レディセンス様からの模擬戦の申し込み、途中で『リトルガーデン』と戦う事になったが結果的にはメディア嬢が得をした。
僕は謎の干渉をしていた彼女達をメディア嬢の管理下に置けただけで十分だ、これで少しは気が楽になる。
僅かな休憩を挟んで本来の指名依頼の模擬戦を始める、問題は勝たないで引き分けか僅差の負けを演出する事なんだよな。
闘技場の中心に向かい合って立つ、お互いの距離は5mも無い。
「レディセンス様、提案ですが時間を決めて戦いたいと思います。
長期戦はお互い手加減が出来なくなってメリットが少ない、出来れば五分か十分で……」
「勝敗が付かなければ引き分けか?」
アレ?時間制の模擬戦は不評かな、デオドラ男爵と同じ条件なんだがキッチリと勝敗を付けたいのか?
「はい、レディセンス様が本気で長時間戦えば闘技場も只では済まないでしょう」
暫く無言で向き合う、彼の瞳からは純粋な戦いによる喜びしか見えない、つまり戦闘狂だな。本気になり手加減を忘れたら無傷で抑え切れるかな?
「分かった、確かに無制限で戦うのは殺し合いと同じだな、模擬戦なら制限は必要だ」
「では十分間戦って勝敗が付かなければ引き分けで宜しいですね?」
デオドラ男爵の時より時間は倍にした、流石に指名依頼を受けて五分で終わりは不味いだろう。
「後は致命傷を与える様な攻撃は禁止、参ったと言ったら負けだ」
ニヤリとハルバードを担ぐレディセンス様は良い笑顔を浮かべている、アレは良くデオドラ男爵が浮かべる奴だ、戦う事自体が楽しい、そういう人種だと学んだ。
「構いません、始めましょう」
「応!全力で行かせて貰うぜ」
互いの距離は5mもない、レディセンス様は遠慮も手加減もなく踏み込んでハルバードを真横に振り抜いた!
バックステップで真後ろに飛びずさる、一瞬前まで胴が有った場所にハルバードが空気を切り裂いて通り抜ける、魔法障壁には触れなかった。
「ストーンランス!」
空間創造からカッカラを取り出して横に振りながら水平にストーンランスを六本出して飛ばす、先端は丸めてあるが直系15cm長さ2mの石造りのランスを止められるか?
「離さないぞ、お前の『リトルキングダム』は知っているからな!」
低くしゃがむ事で攻撃を避ける、そのまま脚を伸ばせば飛び込んで来るだろう。
「山嵐!大地より生まれし石柱の群れを避けれますか?」
レディセンス様に向かい足元から六角形の石柱を大量に生やす、そのまま後ろに下がり何とか10mの距離を稼いだ。
レディセンス様は石柱をハルバードで切り裂くが徐々に後ろへと押しやられる、前に向かおうにも足元から生える石柱を飛び越えるだけの跳躍力は無い。
完全装備の鎧兜を着込んで飛び跳ねる事が出来るのはデオドラ男爵位だ!
「畜生がぁ!距離を取られた」
「それでは土属性魔術師のゴーレム運用を見せて差し上げます。ゴーレムポーンよ、円陣を組め!」
此処で初めてゴーレムポーンを錬成、内側八体外側十六体の刃先を潰した槍を構える。
「しゃらくさい!青銅製のゴーレムじゃあ俺は倒せないぜ」
ハルバードを長柄のアックスみたいに振り下ろしゴーレムポーンの頭をカチ割り、更に横に振り抜いて隣のゴーレムポーンを弾き飛ばす。
内側の二体のゴーレムポーンが戦闘不能になっても外側の無傷のゴーレムポーンが二体フォローに入る、そして破壊されたゴーレムポーンは外側に廻り修復される。
倒しても倒しても数の減らない包囲と相手の消耗を目的とした陣が円陣、攻撃を主にする場合が円殺陣と言う、転生前から得意としていた陣形だ。
「チクショウ、消耗狙いかよ!」
未だ開始から三分、引き分けに持ち込むには時間が掛かる。
今は円陣で凌いでいるが時間切れまで同じ攻撃ではレディセンス様の面子が潰れる、良い様にあしらわれているからだ。
徐々にゴーレムポーンの回復を遅らせてフォローに廻るゴーレムポーンの数を減らす、内側八体を五体まで減らした。
四体になった時点で一旦包囲陣を解いて仕切直す……
「ふぅ、回復が間に合わなくなったみたいだな!」
内側四体に外側八体、丁度半数になった時点で包囲陣を解く為に全てのゴーレムポーンを魔素に還す、残り時間は四分を切ったか。
「そうですね、流石はレディセンス様と言う事でしょうか?やはり槍術においてはゴーレムポーンより格段に上、ですが勉強させて頂きました」
「見取り稽古か?だがお前のゴーレムの槍術は古い型を多用してるな、現代の槍術とは少し違うぞ」
会話で時間を稼ぐが相手も呼吸を整える為に乗っているだけだ、肩で息をしていたレディセンス様が数回の深呼吸の後で落ち着きを取り戻したか、残り時間は三分。
「さて、仕切り直しだ」
「そうですね、さて……どうしましょう?」
円陣は使えない、影牢も同系統の拘束陣だから模擬戦が中弛みしてしまう。直接攻撃が良いな。
レディセンス様も呼吸を整えて大技の溜めに入っている、見つめ合う事三十秒……そろそろか?
「クリエイトゴーレム!人馬一体のランスアタックを避けれますか?」
馬ゴーレムとランス装備のゴーレムポーンを三組錬成し横一列で突撃させる、勿論ランスの先端は丸い。
「軍馬も作れるのかよ!聞いてないが驚くべき汎用性だな……だが、切り裂け風の刃よ!」
あの技は見た、デオドラ男爵の刀激波と同じ振り抜いた武器の刃を衝撃波として飛ばす技。
ロングソード等と違いハルバードは長く扱い辛いし溜めも多いが飛ばされる衝撃波は幅広だ。
中央の馬ゴーレムの四本の足を切り飛ばし転ばせると、勢いを弱めず真っ直ぐに衝撃波が飛んでくる。
「障壁よ!」
常時展開型魔法障壁だが普通は未だ使えないレベルなので声を出して杖を前に突き出す。
レディセンス様は残り二体の人馬兵の間を擦り抜けて接近を試みる、馬ゴーレムは反転するのに時間が掛かるから追撃は間に合わない、残り時間は二分を切ったか?
「アースウォール!」
自分とレディセンス様の間に高さ3m横幅10m厚さ1mの土壁を盛り上げる、視界か遮られた隙に馬ゴーレムを錬成、乗馬し反対側に駆け抜ける。
先程から奥へ奥へと追いやられていたので仕切り直しで位置を入れ換えた、迂回する方向にレディセンス様が移動していれば鉢合わせて僕の負けだったが、彼は真っ向からアースウォールを壊した。
吹き飛ばした埃と残骸で視界が悪くなり迂回した事が分かり辛くなったので助かったな。
「読み通りだ、レディセンス様は直情傾向がある……」
破壊したアースウォールの先に僕が居ないので慌てて左右を見る、居ないのを確認して後ろを振り返った時に目が合った……血走っているな。
「おい、リーンハルト。逃げるな!」
「戦略的撤退です、あんな攻撃が当たったら普通に死にますから……」
ハルバードの刃が妖しく光っている、アレは魔剣の類だな、何かの発動条件により爆発的に威力を増すが装備者の魔力や気力を奪う両刃の武器。
僕も途中まで研究したがリスクが高過ぎて止めたんだ、装備者を早死にさせる武器など要らない、残り一分を切ったな。
「クリエイトゴーレム!ゴーレムナイトよ、お前の力を見せてみろ」
ツヴァイヘンダーを装備させたゴーレムナイトを一体錬成する、後は一騎打ちで勝敗を決めよう。
時間切れなら引き分け、ゴーレムナイトが倒されたら負けを認める、此処まで粘れば十分に目的は達成された、僅差の負けで通じるだろう。
「残り時間も少ない、一騎打ちとは嬉しいじゃねえか!」
「ゴーレムナイト、刺突三連撃!」
一瞬で踏み込み鋭い突きで両肩と右手を狙う、先手必勝手加減は刃引きだけだ!
「ちぃ!それはカルナック剣闘技の奥義じゃねえか?」
凄い、三連撃を全て体術とハルバードを使い全て避けた!
先を丸くしたとはいえスピードは手加減していない、それを避けるとは凄い技量だ。
その後はツヴァイヘンダーを使い数回打ち合うが、突きにも対応した両手持ち剣だから一撃がハルバードよりも軽い。
バックステップで距離を取りツヴァイヘンダーを振りかぶりながら突撃。
「突き特化の両手持ち剣を振りかぶりながらの特攻は悪手だぜ、弾き飛ばしてやる!」
ゴーレムナイトの持つツヴァイヘンダーを両手持ちアックスに作り替える、振りかぶって背中に隠しているから武器を切り替えた事は分からないだろう。
ゴーレムナイトの振り下ろした両手持ちアックスを何とかハルバードで受けた、騙し討ちにも力ずくで対処するか!
「お前、狡いぞ……何で武器が変わってるんだよ?」
「錬金とは作りたい物を任意で作れるのです。その気になれば、そのゴーレムナイトを四本腕にする事も可能です」
互いの武器をぶつけての力比べとなる、人間の力でゴーレムナイトに拮抗するとはレディセンス様も人外の戦闘力を持つ規格外だな……
「どっせい!」
不思議な掛け声と共にゴーレムナイトの腹部を蹴って距離を取られた、何度目の仕切り直しだろう?
両手持ちアックスからスタンダードなロングソードとタワーシールドに切り替える、だが時間はもう僅かだろう。
後はレディセンス様の攻撃を捌いて終了かな?
「時間です、そこまで。双方武器を下ろして!」
パウエルさんの終了の掛け声にゴーレムナイトを魔素に還す、中々どうして楽しかった。
レディセンス様は納得いかないか物足りないかだろう、だがお互い無言で一礼し模擬戦は終了となった。
◇◇◇◇◇◇
「何て言うか凄いの一言ですわね、変幻自在で多彩な攻撃方法、アレで手加減しているのですから呆れますわ」
メディアも気付いていたのね、ならばレディセンス様も分かっている筈、この模擬戦はリーンハルト様が絶対に勝ってはいけない事を……
「えっと、二人共本気でしたよね?あれで手加減って嘘ですよね?」
チロルでしたか?あの戦いがお互い本気な訳がないでしょうに、だから愚かしい行動に走るのです。
「いえ、少なくともリーンハルト様は手加減していました。
挑まれた模擬戦とはいえ上位貴族であるお兄様に勝つ事は御法度、引き分け狙いの戦いでしたわ。
一時の感情で勝つ事は後々に自分が不利になる事を理解しているのです、だから制限時間を設けて引き分けに持ち込んだ。
そうですわよね、ジゼル?」
「ええ、引き分けか最悪は僅差の負け狙い。最後にゴーレムナイトで一騎打ちに持っていったのも正解よ、正々堂々と戦って時間切れの引き分けなら満点でしょう」
メディアもリーンハルト様の行動を理解していたのね、最悪勝ってしまったら周りから目の敵にされる事は必定、引き分けならレディセンス様の面目は保たれたわ。
「でも手を抜いた方が怒られないかな?」
「そうよ、手加減が最良なんて分からないよ」
本当におバカさん達ね、貴族って生き物を理解してないのかしら?
見栄と虚栄心の塊な貴族達はレディセンス様の為にとリーンハルト様を誹謗中傷する、だから愚かな貴族達の口出しや干渉を避ける為の引き分け。
「それとメディア、貴女のお願いに無償で対応するのもですよ」
「ジゼル、乙女の夢を壊さないで下さる?
勿論理解してるわ、冒険者ギルド経由でない私的なお願い事に報酬を貰う事は上下関係が構築されますからね。
ですが分かっていても難題を颯爽と解決してくれるのは、リーンハルト様にとって私は利用価値又は信頼関係を結んでおきたい、違うかしら?」
そこまで理解してリーンハルト様に無理難題をお願いするのね、全く食えない女。
「ニーレンス公爵の娘を蔑ろに出来る訳も無いでしょうに……ですが少しは恩義を感じて父親と馬鹿姉妹の干渉を防ぎなさいな」
「当然です、お茶会にもご招待してますから恩は必ず返しますわ。なんならジゼルもお茶会に招待して差し上げますわよ?」
お茶会ね?そうね、婚約者と同伴で参加とは面白いわね。
「喜んで、私の婚約者のリーンハルト様と行かせて貰いますわ!」