建設的な話を始めると言いましたが、誰に対しての建設的なのか?私に対しては全く建設的じゃないのですが、『今は』話を進めましょう。総ひっくり返しにしないだけの分別は有ります。
笑顔の仮面を被り、優しく微笑みます。そう、私は『今は』リーンハルト様とジゼルさんの結婚式を形だけ祝いますと言うか……祝う形にします。断腸の思いです。
慈愛に満ちた笑顔を意図的に浮かべて、リーンハルト様を見れば……何故か顔が引き攣っていますわね。擬態は完璧な筈ですが何故かしら?何か間違えたかしら?
「それでは、改めてリーンハルト様からモア教の教皇様との打合せの内容を教えて下さいませ」
謎多き教皇様の秘密の一旦でも分かれば儲けモノ程度です。過去に、リーンハルト様も冒険者ギルド本部を通じて凄腕の間者である『無意識』に調査を依頼し断念した相手。
それが、態々結婚式を執り行うという謎の行動。普通ならば上級貴族とは言え伯爵なのですから、エムデン王国の王都に教会を構える司祭級の管轄範囲。
配慮して王宮内の大聖堂を使用する。王族ですらその程度で、余程の徳を積んだ信徒でなければ総本山の大聖堂で『個人的な結婚式』など挙げれません。
信徒の為に祈りを捧げる為に使用すべき場所であり、間違っても個人の私的な行事で使用すべき場所ではないのよ。それを強行する思惑とは?
「その、公式には発表出来ないし、されないけどね。モアの女神様が御降臨されて……いや、僕は全く望んでいないけど『公式に使徒』に任命されそうになったんだよ。困った事にさ」
全員が何を言っているのか分からない顔をしました。女神が降臨?二人目の、いえ二柱目の?うふふ、何を言っているのかしら?全く分かりませんわ。
妖狼族の崇める『女神ルナ様』が、リーンハルト様の屋敷に夜な夜な定期的に降臨している情報は掴んでいます。ですがあくまでも『異種族の崇める神』です。
秘匿していても問題は少ないと思っていました。最悪の場合、妖狼族ごと切り捨てれば良いのですから……まぁ正確には切り捨てではなく『隔離』というか距離を置けば良いのです。
エルフ族絡みでもありますし、庇護されていた種族でもあります。彼の者の領地は隔離されているので情報を断つ事は可能。民衆から接点を切り離していけば、時間と共に沈静化するでしょう。その為に接点も最小限に絞ってます。
ですが、モア教は違います。大陸で最大の影響力を持つ宗教、その最大宗派の女神の降臨に立会い、あまつさえ非公式とはいえ『使徒』に認定?
「いや頑張って断ったよ。モア教の守り手でも十分に厄介だけど、アレは聖戦の理由付けという国益に叶っていたから甘んじて受けたんだ。使徒とか厄災級の劇物だし、人類を率いて『ナニ』かと戦わないって」
え?女神に与えられし使命を頑張るだけで断れるのですか?厄災級とか劇物とか言っても大丈夫なのですか?
イルメラさんは『当然です!』みたいにドヤ顔を浮かべ、ジゼルさんとリゼルさんは淑女がしてはならない変顔を晒しています。
私も大声で突っ込みを入れるのを我慢しましたから分かります。貴方、何を言っていますの?
神族からの『使徒』任命とは、神命が有るという事ですわ。貴方は女神の望む神命を断ったのと同義なのですが、大丈夫なのですか?本当に、女神の意向に沿わなくて良かったのですか?
「本来、使徒とかに指名されれば神命という強制的な依頼があるけどさ。バーリンゲン王国のやらかしでエルフ族の暴走を防いだ事がね。結果的に人類救済に当たるって事で事後承諾だったんだよ。だから断れたんだ。これ以上の面倒事は正直勘弁して欲しいしね」
私の呆れを含んだ視線に言い訳のような事を言いましたが、既に神命を達成済みで使徒任命が事後承諾?余計に混乱してしまいます。
確かにエルフ族が、私達をバーリンゲン王国の愚か者共と同一視して全て滅ぼす。という行動を起こせば、確かに『人類は滅亡しましたわ』となったでしょう。
人間とエルフ、そこには隔絶した種族の力関係が有ります。引き篭もり種族で接点が極端に少ないから、いままで大きな衝突も無く過ごしてきましたが……あの愚か者共が恥知らずな要求を突き付けたのがバーリンゲン王国の消滅の真相。
確かに人間を見下すエルフ族に『バーリンゲン王国の連中と私達は別物』と理解させて行動を制限させた事は『人類救済』と言っても誰も文句は言えないですわね。
プライドが高い方々ですから、格下の連中に性欲の対象として見られたとか怒り心頭でしょう。その場で使者を捻り潰したそうですし、そのままに人間族と全面戦争でもおかしくは有りませんでした。
それを阻止したとなれば、人類救済済みとみなしても良いでしょう。なので事後承諾での使徒任命、それを面倒だからと断る。
「ふふふ。流石は私が認めた、リーンハルト様ですわ。過去にも未来にも、偉業を達成したのに使徒任命を断る者など居ないでしょう」
「嫌ですよ。宗教関連は非常に気を使うし、絶対に信じないで証明しろとか言う連中もいます。そんな連中を信じさせる為に労力を使うのは絶対に嫌です」
「まぁそうですわね。証明する為に目の前で御降臨させたら、その者がどういう行動を取るかなど分かり切っています。自分の欲望を願うでしょうね。それは凄く無駄な事でしか有りません」
そういう方々は決定的な証拠を突き付けないと信じませんし、そもそも言い掛かりを付けたいだけですから、証明する意味も薄いです。そんなに簡単に女神が御降臨などする訳が有りません。
気軽に呼べると思う方が非常識です。そういう非常識な方々と女神を会わせる方が危険です。神罰に巻き込まれるのはお断りですわ。
そういう意味では、モアの女神様の希望を叶えないという、リーンハルト様は不敬を働きながらも許されたのです。それは女神に愛されるという事で間違いは無いでしょう。嗚呼、嫌だわ。女神様にまで嫉妬しなければならなくなるなんて……
モアの女神の使徒、その栄誉を面倒臭いの一言で断るなんて……嗚呼、貴方は本当に愛おしいわ。その狂った考え方も何もかもが愛おしい。女神の、しかも二柱の降臨に立ち会っても増長せずに面倒事だと距離を置ける。
もしも宗教関係者が聞けば発狂する程の暴挙でしょう。一応、モア教の信徒なのに、崇める女神の願いを蹴るとは……ふふふ、本当に飽きさせない殿方だわ。
その女神をも恐れぬ思考、常人では考えられない行動。なのに常識人の皮を被って普通に生きている、何という異常な殿方なのでしょう。
だから私に相応しいのです。狂った私と狂った貴方、これほど相性の良い者など、世界中を探しても居ない似合いの二人。
「流石は、リーンハルト様です。さしゅごしゅです」
さしゅごしゅ?流石、ご主人様の略かしら?それなら流石は私の旦那様で、さすわただな?うーん、語呂が悪いから無しね。
◇◇◇◇◇◇
取り合えず、モアの女神様の御降臨の件と『使徒任命』を断った件は報告して皆の共通認識となったので良かった。コレは全員が知っていないと、後で絶対に揉める案件だからね。
神命を断る。言うのは簡単かもしれないが、実際は大事なのは理解している。特に、イルメラはモア教の僧侶。崇めし女神の希望を叶えないとか怒られるか悲しまれるかと思ったけど大丈夫だったので安心した。
イルメラさん、もしかしたら思った以上にモア教に重きを置いていない?崇めし女神の事を軽くみていない?大丈夫?怒られない?
「それで、モアの女神の御降臨には教皇様も立ち会ってます。使徒辞退の件も知っていますので、モア教としても僕に対して相応の対応をしない訳にも行かず、総本山の大聖堂を特例で使用する事になったみたいです」
話の流れ的に説明したけど、これは辻褄は合わない。僕の総本山での呼び出し前に決まっていた事になっている。だから、教皇が御神託か何かで女神様の意向を知っていないと無理なんだけど……
それだとモア教の教皇はモアの女神の御神託を受けたり御降臨に立ち会える立場となる。その様な事実は公表されてないし、女神ルナ様が特殊なだけだよ。
それだって妖狼族の巫女が特定の条件で御神託を授かるだけだったんだ。今の御降臨の条件緩和が、物凄く異常なだけなんだよ。隔週御降臨って気軽過ぎると思う。
普通にモア教の総本山にも、モアの女神様に断って他宗教の総本山に御降臨出来るんだ、まぁ神界という神々が暮らしている世界が有るらしいので、神々は話し合いが出来るのだろうな。とてもじゃないけど、怖くて聞けない。
「聖戦が始まった頃から、既に『使徒』として非公式で認められていたのでしょうね。『モア教の守り手』は非公式なので代わりの呼び方だったのでしょう」
「今回の聖戦に対して、モア教は協力を惜しまず。信徒達よ、教義を守る者の為に手を差し伸べろ。モア教の安寧は、我等が守り手と共に……ですか。少し都合が良過ぎて怪しいとは思いましたが、そういう裏の事情が有ったのですね」
ザスキア公爵とリゼルから殆ど正解に近い予測を言われた。マリエッタが絡んでいた事はバレなかったけど、タイミング的に良過ぎたのは事実なので否定も難しい。
もしかしなくても、エルフ族は暴走して人間と敵対する未来も有ったのだろう。エルフ族の上位陣は災害級の実力者、女神の助力を得ても数で押し切られて負ける未来しか思い浮かべられない。
確かに、そういう意味では『人類を救済した』という実績は嘘でも誇張でも何でもないという訳だな。軍属としての仕事の結果が評価されたと思えば良いのかな?
「まぁ今代の教皇様は有能な方なのでしょう。女神ルナ様との関係も良好でしたし、変に意固地になって反発しても無意味だと受け入れました」
後は実務の調整だけですね。って話を終わらせたが、イマイチ納得していない感じなんだよね。特に、ザスキア公爵とリゼルは疑いの眼を向けている。まぁ殆どの真実に僅かな嘘と隠蔽を含んでいるけどさ。
確認する術が無いので押し切れるだろう。そして本来の女神様達の提案というか助言の件は、この場では言えない。この思考も何重にも心の防壁を築かないと考えられない。
『ザスキア公爵とリゼルが黒化する未来が有るんだ!』とか言える訳が無い。
女神の助言を信じるならば、この話し合いは誰にも怪しまれずに穏便に済ませる必要がある。二人に気取られては駄目だから、慎重に確実に済ませる必要が有る。
イルメラさんと二人きりで話し合う機会を用意しないと駄目なんだ。このミッションは最高難易度だな。信頼している二人を裏切る様な事をしているのだから……