久し振りの我が第二の祖国、エムデン王国の王都の城壁が見える所まで帰って来る事が出来た。白亜の城塞都市、守るべき大切な人達が住む場所。大陸で一番治安が良く発展している街。
窓から見える午後の日差しに照らされて真っ白に輝く城壁を見て感慨深くなる。これが所謂あれだ、ホームシックという奴だろうか?
イルメラさんのインナーのストックも残りが心許ないので、無事に帰って来れて良かった。流石に今日は自分の屋敷でゆっくりと休んで、明日から王宮に詰める事になるだろうな。
自分の私的な結婚式が国家的な行事となり、驚くべき事にモア教の総本山の大聖堂で教皇に執り行って貰うという珍事。一国の国王だって無理な事が実現する。
対外的には『モア教の守り手』で、モア教の中では『モア教の女神の使徒』であり、既に聖戦の達成という使命を終えた後になっている。つまり『使徒』としての使命達成済みだね。
ニクラス司祭達には口止めしたけれど、効果は殆ど無いと思って良いだろうな。無闇に話を広めない筈だが、口の堅い上層部には広まるだろう。
モア教関係者が主神である女神の御降臨に立会い、自ら『使徒』に任命する場所に立ち会ったんだ。黙ってる方が奇跡だと思う。
城門の前に到着、家紋付きの馬車だから中を確かめる事もせずに優先的に通過出来るのだが、カーテンを開けて窓越しに警備兵達に手を挙げて労わると一斉に敬礼された。
その状況に、馬車に乗っているのが誰か予測が出来たのか?周囲に並んでいた者達が騒めき出したので、詰所から警備兵達が現れて規制し始めた。仕事を増やして申し訳ない。
あとで差し入れをするので悪く思わないで下さい。ワインと日持ちする食べ物を送ります。持ち帰って家でも飲み食いできる物が喜ばれるみたいだし……
王都の警備兵は平民が多く、隊長クラスでも下級貴族が殆どだ。俸給はそれなりに貰っていても王都は物価が高く生活も余裕はないので、娯楽のワインと食料が喜ばれると思うんだ。
◇◇◇◇◇◇
城門の警備兵達が上手く規制してくれたのか、大きな騒ぎにもならずに自分の屋敷に到着。流石に夕食の時間には間に合わず、通り過ぎる貴族の屋敷には煌々と明かりが灯っている。
城門から新貴族街を抜けて貴族街に有る屋敷までの距離は相応にあるので、漸く帰って来た感慨に耽る事が出来た。正門にはメルカッツ殿とニールが何故か完全武装で待ち構えている。
その後ろには同じく完全武装の私兵達が整列しているけど、平時なのだから大袈裟じゃないかな?何か王都内で大捕り物とか有ったの?無いよね?報告聞いてないけど?
あれ?後ろの方に、ダルシムとナジャフも居るぞ。お爺様の親族で僕の派閥の構成貴族だけど、モレロフの街と周辺の開発を任せている筈だけど終わったのかな?
ソルベとルドルフは居ないけど、もしかしなくてもモレロフの街で問題でも起きたのか?だが、それならば、セインとカームが居ない。彼等が正式に国から灌漑事業を請けているんだ。
「出迎え、ご苦労様。何か有りましたか?」
「はい。リーンハルト様がモレロフの街を発たれた後、バーリンゲン王国の残党共が押し寄せて来たので対処した件と、懸案事項が有りましたので直接報告に伺いました」
直立不動で結構な問題を報告した。宮廷魔術師団員を配置していたし、クギュー達カシンチ族連合にも護衛の兵はいるので被害は軽微だと思ったが未だ残党が居るのか?
本当にしぶといし図々しい。自分達を好待遇でモレロフの街に受け入れろ、序に謝罪と補償と賠償も寄越せ!そんな所だろうが、ふざけるのもいい加減にして欲しい。
エルフ族と人間族の仲違いを画策し人類滅亡の切っ掛けを作った『全ての人間族の怨敵』の連中の生き残りがエムデン王国領内に居たのか。
「不心得者の対応は?」
まさか取り逃がしてはいないよね?流石にモレロフの街の安全管理の関係上、不穏な連中が生き残っているのは良くない。最悪、王都から正規兵を派遣して虱潰しに捜索になるかな。
フルフの街から王都までの間は、エルフ族との緩衝地帯になっているし魔牛族も居る。厄介者など一人たりとも隠れているなど有り得ない。絶対に最悪の行動をする。
自滅で済めば良いけど、悪運が強いのか分からないけど必ず周囲を巻き込む害虫みたいな連中なんだ。もう相手をするのも嫌なので、殲滅が国家の方針なんだ。
だから、僕の関係者が取り逃がしたとなれば万全のフォローが必要。
「全員残らず討ち取りました。討ち漏らしは居ません。僅かな生き残りは捕縛し、エムデン王国に引き渡しております」
「更に引渡しの前に尋問を行い、仲間の有無も確認しています。別動隊等が居ない事も確認済みです」
うん。通達は徹底していて対応も満点だ。残党も居ないとなれば生き残りを集めての抗議だったのか?馬鹿だな。既に抗議しても処罰の対象である事は理解していただろうに……
もしかして、未だエムデン王国になら何をしても問題無いと思い込んでいるのか?モンテローザ嬢に洗脳された連中か、それとも元々の資質で最悪な連中か?
まぁ一網打尽に出来たのなら良いし、捕虜がいれば情報は確実に抜けるだろうから仮に生き残りが居ても問題無く捕まえる事は出来るな。
「懸案事項は?」
「長くなりますので、此処では無く屋敷の中で宜しいでしょうか?報告書は纏めてありますし、リゼル様にも報告済みでザスキア公爵様と一緒にお待ちです」
はい?おぃ何て事を仕出かしてくれたんだよ!心の準備も出来てないし、イルメラさんにも相談する前に二人と会えだって!
バーリンゲン王国の連中め。最後の最後まで邪魔をしてくれる。絶対に一人残らず殲滅してやる。慈悲なく遠慮なく、絶対にだっ!
◇◇◇◇◇◇
取り急ぎ自室に向かい着替えを済ませてから、応接室に向かう事にする。世話当番のリィナにさり気無く状況を聞けば、ジゼル嬢とイルメラさんが二人の相手をしているそうだ。
イルメラさんとは先に相談したかったけど、二人に対応中ならば仕方無い。二人の女神様の御神託だが、出たとこ勝負で何とかするしかない。
少しだけ挙動不審に見えたらしく、リィナに体調不良ですか?と心配されてしまった。不味いぞ、リィナにまで見抜かれるほど動揺しているのが分かるなら……あの二人なら?
彼女達の事で、僕が動揺してるとか知られたらどうなるか?数日前までは頼りになり信頼していたのに、今は女神様の御神託の所為で僅かな疑惑が芽生えてしまった。
不味いマズイ拙い、まずいぞコレはっ!
深呼吸をして気持ちを落ち着けようと思ったが、リィナの前で急に深呼吸など始めたら余計に疑われる。仮病を使う?駄目だ、絶対に見舞いに来るだろうし、看病でもされたら……
どういう態度をすればいいか分からない。恨みます女神様方っ!こんな心情で彼女達に会えと?どういう顔をして会えば良いと?余計に関係が悪化しませんか?
「あの、リーンハルト様?お着替えの手が止まっていますが、お手伝いした方が宜しいでしょうか?」
上着を脱ごうとした体勢で固まっていたみたいで、慌ててボタンを外す。手が微妙に震えて上手くボタンが外れないか、何とか外して脱いだ上着を彼女に渡す。
渡された上着を直ぐに畳んで、新しい上着を渡してくれる。来客を待たせているので、流石に下着類は着替えないし彼女の前では下着を脱いだりはしない。
普通の貴族ならば全裸になって使用人に見られても恥ずかしがらないし、王宮や招かれた屋敷で風呂に入る時は我慢する。だが自分の屋敷ではしない。
全裸など、イルメラさんにも見せていない。幼い子供の頃の事はノーカウントで、アレは意識も目覚めてなかったから正確には今の僕じゃないから……
「ああ、済まないね。少し考え事をしてしまったけど大丈夫、魔術師ゆえの考え過ぎというか職業病だよね」
ニコリと笑って誤魔化す。リィナは純朴だから、納得した様な顔で控えている。基本、着替えは自分で行うし、手伝って貰うのはイルメラさんだけだし。
新しい上着を受け取り袖を通す。この段階で、リィナが手伝い皺が有れば伸ばしたりして、最終的に問題無いか確認をして貰う。
汚れていないのに、人に会うたびに着替えるって非効率だけどさ。これも上級貴族の嗜みで、相手に失礼にならない為のマナーか。
待たせる方が失礼だと思うのは、僕も大分現場主義に毒されてきているのかな?
最近外回りというか、国外の辺境とかに行く仕事が多かったからね。急に王都で上級貴族としての仕事とか慣れるのに暫く掛かりそうだよ。
さて、本番に向かうか。バシンと両手を自分の頬を叩いて喝を入れる。急な乾いた打撃音で、リィナを驚かせてしまった。
今日は色々と駄目だなぁ……
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リィナに先導されて応接室に向かう。自分の屋敷内で先導も変かも知れないが、いきなり入室せずにリィナが伺いを立ててからが身分上位者相手のマナーだ。
ザスキア公爵は身内認定はしているけど、貴族的には二つも上の爵位を持つエムデン王国に四人しかいない公爵。僕は宮廷魔術師第二席だけど、爵位は伯爵。
こういう身分差の扱いをすると、他人行儀で悲しいとか言われてしまうのだが誰が見ているか分からないので簡略化は出来ない。
自分の屋敷の使用人を疑う訳ではないが、他人の屋敷の使用人達から気付かれずに情報を抜き出す事は可能だし結構な貴族が他家から情報を集めている。
僕も行っているので非難はしないけどさ。淑女達のお茶会とか、完全に情報交換の場だし参加させて貰ったから分かる密度の濃い内容だよ。
現実逃避はお終い。何とか気持ちを切り替えて、何でも無かった振りをして応接室に入ると……
更に若返り、十代半ばとなったザスキア公爵と少し若返って十代後半の見た目のリゼルが並んで座っている。また若返ったの?
それを憎々しげに見詰めるジゼル嬢と、圧の強い笑顔を浮かべるイルメラさんが並んで座って対峙している。
えっと?バーリンゲン王国の残党連中の対処の話し合いの筈ですが……初っ端からギスギスしていませんか?