古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第1078話

 エムデン王国の諜報機関の長、過去には魔女とか女狐とか呼ばれ蔑まれていましたが、今は魔王と呼ばれて畏怖されている。見た目は少女で中身は老獪な女性とテーブルを挟んで対峙している。

 一旦は窓から飛び出すという暴走みたいな逃走を考えていましたが、アインさんが両肩を掴んでソファーに押し戻したので我慢して座っています。

 正直、本気なのか嘘なのか?それとも交渉を有利にする為のブラフなのか、心を読んでも理解不能です。そもそも狂人の心理を理解するのは不可能なので諦めました。

 

『悩むだけ無駄』という諺(ことわざ)も有りますが、無策無謀を諦めたという一言で済ますのも危機管理不足です。

 

 貴女に対しては『用心に用心を重ねて更に疑って掛かるのが正解』と身に染みて理解しています。民衆の扇動を得意とする貴女がですよ。相当病んだ女を演出するのも意味が有ると思っています。

 馬鹿みたいに嫉妬で狂った女だったら、どんなに楽だろうと思います。バーリンゲン王国の貴族令嬢達の殆どが、そういう感じでしたわ。

『常に他人と比べて根拠の無い優越感に浸る』とか『言葉では褒めたり羨んだりしますが、内心は燃え滾る嫉妬心』みたいな事を考えていましたわね。

 

 異常なほどの虚栄心というのでしょうか?意味も無く根拠も無く、自分が相手よりも上だという精神構造。ある意味では『無敵の人』というのでしょうか?

 

「またネクタルを飲んだのですか?無用に王族の女性陣を刺激するのは悪手では有りませんか?」

 

 取り合えず牽制してみましょうか。禁断の若返りの秘薬を軽々しく扱うのには賛成しかねます。無用な敵意を集めるのは避けた方が良いでしょうし……

 私にまで『新しい世界』の構成員に反発する者達が擦り寄ってきています。魔王であるザスキア公爵と正面から張り合えるのは、魔人である新興の新貴族男爵。

 身分差を無視して魔王と張り合っている相手に、身分差を盾にネクタルを強請る助力を請うとか……愚かと言うか何と言うか、矛盾していますよ。

 

 メリットも説明せずに大人しく言う事を聞く訳がないじゃないですか。そんなに弱くも有りませんし、舐められて仕返しもせずに黙ってもいません。

 ええ、そういう連中には反撃しました。あらゆる手を使い、例え王族でも国王の寵愛を受けている側室でも、王妃でさえ反発しましたわ。

 まぁその結果が『魔人』と呼ばれる理由なのですけど。ですが、一部の不穏な方々にしか反発していませんので王宮内での評価も高まったため、痛し痒しです。

 

「炙り出して燃やし尽くすべき塵芥(ちりあくた)でしょう?無能な王位継承権所持者など、火種以外の何者ではなくて?」

 

「その火種の炙り出し要員を今回使ってしまった訳ですが?」

 

 王位継承権第三位の幼女愛好家の問題児が、自分の性癖を満たす為の『永遠の幼女』という幻想を有象無象の女性王族達にネクタルという禁断の秘薬で実現可能と唆されて自滅しました。

 アレはもう少し他の不穏分子を釣り出す餌の筈でしたが、予定外に消費させられてしまいました。王位継承権の低い王族の女性達など、アウレール王からすれば大した脅威でも無かった筈ですのに。

 無駄に何年も育てて来た『贄(にえ)』を無駄に使わせた事は、マイナス評価です。現状で新しい『贄(にえ)』の対象者は殆どいませんから……

 

「五月蠅いコバエが一掃出来ましたので、私的には満足ですわ」

 

 余裕の笑みを浮かべて無駄に豪華な扇で口元を押さえていますが、そのコメカミの微妙な痙攣は見逃しませんわ。

 ですが、現状でエムデン王国内の貴族が内戦や謀反を起こす確率は限り無くゼロですので、次期国王になられる方が新しい『贄(にえ)』を用意すればよいのでしょうか?

 問題の先送りですが、グーデリアル殿下が王位を継ぐのか?年齢的に彼の子供が王位を継ぐのか微妙ですわ。アウレール王の治世は、未だ三十年以上は有ります。

 

 グーデリアル殿下の子供世代で、新しい『贄(にえ)』を用意すれば良いのでしょうか?

 

 その時に宰相になっている筈の、リーンハルト様は四十代後半。余裕で対処出来ますので、問題は有りませんわね。私もジゼルさんも側に居りますし、不心得者は炙り出せます。

 嗚呼、一番の不心得者は目の前の『魔王』で『教祖様』でしょうか?まさか、リーンハルト様を手に入れる為に簒奪を計画するとか?

 うふふ、それは無いでしょう。もし計画を実行すれば、自動的にリーンハルト様と敵対する事になります。その方が後腐れ無いので、私的にはOKですが有り得ない未来ですね。

 

「まぁ今後四十年前後は落ち着いているでしょうから、それ程問題は無いでしょうね」

 

「ええ、エムデン王国の繁栄は、私達が手を組んでいる限り盤石でしょう」

 

 牽制ですか?恋敵に対して手を組む限り?裏切りや出し抜き上等の関係の筈ですが?

 

「うふふ、協力体制の維持は最重要課題ですわね」

 

 此方も笑顔で嫌味を返しましょう。貴女が裏切らない限り、私も裏切りませんわ。ですが私の忠誠心はエムデン王国には向いていませんので、優先度の高い方に従いますが……

 貴女は公爵、私は新貴族男爵。国家に求められる貢献度は天と地ほども違いが有りましてよ。私は親族も居ないので、身一つで動けます。ですが、貴女には抱えているモノが多すぎます。

 この点は下級貴族の私の方が有利でしょう。私も旦那様の出世に合わせて侯爵夫人になれば多少は抱えるモノも増えますが、それ程の負担では有りません。

 

「それでは本題に入りましょう」

 

 咳払いを一つして話題を切り替えました。漸く本題に入る事が出来ますが、前振りが長すぎますわ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 真面目な顔に切り替えましたわね。これからが本番で先程迄の話はお遊びみたいなモノなのでしょう。ギフトを使い思考を読みますが、無というか考えを悟られない様に上手く……

 考えを薄めている?という表現が適切なのでしょうか?会話の様に『言質を取る』ような事は出来ない、曖昧な思考の海というかイメージは『薄い雲』でしょうか?

 快晴なのか薄曇りなのか?まぁ流石は諜報部門の長であり、私のギフトを知り尽くしているだけの事はあります。最悪は本音と違う事を考えて思考を誘導させそうです。

 

「モア教の教皇様ですが、どうにも正体が掴めないのです。知れば知る程、怪しいと言うか何と言うか胡散臭いのです。あの友愛を教義とし民に寄り添う宗教のトップが胡散臭いのですよ」

 

 そう言って紙の束、多分ですがモア教の教皇に関する調書を差し出してきました。一時期、リーンハルト様も冒険者ギルド経由で『無意識』に調査を依頼していましたが、取り下げた件ですわね。

 清貧を是とし賄賂や不正を許さず、私利私欲に溺れず民に寄り添う理想的な宗教。そして国家の方針に邪魔にならず権力者とも一定の距離を置く『理想の宗教』の教皇が胡散臭いですか。

 調書の束を捲り内容を流し読みすれば、確かに胡散臭いと言うか……現教皇の事が殆ど分からない?ええ、本名すら不明って?出身地も分からず家族構成も不明?

 

 一応、孤児院出身という事で家族構成も本名も不明という理由は分かりますが、その生まれ育った孤児院も不明とは?確証は有りませんが『とある一族』の関係者で有るらしい?

 その一族は数代に一回の割合で教皇を何人も輩出している、モア教関連の名家といっても差し支えない一族。その一族の出身者が教皇になることは珍しくも無い。

 実際には歴代の教皇の殆どが、その一族の関係者で今回みたいに出自が不明な教皇が数代に一回なっている。でも、それも偽装で実はその一族の関係者というか、隠されて育てられた者?

 

「モア教が急に胡散臭くなりましたわね。謎の一族、そして歴代の教皇は全て謎の一族の息が掛かっている者達だった。陰謀論過ぎませんか?流石に数百年も同じ一族が牛耳っているとか笑えませんわ」

 

 トントントンと扇で机をリズミカルに叩く音が、ザスキア公爵の心情を表している。諜報部の長として調べきれない仮定の話をしたくないのでしょうか?

 

「精度は高い情報ですわよ。この数代に一回の教皇が全員曲者なのよ。十代半ばで教皇に就任し、辣腕を振るう。普通に謎の一族で優秀な者を教育して送り込んでいる?でもそれは変でしょ?」

 

「苦労して育てた人物を無関係な者として教皇に就かせる事にメリットが無いから?でしょうか?」

 

 見返りが全く無い訳では有りませんわね。いえ、モア教の教皇というトップを独占していないアピールなら十分に考えられますわ。権力の独占は腐敗と汚職の温床ですから、公平性を示している?

 それでも労力に見合う成果とも思えませんわね。幼い時から教会に従事しているので顔は割れていますし、謎の一族との接触を全く周囲に悟られないのも無理が有るでしょう。

 そこ迄、秘密にする?または知られても大して困らない?ですが、少し離れた視線で見れば『モア教は謎の一族に牛耳られている』と見えなくもない。

 

 敬虔な信者に真面目な司教達が殆どなのですから、不明や不満が皆無なのも気になります。

 

「その一族の調査はしたのですか?」

 

「いえ、諜報員が身の危険を感じたそうなので一旦引かせたわ。藪蛇になりそうでしたから……」

 

 一流の諜報員が身の危険を感じる程の、諜報機関を阻止する要員が居るという事ですわよね?武力や防諜とは縁も所縁(ゆかり)も無さそうな聖職者達がですか?

 他の宗教みたいに、僧兵みたいな独自の戦力も有していないのにですか?荒事上等の敵国にも侵入して情報を得て無事に情報を持って帰還する強者(つわも)揃いの方々が?

 そこ迄言われると異常性を考えさせられますわね。そんな胡散臭い教皇が、リーンハルト様に固執する訳とは?あの謎の暗号の様な親書の意味は?

 

「もしかしなくても、リーンハルト様は『謎の一族』の事を知っていた?または謎の一族からの接触が有った?いえ、私が知る限りでは、その様な素振りは全く有りませんでしたわ」

 

「無駄に傍に侍っていた、貴女が言うならそうなのでしょう」

 

 無駄に、では有りませんわ。副官として腹心として、必要とされたから御側に仕えているのです。協力者である、貴女とは必要度が段違いなのです。

 

「謎の一族に胡散臭い教皇、彼等が固執するリーンハルト様の秘密?これは帰ってきたら、さり気無く聞き出さねば駄目な案件ですわね」

 

 本題は、リーンハルト様への聞き取りを協力して行う事への理解と言質を取りたかった訳ですか。

 リーンハルト様は、何となくですが教皇というか謎の一族について、有る程度の予測をしている感じがします。数百年間も暗躍している組織と生まれて十数年の少年が関係している?

 この矛盾に、私のギフトを使わせて包み隠さず教えなさい!そういう事なのでしょうが……

 

『申し訳有りませんが、私の優先順位の最上位は旦那様なのですわ』

 

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