どうにも誤魔化しが効かなくなったが、全ての真実を伝える訳にも行かず『真実の混じった嘘』という詐欺の手口みたいな事をお世話になった年長者に言わねばならないジレンマに胸が苦しい。
真実を言えば、広範囲に混乱と被害が広まるのは目に見えている。保身に走ったと言われても仕方ないが、自分達の利益を優先させて貰います。モア教には多額の寄付をしますので許して欲しい。
あと知られても少ししか困らないネタも有るし、其方を囮と言うか隠れ蓑にして話を広げていこう。ニクラス司祭達も、もう事情を知りたくて我慢できないという感じだし……
女神の降臨に立ち会っちゃった聖職者など、誰でもさ。こういう感じなんだろうな。
「そのですね。実は妖狼族の面倒を見る際に、彼等の崇める女神ルナ様に妖狼族の巫女を介して会う事になりました」
他宗教の信奉する女神に直接会った。この想像を絶するカミングアウトに驚くかと思ったのだが、既にモアの女神様に会えたので衝撃が少なかったのかな?
結構な大事だと思ったんだけど殆ど動じないとは、流石はモア教の高位聖職者って事だろうか?人生経験の厚みの違いなのだろう。人々を導く者って、こういう人達なんだろう。
自分はどうだろうか?妖狼族を導く様に言われたけれど、殆ど何もしていない。生活環境を整えただけだし……女神ルナ様に叱られるだろうか?
女神に叱られる?いや、この場合は神罰だろうか?
「イルメラから聞いています。リーンハルト殿のお屋敷が異教の女神の神域になりつつあるけれど、心配無用ですとね」
流石はイルメラさんだ!僕の言い辛い事を事前に言ってくれる頼もしさ。素晴らしい女性だよ。まぁ女神ルナ様の神域って表現は微妙だけど、頻繁に降臨しているからね。
そう言われても仕方ないのかな。最近だけど遂に、簡易的な祭壇もできたらしいし。お供え物を供える台が必要だからね。まさか床に直置きとか不敬を通り越して罰当たりな行為だし。
珍しい果物と果実酒を好まれているけど、ライラックさんの協力で大陸中から珍しい果物や果実酒が集まって来て、僕も試食と言う恩恵を受けている。
味見?毒見?まぁ味も知らないのに供えるのも問題だから、役得というか自主的な献身というか……御馳走様です。
「なんでも、リーンハルト殿は異教の女神に意見出来るとか。神託を無条件で受け入れない姿勢、だから問題無いのだと聞きました」
はい?そうだっけ?僕の記憶違いじゃないよね?そんな話じゃない筈だぞ。アレ?違ったのか?違わないよね?段々自信が無くなって来た。
「二人の女神様の使徒様とは凄いです。惜しむらくは、その事実を公表出来ない事です。悉く滅べ、背教者共め」
マリア院長から最後に恐ろしい言葉を聞いたけど、おそらく聞き間違いでしょう。そんな宗教弾圧みたいな事を言う訳ないし……
「えっと、それでですね。モアの女神様の最後の言葉について、非常に勘違いと言うか誤解が有ると困るので一応弁明をさせて下さい」
折角周辺国家間のゴタゴタが収まったのに、自国のそれも家庭の事で大きな災いというか諍いというか。新興宗教のザスキア教祖と信者達と若手実力者の中でも台頭してきた『魔王』リゼルの戦い?
ははは、笑えないです。どちらも家族として大切な人なので争う事など見たくないのですが、その解決策がイルメラさんってどうなのですか?大いなる母性を以て、諍いを納める的な?
確かに、イルメラは暗殺者として教育されていた、クリスに人並みの感情を芽生えさせたり聖母としての実績は膨大です。
ザスキア公爵もリゼルも一目置いているので、仲裁者としては最適なのかな?
「家庭内の事ですので、私達はなにも言えません。ですが、本妻となるジゼル様との結婚式を終えたらですね。直ぐに、イルメラさんを側室に迎えるのです。これはモアの女神様の神託です」
御神託?アレが?使徒の件を辞退したら、望んだ答えをくれなかった雑なアレが?いや、女神様に対策を教えろって強要するのも筋違いだけど、あそこまで言われたら最後まで対策方法を教えて欲しかった。
「貴族の柵(しがらみ)も有るでしょう。ですが、公式に何かを催すとか届けるとかは有りません。もう本妻殿との結婚式の翌日に迎え入れなさい。勿論ですが、モアの女神への宣誓は祖父殿の領地の私の教会で執り行いま……」
「ふざけないで下さい。イルメラは、私が導いたのです。なので王都にある、私の教会で宣誓を行うのが道理。当然ですが、その宣誓を取り仕切るのは教会を任されている私が行います」
「孤児だった彼女を受け入れて愛情一杯に育てたのは私です。当然ですが、あの子の母親と言っても過言ではないので、取り仕切るのは任せて下さい。嗚呼、そうなると私がリーンハルト殿の義母になるのでしょうか?」
マリア院長の孤児院で育ち、ニクラス司祭の教会で修行して神学を学んだんだっけ?イルメラも複雑な生い立ちをしているんだよな。シモンズ司祭は祖父の領地に出来た新しいモア教の教会の責任者だ。
僕かイルメラに関係の深い繋がりは有るのだけど、誰の教会でモアの女神に宣誓を行うかで大揉めだ。そもそも総本山で結婚式を挙げた後に、直ぐに王都やお爺様の領地に移動する事なんで不可能です。
しかも新婦を放置して側室を迎える宣誓式とか、僕はどれだけ多情で浮気者なの?最悪の二股浮気野郎と国中から評価されるので絶対に嫌です。断固拒否します。絶対に嫌です。
そんな『私を選びますよね?』とか『早く彼等に引導を渡しなさい』とか催促の視線を向けられても何も言いませんし言えませんし選びません。
「翌日とか無理です。貴族の常識やしきたり、慣例に則っても早くて一ヶ月は空けないと世間体が悪過ぎま……」
恨めしそうな視線を向ける老聖職者達に常識を伝えようとしてたら、頭の中に何かが降りて来るのを感じたし、物理的に天井から一条の光が額に向けて差し込んできている。
あっ?コレって演出だ。一条の光の先に満月が見えるのは、確定演出だ。
『リーンハルトよ。呑気に一ヶ月も放置するなど有り得ません。貴方の抱えている危険な因子は今すぐにでも爆発します。火種?そんな可愛いモノでは有りません。貴方の錬金する爆発する魔石より危険で不安定です』
あの、ここはモア教の総本山です。女神ルナ様の御神託が直接脳内に響いていますが、これって大変宜しくないのでは?
取り合えず跪いて両手を組み祈りを捧げるポーズをとる。何となく御神託を授かっている体裁を取ったけど相手は、モアの女神様じゃなくて女神ルナ様です。声を聴けば分かります。物凄く不味い状況です。
御神託の声が聞こえるのは自分だけならば、何とか誤魔化せる筈だ。僕はモア教の女神様に公式に認められた『守り手』だから、大袈裟な御神託も可能性はゼロじゃない筈だ。
でも殆どこんな事になってる者は近年は居ないだろうな。言い争っていた老聖職者達が同じように祈りを捧げる姿勢をしている。いや、申し訳ないのですが信奉する相手違いです。
『大変申し訳御座いませんが、本日はお帰り下さい。自分の屋敷に戻りましたら、お話を伺います。ここは貴女様の神殿では有りませんので、大変な問題行動だと愚考しますです。はい』
ニクラス司祭達が気付かない内に、早くお帰り下さい。バレたら不味いですって!女神違いとか、笑えませんって!
『許可は取ってます。リーンハルトの屋敷の私の神域にも、モアの女神が降臨する許可は出しましたので問題有りません』
はい?屋敷の持ち主が知らない取引を女神様間で行ってるの?
『いやいやいや、僕の屋敷が偉い事になり過ぎてますが?どう考えても駄目でしょ!』
『四の五の言わないで、さっさと娶れ!貴方になにかあると、私の愛しい眷属達が路頭に迷うのです。妖狼族の為にも、痴情の縺れで心中とかは許しません!』
え?心中?誰が誰と?僕が誰と?そんな未来が有るとでも?相手って、この流れだと……ザスキア公爵かリゼルの何方かって事?
額に照射される光が強くなったり点滅したりと変化が凄いのは、女神ルナ様の演出?感情の揺らぎというか、御立腹?どういう状況なの?
取り合えず了承しましたと念じて、お帰りを促す。流石にそろそろヤバいので、誤魔化しが利くうちに……いや、もう無理か?
「女神様、御神託有難う御座いました。ご意向に沿う様に頑張りますので宜しくお願いします」
どちらの女神様とは言わずに声を出して、了承の旨を伝える。これで少しは誤魔化せると思うし、最悪はゴリ押しで通してみせる。早くエムデン王国の王都に帰りたい。
帰って状況の確認と対策をジゼル嬢とイルメラさんに相談するしかない。ザスキア公爵とリゼルと会うのは下打合せが終わった後でだよ。
ルナ様は自分の眷属たる妖狼族の未来の為に心配しての事だから信憑性が高く、確率も高いのだろう。女神の予測の正確さは身に染みて理解している。
僕の転生の秘密とかも暴かれたのだから、安易な気持ちで大丈夫は駄目だ。真面目に対策を講じないと……詰む。
僕の幸せの最終障害が、頼りがいが有る仲間達って……どういう状況なんだ?
手順を間違えたら詰む。心して掛からないと最後の最後で……心中?無理心中?ははは、失敗しない様に頑張るしかない。
頼りになる、ザスキア公爵とリゼルが頼れないのが厳しいが、ジゼル嬢のギフトも使わないと厳しいだろう。リゼルの助力が相当有効だったのを本当に理解した。
まぁ先ずは、イルメラさんに相談だ。女神様達が今回の件の肝だと言ったのだから、その言葉を信じよう。