古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第179話

 ライル団長からの指名依頼だった聖騎士団員との模擬戦を終えた、魔導師団員であるカーム嬢絡みのアクシデントは有ったが無事達成出来た。

 だが色々と考えさせられる事も浮き彫りとなった、宮廷魔術師への推薦話……

 ただ断れば良い話ではなかった、エムデン王国とウルム王国との関係は旧コトプス帝国残党の処遇により戦争の可能性が高い。

 既にエムデン王国はザルツ地方のオーク異常繁殖による被害の原因が、旧コトプス帝国の残党による物と掴み証拠も揃えた。

 今は外交による駆け引きの最中だが決裂すれば開戦だ、有能な魔術師は最優先で強制徴兵されるだろう。

 僕は新貴族の長男だし父上は国家に仕える騎士団員だから徴兵は逃れられない、使い潰しの駒にされるか能力を十全に発揮出来る環境を用意してくれるか……

 バルバドス師やユリエル様が僕を宮廷魔術師に推薦してくれるのは善意と国益と僅かな打算だ、だが守りたい者を自覚した今なら有り難い。

 転生前にも大切な仲間は大勢居たが愛する人は誰も居なかった、だが今は大切な人が居る。

 彼女達を守る為にも更なる力を付けなければならない、単純な力や権力だけでない力を……

 

 そんな覚悟を決めたのに直ぐに裏切り行為に近い事をする羽目になるとは貴族とは業が深いよな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何とか避けていたエルナ嬢の二回目のお茶会について、父上からも一言有り断り切れずに参加する事となった。

 前日の夜に正直に教えたのにも関わらず、イルメラとウィンディアが笑顔で自宅から送り出してくれた、逆に辛い。

 お茶会と言うだけあり集合は午後二時開始だ、僕は皆で昼食を取ってから身支度を整えて家を出た。

 天気は快晴で雲一つない、風も無く穏やかな午後であり出来ればイルメラ達と街に遊びに繰り出したかった。

 悩んでも嫌がっても歩みは遅くとも目的地(自宅)には予定通り着いてしまうのだ。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。皆様が既にお待ちしております」

 

「ただいま、タイラント。でも未だ約束の時間まで二十分以上は有るよね?」

 

 家の門を潜ると既に執事であるタイラントが控えて情報を教えてくれた、どうやら先方は既に到着済みらしい。

 

「今日の参加人数は?」

 

 羽織っていたコートを脱いで空間創造へと収納する、既に貴族服は着ているのでタイラントが手早く身嗜みを整えてくれた。

 流れは直ぐに応接室へと直行か、少し気持ちを整える時間が欲しかった。

 

「本日は三名様です」

 

 三人か、既に二人とは顔合わせをしているが未だ幼い子達で生々しい話にはならなかったが今回はどうかな?

 

「それと本来は二人だったのですが、アルノルト子爵の関係者が急遽押しかけてきまして。どうやら日程が流れていたらしく当日来られては断る事も出来ずに……」

 

 アルノルト子爵の関係者って、まさかグレース嬢じゃないだろうな?

 前回はベルニー商会のビヨンドさんの一人娘であるルカ嬢と、モード商会のクロップドさんの次女のマーガレット嬢だった。

 幼い二人だから生々しい話にはならず小動物ゴーレムで遊んで終わりだったけど今回は誰だ?

 

「誰だい?」

 

「本来のお客様はバセット男爵様の次女であるアシュタル様と、トーラス男爵様の長女であるナナル様です。

お二方共にリーンハルト様より年上ですが才媛と評判で容姿も整っていらっしゃいます」

 

 噂は聞いた事が有る、確かに才媛と評判だがアシュタル様は今年十八歳でナナル様は二十歳だと思った。

 共に実家は新貴族で父上と同じ派閥だ、才媛ならばジゼル嬢だけで十分だが何か他に有るのかな?

 それと長女であるナナル様が二十歳まで結婚してないのは、確か理由が有った様な……何だっけ?

 

「前回は年下で今回は年上とは両極端だな、二人の事は分かったけど招かれざる客の方は?」

 

 珍しくタイラントが嫌な顔をした、執事として感情を表情に出さない術を持っているのに……

 

「その、グレース様です」

 

「まぁそうだろうね。別に関係者とか気を使わなくても良いよ、元々押し付けられそうになったしね。だが僕もランクCの冒険者だから従来貴族のアルノルト子爵でも何とか断れるさ」

 

 駆け足で冒険者ランクを上げて良かった、恩恵を切実に嬉しく思う。

 タイラントに案内され応接室へと向かう、扉の内側からは楽しげな会話が聞こえるけど仲良く話しているんだ。

 グレース嬢って気が強くて金使いが荒い我が儘な女性って聞いてたけど、普通に同性と会話が弾む?

 

『ナナル様も行き遅れて焦っているのですか?未だ成人前のリーンハルト様を狙うとは』

 

『あらあら、グレース様も年下狙いなのですね?前にパーティーでお会いした時は頼れる年上が好みとお聞きしましたのに』

 

『ほほほ、直ぐに意見を変えるのは優柔不断で良くなくてよ』

 

 訳が無かった、扉をノックしようとした手が止まる、何て会話をしているんだ。貴族の淑女達の会話って、こんなにもギスギスしているのか?

 

「タイラント、帰りたい」

 

「駄目です、エルナ様が悲しみますよ」

 

 確かに三人に囲まれて困惑気味のエルナ嬢の姿が容易に想像出来るのだが、この空間に入る勇気が僕には無い。

 

「だが無理だ……僕は余りにも非力だよって、聞いてよ」

 

 タイラントめ、躊躇無くノックしやがった。

 

『はい』

 

「失礼します。奥様、リーンハルト様が到着なさいました」

 

『あら、直ぐにお通しして。それと新しい紅茶の用意を……』

 

 僕の意思が無視されて淡々と話しが進んでいる、僕はこの厭味の応酬される空間に単騎で放り込まれるのか。

 

「リーンハルト様、どうぞ奥様を宜しくお願いします」

 

 深々と頭を下げるタイラントの忠誠心に免じて、この魔の空間へと入り込む。

 

「エルナ様、遅れて申し訳ありません」

 

「いえいえ、未だ約束の時間には間が有りますわ。さぁ、こちらに座って下さいな」

 

 明らかにホッとした表情で自分の隣の席を薦めてくる、前回は仄々(ほのぼの)だったのに今回はギスギスしている、人選間違いと言うよりはグレース嬢が原因か……

 

「有り難う御座います」

 

 席に座ると直ぐにメイドが紅茶と焼き菓子を用意してくれる、メイドの退室を合図に紹介が始まった。

 

「リーンハルトさん、こちらがバセット男爵様の次女であるアシュタルさんと、トーラス男爵様の長女であるナナルさん、それとご存知だとは思うけどグレースさんよ」

 

 紹介と共にニッコリと微笑まれた、前の二人は初対面だがグレース嬢は何度かパーティーで挨拶程度はしている、当時は格下と殆ど無視されてたが……

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです、なにやら楽しげに会話が弾んでいたみたいですが、お邪魔して申し訳ないです」

 

 厭味ではないが名乗るだけでは味気無いので話題を振ってみた、だが三人共顔色一つ変えない。

 

「あら?お部屋の外まで聞こえてましたか?」

 

「おほほほ、私達同世代ですし色々と話が合いまして」

 

「そうね、待ってる間は退屈しなかったわ」

 

 凄い鉄面皮って言うか厭味の応酬をしていたのに、普通に仲が良さそうに微笑み合ってるよ。

 

「いえ、楽しそうな笑い声が聞こえました。僕は魔術一辺倒なので中々御婦人方を楽しませる様な話題も持っていませんので」

 

 そう言って牽制する、流石に年上の令嬢方の好む話題など知らないし出来ない。間を取る為に紅茶を一口飲んで向かい側に座る三人を観察する。

 

 グレース嬢は相変わらず派手だ、黒のドレスに金銀や宝石をあしらった装飾品を身につけている。

 派手だが下品にならないギリギリのラインでコーディネートしている、見た目はキツ目の美人。

 

 アシュタル嬢は胸元が大きく開いた薄いオレンジのドレスに真珠を多用した装飾品を身につけている、金髪碧眼で癖の有る髪を緩やかに左右に纏めている。

 同じく金髪碧眼でタレ目が優しい印象を与える、だが商人顔負けの商才を持つ才媛だ。

 

 最後にナナル嬢だがエムデン王国人には少ない黒髪と白い肌を持つ切れ長な目が印象的な美人だ、髪を肩口で切り揃えている。

 首元や手首まで覆う青いドレスに大き目のブルーサファイアをあしらったペンダントに目が行く。この人は確か噂を幾つか聞いていたんだよな、何だっけ?

 

「品定めは終わりましたか?」

 

 ナナル嬢から言われた言葉にドキリとするが表情には出さない、思い出したぞ、彼女の婚約者達は自信を喪失して婚約解消になるんだった。

 確か自信満々の男達に絶望する位のダメージを与えるとか何とか……

 

「いえ、皆さんの衣装を褒めようと思ったのですが言葉が思い浮かばなくて」

 

 照れた様に頭を掻いてみる、無言の笑みが怖い、思考を読まれた感じはしなかったから態度か何かで予想されたかな?

 

「今エムデン王国の貴族の間で一番話題の魔術師様も、女性相手では勝手が違いますか?」

 

 貴族限定で話題?良い意味は無いな、色々と情報が漏れていると見るべきか。

 

「ええ、正直に言えばトロールやワイバーンに単騎で挑む方が気が楽ですね」

 

「あらあら、もう少し気を楽にして下さい。私達はリーンハルト様の側室候補なのですから」

 

「あら?私は側室なんて嫌だわ、本妻じゃないとね」

 

 前回と違い適齢期だからグイグイ攻めてくるな、話が生々しい。

 チラリとエルナ嬢を見れば黙って微笑んでいるが口元が引き攣っている、グレース嬢絡みで皆の話が予定より暴走気味なんだな。

 ヤレヤレ、彼女達を落ち着かせて何事も無く帰るのは大変だ。

 

「エルナ様からお茶会の意味は聞いています。ですが僕には今は余裕が無いので成人以降で落ち着いてからの話になると思います」

 

「つまり側室や妾を貰うのは来年以降?ジゼル様に配慮して彼女と結婚後にって話ね?」

 

「別に順番は関係無いと思うわ、既に冒険者としてランクCの一人前ですし下世話な話で悪いですが収入も私達のお父様よりも多いではないですか」

 

「そうね、パーティ収入とは言え二ヶ月で金貨四千枚以上なら十分に私を養えるわよ」

 

 流石にポーカーフェイスが崩れたぞ、何故僕等の収入を知っているんだ?

 デオドラ男爵の依頼や魔法迷宮のレアドロップアイテムを売ったりして確かに総合計は金貨四千枚を超えた、だが知るのは限られた人だけだぞ。

 

 そして僕はグレース嬢を養うつもりは全く無い、無いったら無い。

 

「確かに冒険者としては独り立ち出来ました、端から見れば余裕が有りそうに見えるでしょう。

ですが今はエムデン王国を取り囲む状況は悪い、旧コトプス帝国の残党の処遇によってはウルム王国と開戦もやむなし。

僕は魔術師として強制徴兵されるでしょう、政治的立場の弱い魔術師など最前線で使い潰されるのは目に見えています。

なので僕は無理でも宮廷魔術師を目指します、幸いユリエル様やバルバドス師と縁が出来ましたので後は僕の努力次第。

その為に余裕が無いのです、結婚や側室の話は落ち着いてから考えさせて下さい」

 

 嘘は言っていない、この感じだと宮廷魔術師の件もユリエル様達の推薦話も知られているだろう。

 自分の生命の問題なら色事は後回しでも納得してくれる筈だ、後は生き残ってから考えれば良い。

 彼女達の情報収集の秘密が分かる迄は距離を置いた方が……

 

「ふふふ、私達を拒む理由としては最もかも知れませんが、矛盾してますわ。

本当に宮廷魔術師を狙うならば本妻でも側室でも力を借りれる所は借りなければ駄目でしょう?

リーンハルト様がジゼル様を大切にしている事は周知の事実、敵対派閥のニーレンス公爵の愛娘メディア様との仲も取り持った程ですから。

貴方はジゼル様の為に私達を拒むのでしょうが、貴族の家に生まれた女なら側室や妾等で目くじら立てて怒りませんわよ」

 

 何だって?何と言う誤解だろう。

 

「いや、違います。そうでは無くて」

 

 思わず身を乗り出すも人差し指を口に当てて止められた。

 

「私達だって旦那様が宮廷魔術師を目指せる程の男性なら実家も協力を惜しみませんわ。安心して私達に任せて下さい」

 

 いえ僕の話を聞いて下さい。

 


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