たまげた坊やじゃの、噂話は聞いていたが興味も薄く話半分くらいに考えていた、ザルツ地方の遠征の成果もデオドラ男爵の討伐成果と混在してるのだろうと思った……
たまたまローラン坊やが毒殺され掛かっているから調べろと、アウレール王に頼まれなければ会う事はなかった。
感じた魔力量も現段階にしては多く、身に纏う魔力も均一で見事に制御されている、何より錬成したゴーレムが儂でも初めて見る程の完成度の高さだ。
錬成速度、制御ラインは普通多くても三本なのに十本、青銅製だが構成金属の不純物の無さ……
儂は錬金は専門外じゃが今まで見て来たゴーレムよりも凄いのは理解出来る、バルバドスでさえ同じ事が出来るか疑問じゃ。
それと鎧兜の製作技術の凄さだ、瞬間的に多数のパーツを浮かび上がらせて一気に組み上げる。
言うは簡単だが熟練の鍛冶工でも果たして同じ物が造れるか?それほど洗練されて機能的だ。
今の鍛冶工の技術は弟子にしか教えない門外不出が多いと聞くが、坊やは何処で鎧兜の作成方法を学んだ?
これだけの技量を持ちながら本人は未だゴーレム道の入口に到達したばかりと言った、未だ十四歳なのに何年鍛練に費やしたのか?
少なくとも物心ついた八歳位から六年間は……いや、これ程の技量は十年単位の鍛練を必要とする、では四歳から?
一番不思議なのは儂を見て泣き出した事だ、噂の王族殺しの暗殺婆に会った事が怖いとかじゃない、あれは後悔の涙だ。
それと儂に対する嫌悪感が全く無い、噂とはいえ王族殺しの疑いが掛かった者にはどんな聖人君子も僅かに疑いの気持ちを持っている。
だがあの坊やは最初から一切持ってない、初対面だったから人となりを知って疑いを晴らしたとかじゃない。
この儂に対して尊敬に値するといった、この醜く変色しゴツゴツした手で顔を撫で回しても嫌悪感すら浮かべず照れ臭そうにして……
実の子や孫にさえ敬遠され恐れられている儂に対して、普通に接する事の異常さを理解してるのだろうかの?
だが不思議じゃ、これ程の魔術師が世に知られたのは最近じゃぞ、早くから神童と騒がれても……
「そうか!バーレイ男爵め、早くから才能を見出したが血筋の悪さから跡目は継がせられられない。
早くから優秀な魔術師と知られては抱え込みや勧誘が酷いからギリギリ迄秘密にしていたのだな。
成人少し前に冒険者として世に出し素早く実績を作りランクを上げて周りからの口出しを潰す。
僅か二ヶ月で冒険者ランクCに駆け上がったが想定の内か……」
あの坊やの母親は孤児で平民の僧侶だったが跡目争いで毒殺されたと聞く、幼い頃から暗殺者に狙われ続けたが悉くを返り討ちにしたとバルバドスが言ってたの。
母親が暗殺されたなら同じ暗殺の疑いのある儂は嫌うのが普通じゃろうに、取り入る邪心も媚びる卑屈さも無いのは何故じゃ?
ベリトリアの仇を無傷で捕まえて引き渡したりローラン坊やの息子を守ったり、この坊やは何を考えている?何を求めているのじゃ?
「謎ばかり、考えれば考える程分からない、理解出来ないが嫌いじゃないぞ」
ツバメの件も半ば本気だった、廃嫡されるなら儂が引き取って養子にし共に研究に励むのも悪くないな。
火力馬鹿の孫弟子とヒソヒソ話をしている孫程の年齢の坊やを見て思う、血の繋がった子供や孫は全員魔術師だが坊や程の素質も無く研鑽もしていない。
属性さえ合えば儂の後継者として文句は無いのだがな、人生はままならないものよ。
◇◇◇◇◇◇
「良し、儂の子になれ」
いきなり無茶振りが来た、思わず含んだ紅茶を噴き出すのを何とか我慢する!
「ツバメから養子に変更?馬鹿言わないの、実の子が三人も居るでしょ!」
何やら不穏な事をブツブツ言ったと思えば次は養子だって?
気に入ってくれたのは嬉しいがもう成人した実子が居るのに養子は相続争いを引き起こす、孫も居るだろうし問題だ。
ベリトリアさんの文句も大した効果は無さそうだ、はっきり断らないと不味いかな。
「相続争いで必ず揉めますから辞退します、巨大な権力や財産はローラン公爵家ですら揉めたのですから……」
折角の好意だが頭を下げて断る、現役宮廷魔術師の相続問題ともなればアルノルト子爵との揉め事なんて些細な事と同じだ。だが苦労は何百倍だろう……
「じゃがな、儂との接点を作るならばツバメか養子か弟子入り位じゃぞ。
弟子入りは土属性で既にバルバドスの弟子の坊やには無理じゃ、自慢の愛弟子らしいの。しかし欲は無いのか?」
バルバドス師とユリエル様達の僕の宮廷魔術師への推薦の件って本当に進めてるんだ、宮廷魔術師筆頭にまで話をしてるとは驚いた。
流石に現役や元宮廷魔術師ならサリアリス様に会う事も可能なんだな、同僚になるのだし当たり前か?
「二ヶ月前なら即断出来ました、今は迷ってます。
僕は廃嫡された後は冒険者として自由に束縛無く暮らしたいと考えていたんです。子供でした、余りに甘い考えに気付かせてくれたのはデオドラ男爵です。
彼をパトロンとし愛娘のジゼル嬢を婚約者にする事で、派閥取り込み等の圧力を跳ね返し実力を付ける予定でした。
しかし現実は冒険者ランクCになっても無理、ままならない世の中ですね」
今は何とかウルム王国と開戦する前に宮廷魔術師になれるだけの実績を積む為に動いている、宮廷魔術師筆頭であるサリアリス様との関係は有力だが問題も多い。
何より僕は彼女に対して負い目が有るので迷惑は掛けたくないのが本音だ。
「何とも純粋と言うか世間知らずと言うか、儂でさえ本当の意味で自由は無いしアウレール王ですら同じじゃよ。
だがそれだけの力を持ちながら歪まず変な欲望を抱かなかったのは良かったの」
ソファーから立ち上がり近付いたと思ったら頭をワシワシと撫でられた、結構照れ臭いが嬉しい。
「僕の母上は孤児でしたし父上の母上は既に他界してたので、祖母ってこんな感じなのでしょうか?」
目を細めてなすがままにしてしまう、転生前も血縁上の祖母は居たが可愛がられた記憶は無い。
「違うわよ!世間一般の祖母に失礼だわ」
「何じゃ、儂の子の養子になれば正真正銘の祖母じゃぞ。だが我が子はボンクラばかりじゃし逆に苦労を掛ける、さてどうするかの?」
変な方向に話が流れている、僕は別にサリアリス様と養子縁組するつもりは無いのだが……
「ババァ、なに好々爺っぽくしてリーンハルト君をたぶらかさないでよね」
好々爺って男性の老人の事じゃなかったかな?いや親切な老人だから男女一括り?
「じゃが縁を無くすのには惜しい坊やじゃ、儂が後三十歳若ければ後添えとして」
何だかんだ言っても仲は良さそうだ、血縁は無いみたいだが本当の祖母と孫みたいで微笑ましい。
◇◇◇◇◇◇
ツバメ(愛人)や養子縁組の件は有耶無耶になったが僕もサリアリス様の事が気に入った、話していて楽しいのだ。
知識が豊富で転生前の僕をもってしても勝てない魔術師、その身に纏う魔力の均一さと練り込まれた力、内包する魔力量の膨大さ。
人と言う枠の中では最強の魔術師だろう、繋がりを持ちたい気持ちは一杯だし謝罪出来ない代わりに何かしてあげたい。
だが特殊な立場故に強い繋がりが無いと、逆に迷惑を掛けてしまうと言われてしまった。
養子か弟子入りが確実だがサリアリス様の血族は魔術師としては大成しなかった、宮廷魔術師団にも入れない程度らしい。
しかも弟子達で最強は孫弟子のベリトリアさんだが系統違い、自身が有能故に一定以上の能力が無いと相手にもならない。
だから子弟関係を結ぶも良好な関係を築けなかったそうだ、ベリトリアさんでさえ初期は能力の低さを呆れられ罵倒されたらしい。
僕の場合は特殊だ、王族殺しが冤罪だと分かってるし取り入る気持ちも無く逆に謝罪が必要なんだ。
しかも初対面で泣いてしまったし、サリアリス様の方を何か後ろめたい気持ちにさせてしまったのだろう。
「リーンハルトや、お前の調べた『蛇骨の杖』について教えておくれ。儂の調査の内容と擦り合わせようぞ」
漸く坊やから名前で呼んで貰える様になった、だがベリトリアさんは不満らしくフテ寝すると別室を用意させて出て行ってしまった。
「はい、サリアリス様」
空間創造から『蛇骨の杖』を取り出してテーブルに乗せる、同じ様にサリアリス様も自分の『蛇骨の杖』をローブの内側から取り出して並べた。
フードの両袖部分に収納系マジックアイテムを縫い付けているそうだ、大低の武器や道具は入れてある。
因みにオリジナルの『蛇骨の杖』を三本持っていて、一本をベリトリアさんの師匠に譲り渡したのを更に僕が貰った複雑な関係だ。
「空間創造とはレアなギフトじゃな、才能と言い素晴らしいぞ」
「そう言われるのは嬉しいのですが、才能については未だ未熟なので……」
最強の現役魔術師に言われると違和感が半端無い、お世辞じゃないから余計恥ずかしくもある。
「ほんに御主は自分を過小評価するな、既に宮廷魔術師の末席なら問題無い能力を持ちながら。まぁ良い、分かった事を教えておくれ」
「先ず悩んだのは毒の種類でした、錬金し易いと思ったのでヒ素や白リン、黄リンか水銀とかを考えたのですが生物毒でした。
毒蛇か毒蜘蛛でしょうか?急性の神経毒・筋肉毒・出血毒をランダムで数種類を与える位でしょうか、僕も先程頂いたので調べたのはそこ迄です」
前回の花嫁行列の時は僅かしか触れなかったし今回貰ってからは触ってもいない。
「うむ、正解じゃ。確かに生物毒だぞ。毒蛇はアマガサヘビ・コブラ・カーペットバイパーにラッセルクサリヘビじゃ。
毒蜘蛛はコモリグモ・ジュウサンボシゴケグモ・ナルボンヌコモリグモ・カバキカマチグモ・ワンダリングスパイダーまでは調べたが他の毒は出ないな」
「四大毒蛇が全て入ってるのですね、毒蜘蛛は五種類ですが知らない種類も居ます。
それと気になるのが刃物で切り付けて体内に注入するのでなく、打撃で毒を与えるのが謎です。僕も類似の模造品でポイズンダガーは作りましたが……」
モーニングスターみたいに刺でも有れば分かるが二匹の蛇の骨が絡み合うデザインだから叩いても傷は付かない。
「ポイズンダガーか、見せとくれ」
差し出された手に空間創造から取り出したポイズンダガーを乗せると、鞘から抜いて刀身を光に翳して調べ始めた。
「ふむ、良く見れば刀身に細かいギザギザが有り小さな穴が無数に開いておるが此処から毒が出るのか?
鋸みたいに小刻みな傷を付けて毒を体内に注入する、錬金と相性の良い水銀にリン系とヒ素か、良く出来てるのぅ。
本当に良く出来ている、儂も同じ様なダガーを手に入れたが古代迷宮からの出土品だぞ」
袖口から取り出したポイズンダガーを受け取り確認する、非常に良く似た物だ。
僕が作った物を誰かに渡した事は無い、つまり誰かが似た様な事を考えて作り出したのか。
「このポイズンダガーじゃが今錬金出来るかの?」
「はい、出来ます」
懐から核となる魔力石を取り出して掌に乗せる、精神を集中し魔素を集め錬成を始める。
先ずは核となる魔力石と連結し毒を錬成する部分を柄に作り、刀身は刃を鋸状にすれば切り付けた相手の傷口はギザギザとなり毒を注入し易くなる。
このポイズンダガーの特徴は傷を付けた瞬間に毒を錬金して注入するんだ、魔法迷宮で手に入れたスタンダガーみたいに刃の部分に柄に仕込んだ毒が滲み出る様な使い手も扱いに注意する物とは違う。
「凄いの、信じられんが毒素は錬金で毎回ランダムに生成とはな。
この目で見ても信じられぬぞ、儂のダガーも同じだが毒の種類は水銀の一種類。
古代の品だが毒素が水銀だからこそ現代まで残っていたのだろう、それを再現したか。流石は儂が認めた男よの」
ふぉふぉとか笑い出したがポイズンダガーを掴んで放さない。
「あの、良ければ進呈しましょうか?」
「そっ、そうか?ねだったみたいで悪いの」
一度受け取り固定化の魔法を重ね掛けしてから渡す、余程気に入ってくれたのか直ぐに懐に入れてしまった。