古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第198話

 自宅に向かう足が重い、本来ならば早くイルメラとウィンディアに会えるのだから軽くなるのだが……

 ジゼル嬢から言われた事の相談が重い、理屈は分かる頭では最良だとも思う。

 アーシャ嬢は確かに純粋な好意を僕に向けてくれる、転生前の僕の立場に群がる女性達とは違う。

 彼女なら僕よりも条件の良い縁談が舞い込むだろう、廃嫡するのが確実な魔法馬鹿な男の何処に惹かれたんだ?

 ジゼル嬢も同様だが覚悟を決めたと言い僕にも覚悟を決めろとも言った、僕は何処かで貴族社会を甘く見ていたんだな。

 二人共美少女だ、養うだけの財力も有る、実家であるデオドラ男爵家の援助も受けられる、普通なら両手を上げて喜ぶところだが……

 

「ああ、我が家が見えた」

 

 考えながら歩くと目的地が近く感じる、ゆっくり歩いたのに何故だ?

 変な顔を見せて彼女達に不安を与えてはならない、両手で頬をバチンと叩いて気持ちを切り替える。

 門を潜り玄関を開ける、警備用のゴーレムナイトも問題なさそうだ。

 

「ただいま、今帰ったよ」

 

 家の奥に声を掛けるとパタパタと足音が聞こえる、大分慌ててないかな?

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「お帰りなさい、リーンハルト君」

 

 笑顔の二人に癒される、しかし自宅のウィンディアはメイド服が定着したな、妙に似合うのが不思議だ、本来は魔術師なのに……

 

「留守中に変わりは無いかな?」

 

 荷物は全て空間創造の中だが途中の露店で葡萄を買って来たのでイルメラに渡す。

 

「有り難う御座います、冷やして夕食後に出しますね。特に変わりは有りませんでした」

 

「リーンハルト君、洗い物を出してね。あと少し部屋で休んだ方が良いよ、ベッドメイクはしてあるから。直ぐに昼食の準備をするね!」

 

 笑顔で世話を焼いてくれる二人に押し切られて私室に押し込まれた、相談は食後のお茶の時にしよう。

 少しでも先延ばしにする自分の不甲斐無さに呆れた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼食は急いで作った割には手が込んでいた、裏ごししたジャガ芋の冷製スープに海鮮リゾット、サラダは季節の野菜が彩り良く器に盛られている。

 それに山鳩の香草焼きとバランスも良く味付けも僕好みだ、ローラン公爵家の食事も豪華だったが較べるべくもない。

 食事を満喫し食後のお茶を楽しむ、茶葉はローズ村で買ったローズフレーバーティーだ。

 薔薇の薫りが鼻腔を刺激する、内心動揺してるので少しでも落ち着く様に深く吸い込む。

 

「良い匂いだね」

 

「そうだね、ローズ村を思い出すね」

 

 ウィンディアの無邪気な笑顔に胸がチクりと痛む、今から他の女性と結婚しても良いかと聞くのだから……

 

「リーンハルト様、今回の指名依頼の顛末を教えて下さい」

 

 食後のデザートの葡萄は既に皮が剥かれ冷たいシロップがかかっている、一手間掛けてくれたんだな。

 

「うん、そうだね。先ずは同じ土属性魔術師の歳の近い連中と友達になれたんだ。

年上で新婚のロップスに人見知りのミリアン、食いしん坊のマックスは弟のインゴに似ていてね……」

 

 ボルガ砦の補修、ローラン公爵家のヘリウス様が逃げ込んで来た事、賊と傭兵団赤月の襲来、ベリトリアさんの仇であるハボック兄弟の捕縛。

 コーラル男爵とヘリウス様の姉の裏切り、イルメラとウィンディアは真剣に時には驚いて話を聞いてくれた。

 

「それでヘリウス様の地盤固めの為に王都に凱旋したんだ、だけどローラン公爵はサリアリス様によって病気が回復してさ。

後は証人も証拠も揃っているから謀叛人である実の弟を追い詰めてね、王家と貴族院に根回しをして完璧に御家騒動を収束させたんだ」

 

「サリアリス様ってエムデン王国宮廷魔術師筆頭でしょ?十年近く公に姿を現さなかった伝説の魔女だよね、黒い噂も絶えなかったみたいだよ」

 

「前王の暗殺、その様な噂は有りましたが……」

 

 サリアリス様の冤罪はイルメラやウィンディアまで知ってるのか、王族殺しの疑いの根は深いな。

 二人の表情からは嫌悪感は無い、疑問に思ってる程度なのは未だ生まれるか生まれないかの昔だから。だが物心付くまで噂が絶えないとは驚きだな。

 

「噂は所詮噂だと僕は思う、サリアリス様の魔導に対する真摯な態度は尊敬に値するよ。

僕はサリアリス様が王族を暗殺したとは思えないんだ、僅か二日だけどサリアリス様との魔法談議は素晴らしい時間だった」

 

 主に毒性学に関連する話ばかりだったけど、現代最強の魔術師の知識や技術は素晴らしかった。

 僕も新しい水属性魔法のアイデアが幾つも浮かんだ、早く実験したくて堪らないんだ。

 

「遥かに年上なんだけど私達以外の女性と話すのが楽しいとかキラキラした目で言われると複雑な気持ちだよ」

 

「でもリーンハルト様がそう感じたのなら、サリアリス様は王族殺しではないのでしょう」

 

 言わないけどサリアリス様は御歳六十七歳、だけどツバメ(愛人)にと誘われたんだよな。でもそれは強固な絆を作ると言う意味だから愛欲絡みでは無い、と思う。

 

「それでだな、ローラン公爵との話し合いの中で幾つか問題が発生したんだけどね」

 

 一旦言葉を区切りローズティーを飲む、先ずは気持ちの切り替えだ。彼女達も僕の次の言葉を待っている、此処からが本題なんだ。

 

「ローラン公爵から褒美の話が有った、後継者を守り謀叛人の手先を生きたまま捕まえたから大手柄だろう。

最初に提示されたのは派閥勧誘込みの領地付きの男爵位だが断った、僕はデオドラ男爵の派閥から変わるつもりはない。

次にローラン公爵が世話している女性達の誰かをくれると言われたので断った、僕には必要無い」

 

 喉がカラカラになったのでローズティーを飲む、空になったのでウィンディアが注いでくれた。

 

「だがローラン公爵の面子を潰す事になるとサリアリス様から言われたんだ。当然だよね、彼が用意した褒美を要らないと断ったんだ。

普通は爵位や美少女を要らないとは言わない、成果に対する報酬に満足出来ないと捉えられた。

だから、その……ニールと言う女性の面倒を見る事にした。

彼女は魔法戦士で冒険者ギルドランクはDだったからね、デオドラ男爵に預けて鍛えて貰いジゼル嬢の護衛にする予定だ」

 

 途中で二人が悲しそうな顔をしたが何とか最後まで言い切った、僕はニールに手を出していない。

 彼女の事はデオドラ男爵に任せて自立する段取りを付けたんだ、護衛として有能なら独り立ちも早いだろう。

 

「デオドラ男爵様の為に爵位を蹴ったの?」

 

「褒美で女性が貰えるのですか?それをデオドラ男爵に預けるとは思い切った事をしましたね」

 

 悪い感触じゃないぞ、宛がわれた女性に手を出さずに自立する術(すべ)を用意して距離を置いたんだ。

 

「うん、その時になんだがジゼル様から言われてね……僕は目立ち過ぎた、周りから目を付けられているらしい。

派閥の勧誘も熾烈になり、敵対する者も増えた、難しい立場に立たされてしまったんだ。コレを解消するには、するにはね……その、デオドラ男爵の」

 

「アーシャ様を花嫁に迎える、ですね?」

 

 え?何故その結論に至ったんだ、確かにその通りの事を相談したかったんだけど?

 

「只の婚約者では絆が弱い、婚姻なら今より強固な絆になりデオドラ男爵家は今以上にリーンハルト様に干渉出来る」

 

「アーシャ様は純粋にリーンハルト君が好きなんだよね、知らない女が側室や妾になるより遥かに良いよ」

 

「えっと……」

 

 正直驚いた、ウィンディアはデオドラ男爵家の関係者だから何と無く分かるのかと思ったけど、イルメラに政治的感覚が有るとは思わなかった。

 モア教の僧侶にとって愛は重要な教義だ、側室とはいえ神聖な結婚を派閥争いや立場強化に使う事に嫌悪感が有ると思ったんだ。

 

「だから私達はリーンハルト様がアーシャ様を側室に迎える事に反対はしません」

 

「そうだよ、独占が役に立つなんて思わないもん。最後に私達が幸せになれれば良いんだよ」

 

 未だ求婚もしていない二人から諭された、最後に幸せになれれば良いか……

 僕は自惚れていたんだな、他の女性を娶ると二人が悲しむと思ったけど結果は彼女達の方が時勢を読んでいたんだ。

 

「すまない、有り難う」

 

 ただ頭を下げるしか出来なかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、朝から魔術師ギルドに指名依頼の達成の報告に向かった。

 ハボック兄弟のロックゴーレムが正面口の門を壊したがノルマの450㎡は修復し補修の責任者のロップスに確認して貰ったから問題無いだろう。

 多分だがロップス達は継続で補修する為に残ってるんだろうな、豆と雑穀のスープは未だ続いているのかな?

 魔術師ギルドは慌ただしい感じだ、前回よりも職員が多くしかも忙しく動き回っている。

 

「すみません、指名依頼達成の報告に来ました」

 

 受付カウンターの奥に座る男性職員に話し掛ける、彼も黒いローブを羽織った魔術師だ。

 

「はい、えっと……リーンハルト殿?」

 

 何で上擦った声を上げる?何で皆が一斉に僕に注目する?

 

「はい、確かに僕は『ブレイクフリー』のリーンハルトですが……」

 

「来たっ、来ましたよ!直ぐにリネージュ様に連絡してくれ、リーンハルト殿を応接室に案内してくれ」

 

 偉く慌ただしく動くが今日は忙しいのか、サリアリス様かベリトリアさんが何かしたかだな……

 魔術師ギルド自体が慌てるとなると前者だ、サリアリス様は僕の事を魔術師ギルドに何て言ったんだろう?

 若い女性職員が二人掛かりで丁寧かつ恐る恐る案内する事を考えれば、結構な事を言ったのだろう。

 ソファーを勧められ直ぐにお茶とお菓子が用意された頃に、リネージュさんが慌てて部屋に入って来た。

 

「おはようございます、リーンハルト殿」

 

「おはようございます、リネージュさん。今日は指名依頼達成の報告に来たのですが、慌ただしそうですね?」

 

 厭味にならない程度に聞いてみる。

 

「ええ、魔術師ギルドの名誉顧問である宮廷魔術師筆頭サリアリス様が急にいらしてますので」

 

 疲れた笑みを浮かべたリネージュさんの背中は煤けていた、あれは中間管理職員が良く見せるアレだな。

 

「少々お待ち下さい、レニコーン様が直ぐに来ますので……」

 

 向かい側のソファーに深く座り溜め息を吐いた、相当気疲れが酷いのかな?暫く待つと魔術師ギルドの長であるレニコーンさんがサリアリス様と共に部屋に入って来た。

 

「リーンハルト、久し振りじゃな」

 

「お会い出来るのは嬉しいのですが一昨日まで一緒でしたよね、魔術師ギルドには何か用事だったのですか?」

 

 ヨッコラショって魔法の言葉を言って僕の隣に座る、向かい側のリネージュさんの隣にレニコーンさんが座る、二人共に緊張している。

 

「これが指名依頼の達成確認書です、ノルマ達成はロップスに確認して貰ってます。確認とサインをお願いします」

 

 当初の目的である指名依頼書に確認のサインを貰う為にテーブルに書類を並べる。

 無言で内容を確認してサインをして渡してくれたので空間創造へ収納する、後は冒険者ギルド本部に提出すれば完了だ。

 

「終わったみたいじゃな、では儂の研究室へ行こうかの?」

 

 流石は名誉顧問だけあり当然自分の研究室を持っているのか。

 

「研究室ですか?」

 

「儂は魔術師ギルドでは御偉い様じゃからな、専用の研究室が有ったのを思い出して六年振りに来たのじゃ。

リーンハルトも魔術師ギルドに入れ、研究助手に任命するぞ。これなら頻繁に会えるな、儂も研究室の存在を忘れてたとはボケたかのぅ……」

 

 カッカッカとか笑っているサリアリス様に微笑みを向ける、これでローラン公爵に作る借りが減るだろう。

 

「それは嬉しいです、宜しくお願いします」

 

 これが朝から慌ただしかった原因か、六年振りに宮廷魔術師筆頭が放置していた研究室を使うって来れば大騒ぎだろう。

 朝から大忙しで疲れて煤けている二人に会釈し労りの気持ちを伝えた。

 

「朝からお疲れ様でした」

 

 ジロリと睨まれたが忙しかった原因は僕ではないと思いたいです。

 


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