第126話
イルメラと実家へ里帰りしてから1週間後、エムデン王国聖騎士団がオーク討伐の為にザルツ地方へと向かった。
聖騎士団百人、随伴する従卒達が四百人、補給部隊二百人、合計七百人の大部隊だ。
騎士団はライル団長の他に副団長も三人同行し、内一人が父上だ。
普通は馬に乗る騎士一人に対して徒歩の従卒が三~四人程度が基本、弟のインゴは従卒としてオーク討伐遠征に参加する事となった。
今回顔見せを兼ねた参加者は八人、後継者として騎士団に入団予定なので殆どが成人前の子供だ。
騎士団は今回のオーク討伐の主力であり花形だ、故に出発前に盛大なセレモニーが王都で行われた。
国王からお言葉を賜り王都を列を為して行軍する、周りからは歓声が上がり士気を高めていく。
国中から期待を背負った聖騎士団の出陣を陰ながら見ていたが、父上の脇にはインゴが着慣れない感が漂う鎧兜に身を包み従卒として同行していた。
余程の爵位か実力が無いとお披露目の子弟達は馬には乗れない、爵位と実力による縦社会なのだ騎士団とは……
「頑張れよ、インゴ。この遠征で、お前がバーレイ男爵家の跡取りだと周りに示すんだ」
慣れない足取りの後ろ姿を見ながらエールを送る、インゴは父上の傍で何体かのオークを狩(る所に居)れば目的は達成出来るだろう。
僕はデオドラ男爵本人の出陣に副官として参加だから目に見える成果を上げなければならない、具体的には敵本隊の殲滅だ。
戦力としては過剰な位だ、あの人は絶対に最前線で戦うタイプだから僕が後衛としてフォローすれば問題無いだろう。
問題は道案内と索敵だな、凡その位置は掴んでいるみたいだが現地で案内人を探して頼みたい。
ウィンディアかエレさんが居ればギフトや魔法で索敵が可能だったんだが、今回は連れて来ていない。
いかに『ブレイクフリー』が恵まれているかが分かる。
◇◇◇◇◇◇
聖騎士団の出陣を見送った翌日、デオドラ男爵家に向かう、流石に直ぐに模擬戦の流れはない。
先に聖騎士団が出陣したから我々は一日待ってから出陣する、敵の目を引き付ける役目も有る本隊に追い付いては問題だ。
今回はアルクレイドさんが出迎えてくれた、中庭には資器材が積まれ馬車も用意されている。
デオドラ男爵を指揮官として僕が副官、その他はデオドラ男爵家の私設軍だが全員が戦士職なのが気になる。
魔術師や僧侶は少数だから……魔術師は僕が居て僧侶代わりに大量のポーションなんだな。
積み荷のリストを貰いチェックしながら空間創造に収納していく、数に間違いが有れば横領したと疑われるから慎重に行う。
「リーンハルト殿の空間創造は凄いな、どれだけ入るのだ?前にオークを三十四体も収納したり非常食を二百食以上も常備していると聞いたが?」
立ち会いのアルクレイドさんに質問されたが既に僕の空間創造は第四段階まで解放されている、収納スペースは100m四方の空間が有るが正直には教えられないな。
「10m四方の空間を三部屋管理出来ます」
前にチェアー商会のマルクさんにも教えたが、あの時は一部屋だと言った。今回はレベルも上がってるし多めに教えても良いだろう。
「それは凄いな、空間創造とは区画分けをして管理出来るのか!」
む?区画整理出来るのは、もう少しレベルが上がってからだったっけ?その辺の記憶が曖昧だな……
「ええ、僕は食料品と装備品その他の二部屋を常時使い残りは仮収納として使ってます。今回の資機材は全て仮収納の部屋に入れてますよ」
実際は段階別に区画が有り更に部屋分けしてるのだが、この辺の内容は同じ空間創造のギフト持ちでも意見が分かれる所だ。区画を分けずに大部屋の連中も居るし……
「空間創造は個人により収納スペースの考え方は違います、区画を分けずに収納力を重視する奴も居ます。自分が把握し易い方法で利用してますから……」
「ああ、なる程ね。君は几帳面な性格だから区画を分けて分別収納するのか」
アルクレイドさんが腕を組ながら頷いている、僕の説明で納得してくれたみたいだ。
実は話してから気付いたのだが、他の空間創造のギフト持ちとの交流なんて無いので、そこを突っ込まれたら破綻する説明だった。
◇◇◇◇◇◇
アルクレイドさんと準備を進めているとデオドラ男爵が王宮から戻って来た、少し機嫌が悪そうだな……
馬車から降りる所を遠目で見ただけだが、始めて見る不機嫌さだ。
「王宮で何か有ったのでしょうか?」
遠征前に当主が不機嫌とは不安に思い聞いてみた。
「利権争い、手柄の奪い合い、同じ派閥の連中から同行を申し込まれたか……
デオドラ男爵は武の重鎮ですが爵位は男爵ですからね、色々と苦労が有るのですよ」
余計に不安になる言葉を貰った、ザルツ地方を領地にしているのは複数居るが特に爵位が高く領地が広いのは三人。
一人は七割を領地に持つラデンブルグ侯爵家だが、幸い最終目的地は彼の領地ではない。
もう一人はメディア嬢の父親であるニーレンス公爵家と同じ派閥のパッセル子爵。
バーナム伯爵派閥の僕等が行軍するには色々と問題が有るのだろう。
それにザルツ地方に伸びている主要な街道は三本、中央は聖騎士団は進軍し残りは沿岸部と山岳部だが僕等の進む山岳部はニーレンス公爵領の外れ。
「ザルツ地方の今回の目的地付近の領地を持つのはニーレンス公爵と同じ派閥のパッセル子爵、やはり条件を付けてきたのでしょうか?」
「ああ、ニーレンス公爵とバーナム伯爵の仲の悪さは有名だ、財務系官僚と軍部は常に反発しているからな。
軍隊とは金食い虫だから仕方ないのだが、パッセル子爵は相当な曲者だが彼の領地の近くが今回の最終目的地なんだ」
「自分の領地に敵国の施設を作られたら責任を問われると思いましたが、他国の領地との境の緩衝地帯にですか……嫌な場所に拠点を作りましたね」
国と国との境が正確に決められている訳じゃない、街道なら関所まで、川なら対岸までとわかりやすいが山岳地帯では線引き出来ない、麓から何㎞迄が領地と曖昧なんだ。
当然だが、それを承知で拠点を構えたのだろう。
「決定的な証拠が無ければ言い逃れが出来るからな、旧コトプス帝国の連中も寄生先のウルム王国に不利な場所には拠点を構えないだろう。
さてデオドラ男爵の執務室へ行こう、何を言われたか聞かねばなるまい」
両手をパンパンと叩いて此処での話はお終い、続きは執務室へと促された。
◇◇◇◇◇◇
デオドラ男爵の執務室に案内された、既にデオドラ男爵本人とジゼル嬢が難しい顔で応接セットに座っているので向かい側に座る。
ルーテシア嬢とアーシャ嬢は部屋に居るらしい、僕が屋敷に来ても簡単に会えないのが深窓の貴族令嬢だ、デオドラ男爵が呼ばない限りは今日は顔を見れないだろうな……
「少し厄介な話だ、全く忌々しい」
向かい側に座るデオドラ男爵は相当不機嫌だな、腕を組んで吐き捨てる様な言い方だ。
ジゼル嬢に目をやれば首を振られた、つまり彼女も未だ内容を知らないのか……
メイドが紅茶を配り終わるまで腕を組んだまま目を閉じている、だが組む腕に力が入り過ぎガントレットが軋んでないか?
雰囲気を察したメイド達が、そそくさと部屋をでていったがデオドラ男爵は未だ話さない。
「デオドラ男爵、何か問題でも起こりましたか?」
ジゼル嬢とアルクレイドさんと目配せした結果、一番立場の低い僕が尋ねる事になった。
「ああ、山岳部を通る事が出来ない、ニーレンス公爵が拒否した。通りたければ奴等の指揮下に入れとよ!」
苦々しく吐き捨てたが目的地に行くにはニーレンス公爵領を通るのが最短だ、他のルートも無くはないが不整地の道だから行軍は遅くなる。
「それは……何故でしょうか?ニーレンス公爵は益も無い嫌がらせをする様な人では有りません。メディアの悪戯だって無条件で手を貸さない常識は持ってますわ」
ジゼル嬢の人物鑑定を信じるなら国を上げての討伐騒ぎに足並みを乱す事はしないのに何故ってか?
「僕等が本拠地を制圧すると不味いのでしょうね。
もしかしたら派閥の関係者に裏切り者か手引きをしている協力者が居るのかも知れません。山岳地帯は素人が潜むには厳しい、地元民の協力は必要でしょう」
自然発生したモンスターが生息する場所で生活を営むのは並大抵の苦労ではない、深い森の中では容易に方向を見失うし道も整備されてない獣道だ。
水の確保すら厳しい場所に潜伏するには確かな補給と道案内が必要、それを担うのは地元民しか出来ないのだから……
「私も同意見ですわ、彼の地に潜み悪巧みを進行させるには協力者による補給と道案内が必要です。
ニーレンス公爵は自分の領地に敵国に通じる裏切り者の存在を危惧しているのではないでしょうか?」
流石はジゼル嬢だ、転生前の僕も敵国周辺では内通者や裏切り者に苦労させられた経験談で思い付いたのだけど……
「あの様な僻地に飛ばされた連中です、協力者に仕立てるのは簡単でしょう。賄賂でも脅迫でも方法は幾らでも考えられます」
金や女に靡く様な奴等は協力者としては相応しくない、裏切らないだけの保険を賭けられる人物……脅迫の方が可能性が高いかな?
「厳しい生活環境では生きる事を優先します、まさかこの人が?って場合も有るでしょうし裏切り者の特定は難しいでしょう」
「簡単に寝返る俗物は対象外、真面目や堅物の方が脅迫しやすい。人質とか汚い手段が有効ですね」
妻子を大切にする人ほど仲間に引き込みやすい、脅迫により大切な人の為に裏切る可能性は少なくない、昔から良く有る有効な方法だ。
「可能性としては代官クラスの連中に裏切り者が居るとおもいます」
「ある程度の権力が無いと協力者には選ばれないだろうね、僻地とは言え国境近くを任されているんだ。それなりの能力と忠誠心が有るとなれば脅迫の線が濃厚だな……」
ジゼル嬢も同じ結論に達したのか僕に視線を送って来たので頷いた。
「お前等って思考が似てるのか?もう結果まで辿り着いているんだろ?早く言えよ」
デオドラ男爵の言葉にジゼル嬢と顔を見合わせる、珍しく含みの無い笑顔を浮かべてくれた。
「ニーレンス公爵領を迂回して後ろから叩く」
「聖騎士団本隊と合流、敵国側から背後を突きます」
言ったのは同時だったが僕よりもより細かく行動案を出してきたな、本隊と合流して敵を掃討して突き抜けて国境を越えて迂回か……
「お前等、やはり事前打合せしてるだろ?息が合い過ぎだ」
デオドラ男爵の言葉にジゼル嬢と二回目の顔を見合わせるが、特に打合せはしてない。僕は経験則から彼女は推理力から導き出したのだろう。
「「いえ、別にしてません(わ)」」
思わず返事がシンクロしてしまい、ジゼル嬢と三度目の顔を見合わせる。
「いや、考える奴が増えるのは嬉しいから良いんだけどよ。お前ってゴーレムによる小隊運用は巧みだけど人間も同じ様に扱えるか?」
「人の軍隊をですか……」
正直な所は微妙だ、ゴーレムにしろ魔導師団にしろ高い水準を持っていたから今更有象無象を指揮出来るかと言われれば……
「無理でしょうね。
ゴーレムと違い人間の兵士を運用する場合、餓鬼の僕は舐められるでしょう。自分の思い通りに動かせるゴーレム兵団とは経験値が別物ですよ」
謙遜でもなく戦わせれば死ぬ危険が有る、言い換えれば消耗が当然の兵士を率いた事は無い。
魔導師団の連中も個人の技量は高く死傷率は極端に低かった。
「リーンハルト様の率いる不死人形達の無言兵団はゴーレム兵故のダメージ無視の反則気味な軍団です。同行する私兵には十人隊長を配しますから安心して下さい」
「ジゼルよ、甘やかすな。コイツは人間を理性的に殺せるんだ、今更兵士を死の危険の有る戦いに行かせられない訳が無い」
獰猛な笑みを浮かべて僕を見詰めるデオドラ男爵にとって、戦場に身を置いて生きる最低限の条件なのだろう。