古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第192話

 ローラン公爵家の跡取りであるヘリウス様の王都への凱旋に同行している、ゴーレムポーン五十体にベリトリアさんと聖騎士団四人の豪華な行進だ。

 ボルガ砦を出たのが午後三時だから休憩を含めて到着は明日の早朝になる、流石に疲れた。

 

 聖騎士団のジョシー副団長から借りた軍馬は良く調教されて行進は順調だ、もし賊が見張っていても、この戦力には戦いを挑まないだろう。

 

「もう太陽が半分山に隠れてる、日が暮れるのが早いな……」

 

 結構急ぐので夜営は無し、夜通し歩く羽目になるが適度に軍馬は休ませなければならない。

 もう少し進んだら夕食を兼ねて休憩を入れるかな。

 時間も無いしイルメラ達に用意して貰った食事を提供しよう、流石に豆と雑穀のスープは飽きたよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 三時間毎に一時間の休憩を挟んだ強行軍も、朝日を浴びる白亜の王宮が見えた事により終わりが見えた。

 時刻は六時四十分、この調子なら八時過ぎには王都の城壁を潜れるだろう。

 少し前に漸くローラン公爵家の応援が来て合流した、騎兵を中心に三十人の部隊だ。

 隊長はべリス殿といいヘリウス様の腹心だそうだ、二十代後半の槍を得意とする騎士だ。

 身に纏う雰囲気だけでも強者と分かる、流石は公爵家の跡取り息子の側近だな。

 癖の有る金髪を短く刈り上げて肌は赤銅色で鍛え抜かれた筋肉をしている。

 鷹の様に鋭い目をして寡黙な人だが本当にヘリウス様を大切にしているのが分かる、だが僕に懐いた主に困惑気味だ。

 

「漸く帰ってこれた、ボルガ砦の修復に向かい相続争いに巻き込まれローラン公爵家の方々と凱旋する。またジゼル嬢に叱られるな……」

 

 叱られるのは分かっているのに会いたい気持ちが有るのは矛盾してるな。

 

「これからが本番よ、ローラン公爵本人と対談出来れば良いけど体調不良で寝込んでいるらしいわ。でも本人と色々と相談が必要よ」

 

 そうなんだ、貴族の柵(しがらみ)って本当に面倒臭い、出来れば早く帰りたいけど最後まで話を終えないと駄目だ。

 幸いな事にベリトリアさんは冒険者ランクBだから公爵と言えども無下には扱えない、取り敢えず会ってはくれるだろう。

 

 王都の城壁を潜ると早朝にも関わらず既に大勢の民が大通りに集まっている、先頭にヘリウス様が馬に乗り進み次にベリトリアさんと僕、その後にゴーレムポーンが五十体、聖騎士四人に馬車だが中にコーラル男爵とヘリウス様の姉を拘束し放り込んでいる。

 最後尾にべリス殿と兵士達が続く、暫く進むと更にローラン公爵家の兵士達が出迎えてくれた。

 

 そのまま貴族街に巨大な屋敷を構えるローラン公爵家まで進んだ。

 途中の参道にイルメラとウィンディアを見付けたので手を振ったら彼女以外の周りの人達が騒ぎ出して困った。

 五日振りに二人を見たので元気が出たのは秘密だ、なんて安上がりで現金なのだろう、惚れた女性を見るだけで幸せになれるのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 流石はローラン公爵家、今まで見た中で一番豪華で大きく立派なのに品が有る、長い歴史も込みで芸術的な佇まいだ。

 巨大な真鍮製の門を潜るのにも緊張する、駄目だ最初から呑まれてしまってるぞ、頑張れ。

 

「珍しく緊張してるの?顔が引き攣ってるわよ」

 

「何て言うか屋敷の雰囲気に呑まれてしまいましたが、もう大丈夫です」

 

 転生前は僕だって大国の王族、これ以上の王宮に住んでいたんだ、呑まれるな。

 

「途中でイルメラちゃんを見付けてニヤけてたわね、珍しく手を振るから何かと思ったわよ」

 

 見られてたのか、恥ずかしいがニヤけてはいない筈だが……

 

「その、大切な仲間ですし暫く会えなかったので」

 

「はいはい、相変わらず仲が良いわね」

 

 照れる内容だが会話した事により大分落ち着いた、正門から入り屋敷の正面口に到着したので馬から降りる。

 先ずはヘリウス様だけが出迎えを受けて、僕等は御呼びが掛かるまで待機だ。

 杖を持ち支えられながら立って出迎えた老人がローラン公爵本人か、ヘリウス様が父上と呼んだから間違いない。

 多少よろけてはいるが未だ六十歳前後、少し太り気味だが品の有る、顎に生やした見事な髭が特徴的だ。

 

「リーンハルト殿、我が父上を紹介いたします、こちらへ」

 

 呼ばれたので不審に思われない様にゆっくりと歩いて近付き、貴族の礼に則っとり挨拶をする。

 

「リーンハルト・フォン・バーレイと申します」

 

 僕を見る目が細まった、値踏みと言うよりは何か眩しい物を見る様な?

 

「リーンハルト殿は僕の命の恩人です、三度の賊の襲来を退け裏切り者のコーラルと姉さんの企みを暴き捕縛したのです。

傭兵団赤月やハボック兄弟、賊も二百人近くを一人で倒した凄い魔術師なのです」

 

 ヘリウス様が僕のプロフィールを早口で説明し始めた、流石のローラン公爵も驚いたみたいだ、何を懐いているんだみたいに……

 

「ヘリウスよ、落ち着け。リーンハルト殿、感謝致しますぞ。先ずは後の白炎のベリトリア殿と共に我が屋敷にて疲れを取ってくだされ。

おい、リーンハルト殿とベリトリア殿を客室へ案内しろ、待遇は最上級だ。それと馬鹿二人を引き立てろ」

 

 コーラル男爵とヘリウス様の姉が馬車から引きずりだされる、二人共絶望感を漂わせているが猿轡(さるぐつわ)を噛ませているので唸るだけだ。

 

「どうぞこちらへ、ご案内致します」

 

 壮年の執事の案内に従い屋敷の中へと案内された、外観と同じく見事な内装と調度品だ。入口脇に飾られた鎧兜も見事な……

 

「これはルトライン帝国魔導師団員の正式鎧兜だ、何故此処に?」

 

 艶の有る黒い装甲に金の縁取りと模様、胸元にはルトライン帝国国鳥の鷲のエンブレム、経年劣化により付加魔法の殆どを失っているが本物だ。

 

「流石はゴーレムマスター殿、この古代魔法大国であったルトライン帝国時代のマジックメイルはローラン公爵家に代々伝わる物です。

言い伝えではルトライン帝国が滅びた後にローラン公爵家を興した方が、魔導師団員だったそうです」

 

「そうだったんですか、幾つかオリジナルが現存すると聞いていましたが、ローラン公爵家の祖先の方が……」

 

 誰だ?家名でローランは居なかった筈だ、シリアルナンバーが確認出来れば分かるのだが家宝みたいだし触れないだろう。

 名残惜しいが応接室へと案内された、ソファーに座った時に膨大な魔力を感知した、いや相手が解放した。

 

「ベリトリアさん?」

 

 向かい側に座る彼女に確認する、先方はこのタイミングで魔力を解放した。

 驚くべき事だが挑発的な魔力は僕やベリトリアさんよりも膨大だ、これ程の魔力を感じたのは初めてだぞ。ユリエル様やアンドレアル様、バルバドス様達宮廷魔術師達よりも多い。

 

「ええ、感じたわよ。この屋敷に居るのね、永久凍土のババァが!」

 

 永久凍土?ババァ?

 

「もしかしてエムデン王国宮廷魔術師筆頭、サリアリス様の事ですか?」

 

 噂話は聞いている、既に還暦を過ぎているが四十年以上に渡り宮廷魔術師の筆頭であり続ける水と風の魔女。

 旧コトプス帝国との戦争で戦場一つを凍り漬けにして敵軍を殲滅させた事から『永久凍土』の二つ名を頂いたエムデン王国最強の魔術師。

 

 だが十年近く公の場には現れなくて死亡説まで流れた伝説の魔女だ。

 

「そうよ、戦争で敵軍を凍結し捲って名を馳せたけどね、彼女には黒い噂話が絶えないから気を付けなさい。

水と風の複合魔術が得意だけど毒にも特化しているわ、前王アレクシク三世の暗殺は彼女しか出来ないと言われ疑われたのよ」

 

 ベリトリアさんの言葉に一瞬頭の中が真っ白になった……

 

 は?いや博愛主義者の亡国の危機を招いた前王アレクシク三世は、僕の使い魔スカラベ・サクレが暗殺したんです。

 王弟アウレール様が有能なので王位を代わって貰う為に……僕は彼女に王族殺しの疑いを被せてしまったのか?

 

「えっと、公式発表ではアレクシク前王の暗殺は旧コトプス帝国の仕業だと?」

 

「警備が厳重な王宮に他国の暗殺者が侵入出来る訳が無いわ、それに毒殺だったけど解明不可能な毒素だったそうよ。

そんな毒を扱えるのは当時も宮廷魔術師筆頭だった毒特化魔術師であるサリアリス様だけ。当時の他の水属性魔術師達では不可能と言われていたわ」

 

 王族殺しなんて最悪の冤罪を押し付けてしまった、あの毒は『ドクササコ』って毒茸の毒を抽出して高濃度にした物だ。

 この毒の特徴は体内に入ると目の異物感や強い吐き気を経て、手足の先、鼻、陰茎等の身体の末端部分が赤く火傷を起こした様に腫れ上がり激痛が生じる。

 痛みは徐々に身体の中心へと行き渡り大低は先に痛みに耐えられずにショック死するんだ。

 野生の『ドクササコ』ですら完全な解毒薬は現在でも無い、喰らえば死は確実、作った僕は当然だが解毒薬は持っている。

 扱いを間違えて自分が毒を受ける可能性も有るから解毒薬が無い毒物など扱えないから。

 

「それにアウレール王が兄を殺す様に彼女に依頼した疑惑が濃厚ね、亡国の危機だったし判断は正しいと思う。

だからアウレール王と彼女とは太い絆が有るんでしょうね、偏屈ババァよ」

 

 猜疑心が酷い冤罪を生み出してアウレール王迄も兄殺しの疑惑が……全て僕のせいだ、根も葉も無い噂で彼女を傷付けたんだ。

 そんな疑惑を掛けられたら周りを恨んで性格も変わるだろう、偏屈になるのも当然だ。

 

「その、確たる証拠も無しに人を疑うのは良く無いと思います。僕は……その、生まれて無かったので何とも言えませんが」

 

「会えば分かるわよ、近付いて来てるわよ」

 

 魔力感知で彼女が近付いて来てるのが分かる、真っ直ぐこの部屋に近付いている。

 暫くしてノックの後にエムデン王国最強の魔術師が現れた、普通に入って来たのは純白のローブを羽織った老人だ。

 最強の魔術師は背が低く姿勢は良いが枯れ枝の様に痩せている、真っ白な髪に節くれた指が所々黒ずんでいるのは扱う毒の影響だろう、長い間毒を扱うとこうなる。

 見た目は酷く醜いが僕は魔導の研鑽による勲章に思える、これだけの傷跡を残すなら膨大な実験を行い失敗を繰り返したのだろう。

 

「ほっほっほ、久しいな、ベリトリア」

 

「未だ生きてたんですか?」

 

 何だろう、サリアリス様とベリトリアさんには確執が有りそうだな。

 

「未だ六十七歳だ、簡単には死なないさ。で、その子供は?」

 

 挨拶するタイミングを計っていたが話を振ってくれた。

 

「リーンハルト・フォン・バーレイと申します」

 

 一礼して頭を下げた所を両手で顔を挟まれて撫でられた。

 

「ふぉふぉふぉ、若い子供はスベスベだの」

 

 節くれた指で撫でられると痛いのだが不思議と不快感は無い、気の済むまで撫でられれば良いのかな?

 

「汚い手で触るのは止めてあげてよ」

 

「ふぉ?それは済まなんだな。儂の指は固く黒く変色してるから気持ち悪いか?」

 

 漸く撫でるのを止めてくれたが別に気持ち悪いとか思ってない。

 

「いえ、長年の魔導の研鑽による物だと思いますので気持ち悪いなどと思えません、逆に尊敬と憧れさえ有ります。

勿論子供扱いで撫でられるのは半人前みたいで恥ずかしいのですが……」

 

 あれ?ベリトリアさんが女性がしてはいけない表情で固まったが変な事は言って無いよね?

 

「ほぅ?言うねぇ、儂の噂は聞いてるだろ、王族殺しの疑いを掛けられた魔女さ」

 

 やはりだ、やはり彼女しか出来ないと有能故に疑いを掛けられたんだ、僕は何て事を……

 

「何故そんなに悲しそうな顔をするんだい?おぃおぃ、何故泣くんだ、坊や程の力が有れば儂なんて怖くないだろ?

別に毒殺なんてしないから安心おしよ。ベリトリア、何とかおし」

 

「情けない所をお見せして申し訳無いです、もう大丈夫ですから」

 

 伝説の魔女に心配されて背中まで撫でられたのは僕だけだろうな、しかし知らないとは言え十四年以上も彼女に冤罪を味合わせた事が無性に悲しかった、悔しかった。

 精神年齢は大人なのに肉体の若さに引きずられているのだろうか?

 


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