古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

124 / 999
第124話

 父上に呼ばれてイルメラを伴い実家へと帰った、久し振りの父上との会話。

 だがその内容は周辺三国が絡む陰謀の話だった……

 十四年前にエムデン王国に攻めてきて返り討ちにあったコトプス帝国の残党がウルム王国に逃げ込み、旧コトプス帝国領民の奴隷達をオークに与え繁殖させビーストティマーによりエムデン王国領内に侵攻させている。

 これに対しエムデン王国は聖騎士団と冒険者ギルド本部が連携し討伐遠征を行い、それと平行し外交戦略にてコトプス帝国の残党共を処理する事になっている。

 この討伐遠征に我が弟のインゴが騎士団団長の直々の指名により父上の後継者として参加、僕はデオドラ男爵家の派閥として参加する事になった。

 兄弟の立場が明確に公になるのだ、この意味は大きい。

 僕も一部の知り合い達が何故か宮廷魔術師へ推薦する動きが有り、それに対抗する事を父上にお願いした。

 後は我が母上のエルナ嬢の知り合いから僕への側室や妾の紹介を躱さなければならない、要らないんだよ僕は!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 母は強し、子供を身籠っている所為か更に強くなっているのかも知れない、そこに昔のおっとりとして優しく気弱な面影は無い。

 

「あなたも父親としての自覚を持って下さい、幾らお休みでも朝からお酒をお召しになるなんて。

リーンハルトもです、幾ら一人前として周りから認められても貴方は成人前の十四歳なのですよ」

 

 腰に手を当てて私怒ってますという事をアピールしているが、僕から見れば母親としての自覚が芽生えた優しい女性だ。

 父上からすれば、それも可愛い妻でしかないのだろう、顔がニヤけている。

 

「エルナ様、祝い酒です。懐妊祝いとインゴの後継者として公に認められる機会を得た事への祝いです。

朝からお酒を飲んでしまいましたが、それだけ父上は嬉しかったのでしょう」

 

 貴族の女性として子供を身籠る事は大切だ、これでバーレイ男爵家も安泰。

 正妻の二人目の子供、男女どちらでも喜ばれるだろう、男ならインゴに何か合った時の予備に、女なら他家との婚姻外交に使える。

 酷い話だが貴族の家に生まれるとは家の存続の為に生まれる事と同じ、僕の場合は血筋が悪いので廃嫡し家の為に相続権を弟に譲った事になる。

 家に括られて弟の為に働く事にならないのは、父上とエルナ嬢の僕への愛情故にだろう。

 本来はインゴに、バーレイ男爵家後継者に尽くさねばならない。

 それをバーレイ男爵家という枷から解き放ってくれるのだ、感謝しきれないだろう。

 

「外に出てから口はお上手になりましたわね、全く貴方を紹介して欲しいとの依頼が私の所にまで凄いのですよ。

それを早々にジゼル様と婚約なさって……血は繋がっていなくとも私は貴方の母親だと思っています、お嫁さんの件は私にも相談して欲しかったですわ」

 

「それは……申し訳ありませんでした」

 

 こんなに一気に話す姿を初めて見たぞ、父上も唖然としている。ジゼル嬢との件はデオドラ男爵から父上に申し入れが有った筈だが、エルナ嬢は知らない可能性が有るのか?

 

「聞いていますか?」

 

「勿論です、エルナ様。相談をしなかった事は申し訳なく思っています。僕も実感が有りません、あくまでもパトロンとしてデオドラ男爵が対外に示す為の……」

 

「お黙りなさい、政略結婚と言えども後から育む愛も有るのです。最初から政略結婚だから仮面夫婦だからは通じません。

そもそもジゼル様とは何度かお会いしてますが、貴方と婚約出来た事を非常に喜んでいましたし貴方の活躍を誇りに思ってましたわ。

それを貴方の方が、その様な気持ちではジゼル様が悲しみます」

 

 薄らと涙まで浮かべて叱られた……ジゼル嬢、僕が怖いとか嘘だろ?

 それこそまさかだ、僕は貴女が本当に怖い女性だと実感した、謀略というには優しいが確実に周りが埋まって行く。

 だが君は自分じゃなくてアーシャ嬢と僕をくっ付ける為に動いてなかったか?

 

「ぜ、善処します」

 

「本当ですね?手紙や贈り物を頻繁にするのですよ、後はこまめに会いに行くのです。旦那様もそうでしたわ」

 

 思わず振り返って父上を見れば目を逸らされた……

 父上とエルナ嬢の馴れ初めは聞いてないが、もしかして政略婚姻の話が出た後で積極的に動いたのは父上の方なのか?

 

「ジゼル様の件は善処します、婚約者と言ってもデオドラ男爵から釘を刺されています。

僕のパトロンですが常に力を示さねばならぬのです、彼女に擦り寄るなど何と思われるか……全てはデオドラ男爵に認められてからの話です」

 

 本当は全く違うけれど、エルナ嬢には分かり易い話だろう、パトロンとして繋ぎ止めるのに娘の愛情を利用するみたいな事は出来ないのだ。

 何れ力を付ければ僕が愛想を尽かされた事にして婚約を解消する予定だから……

 

「そうだったのですか……だから貴方の活躍をあの様に喜んでいたのですね。分かりました、ジゼル様の事は私が力になります」

 

 納得した様に僕に微笑み掛けるが全くの勘違い、誤解なのだが今は何を言っても無駄だと思う。

 エルナ嬢は血は繋がっていなくとも私は貴方の母親だと言ってくれた。

 きっと我が子の嫁は自分も力になろうと思っているのだろう、本来の立場なら自分の実家であるアルノルト子爵家の縁者を勧めなくては駄目なのに……

 

 

 全く僕の周りには善人が多くて……僕の第二の人生は幸せだな。

 

 

「ご協力は嬉しいのですが程々でお願いします。表立って動くと煩い方々も居るでしょうし、エルナ様も嫌な思いをする事になるでしょう。

気持ちだけで十分嬉しいです、有り難う御座います」

 

 深々と頭を下げる、この女性は優し過ぎるのだ。父上が僕の母上が居るのにもかかわらず先程の話の様なアタックをしたのが分かる、佳い女って奴か。

 

「ジゼル様の件は仕方ないのですが、私が厳選した娘達が居るのです。皆さん良い子なので是非一度会って欲しいのです」

 

 皆さん?複数形なのは何故だ?何をもって厳選したんだ?

 

「いえ、僕は今はその様なですね……気持ちも余裕も無くて……その……無理です、ごめんなさい」

 

 父上に助けを求めたが……居ない、さっきまで隣に居たのに何時の間にか居ないぞ。逃げたな、息子を見捨てたな!

 

「そんなに固く考えなくても良いのです、今度のお茶会に顔を出して下されば……」

 

「き、機会が有れば善処します」

 

 善意だけの笑顔のエルナ嬢に苦しい言い訳をして解放された。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 久し振りの実家、久し振りの家族の食卓、未だ残してくれている自分の部屋、昼食後の昼寝の為にベッドに横になるが何故か視線の隅に映るイルメラ……

 

「あの、昼寝するから控えてなくても良いよ」

 

「いえ、お側に控えさせて頂きます」

 

 彼女は僕専属のメイドとなったので基本的にバーレイ男爵家での仕事は無い、故に僕に付き従ってくれるのだが昼寝まで見られるのは辛い。

 立ちっぱなしは嫌なので椅子に座って貰ったが、何故かベッドの脇まで移動してきた。

 

「久し振りの家族の団欒はどうでしたか?」

 

 ふむ、少し話したいのかな?

 

「事務的な連絡も多い、近々だが再びオーク討伐の為にザルツ地方に行く事になった。

インゴは父上の後継者として聖騎士団に、僕はデオドラ男爵の派閥の一員としての貴族枠での参加になるだろう。

冒険者ギルド本部とも連携するらしいが依頼を請けるのに前衛が居ないのは不安だからイルメラ達は留守番だ」

 

 前衛の居ない美少女ばかりのパーティが参加したら危険でしかない、どんな割り振りをされるか分からない。

 ウィンディアは共に参加するかもしれないが僕の傍に居て貰うしかないな。

 

「それは……ディルク様もエルナ様も喜ばれたでしょう、バーレイ男爵家の後継者として公に討伐に参加出来るのですから」

 

「そうだね、父上と一緒なら大丈夫だ。何も問題は無い」

 

 ぽっちゃりで優しい子だが素質は有るし父上との厳しい訓練も頑張っているそうだ、後は騎士団員に認めて貰えれば大丈夫だ。

 目を閉じれば冷たい感触が額に……イルメラが手を乗せてくれたのか。

 

「リーンハルト様、エルナ様がご懐妊なさったそうですね」

 

「ああ、嬉しそうだったし母親としての自覚も芽生えたのか儚いイメージは無くなったよ、母は強しだね」

 

 インゴを生んだのは十二年も前だからな、父上と何時までも仲睦まじいのは羨ましい。

 

「女性の幸せ、素敵な旦那様、可愛い子供達、家族に囲まれたエルナ様が羨ましいです」

 

 彼女は孤児だったから家族を知らないんだった、姉とも思っていた母上も暗殺されたから寂しいのだろう。

 

「イルメラ、僕が居るだろ?僕達はもう家族みたいなものだ。一緒に生活し冒険者として活動し楽しい事も辛い事も共有しているのだから……」

 

 額に当てられていた彼女の手を握る、冷たくヒンヤリとしているが心は誰よりも暖かいのを僕は知っている。嗚呼、僕は彼女が一番大切なんだな。

 

「イルメラ、僕はね……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 青い空、爽やかな風、草木は風に揺れて人々は熱い歓声を向ける。

 

「遠慮は要らぬ、全力で攻めて来い!」

 

 完全装備で迎えてくれるのは僕のパトロンでエムデン王国の武闘派の重鎮、デオドラ男爵だ。

 

「また中庭に逆戻りか……ジゼル様、何か言う事は有りますか?」

 

「エルナ様とお話をする機会が有りまして、色々と教えて頂きましたわ」

 

 違う、毎回模擬戦に雪崩込む君の一族と父親についてだ!

 

「リーンハルト様、オーク討伐に行かれると聞きました、私は心配です」

 

 アーシャ嬢は素直な良い子だな、この一族で一番まともじゃないかな。

 

「オークなど目の前のオーガー(戦鬼)に比べれば大した脅威ではありません。ですが景気付けに派手に行きますか……」

 

 大切な話が有ると呼ばれる度に先ずは模擬戦は勘弁して欲しい、だが嫌じゃない自分が居る事が嫌だ……大分戦闘狂の連中に毒されているのだろう。

 

「今日は勝ちに行きます。クリエイトゴーレム、人馬兵よ、ランスアタック!」

 

 馬ゴーレム四体にランス装備のゴーレムナイトを乗せてデオドラ男爵に突撃させる、四体横一列に並び半円形に取り囲む様にして一斉にランスを突き出す!

 

「毎回趣向を変えてくるな、五月雨!」

 

「何だと?」

 

 デオドラ男爵は中央の一体に衝撃波を飛ばして突進力を弱めると自ら突っ込んで来た、包囲網の一角を崩して楽々と抜け出すとは……

 そのまま強引にゴーレムナイトを切り伏せて突撃してくるが進路が狭まれば対応は出来る。

 

「大地より生まれよ断罪の剣、山嵐!」

 

 突撃してくるデオドラ男爵に向かい大地から大量の岩の槍を生やす、本来は金属の槍だが手加減して岩で先端も丸くしてある。

 自分の足元や前面左右から突き出される岩の槍を刀一本で切り伏せるにも限界が有り、突撃を止めて後ろに飛び去ったな。

 

「山嵐は何処からでも生やす事が出来るんです!」

 

 飛び去ったデオドラ男爵の着地点を中心に360度全包囲から岩の槍を突き出し人馬兵を反転させて再突撃をさせる、自分も魔法障壁の準備を完了し突撃に備える。

 

「ははははは、楽しいなぁ!だが『五月雨二式』細切れになれ!」

 

 やはり他にも制圧用の大技を持ってたな、通常の五月雨よりも衝撃波が細く鋭く数が多い、切れ味と手数を増やした対人技だ。

 全包囲から突き出される山嵐の岩の槍が瞬く間に細切れになった、アレは人間が包囲網を敷いたら簡単に全滅させられるぞ。

 全力で魔法障壁を展開しデオドラ男爵へと突撃する、前衛にゴーレムナイトを十体、後ろから人馬兵の突撃、前後から面の攻撃はどうしますか?

 

「嘘?確認もせずに後ろに跳んだだと?」

 

 振り向きもせず人馬兵に飛んでゴーレムナイトを振り落として馬ゴーレムに乗った、なんて不条理だ!

 急いで馬ゴーレムを魔素に還しゴーレムナイトを突撃させる、デオドラ男爵は化け物か?

 

 一呼吸入れて落ち着いてからゴーレムナイトの制御に集中する、壊されても修復し攻撃の手を休めない、だが時間稼ぎにしかならないか……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。