇
全身で疲労困憊を感じさせる様に、よろけながら入って来て力無く玉座に座り込んだ。実子と親族達のやらかしってダメージが深いんだよな。僕もインゴの件で実感しているので理解します。
そんな事を考えていたら心を読まれたみたいに、ジロリと睨まれた。僕とザスキア公爵を順番にだが、やはりネクタル関連は女性陣には関心が深いんだ。
エムデン王国は大陸最大規模の国家となり、王族達の権力も財力も何もかも大きくなっている。雅な世界に生きている、女性王族達が若返りの秘薬が自国で流通していると知れば……
しかも臣下達が現実に若返っている。その事実を突き付けられれば、今回の暴挙も理解は出来る。理解は出来るが納得や許容は別問題、妥協もしないよ。
「まぁなんだ。王宮内を騒がして済まなかったな。対応は既に決めたから安心してくれ」
国王が謝罪から入った?全員が立ち上がり頭を下げる。こういう胃が痛くなるサプライズは止めて欲しい。
「我等の事は気になさらず、決定事項だけ指示して下されば問題は有りません」
公爵四家の筆頭である、ニーレンス公爵が代表して応える。しかし既に対応が決定しているという事は、アウレール王が直属の近衛騎士団員を動かしたって事なのかな?
「まぁ座れ。今回の件の詳細を教えるぞ」
深い溜息を吐き出しながら言った事を考えると苦渋の決断を下したのだろうか?見回して全員が座った事を確認してから、今回の結末を教えてくれたが……その内容は衝撃的だった。
先ず、ヘルカンプ殿下のやらかしは控え目に言って最悪だった。ヘルカンプ殿下は、ザスキア公爵に迫る前に幽閉されている、オルフェイス王女を見初めてアプローチを繰り返したらしい。
パゥルム女王やミッテルト王女の扱いも難しく、基本的に隔離して周囲からの接触を断っているのは情報遮断の意味も有った。祖国が森に飲まれるとか。知れば平常心ではいられないだろう。
それをノコノコと会いに行って、相手が欲しがる情報を会話のネタとして教えてしまった。つまり、あの三姉妹は祖国が消えてなくなるというか、国民も含めて消滅中な事を知った。
オルフェイス王女は祖国に思い入れが一欠けらも無いが、パゥルム女王やミッテルト王女は相応の思い入れが有り、その彼女にだけ配慮するオルフェイス王女がどう思うか?
彼女の幼い外見に惑わされた愚か者のヘルカンプ殿下の行動は……王族として王位継承権を持つ者として不適切だった。因みにザスキア公爵に言い寄ったのは、彼女達の提案ではなく自身の性欲が原因だ。
そして諸々のやらかしを考えて、アウレール王がヘルカンプ殿下に下した罰は……王位継承権の剥奪と王宮の一角の塔への幽閉。そして『全能者の王冠』の使用による処刑だ……
下事情で好き勝手し過ぎた、ヘルカンプ殿下には死罪が下された。毒酒による自死がデフォだが、今回は慈悲の心を持って『自分の欲望を夢で叶えながらの衰弱死』を与えられた。
その事実を教えられた女性王族達は、アウレール王に謝罪と命乞いをした事で年間の歳費の大幅な削減を言い渡されて不問とされた。大幅な削減とは言え、小国の王太子の歳費レベルなので不自由は無いだろう。
贅沢に慣れて余裕が有るから余計な事をする。ならば、その財源を押さえつければ良い。序に膨大な歳費の予算も削れるのでプラスしかない。
問題は今後も良からぬ事をするかもだが、実子を処刑させるだけの苛烈な判断を下した事が良いストッパーになっている。次は親族であろうと死罪、この恐怖には温室育ちの高貴なる方々は戦々恐々だろう。
そして、バーリンゲン王国の生き残りたるパゥルム女王とミッテルト王女は、ヘルカンプ殿下が衰弱死した後で同時に『全能者の王冠』を装備させて衰弱死。
オルフェイス王女には効果が薄いと判断し、彼女は毒杯を呷る自死となるそうだ。処刑の時期は公開しないし、公的には彼女達は祖国に戻って生き残りの国民達と最後を共にするのが望みで応えた事となる。
そしてバーリンゲン王国の王族の血筋は絶える事となり、眼前に歴史からも地図からも消える事となる。
これが、長年に渡り苦労をさせられていた困った隣国である、バーリンゲン王国の消滅の流れとなる……