貴族街の外れで、かつての仲間だったブレイザー・フォン・アベルタイザーの家紋を刻んだ古い屋敷を見付けた。
曰く付きとして無人だったが屋敷全体を覆う魔力は何等(なんら)かの古代知識が反映されている、調べてみたいが今は無理だろう。
屋敷を所有する子孫と思われる者は家名も変わっていた、しかも胡散臭いので今は距離を置く方が良いだろうな。
暇が出来たら慎重に調べてみよう……
あの後、二日間は魔法迷宮バンクを攻略し『鋼鉄の槍』を集め魔力付加された槍を順調に集めては資金とギルドポイントを貯めている。
一日の探索でレアアイテムの買取価格を含めると一人当たり金貨百枚以上、僕のレアギフトとゴーレムにより他のパーティの二十倍近い収入が有るのだが少し稼ぎ過ぎだろう。
幾ら武器や防具は僕が作成、回復はイルメラ任せ、ボス部屋を独占しての連続で効率の良い戦闘と他の冒険者パーティが真似出来ない事を積み重ねている結果でも、そろそろ危険な感じがしてきた。
高額の換金を周りに見られるのも良くないので、今後の買取は冒険者ギルド本部で行う様にとパウエルさんからお願いされた。
確かに毎回金貨何百枚も支払われていれば奪おうとか考える連中も出て来るだろう、冒険者は善人だけじゃないから……
◇◇◇◇◇◇
最初の指名依頼は『エルフの里』への買い出しの付き添いと商品の鑑定、今回はドワーフ工房『ブラックスミス』の時と違いデオドラ男爵と二人だけだ。
前回はアーシャ嬢やウィンディアも同行したのだが、マジックアイテムだが宝飾品も兼ねるから女性は厳禁なのかな、効果より見た目を重視するから?
一旦デオドラ男爵の屋敷に出向いてから一緒の馬車に乗り『エルフの里』に向かう、問答無用で模擬戦の流れにはならなかったが一緒に屋敷に帰るからヤルだろうな、そろそろデオドラ男爵の鬱憤を晴らしておかないと駄目そうだし……
今回はデオドラ男爵家の家紋付き豪華馬車に二人だけで乗っている、思えば初めてじゃないかな馬車で二人きりって?
「今日はハーフプレートメイルに魔術師のローブを羽織っているのだな。
だがヴァン殿から貰った『ドワーフの腕輪』は外しておいてくれ、理由は知らんがエルフとドワーフは互いに見下し合っているからな」
「はい、外して空間創造に入れてあります」
念の為に『ドワーフの腕輪』もレティシアから貰った『エルフの腕輪』も外してあるし、その他のマジックアイテムも身に付けていない。
『デモンリング』とか自作のレジストストーンとかもだ、見付かったら言い訳出来ないアイテム類だからな。
「そうらしいですね、同じ精霊族ですが炎と大地の精霊ドワーフ族と水と風の精霊であるエルフ族、人間の知らない確執が有るのでしょう」
風と大地は共存出来ると思うけど炎と水は対極の存在だから無理なのか?転生前の記憶でも仲は悪かったから筋金入りなんだろうな。
「ふむ、確執か……確執と言えばジゼルとメディア嬢だが随分と関係が変わって来てるな、前は互いを嫌い合っていたが今は悪友に近い。
何故かジゼルの婚約者のリーンハルト殿がメディア嬢のナイトらしいな、ジゼルが素の表情を晒してまで話し合うのは珍しいのだ。
結果的にお前の婚約者のジゼルがメディアのお前自慢に負ける不思議な終り方をしている」
うわっ、未だその設定生きてるのか……確かに僕はフレイナルの馬鹿から彼女とレティシアの面子を守る為にナイトとして戦ったけど、その場限りの役だと理解してると思った、いや思っていた。
だけどメディア嬢にすればジゼル嬢を弄るネタとしては最高なんだろうな、可愛いジャレ合いだろう。
デオドラ男爵も良く娘達の事を見ているな、感情の移り変わりに聡いと言うか只の脳筋戦闘狂だけじゃないのは知っていたが……
「普段は羽目を外さないお二人ですが、実は仲は悪くはないと思ってます。友人同士の交流だと思えば可愛いモノですよ」
「リーンハルト殿、余裕だな。お前を取り合っているのだが?」
「メディア嬢は派閥引き抜きは諦めたと言っていますし彼女は僕に恋愛感情など持っていません、ジゼル嬢をからかうネタとして僕を扱っているだけです。
まぁ彼女が気にかけてくれる為に、ニーレンス公爵やレディセンス様が色々と絡み始めたのは事実ですね」
ニーレンス公爵が僕に対してどの程度の利用価値を見出だしているかが問題だ、お抱え冒険者のリトルガーデンが動いているし注意は必要だろう。
メディア嬢のお茶会とレディセンス様の模擬戦、この二つのイベントで何等かの動きを見せるかな?
「お前って女絡みだと結構ドライだが甘いな、だが無意識にメディア嬢を信じ始めているだろ?彼女は僕を害さないと……だが父親や兄弟姉妹は違うのだぞ」
彼女を信じてる?そうか、そうかな?いや、僕は別に……
「とにかく注意は怠るなよ、お前は既にランクCの冒険者、ここから絡んで来る連中は今迄とは違うのを頭に叩き込んでおけ」
デオドラ男爵の言葉に黙って頷く、つまりランクCの連中に絡んで来れるだけの力が有る連中って事だ。
絶対数は減るが、その分厄介な連中ばかり……やはり自由に生きるのは大変だ、絶対的な力を持たない限りは無理に近い理想なのは分かったが、それでも僕は自由を求めたい。
馬車は郊外に有るエルフ族との交易の場所、通称『エルフの里』に到着した。
◇◇◇◇◇◇
馬車は専用のスペースが有り訪れる客は徒歩でしか『エルフの里』には入れない、驚かないが人が雇われて訪れる客の世話をしている。
此処は王族の直轄地、エルフ族と色々な取り決めをしていて売り買いされるマジックアイテムも管理されているのだろう。
案内人に従いゲートを通される、その際に手形を提示し直筆でサインをするだけで中に入る事が出来た。
随分と緩いとは思う、だが警備兵は精強そうで所々にエルフ族の戦士が巡回している。
彼等と対等に渡り合えるのはエムデン王国内でも何人も居ないだろう、精霊魔法とは人間の使う属性魔法とは全くの別物と考えなければ駄目な歴然とした差が有る。
石造りの城塞だった『ブラックスミス』と違い木と蔦が絡み合って出来た森が第一印象、ゲートも生木と蔦と植物で構成されている不思議な場所だ。
ゲートを抜けると石畳の通路の左右に石造りの建物が有り道の脇には清水の流れる川が有り魚が泳いでいる、街路樹も多く自然と調和した里か?
道を歩く人々は貴族階級だけだ、こんな場所に来れる連中などエムデン王国内でも限られているだろう。
「珍しいな、リーンハルト殿が子供みたいにキョロキョロ廻りを見ているとはな」
「申し訳無いです、珍しいのも確かですが自然と調和した街造りなのかと考えてしまいました」
街の中とは思えない程に川幅は8m以上、深さは3mは有るだろう。
川の中を潜って侵入出来そうだが何かしらの防御措置を講じているな、この街は全体的に魔力が満ちていて判断が出来ないんだ。
例えば石畳には堅固な固定化もそうだが均一に自然石を切り出している、隙間無く嵌め込まれているし一枚が大きい。
道端は9m程だから3m×3mを三列に敷き詰めている、その一枚は優に大人三人分の重さが有る。
街中に緑が豊かだが落ち葉が一枚も無いのは何故だ?
この『エルフの里』は僕の古代知識を持ってしても理解出来ない、転生前に訪れたエルフ族の治める街や村とは全然違うぞ。
案内人に先導され一軒の建物の中に案内された、絡み合う大木の一部が建物と融合している、生きている木を建物にする意味が分からない。
だが中は広く適温でガラスの嵌め込まれた商品棚が真ん中に置かれて左右にエルフ族の男女が立っている、周辺にはテーブルと椅子が置かれているので椅子に座りながら商品を見れるのだろう。
「これがエルフ族の作る魔力が付加されたアクセサリーか、デオドラ男爵の求める物はどの様な……」
ガラス張りの棚の中には色々な宝飾品に仕立てられたレジストストーンが並べてある、シンプルな物から凝った意匠の物まで色々だ。
「ふむ、毒や麻痺をレジストするアクセサリーが欲しいぞ」
「お座り下さい、テーブルにお持ちします」
慇懃無礼なエルフ族の男性だが基本的にエルフ族は男女共に美男美女だ、その所作は洗練されている。
言われた通りに座ると小さなトレイに置かれたレジストストーンが五つ、石を選んでから装飾を決めるのかな。
綺麗な輝き、青と緑のレジストストーンは内から輝きを放っている……
「右側から順番に毒が二個と麻痺が二個、各々一種類を30%の確率でレジストしますね、一番左側は毒と麻痺を25%の確率でレジストします」
均一化された効果だ、どれも計った様に誤差が無いとは……僕だと数%のバラツキが出てしまう、確かに凄い技術だな。
「ほぅ?見ただけで鑑定するとは人間にしては中々の技術ですね。身に纏う魔力も均一で力強い、戦士の装束ですが若いのに魔法戦士ですか?」
エルフ族から見ればデオドラ男爵でさえ若いと言うか幼児扱いだろうな、だが精霊魔法の使い手は属性魔法も扱える。
「いえ、僕は土属性魔術師です。装備してるハーフプレートメイルも自作ですが防御力向上の為であり戦士として武器は振るいません」
僕のハーフプレートメイルを人差し指でなぞり微笑むエルフの男性、目付きが怪しいぞ。
「ほぅ?実に興味深いな。この鎧からはボルケットボーガンの技が垣間見える、あの土熊のな」
ハーフプレートメイルをピンッと指で弾いた、何かしらの探索魔法を感じたので椅子から立ち上がって距離を置く。
何かされたか分からないハーフプレートメイルを魔素に還し空間創造からカッカラを取り出して一回転させる、先端の宝環がシャラシャラと澄んだ金属音を奏でる。
「僕はボルケットボーガン殿の弟子であるヴァン殿に学んでいる、貴方は僕に何をした?」
「ヴァン?ああ、穴熊か……百五十年振りに土熊の鎧兜を見たと思えば君はアレの弟子の弟子か?」
心底嫌な顔だ、エルフ族とドワーフ族の確執は相当深いのは分かった、分かったが土属性魔術師として錬金を得意とする僕としては……
「直接指導は受けて居ないが、ボルケットボーガン殿は我が錬金術の原点、ヴァン殿は師事するに値する人物だと思ってます」
名も知らぬエルフ族の男を睨む、デオドラ男爵はニヤニヤして見ているが『エルフの里』との交流に問題が生じてしまったな、指名依頼は失敗だ。
「土熊や穴熊が、ですか?君は面白い事を言いますね」
「止めろ、バイカルリーズ。私達は商談要員として此処に居るのだぞ。少年、悪かったな。だが私達とドワーフ族は相容れないのだ、それは理解してくれ」
エルフ族の女性の一喝に、バイカルリーズと呼ばれた男がふて腐れて横を向いた。
「人間の少年など我等に取っては未だ一人で立てない赤子も同然、それに挑発行為をするとはエルフ族として恥を知れ!」
「ヤレヤレだな、リーンハルト殿も今日は引き上げるぞ。ディース殿も世話を掛けたな」
デオドラ男爵の言葉にカッカラを空間創造に収納してからエルフ族の二人に頭を下げる、依頼で買い付けに来たのに喧嘩を売って成果無しとは情けない。
「少年、お詫びの印だ」
そう言ってレジストストーンを一つ僕に握らせるとドアに視線を送る、これ以上恥をかかない為にも先に退出するデオドラ男爵の後を追う。
「お前が熱くなるなんて珍しいな、それだけ『ブラックスミス』のドワーフ達が好きか?」
「はい、僕の錬金術の原点ですから……申し訳ありませんでした、コレはお渡しします」
そう言ってレジストストーンをデオドラ男爵に渡す、あの毒と麻痺を25%の確率でレジストする奴だ。
「ふむ、無料(ただ)でレジストストーンが貰えたな。これ一つでも金貨五百枚位はするぞ、目的は達成したな」
「いえ、今回は未達成……」
「俺もヴァン殿は気に入ってる、お前がやらねば俺が切れてたぞ」
そう言ってガシガシと力強く頭を撫でられた。