古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第168話

 指名依頼である『エルフの里』にマジックアイテムを買いに行く事は失敗だった、エルフ族とドワーフ族の確執を甘く見て彼等の気分を害してしまった。

 幾ら我が心の師であるボルケットボーガン殿や友と呼んでくれたヴァン氏を土熊や穴熊と侮辱されたとはいえ、もう少し違う対応が有ったのではないか?

 

 デオドラ男爵は「僕が怒らなければ自分が切れていた、それに無料(ただ)で金貨五百枚位になるレジストストーンが貰えたから良い」と言ってくれた。

 だが僕としては忸怩(じくじ)たる思いで一杯だ、今回の指名依頼は失敗、反省しなければ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お父様がリーンハルト様を『エルフの里』に連れ出してくれた機会に、どうしてもイルメラさんと話し合う必要が有った。

 リーンハルト様が一番大切に思い一番影響を与えられるのは彼女しか居ない。

 これからリーンハルト様には色々な女性が色々な思惑を持って接触してくるだろう、もう私の婚約者では効果が無い相手が必ず出て来る。

 僅か二ヶ月で冒険者ランクCまで駆け上がり、宮廷魔術師に推薦という話まで出ているのだ。

 彼が今以上に力を奮うのは分かり切っている、今の内に何とか引き込みたいと思う貴族や有力者は必ず居る。

 だから早く私と仮面夫婦になるかアーシャ姉様と結婚して子供を仕込んでくれれば、デオドラ男爵家は更に強くリーンハルト様に干渉出来る。

 その為にはイルメラさんを味方に抱き込み、彼女からリーンハルト様にアーシャ姉様との結婚の件を言わせるしかない。

 彼女は本妻にはなれない、側室や妾の方が身分が高いとか今の世では有り得ない。

 平民の彼女がリーンハルト様と結ばれる為には側室か妾しかない、あの人が本妻にと望んでも周りが認めない、最悪はイルメラさんを排除するだろう。

 私達の為にもイルメラさんの為にも……

 

 今回は身元を隠す為に地味で家紋の無い馬車でリーンハルト様の家に向かう、事前にウィンディアには伝えてあるから家に居るだろう。

 家の前で馬車を停めて私だけ降りる、二時間後に迎えに来る様に言い含めて。

 馬車が停まった音で気が付いたのだろう、イルメラさんとウィンディアが出迎えてくれるが二人共に表情は硬い。

 ですが何故ウィンディアまでメイド服を着ているのでしょうか?

 

 

「こんにちは、イルメラさん。今日は私の我が儘を聞いて下さり有難う御座いますわ」

 

 先ずは友好的に接する、この人があの秘密を沢山抱えるリーンハルト様の一番大切な女性。

 

「ようこそ、おいで下さいました、ジゼル様。どうぞ中へ」

 

 バーレイ男爵家でリーンハルト様付きのメイドをしていただけあり礼儀作法は良く仕込まれているわ、何処に出しても大丈夫でしょう。

 直ぐに応接室に通される、こじんまりとした家ですが内装はシックに統一されている、趣味は悪く無いわ。

 

「どうぞ、ジゼル様」

 

「有難う、ウィンディア。しかし何故メイド服なのです?」

 

 我が家のメイドと遜色ない手際で紅茶を煎れてくれたけど違和感が凄いわ、貴女は魔術師でしょう。

 

「リーンハルト君の趣味です」

 

「違います、嘘は止めて下さい」

 

 ウィンディアの嘘にイルメラさんが真面目に窘(たしな)めてお互い小さな笑みを浮かべた、二人の仲は良いみたいね。

 でもリーンハルト様がメイド大好き疑惑は直ぐに晴れた、一瞬だけどアーシャ姉様にメイド服を着せようかと血迷ったもの。

 

 暫くは雑談に興じたが紅茶のお変わりを貰った時に本題を切り出す。

 

「イルメラさん、リーンハルト様を一人の男性として愛してますね?」

 

 この不意打ちで直球過ぎる質問に一瞬も表情を変えずに頷いたわ。

 

「はい、イルメラは誠心誠意リーンハルト様にお仕えしています。私のすべてはリーンハルト様だけの物です」

 

 重い考え方だけど、だからこそリーンハルト様は彼女に全幅の信頼も寄せている。

 

「リーンハルト様は来年成人と共に廃嫡します、既に冒険者ランクはCですから貴族では無くなっても問題は無いでしょう。

ですが成人と共に婚姻による引き込み工作は増えるでしょうね、彼の実績ならば私以上の条件の方々が必ず来ます」

 

 黙って真剣な表情をしているが、正直やり難い相手だわ。

 

「単刀直入に言います、私以上の相手が来る前にイルメラさんからリーンハルト様に私かアーシャ姉様と結婚する様に頼んで下さい。

メリットはイルメラさんも側室に迎えられやすくなります、他の貴族達よりも私達デオドラ男爵一族の方が貴女に理解が有り配慮も出来ます」

 

「大変申し訳有りませんがお断り致します。私はリーンハルト様に強制する様な事は言えません」

 

 ああ、全てを愛する人に任せて言うがままに従うタイプね、だから強制する様な事はしないし言わない。

 だけど時には愛する人を諌めたり自ら動かないと駄目なのよ、黙々と従うのは違う、それは依存と変わらないわ。

 

「それも一つの愛ね、でも只従うだけなのはリーンハルト様に負担を強いる事も有るの。

悔しいけどリーンハルト様に一番近いのはイルメラさんなのは間違い無いわ、だからこそ良く考えて欲しい……」

 

「良く考える?」

 

 ただ盲信するだけのお馬鹿さんでは無いわね、ちゃんとリーンハルト様の為になるかを考えている。

 此処からの話の持っていき方が大切、私と貴女の為にね。紅茶を一口含む、知らない内に緊張していたのか喉がカラカラね。

 

「もはやリーンハルト様は廃嫡されても貴族社会からは抜け出せないのです。

宮廷魔術師推薦の話も有れば国王に謁見し魔法の杖も下賜されています、王族の方からも懇意にされているのです。

あの方は廃嫡されても直ぐに自分の功績で爵位を賜ります、そしてそれは断る事が出来ないのです。

リーンハルト様は自身の力を示し過ぎた、既に婚約者の私の立場でも抑えられない方々からアプローチが有るのですよ。

私かアーシャ姉様と結婚すればデオドラ男爵家は全力で介入出来る、そしてイルメラさんもリーンハルト様の近くにいられます」

 

 一旦話を区切り紅茶を飲んで一息入れる、イルメラさんもウィンディアも考え込んでいるわね。

 一介の新貴族の長男が国王に謁見出来るのも異例、現役宮廷魔術師と懇意なのも異例、リーンハルト様は間違い無くエムデン王国の中心へと進んでいる、本人が嫌だと言っても周りが許さない。

 

「仮に私がジゼル様かアーシャ様と結婚する様にお頼みしたら、リーンハルト様は幸せになれるのでしょうか?」

 

「ええ、なれますわ。アーシャ姉様はリーンハルト様を心から愛していますから……」

 

 私もとは言えない、これだけの話を持って来たのに本心はリーンハルト様を怖いと思っている。それに私達の関係は恋人とは程遠い協力者でしょう。

 

「ジゼル様はどうなのですか?仮にも婚約者として、リーンハルト様を愛していますか?」

 

 射抜く様な眼差しで私と見つめ合う、これは逸らせない、逸らしたら負けるわ。

 

「私、私は……リーンハルト様に恋心は抱いておりませんわ。お互いにお互いを大切に思ってますけど、協力者が一番しっくり来る関係ですわね」

 

 これは紛れも無い事実、私はリーンハルト様の事を仲間としては好ましく思いますが、恋愛対象には絶対になれない。

 ギフト(人物鑑定)で彼の心や思いが読めるからこそ、あの礼儀正しく優しい人格の中に恐ろしい一面が有るのを知っているから。

 

「そうですか……ウィンディア、アーシャ様とはどういう方なのでしょうか?」

 

「えっと、深窓の令嬢の見本みたいな人だよ。金髪碧眼の美人で控え目で優しい人かな」

 

 流石に仕えていたお父様の娘を悪くは言わないだけの忠誠心はあるわね。

 確かにその通り、お父様曰く『居るだけの華』だけれども世の男性の理想でも有るわ。

 しかもリーンハルト様の事を無条件で信頼している、だから彼もアーシャ姉様を突き放す事は出来ない。

 ルーテシア姉様とはあからさまに違う対応もそう、彼は博愛主義者ではない、自分の大切な人達と違う人には区別する人。

 基本的には優しいけど一定値を越えたら如実に対応に差が現れるわ、でも女としては他と区別してくれるのは喜ばしい。

 

「ジゼル様のご提案ですが、やはり私からリーンハルト様に結婚を勧める事は出来ません。

ですが、リーンハルト様から相談された時は今の話を信じてお勧め致します」

 

 そうね、愛する人に他の女との結婚を勧めるのは抵抗が有るわね、先を見通せる程の知略が有れば危うい状況を理解出来るけど、現状では差し迫った危機感は抱けないでしょう。

 ですが言質は取れましたし芽を植え付ける事も出来たので良しとしましょう。

 

「それで十分ですわ、私達はリーンハルト様に幸せになって欲しいのです。私達と一緒に……」

 

「私達と、リーンハルト様が一緒に幸せになれる」

 

 深く考え込んでしまったけど成功ね、イルメラさんはリーンハルト様の為に行動を起こすでしょう、私の望み通りの。

 ニッコリと微笑みかける、後は友好度を上げて維持すれば良い。

 

「ジゼル様、私は……私も、その……」

 

 ウィンディア迄ですか、勿論貴女はデオドラ男爵家の関係者。リーンハルト様には言いませんが、その為に此処に居るのですよ。

 

「ウィンディア、貴女もですよ。リーンハルト様がイルメラさんと同じ様に大切にしているのです。貴女が彼を支えなくてどうするのです?」

 

「私が、リーンハルト君を支える?」

 

 全くアーシャ姉様といいウィンディアといい、デオドラ男爵関係者はどうして強い男に惹かれるのでしょうか?

 まぁリーンハルト様は腕力頼りの脳筋ではないので、私としても好ましくは思います。

 仮面夫婦としてなら上手く廻りを騙し通せる位には……

 

 兎に角ですが、現状でリーンハルト様が大切に思っている女性陣に芽を生やす事は出来たので成功でしょう。

 嗚呼、私って本当に普通の女ではないわね。周りを操り愛欲は無いけど必要な殿方を我が家に縛り付けようとしている、女としては最低かしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 家に帰ると妙にイルメラとウィンディアが近くに寄ってくる、淋しかったのだろうか?

 自室に戻って着替えてから今日見せて貰ったレジストストーンを作ろうと思ったのだが、居間でお茶を飲む流れになった。

 紅茶に苺ジャムとマーマレードを添えたスコーンと気合いが入ってるな、僕がエルナ嬢とメディア嬢からお茶会に誘われているから対抗したのかな?

 

「今日は何か有ったのかい?」

 

「「いえ、何も無いよ(かったです)」」

 

「そうか、なら良いんだ」

 

「「はい」」

 

 普段は向かい側に並んで座る二人が今日は両隣に座っている、しかも肩が触れ合う位にピッタリ寄り添ってだぞ!

 

 何かなければ変わりはしないだろうに……

 

 淋しかったのか何なのか分からないが何かしらの心情の変化が有ったのだろう、だが今は聞かなくても何時か話してくれるだろう。

 

「今夜はミネストローネが食べたい、それにバターロールとフランクフルト、シーザーサラダも食べたいな」

 

「バターロールは生地から練らないと駄目だよ、二次発酵が間に合うかな?」

 

「今朝から仕込んでますから大丈夫です、ですが野菜が少ないので買い出しに行かなければ」

 

 希望を言えば直ぐに叶えようとしてくれる二人には本当に感謝している、何故魔法馬鹿の僕なんかに尽くしてくれるのか分からないが大切に思っている。

 

「皆で買い出しに行こうか?調理済みの料理だけでなく新鮮な野菜や果物も空間創造にストックしたい。出来立ても取り出せるが、その場で調理し食べるのも美味しいからね」

 

 既に第四段階まで解放された空間創造は20m四方の空間が二十以上も有り転生前にストックしていたスペースも段階的に解放されている、今回は中級迄の素材や自作の武器や防具、装飾品等だ。

 

「やった、一緒にお出掛けだね!」

 

「買い出しでリーンハルト様に荷物持ちをさせるのは駄目です」

 

「良いから、来週末にはボーンタートルの遠征依頼も有る、往復一週間は掛かるから準備をしておきたいんだ」

 

 久々のパーティでの遠征だから楽しみだ。

 


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