自分が『モア教の女神の使徒』である事を告白した。世界が驚愕する事実の筈なのだが、皆の反応が予想と大分違う。見られる此方が居たたまれない感じです。
疑うとか嘘だと決め付けるとか、頭の中が可哀想なのね。とかの憐れむ視線ではないのだが、多分に呆れが含んでいる様な……何と言うか微妙な視線を向けられている。
ザスキア公爵の諜報能力を考えれば、モア教の総本山での出来事の殆どは把握済みだろう。モア教関係者の中にも協力者が居るだろうし、ニクラス司祭達も喜ばしい事だと隠さないかも知れない。
「えっと、その……一応ですね。ニクラス司祭達にも確認してもらっても構いませんが、非公式には『モアの女神様の使徒』で公式には『モア教の守り手』です」
自分で女神の使徒とか恥ずかしいし、どんな罰ゲームだよと思う。自意識過剰とか勘違いしないで欲しいです。僕は望んでいないのに、二人の女神様の使徒とか異常事態だと思う。
同じ時代に二柱の女神様の使徒が同一人物とか、どこの創作物語の主人公だよ。オペラの題材にしても都合が良過ぎるというか設定が盛り過ぎというか、登場人物に感情移入が難しいだろう。
つまり僕は、出来の悪い適当な設定モリモリの物語の主人公になった訳だよね。笑えないし笑われたくないよ。
「リーンハルト様がモア教の女神様が御降臨された際に、正式に『使徒』に任命された事は、非公式ですがモア教関係者の上層部には通達されています」
「本来、仰々しい『使徒』様などに任命された場合は、困難な『神命』がセットで下されるのですが……リーンハルト様は既に人類の危機を救っているので順番が逆でしたわ」
事後承認みたいなものね?って続けて言われたけどさ。その事後承認の『モアの女神の使徒』を断って『モア教の守り手』でお願いしたのに、言う事を聞いてくれなかったのか……
宗教関係者が信仰する女神の願いを叶えない訳がないから、仕方ないのだろうか?そりゃ無理か。女神の奇跡を目の前で見て、それを無かった事には出来ないよな。
聖職者にとって、信仰する女神の御意志が最優先なんだな。上層部という括りはあるけど、大陸中のモア教関係者が『使徒』に任命された事を知っている訳だよね。
全然嬉しくない。
「まぁ済んだ事で『女神様の使徒』に任命されても微妙だし、女神様には『モア教の守り手』でお願いしますって頼んで了承を貰ったのにさ。宗教関係者って怖いよね」
そう言ったら、全員が微妙な顔をしたけどさ。国教とはいえ、国家の中枢を担う者が宗教に強い干渉を受けるって厄介事でしかないよ。国益は必ずしも宗教の教義には合わない。
国益を優先すれば何時かは教義と真っ向から対立する。今回は『たまたま』敵がモア教と敵対していたし、エルフ族にちょっかいを掛けて『人類全体の敵』になったので問題にならなかった。
モア教は国家間の戦争には干渉しない。戦後の復興支援に力を貸すだけだ。戦争の仲介はしないし、仲裁もしない。国家間戦争には基本的に関わらない。
これはマリエッタの戦略でもあり、戦争に介入する事が宗教を継続的に運営するに当たって不都合だから手を出さなかったんだ。
国家間戦争に介入する事は、何時かは宗教国家として立ち上がる可能性も低くは無いし他の国から敵視される可能性も高い。
そもそも国家の中枢に食い込む宗教など、その国が滅べば弾圧対象だし国家が繁栄すれば王家との確執も強くなる。権力争いは負ければ全てを失うから……
転生を繰り返す、マリエッタには都合が悪かった。
「英雄が使徒に選ばれる。または使徒が神命を達成し英雄になる。神話の時代から前例は幾らでも有りますわ。そしてそれは民衆からすれば甘い毒になりえます」
「各国の王をも凌ぐ名声と実力。神の代弁者としての発言力は小国の王よりも遥かに大きいでしょう。それこそ神敵として指定された場合、抗う事など不可能で滅ぼされると思われるでしょうね」
ザスキア公爵とリゼルが、有り得る最悪の未来を言葉にしてくれた。そうなんだよね。エムデン王国や自分は全く考えていないけど、周辺諸国の思惑は違う。
大陸最大級の国家の重鎮が、大陸最大の宗教との縁が深くなる。何もせずに傍観している連中は無能と言って良い。警戒は必須で、対応は状況次第でも無対応は有り得ない。
そんな国は普通に滅びる。単独で抗えなければ協力者を募る。その最悪の未来予想が、周辺国家が協力して『反エムデン王国連合』の結束だな。
まぁ相手が安全か利益を重視するかで、切り崩しは不可能じゃない。味方に引き込むか、内部崩壊させるか。相当有能な扇動者か統率者が現れない限りは何とかなるか?
有効なのは、モア教の影響力を使って敵国の国内に揺さぶりを掛けて切り崩していく。僕が無作為に単独侵攻を繰り返して結束力を割く。自国の安全優先の方向に誘導する。
エムデン王国は経済を輸出入に頼ってはいないが、商業的な意味では市場が限られれば国内の商人からの反発は免れない。どちらが先に根を上げるかの我慢比べはな……
思わず頭を抱えてしまいたいのをグッと堪える。僕が不安な様子をすれば、周りは余計に心配するからね。余計な不安を煽る様な事はしたくない。
少し冷めた青茶を一口飲む。何となくフルーティーな感じが鼻孔を擽り、気持ちが少しだけ軽くなった気がする。まぁ気休めだけど、こういう小さな事って大切だよね。
ああ、そうだ。輸入が滞ると女神ルナ様への貢ぎ物の入手が困難になるな。それはそれで困るので、何か考えないと……
◇◇◇◇◇◇
これは良くない状況ですわね。リーンハルト様がモア教みたいな偽善の塊の腐れ宗教に取り込まれようとしています。神の使徒など『百害あって一利もなし』ですわ。
彼の立場を強くする意味で『英雄』は積極的に広めました。英雄譚では使命を達成した後でお姫様(王族)と婚姻という有る意味でパッピーエンド(取り込み)となります。
つまり爵位が低くても王族と婚姻出来るのならば、公爵と伯爵の身分差だって世論的には婚姻可能な雰囲気に持って行けたのに……
先に男爵令嬢のジゼルさんと結婚しても『真実の愛』と『秘めたる思い』とか『身分差を乗り越えた』とか幾らでもそれっぽい理由を捩じ込む事も可能だったのに……
モア教の教皇が結婚式を執り行うとなれば、ジゼルさんの本妻としての立場は強固となり覆す事は難しくなると言うか……殆ど不可能となりますわ。
それ程にモア教の民衆からの支持というのは強大であり、上級貴族といえども無理強いは出来ないわ。民意とは、場合によっては国家権力にも抗えるのだから。
悔しくて悲しくて憎らしくて堪りませんが、感情に任せて泣き喚く事はしませんわ。私は『最後に傍に居てくれれば良い』とは思っていません。初婚に拘ります。
リゼルさんは最初から側室で問題無いと言っていますし、実際そう思っています。彼女が気にしているのは、娶られる順番くらいでしょうね。
それも『私よりも先に』という許しがたき妄想をしているみたいです。彼女との話し合いは済んでいますが……敢えて順番については、お互いに触れていません。
どちらも『自分が先』と思っています。独占しようとは考えていませんので、本妻か側室かの差だけでしょう。そう本妻、貴族の本妻は重い意味が有りますので譲れません。
そして初婚、後妻?繰り上げ?絶対に嫌ですわ。認められませんし納得出来ません。
最大の障害は『イルメラさん』だけと思っていましたが、彼女はリーンハルト様至上主義なので、本妻にも固執していませんし側室に迎えられる順番も気にしてません。
もしかしたら、愛人枠でも許容しそうですわね。それも愛、果てしなく重い愛でしょう。有る意味では、リーンハルト様の『都合の良い女』を演出していますが……トンでもない食わせ者です。
リーンハルト様が一番信頼しているというか大切にしている女性。イルメラさんが嫌だと言えば、リーンハルト様は彼女の希望を叶えようと努力します。
つまり『イルメラさんの機嫌を損ねずに本妻になる』という難解なミッションを熟さなければならない訳ですが……
イルメラさんは、モア教の僧侶。自分の所属する宗教団体のトップである教皇に逆らうとは思えませんし、ジゼルさんとの関係も現段階では良好です。
ジゼルさん達を追い落として、自分が本妻にとは全く考えていません。元孤児で平民出身の自分が、貴族の養女として彼に嫁ぐとしてもです。リーンハルト様に向かう身分差への風評被害を押さえる為でしょうね。
ふふふ、奥ゆかしいですわね。
ああ、握っていた扇子からミシミシと嫌な音がしますわね。そんなに強く握って居ない筈ですし、安物でもないのに何故かしら?経年劣化?嫌ですわね。
「二人して私を見詰めて、何かしら?」
ジゼルさんとリゼルさんが、私を微妙な顔で見詰めていますわね。リゼルさんは躊躇なくギフトを使っているのでしょうが、私の心の防壁も強固でしてよ。
今度は二人で目線を合わせましたが、アイコンタクトにしては微妙に違うような?時間も数秒ですが長いですし……目と目で会話?そのような事が可能な関係性でしたか?
それなりの意思の疎通というか会話が成立しているような?言葉無しでは無理な情報交換というか……リゼルさんがギフトでジゼルさんの思考を読んでるのかしら?
うーん?怪しいし気になりますわね。後で少し調べてみましょう。
リーンハルト様は人材発掘能力が高いし、ジゼルさんは元々才媛として知られていましたけれども、当時は只の男爵令嬢ですので警戒対象外でした。
国家の中枢に食い込む程では無かったので、そこまで注目していませんでしたが……リーンハルト様に見出されて能力が更に開花したのかしら?
リゼルさんの方を重点的に警戒していましたが、二人とも同じレベルに警戒度を見直す必要が有るわね。そして再調査も必要ですわ。
この二人、絶対に何か秘密が有るわね。それも放置すると後々で後悔しそうなレベルの秘密だわ。自分達の優位性を確信している何かを感じるのです。
元々『光と影』とか『表と裏』とか、役割分担をしていたみたいですし、連携して私に挑む気満々なのは理解しています。ですが二人掛かりでも、私に勝てるかは微妙でしてよ。私も負ける気など微塵も有りませんから……
全く恋の邪魔者は『悉(ことごと)く滅べっ!』と叫びたいのですが、それをしたら終わりなので我慢しますが……眉がピクピク動いてしまうのは御愛嬌ですわ。
「いえ、何でも有りませんわ」
「特に何も有りません」
女狐共め。真顔で否定しましたわね。ですが、これ以上の淑女のギスギスを見せるのはリーンハルト様が悪感情を抱くのでお終い。
余計な心配はさせられませんし、イルメラさんも笑顔ですが圧が強くなってますわ、流石は高レベルの冒険者、僧侶ですが数多の死線を潜り抜けて生き残っていますものね。
やはり最大の警戒対象は貴女ですわ。ねぇ、イルメラさん?視線を向ければ笑顔で受け止めましたわね。ふふふ、やはり貴女が一番の……
「では建設的な話し合いを開始しましょうか」