古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第152話

 デオドラ男爵家から帰る途中、繁華街で兄弟戦士のヌボーさんとタップさんに会って三人でなし崩し的に飲む事になった……筈だった。

 だが二人は完全に出来上がっていて円卓に伏せて愚痴るばかり、折角女性が二人も接客してくれてるのにだ。

 

 ワインと料理が運ばれて来た、早いな頼んでから五分も経っていないぞ。

 手の込んだ料理ではなく酒の肴だが普通に美味しそうだ、新鮮な生牡蠣のライム添えとか中々食べれない。

 

「乾杯の前にお名前を聞いても良いですか?」

 

 フルボトルの白ワイン、フェニキア・ヌボー?知らない銘柄だがフェニキア産の今年の初物だな。

 

「私はネーデよ」

 

「私はシーアよ」

 

「僕はリーンハルト、そこで潰れてるのはヌボーとタップ、兄弟戦士だよ」

 

 ワイングラスが行き渡ったので乾杯した、グラスを合わせる乾杯はマナー違反なのだが関係無いみたいだ。

 女性二人共に酒は強そうだ、ワインを結構な早さで飲んでいる。

 

「リーンハルト君は何をしてるの?」

 

「ハーフプレートメイルを着てるけど冒険者には見えないわ、騎士様じゃないよね?」

 

 ふむ、聖騎士団副団長の長男だが騎士ではない。だが円卓に肘を付くのははしたないぞ、胸元が強調されるから。

 

「駆け出し冒険者ですよ、彼等は先輩で今日は偶々会って飲もうって言ったのに狙ってた酒場の女性が結婚したらしくて……」

 

「自棄酒ね、良く有り過ぎて何とも言えないわ」

 

「この手の店の狙った娘達には他にも沢山お相手が居るから、射止めるのは大変なのよ。マメに会ってプレゼントしたりとかね」

 

 生牡蠣にライムを絞り掛けて一口で食べる、新鮮で旨いな。

 ふむ、マメに会ってプレゼントを贈るか……兄弟戦士より頼りになる情報だ、生の女性側の意見だし参考になる。

 

「マメにとは、どれ位の間隔ですか?」

 

 あやふやな部分をもう少し詳しく聞き出す。

 

「私なら三日おきには会いに来て欲しいな」

 

「私は六日おきかな、頻繁なのも時には負担になるし……」

 

「そうそう、定期的に同じ時間が嬉しいかな。女性には色々と準備が有るしサプライズ的に突然は嬉しさ半分迷惑半分よ」

 

 何だと?間隔は女性によりマチマチだが定期的に同じ時間が良いのか、しかも驚かせようと突然会いに行くのは迷惑が半分も有るとは知らなかった。

 女性達の少なくなったグラスにワインを注ぐ、もう一本空か……

 

「もう一本違う銘柄の白ワインをお願いします」

 

「えっと、私達には構わないで良いのよ」

 

「いえ、参考になりますので気にしないで下さい」

 

 兄弟戦士の信用度は暴落だ、やはり女性の意見は参考になるな。

 生牡蠣の次はムール貝の白ワイン蒸し、この酒場は海鮮料理がメインなのだろうか?

 女性達は貝ごと手掴みで口に持っていき咥えて身だけを食べている、敢えて二度目だがマナー違反なのだが関係無いみたいだ。

 ペロリと唇を舐めているが、アピールなのか汁が付いたので舐め取ったのか判断に困るが子供の僕を誘惑したりしないだろう。

 此処は娼館じゃない、女性が同席して楽しく飲み食いする店だし……

 

「お二方に質問ですが、最近の女性の喜ぶ贈り物って何でしょうか?」

 

 新しい白ワインを注いで貰う、飲み切る前に注がれたが些細な事なのだろう、違う種類を混ぜるとは侮れないな。

 

「私はアクセサリーかしら、でも指輪は重いからネックレスかな」

 

「そうよね、ブレスレットも良いよね」

 

 重い?思い?指輪は重量的には一番軽いと思うぞ、ネックレスやブレスレットの方が重いだろうに。

 だがアーシャ嬢にもジゼル嬢にも指輪は贈ってないが、イルメラ達には銀の指輪と守りの指輪を贈ってしまった。

 

「指輪は駄目ですか?巷で人気の銀の指輪とか自然体力回復効果の有る守りの指輪とか?」

 

 僕がイルメラ達に贈った指輪の効果とは、彼女達的にはどうなんだろう?

 

「それは重いわよ、仮に相手が受け取ったなら求婚を受けた事になるわね」

 

「そうそう、相手に嵌めさせたなら完璧にそうよ」

 

 なっ、何だと?

 

 知らない内に僕は彼女達に求婚していたのか?

 

 しかも同時に三人に求婚……僕は最低な男だ、自分はエルナ嬢に側室も妾も要らないとか言っておきながら、実は三人同時に求婚してただと?

 

「ちょ、ちょっと一気飲みは良くないわよ」

 

「手酌でワインをカブ飲みしちゃ駄目だって!」

 

「いえ、自分の不誠実さに呆れ果てまして……もう一本ワインをお願いします、次は赤ワインが良いです」

 

 丁度新しい肴に炙った鴨肉のオレンジソースがけが来たので、白ワインから赤ワインへと変える。

 

 だがイルメラは良い、求婚しても後悔はしていない、何時かはする予定だった、僕は彼女を一番大切に思っている。

 

 ウィンディアも二股と言われ様が甘んじて受ける覚悟は有った、デクスター騎士団壊滅から始まり冒険者養成学校で共に学んだ。

 指名依頼も二人で遣り遂げ、彼女が僕とイルメラの為に色々と苦労してくれたのも知っている。

 僕はウィンディアもイルメラと同じ位に大切に思っているんだ。

 

 だが二人同時に求婚は彼女達に失礼極まりない仕打ちだ、帰ったら直ぐに謝罪しよう。

 

 問題はエレさんだ、彼女はメノウさんから預かった大切な仲間だが未だ幼い、なのに何故知らなかったとは言え求婚などしたんだ!

 彼女に対してはそんな気持ちは全く無いんだ!メノウさんに合わせる顔が無い、誤解で勘違いだったと謝罪するしかない。

 

「何か悩みでも有るの?」

 

「自棄酒は時に必要だけど、リーンハルト君には未だ早過ぎるわよ」

 

 やんわりとワイングラスを持つ手を握られて止められた、自分の不誠実さが悔やまれるのだ、一時的に忘れる為に飲みたい。

 

 だが女性に相手をして貰ってる時に自棄酒は不味い、反面教師の兄弟戦士を見て学んだ。帰ったらイルメラ達に謝罪しないと駄目だからお酒は程々にしよう。

 

「もう大丈夫です、お二方と話せて大変参考になりました。ではそろそろ帰りますので会計をお願いします」

 

「あら、もう帰っちゃうの?」

 

「もう少しお姉さん達と話しましょうよ」

 

 飲酒を止められた所為か随分二人が近くに移動していた、不誠実な事はしないと誓ったのだ。

 失礼にならない程度に距離を離す、未だ愚痴ってるのか兄弟戦士は?

 

「お言葉は嬉しいのですが、明日も有りますし。今夜はこれで帰ります、初めてこの様な店に来ましたが楽しかったです」

 

 会計を円卓で待っていたら店の奥が騒がしくなってきたぞ、酔っ払いが騒げるレベルの店ではない感じだが……

 

『良いから付き合えよ、お前に会いに何日通ったと思ってるんだ?』

 

『嫌よ、お酒の相手はするけど身体は売らないわ!』

 

 どうやら店の女性に入れ揚げた客が揉めているんだな、騒がしかった他の客も話すのを止めて注目している。

 

『黙れ、お前にはプレゼントの指輪も贈ったし受け取ったじゃないか!』

 

『でも嫌なものは嫌なの!』

 

 アレ?指輪を贈るのは求婚で、受け取るのは求婚の承諾じゃないのか?てか、絡まれてるのはネーデさんじゃないか……

 

『黙れ、言う通りにしろ!お前はもう俺の女なんだぞ』

 

『きゃ!止めてよ、痛いじゃない』

 

 男がネーデさんの頬を軽く叩いた、よろけるネーデさんだが手加減はしているか……

 改めて男を見る、筋肉隆々とした三十代半ばかな、毛皮を所々に付けた革鎧に背中に大剣を背負っている、レベルは20以上は有りそうだな。

 店の奥から男性従業員も出て来たが荒事が苦手なタイプだ、コックや給仕だろうか?

 だが女性を叩いて言う事を聞かせるのは良くないだろう、男女の痴情の縺れは基本的に両成敗だがネーデさんの身に危険が迫っている。

 

「その辺で冷静になりましょう、貴方も暴力を振るっては駄目ですよ」

 

 他の円卓の客も立ち上がった、痴話喧嘩なら対岸の火事だが暴力沙汰は静観出来ない。単に煽らないだけ、この店の客層は悪くない。血の気の多い冒険者なら大騒ぎする楽しい事らしいし。

 

「何だとっ、餓鬼じゃねえか?ママのオッパイでもしゃぶってろ!」

 

「リーンハルト君、駄目よ。コイツはランクDの……イヤっ、痛いわ放して」

 

 ランクDか、良い事聞いたぞ。ランク上位者だったら面倒だと思ったけど、その年齢と強さでランクDなら問題は少なそうだ。

 だが名前は知られた、中途半端な対応は禍根を残すかな?

 

「痴話喧嘩か暴力沙汰か知りませんが店の中で暴れるのは良くないですね、ましてやネーデさんは女性、扱いには注意して……」

 

「うるせえ、餓鬼が!」

 

 躊躇無く背中の大剣を抜いて頭に振り下ろして来たぞ!鈍い音が店内に響き渡る……

 

「なっ?障壁、魔法障壁か!お前は戦士じゃないのかよ!」

 

 一応大剣の刃ではなく腹の部分で殴って来たが普通に大怪我だろう、だが剣速や力加減を見ても筋肉重視で技を研いてない典型的な粗悪パワーファイターか……

 右指をパチンとならし魔法障壁と力比べをしている男の周囲にゴーレムナイトを六体錬成する。

 

「うぉ?ゴーレムだと!」

 

 慌てて距離を取ろうとするが真後ろに居たゴーレムナイトに当たり座り込んでしまう、序でにゴーレムナイトで囲み込む。もう何も出来ないだろう……

 

「リーンハルト君、ありがとう。でもこのゴーレム達は?」

 

 座り込んでいたネーデさんに手を差し出して立たせる、叩かれた頬と握られた右手が少しだけ赤いが大丈夫そうだな。

 空間創造からハイポーションを取り出して渡す。

 

『おい、ゴーレム使いの少年魔術師ってよ』

 

『名前がリーンハルトって、ブレイクフリーのだろ?』

 

『ラコック村の英雄、名有りの錆肌率いるオーク共を一人で殲滅した化け物みたいな餓鬼だぞ』

 

『僅か二ヶ月でランクCに駆け上がった……』

 

 どうやら周りにも僕の素性がバレたか、結構有名なんだな、いや冒険者ギルドが意図的に噂を広めてるんだっけ?

 

「今夜は帰った方が安全ですよ、先に手を出したのは貴方で僕も反撃したいのを我慢しています」

 

 ゴーレムナイトは抜刀していない、だがロングソードの柄に手を乗せた瞬間に男が土下座した。

 

「悪かったよ、ソイツが俺に貢がせてもヤラせなかったからよ、悪気は無かったしもう手出しもしないからよ、許してくれや」

 

 ネーデさんにも悪い点は有るのだろうが、この手の店の女性に入れ揚げる男の末路を見た、兄弟戦士は自分を責めて自棄酒を飲んだがコイツは相手に責任を求めたのか。

 僕の背中に張り付いているネーデさんの温もりを感じながら女って怖いと染々と思った、早くイルメラの顔が見たい。

 

「男女間の痴情の縺れだと思いますが仲裁した他人に暴力は駄目だと思いますよ、顔も名前も覚えましたから……」

 

 ゴーレムナイトの包囲網を下げると駆け出して逃げて行った、立ち上がっていた客も座って普通に飲み始めたし出て来た給仕達も会釈して奥に戻って行った。

 つまり日常茶飯事なんだな……

 

「リーンハルト君、有り難う!実は凄いんだね」

 

 右腕に絡み付いて胸を押し付けないで下さい、下心ゼロで助けたんですから。

 

「ネーデさん、さっきの指輪の話って嘘でしょ?」

 

 指輪を受け取ったら求婚も受けた、先程の男もネーデさんに指輪を贈ったと言っていた、ならば辻褄が合わない。

 

「女の子はね、不思議な生き物なのよ。リーンハルト君も誰かに指輪を贈ったのかな、かな?」

 

 不思議なって幻獣じゃあるまいし、でもキメラやワイバーンの相手をした方が遥かに楽そうだ。

 

「魔法迷宮でドロップした指輪をパーティメンバーに渡したんですよ、さっきの話なら不用意に相手に求婚した事になるから悩んでたんです。それなのにネーデさんは……」

 

 何時の間にかシーアさんまで近くに居ますが何故そんなにも笑顔を浮かべてる?

 

「「是非とも詳しく話してくれるかな?」」

 

「嫌です、早く会計して下さい」

 

 自分の身が危険だったのに他人の恋愛事情が気になって仕方ないみたいなキラキラした目を向けないで下さい。

 あと兄弟戦士、帰るからいい加減に回復して下さい、そろそろ起きないと置いて行きますよ。

 

 


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