古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第197話

 デオドラ男爵家、もう訪ねたのは何度目だろうか、何時も模擬戦の記憶が蘇る。

 凱旋した時は正門から正面玄関に、だが大低は裏口か通用門から入る。

 今回はローラン公爵家の馬車に乗っている為に正門から入ってしまった、そして出迎えに笑顔のジゼル嬢がメイド達を引き連れて待っていた。

 

「ようこそ、リーンハルト様」

 

「お久し振りです、ジゼル様」

 

 にこやかに挨拶をするが彼女の目は笑っていない、そして僕の斜め後ろを見ている。

 

「彼女がニールさんかしら?」

 

 上から目線だが、これが婚約者の貫禄か?

 

「は、はい。宜しくお願い致します。本妻様」

 

 一歩前に出て僕に並んで深く深くお辞儀をした、この時点で完全に呑まれている。

 昔誰かに聞いた事が有ったな、微笑みには攻撃的な意味も含まれると……

 ジゼル嬢の微笑みはまさにソレだ、単純な戦闘力なら魔法戦士のニールが上だが完全に負けてる。

 

 因みに彼女の服は一般的な貴族服だ、魔法戦士と期待してるが鎧兜は着ていない。

 一応新貴族の男爵の御令嬢の筈だが言動が一寸普通じゃない気がする、何だよ本妻様って。

 

「側室や妾を取り纏めるのは本妻の役目、リーンハルト様はそう言っているのですね?」

 

「僕等は未だ婚約中でニールは魔法戦士として鍛えて欲しいんだ、僕は不義な事はしてないよ」

 

 世間一般的に貴族は財力によるが複数の女性を娶る、側室や妾だが彼女達を纏め不満を解消するのも本妻の仕事だ。

 お遊びや秘密の妾とかも居るが普通は本妻の管理下に置かれている、知らない女を囲っている場合は大低後ろ暗い。

 後から貴方の子供ですとか現れたら大変だ、だから本妻は家を守る為に女性関係は調べるし管理する必要が有る。

 

「ちょ?ジゼル様?」

 

 彼女が僕の胸に顔を押し当てて来た、普段からでは考えられない行動だ。

 

「心配させた上に他の女性を連れて来た罰ですわ」

 

 随分と甘い罰だが、多分ニールに対する牽制だろう、寵を賜れば勝てるとか言い出す勘違い女性も少なくない。

 

「すみません、事情は後で説明しますから……」

 

 軽く背中をポンポンと叩く、ほんの十秒程の抱擁だがメイドさん達の生暖かい目が気になる。

 ジゼル嬢とアーシャ嬢に二股かけてる癖に新しい女ですか?みたいな感じですね……

 

「相思相愛なんですね、だからサリアリス様の求愛も断れるのですね、凄いですわ」

 

 後ろで何か呟いているが無視する、見上げるジゼル嬢も早く説明しなさいって顔をしているし。

 いや、見えない様に腕を抓らないで下さい、事情は手紙の内容で殆どです。

 

 説明をする為にニールと一緒に応接室へと通されたが、こちらも笑顔のデオドラ男爵が座っていた、正直怖い。

 

「久しいな、リーンハルト殿」

 

 軽く手を上げてフレンドリーな態度ですが、貴方の笑みは恫喝の笑みです。思わずニールが僕の背中にしがみ付きましたよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ジゼル嬢付きのメイドさんが全員に紅茶とケーキを用意してくれた、ナッツがギッシリのパウンドケーキだ。

 向かい側にデオドラ男爵とジゼル嬢、僕の隣に座るニールは緊張で固まっている、動作がぎこちない。

 

「大体の事情は親書を読んだので理解している、災難と言って良いのか?」

 

「縁を広げる意味では災難では無いのでしょう。

噂では偏屈で黒い噂の絶えないサリアリス様がリーンハルト様の事を大層気に入ったそうですわ。

サリアリス様から直々に親書を頂いております、何でも『偏屈婆の儂を実の祖母の様に慕うリーンハルトが可愛くて仕方ない、その嫁も同じだから何か有れば力になるぞ』との事です。

私達の為に領地付きの爵位も美少女達も即断する事に驚いたそうですわ」

 

 見惚れる笑みだ、台詞さえ聞こえなければ感動もするだろう。

 

「それで最後に断り切れず選んだのが彼女か?」

 

 サリアリス様の中ではジゼル嬢が僕の本妻扱いか、状況的には間違い無いのだが宮廷魔術師筆頭が力になるって……

 

「はい、彼女は魔法戦士ですし既に冒険者ギルドランクもDです。

風属性を持ち自分で自分を補助魔法でブーストして戦えます、出来れば此処で鍛えて貰いジゼル嬢付きの護衛として置いて欲しいのです。

没落した所にローラン公爵が手を差し延べた、母親も存命でそちらの面倒も見るつもりです」

 

 人質に成り得る母親をローラン公爵に任せる訳にはいかない、だがニールも鍛え方次第ではジゼル嬢の護衛として自立出来るだろう。

 

「ほぅ魔法戦士か、複合職は器用貧乏になる場合が多いが自分に補助魔法を掛けてブーストするのは良いな。分かった、俺が直々に鍛えてやる」

 

 ああ、この戦闘狂は自分の良い練習相手になる様に鍛えるつもりだな。

 実際に複合職は上級職だから数は少ない、そして大低は自分の武器に属性を付けて攻撃力を増したりするだけ。

 魔法戦士に風属性は最適だ、地力の引き上げが戦士としては最大の恩恵だろう。

 

「助かります、風属性は戦士職と相性は良いですから戦士として地力を上げれば想像以上のレベルアップになるでしょう。

風属性魔法の鍛練はウィンディアに頼みます、彼女も既に魔術師として一流の域に居ますから」

 

「え?えっと……」

 

 良く状況が掴めないのだろう、なんせデオドラ男爵自らが自分を鍛えると言っているのだから。

 

「ニールと言ったな、今日から住み込みで鍛えてやるから覚悟しておけ」

 

 放心状態の為にメイドさんに両腕を捕まれ連行されるニールに心の中で合掌した、強く生きろ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニールが退出してからが本番だ、この先の動き方は難しくなるだろう。

 本来僕はバーナム伯爵の派閥に属している、デオドラ男爵も父上と同じだ。

 だがニーレンス公爵家に続きローラン公爵家とも縁が出来たとなれば問題だ、しかも冤罪だが王族殺しの疑いが有る宮廷魔術師筆頭サリアリス様に気に入られ孫の様に可愛がられている。

 

「そのだな、サリアリス殿についての噂は聞いてるな?」

 

 デオドラ男爵も珍しく言い辛そうだ、相手は魔術師の頂点で自分が慕っているサリアリス様を警戒する様な事を言うのだから気を遣わせているんだな。

 だがやはり貴族として王族殺しの疑いが掛けられては宮廷魔術師筆頭としても親交を持つのは躊躇する、ローラン公爵はそれでも利益有りとして繋がりを持った。

 

「はい、噂話は聞いています。ですが魔導に対する真摯な姿勢を見れば、僕は噂は所詮噂だと思います。

サリアリス様は魔術師として僕が目指さなければならない頂(いただき)の様な存在、断じて王族殺しなどしないと信じてます」

 

 あれは僕の眷属であるスカラベ・サクレの仕業だ、サリアリス様は冤罪でしかない。

 だがそれを説明しても信じないだろう、だからサリアリス様を信じてると根拠の薄い理由を述べた。

 僕の言葉にジゼル嬢が顔をしかめた、謀略令嬢としては信じている等の不確定な要素では根拠が弱いのだろう。

 

「ですが……」

 

「それは僕以上にサリアリス様が理解してました、中途半端な立場で彼女と繋がりを持つ事は僕が不幸になると心配してくれたんです。

弟子入りか養子縁組でもしない限り厳しいと、なのでローラン公爵の提案に乗りました。

二ヶ月に一回程度、ローラン公爵の屋敷で会える段取りをしてくれるそうです。

サリアリス様との魔法談議は止められません、理想の師であり目指す人物ですから」

 

 二人とも口を半開きで驚いている、そんなに変な理由だったかな?

 ジゼル嬢の放心した顔は随分と幼いのだな、何時もの何でも分かってます的な余裕が無い。

 

「理解しました、サリアリス様が一面識も無い私に力になると言った意味が、ええ分かりました。

この魔法馬鹿はサリアリス様との縁を切る事は絶対にしない、だから苦労を掛けるが手助けしなさいと言う意味ですわね」

 

 笑顔で魔法馬鹿って言われた、仮にも男爵令嬢が婚約者に対して……

 

「領地付きの従来貴族男爵位も美少女達も私達の為に即断する貴方が、私達の為に色々と動き利益を齎してくれた貴方が、初めて私に我が儘を言ったのです。

それを叶えない事など出来ませんわ、後は私に全てを任せて下さい」

 

「おい、ジゼルよ」

 

 流石のデオドラ男爵が口を挟んだ、この状況で全てを任せてくれとは言い難いだろう。

 

「ですが私達も絆を強めなければ干渉出来ません、私が本妻として嫁ぐには成人後に貴族院の承諾が必要です。

なので先にアーシャ姉様を娶って下さい、そして成人後に私と結婚して下さい」

 

 真顔で言われた内容は重い、だがジゼル嬢は僕が怖いと言ったのに結婚なんて出来るのか?無理はさせたくないのだが。

 

「それは……」

 

 思わず言い掛けて言葉が止まる、何と言って良いか分からない。

 

「アーシャ姉様はリーンハルト様の事を心の底から愛しています、私も貴方を支えられるのは自分しかいないと思っています。

姉妹で寵を競うとか口さがない連中は言うかも知れませんが、私も覚悟を決めました」

 

 貴族間の婚姻は貴族院に届けを出すのが通例、本妻として正式にジゼル嬢を娶るとなると僕も爵位を賜わらなければならない。

 つまり成人する前に実力で貴族になれと言われたんだ。

 

「ジゼルよ、それは……」

 

 デオドラ男爵の言葉を目で遮った、常に父親を立てる彼女としては珍しい行動だ、デオドラ男爵本人も驚いている。

 

「勿論本妻として私を娶るには貴族でなければなりません、つまりリーンハルト様は御自分の力で廃嫡する迄に爵位を賜わらねばなりません。

ですがアーシャ姉様は側室として嫁ぐので問題は有りません。

リーンハルト様も帰られてイルメラさんと相談して下さい、私は彼女達とも幸せに暮らす気持ちが有ります」

 

 ジゼル嬢は僕とイルメラやウィンディアとの関係を知っている、だから彼女達を交えた幸せと言ってきた。

 これは断れない、だが相談と言っても……

 

「イルメラと相談?ジゼル様とアーシャ様との婚姻についてを?」

 

 黙って頷かれた、確かに僕はイルメラとウィンディアが大事だ、結婚したいと思っている相手に他の女と結婚すると相談するのか?

 

「全ては私達の幸せの為、だからこそ相談すべき問題ですわ。私は覚悟を決めました、リーンハルト様も覚悟を決めて下さい」

 

 迫力に負けた、直ぐに相談すると帰る事になるとはな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おい、大丈夫なのか?俺はお前達二人をリーンハルトに嫁がせるのは構わんが貴族院の事は関係無いだろ?」

 

 そう、リーンハルト様にプレッシャーを与える為に言いましたが私も側室の娘、本来貴族院に届けるのはルーテシア姉様だけね。

 

「それ位の覚悟が必要なだけです。

リーンハルト様は私達に最大の配慮をしてくれました、領地と爵位付きでの勧誘は本来なら受けるべきでした。

ローラン公爵は私達のバーナム伯爵の派閥とは対立していません、ですから構わなかったのです。

ですが断ってくれた、ならば私達もリーンハルト様の願いを叶えるのは当然ですわ」

 

 それに宮廷魔術師筆頭サリアリス様との縁を切りたくないなんて、リーンハルト様が宮廷魔術師になれば問題は無くなります。

 そしてそれは私達が目指している目標、だから私は全力でリーンハルト様を宮廷魔術師にする力添えをする。

 

「パーティメンバーに結婚の相談ってなんだ?」

 

「今のリーンハルト様にとって一番大切なのはイルメラさんなのです、彼女がうんと言えばリーンハルト様は私達との結婚を承諾します。

イルメラさんとはそれ程の存在、逆に彼女が悲しんで嫌だと言えば彼は私達に代案を提示してきます」

 

 ですが大丈夫、根回しは完璧なのです。リーンハルト様が相談すればイルメラさんは承諾し逆に私達との結婚を勧めてくる。

 リーンハルト様の性格を考えればアーシャ姉様は幸せになれる、私も手の掛かる問題児の旦那様に尽くす事は嫌じゃない。

 メディアに背中を押されたのは癪ですが彼は常に私達に誠意を示してくれた、ならば私も彼に誠意を示します。

 

 ですが私をアーシャ姉様共々娶るならば、宮廷魔術師位にはなって下さいね!

 




これにて連続1か月投稿は終了です、次週からは週一連載に戻ります。
お付き合い有難う御座いました、ストックは順調に増えてますので4月に連続一ヶ月投稿します。

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