モア教の暗黒時代の一部に触れそうになったので話題を逸らした。宗教関連は聞いちゃいけない闇深い話が多いので、完全無視で関わらない。僕は知りませんし絶対に関わりませんからね。
メルギドという人物が、過去にモア教の乗っ取りを企んだ。あろうことかモアの女神を夫婦神にして空想の男性神を夫神とし、教義を男尊女卑にすり替えようとしたとかなんとか……
宗教の乗っ取りなのだが、壮大な計画だよな。モアの女神は清らかな乙女神なのに、既婚にして夫婦神として祀るとかさ。もうモアの女神に喧嘩を売ってるとしか考えられない。実際に実在する女神に喧嘩を売った、知らないとは蛮勇なのかなんと言うかアレだね。
しかも架空の男性神とか、自分の都合の良い神を勝手に想像して作って教義を男尊女卑に変えるか……
これ絶対に知ってると闇に葬られる内容だよ。宗教戦争とか絶対に嫌だし、女神が実在する世界で上位存在に喧嘩を売るとかさ。バーリンゲン王国並みの愚か者、負け確定のイベントみたいな悲劇じゃなくて喜劇だよ。
女神ルナ様は妖狼族の繁栄を守れば問題無いけど、モアの女神様はだな。モア教の安寧とか、国家繁栄の約束くらいの難問だよ。エムデン王国だけでも大変なのに、モア教も!となれば……
国家百年の計じゃないけど、個人でどうこうは無理だろうな。うん、この話に関わっちゃ駄目なのを再確認した。
マリエッタから目を逸らす。この危険な話はお終い、ここでお終い。僕は知らないし関わりませんよ……
「それでですね。糞馬鹿野郎の、メルギドですがルトライン帝国が滅ぼした王国の王族だったらしくて復讐の戦力としてモア教に目を付けたんですよ。ふざけるなって思いません?」
目を逸らしたから注意がおざなりになってたからか、マリエッタの接近に気が付かず結果的に両肩を掴まれて前後に揺らされた。顔が近いし目が血走ってるし口から異性に吹きかけては駄目な飛沫も飛んできた。
多分だが、愚痴れる相手が居ないからストレスを感じていたんだろうな。そこに直接の関係者では無いけど秘密は守れるし共有できそうな相手が居るから爆発した。
モリエスティ侯爵夫人も同じ様な感じで、聞いては駄目な貴族間の噂話を延々と愚痴りながら教えてくれた事を思い出した。うん、女性がこうなったら黙って聞いて相槌を打つしかないんだが、それが最善策なのだが……
「いや、僕がスルーしたいの分かってて言ってるよね?よね?嫌だよ、モア教の暗黒時代の機密情報とか不要だからねっ!」
「百年以上前の話なので大丈夫です。既に当時の関係者は誰も居ないし、当事者は異端として狩り尽くしました。糞みたいな勝手に作った教本とかも、焚書指定して全て燃やし尽くしましたから大丈夫です!」
全然大丈夫じゃないじゃん。友愛を教義とするモア教という大前提が根底から引っ繰り返る程の宗教弾圧と報復戦争じゃん。
過去の他の宗教との諍いは信徒達が自主的に行動したって事になっていて、その信徒達の暴走をモア教が諫めて敵対していた宗教を信奉する信徒達も受け入れたという美談で伝わっているじゃん。
どう見ても聞いても、指導者連中が率先して異教徒を殲滅に動いているじゃん。これ他の連中に知られたら恐怖からの排斥に動くとか、そもそもの教義から外れているから信徒達への示しが付かない案件じゃん!
言葉使いというか思考が粗く雑になってるけど、モア教という友愛を是とする根底が崩壊するじゃん!
「その事を知っているのは、今のモア教の関係者にも居ないって事で良いですよね?此処だけの話ですよね?」
やんわりと掴まれていた手を掴んで引き離し、少し距離をおいて座り直す。興奮した女性の扱いは慎重に、それこそ生まれたての小鳥を扱うように丁重にする事を心掛ける。
マリエッタも興奮し過ぎた事を恥じ入る様に、小声で『すみません』と謝罪の言葉を言いながら自分の椅子に座り直した。大陸最大の宗教のトップ、教皇としての自覚とか色々思い出したのだろう。
小さくコホンと咳払いをしても誤魔化されないよ。でも遠い昔の懐かしいやりとりを思い出した。騒がしくも頼もしい仲間達との……
「当たり前じゃないですか!と言いたいのですが、私の一族では公然の秘密です。というか秘密じゃないのかな?そもそも当主が何代かおきに定期的に転生する事も、口伝ですが代々の当主には伝えていますわ」
それじゃなきゃ御家乗っ取りとか考える愚か者を押さえ付けられないじゃないですか!ってカラカラと笑いながら言ったぞ。
ん?それはそれで極秘内容が簡単に漏洩するようなザル防諜じゃない?一族の口伝とか言っても、絶対に『内々に』とか『此処だけの話だけど』で広まる類の防諜レベルでは?
「先祖が仕えた主が何時か転生するので、従者として再び仕える為に転生を繰り返す。美談で収まる良い話じゃないですか?」
え?僕の存在まで暈しながらもザルな防諜の口伝で伝えてるの?代々伝えてるの?思わず両手で頭を抱える。僕の最大の秘密、イルメラとしか共有していない禁断の大切な秘密が?
あの夜の二人だけの甘酸っぱい出来事が?秘密を共有して更に親密になって絆を深めた、大切な思い出が?二人で秘密を抱えて共に同じ墓に埋まろうって誓い合った大切な志が?
二人だけの大切な秘密の儀式が、思わぬ所で代々共有されている公然の秘密扱いなの?そんな馬鹿な事があっていいの?いいわけがあるかっ!
断固、抗議するっ!異議あり、異議有りだっ!
「僕の大切な思い出を穢さないでくれるかな」
「幾らでも浸れる大切な思い出くらい、私達には沢山有りますよね?」
真顔で反論された。いや確かに魔道師団員との大事な思い出も沢山有るけど、イルメラとの大切な思い出はさ。それに勝るとも劣らない、異性との甘酸っぱい青春の思い出なんだよ。
「何ですか?その不貞腐れた顔は?」
何を言っても無駄というか、詳細を聞かれても恥ずかしくて困るのは自分なので、飲み込む事にする。大切な思い出は、自分の心の中にだけ有れば良い。他人に話す事ではないのだから……
無事に帰ったら、イルメラに沢山甘えよう。彼女の信奉するモア教の教皇が残念教皇でも、信仰に貴賤は無い。たまたま今代の教皇が変だっただけで、次代の教皇は普通かもしれない。
まぁ今生を精一杯生きて、転生はしないと決めているので問題は無いな。うん、今が幸せだから次に期待とかはない。僕は今生を頑張って生き抜いて大往生を迎えるのが目標だから。
「いや、何でもない」
「その納得していません的な顔は何ですか?」
女性が異性の顔に向かって指を指してはマナー的にいけません。
「今を大切に、その気持ちを再認識しただけだよ」
この件はお終い。メルギドのやらかしも最後も聞いたけどスルーで!
「まぁそういう訳で、メルギドの馬鹿の教訓を元にモア教という権力者に媚びない民衆を味方に付ける教義が生まれました。と言うか考えました。国家という権力者は何時かは滅びますが、民衆に根付く宗教は不変ですからね」
ニッコリと笑う、マリエッタの背後にドス黒い炎の揺らめきを感じた。栄枯必衰というか国家は指導者の力量によっては繁栄もするし滅びもする。だが民衆に根付く宗教は、信者が居る限り滅ぶ事は無い。
◇◇◇◇◇◇
結構な時間が経ってしまった。お互いに疲れてしまったのでソファーに深く座って疲れを癒す。色々と有り過ぎて精神的にも肉体的にも疲れた。
甘味が欲しくなり、空間創造からパティストリーワイズの焼き菓子を取り出して二人で食べた。うん、精神的・肉体的な疲労には甘味が身体に染みます。
大陸最大の宗教の教皇と大国の重鎮が向かい合ってだらけて座って焼き菓子を貪り食べる。不思議な状況だけど、作戦行動中の休憩時の事を思い出した。
当時は野外作戦も多く、焚火を囲んで輪になって座って休んでいたな。
「ふふふ、昔を思い出しますね。こうやって気楽に休んでいましたよね。魔法による警戒態勢は敷いていたけど、雑魚寝は当たり前でさ」
何となく天井を眺めながら過去に思いを馳せる。ふふふ、大国の王族という今とは全く違う高貴な?身分だったけど、王位継承権は無いに等しかったので雑な扱いだったな。
次々と脳裏に浮かぶ過去の想いでの数々。今思えば相当酷使されていたよな。一年の殆どを他国との侵略戦争に参加させられて、勝ち続けられたけど……それは仲間達のお蔭だ。
僕一人だったら『無言兵団』を持っていても寂しさで潰れていただろう。仲間の重要性を今だから更に有り難いと感じる。
僕は今も昔も幸せだったんだなぁ……
今は新貴族男爵の長子から、侯爵待遇の伯爵で次期宮廷魔術師筆頭の地位に就く事が約束されている。最年少宰相?最年少侯爵?ははは、知りません。
ふと気付いたら、無言で僕を見詰めるマリエッタと目が合った。少し思い出に耽って放置してしまった?
「団長」
「ん?何だい。改まって?」
居住まいを正して深々と頭を下げるなんてどうしたんだ?
「私達を逃がす為に囮となり、その身を犠牲にしてまで助けて頂き……本当に有難う御座いました。お礼が言いたくて、転生を繰り返した甲斐が有りました。本当に有り難う御座いました。本当に向かい合って直接お礼を言えて良かったです」
輝く笑顔で有り難うと、お礼を言われた。僕は感情がグチャグチャに爆発して何と言えば良いか分からなかった。嬉しさだけが心の中に溢れて、でも何と言って良いかも分からなくて……
何度も彼等の事を思い出しては泣いてしまい、今度は我慢しようと心に決めていたのに。実際はまた泣いてしまったみたいだ。
滲む視界に、昔の姿のマリエッタが微笑んでいるのが見えた。
ああ、僕は世界で一番の幸せ者だったんだなぁ。