アーシャ嬢の誕生日パーティー、この場で僕への側室入りも話す事となった。
どうせ嫁ぎ先が決まっているのに隠す必要は無く他の連中に希望を持たせる必要も無いのは分かる、デオドラ男爵の娘にして深窓の令嬢然とした美貌だ。
下手にフリーだと思い込めば翌日から申し込みが殺到するだろう。
「そして明日の夜が誕生日パーティー、僕は前日の夕方に呼ばれた……
実はボルガ砦から帰って来てからアーシャ様には会っていない、前回は不在だったからな」
側室は家の事情だから本人の承諾も僕の申し込みも直接は不要だ、だがケジメは必要だと思う。
誕生日パーティーを終えても側室に迎え入れるには貴族の通例として一ヶ月程先、その間に花嫁修業とか女性には学ぶ事が色々有るそうだ。
魔法迷宮バンクの攻略を終えて、その足でデオドラ男爵の屋敷へと向かう。
大量にドロップした魔力が付加された武器と防具だが、デオドラ男爵も見たいと言われた。
御祝儀代わりに高く買い取ってくれるそうだが、一緒にデオドラ男爵の鎧兜も作らねば駄目だな。
「お金の有り難みをヒシヒシと感じる、転生前では考えなかった事だがコレが普通なんだろうな」
◇◇◇◇◇◇
歩いてデオドラ男爵の屋敷に向かう、夕方の日の入り前の時間帯は世界が真っ赤に燃えている様だ。
前にウィンディアが白亜の王宮に夕陽が当たった時に燃える様だと表現したが分かるな、この刹那の時間は美しい。
僕は既に正面口からの出入りを許可されている、完全に婿殿の扱いだ。
二ヶ月前は周りから敵意の篭った目で見られる事も多々有ったが、今では一族の上位者扱いだ。
「お帰りなさいませ」
警備の兵が頭を軽く下げて門を開けてくれるが、そこは『いらっしゃいませ』と言って欲しい。
「ご苦労様です」
そのまま正門を潜り玄関へと向かう、既にメイドさんが二人待ち構えているが流石は領地持ち従来貴族、今迄は考えなかったが屋敷の維持費とか幾らなんだろう?
「お帰りなさいませ、リーンハルト様」
君達もか、確かに側室を迎えるならば親族的付き合いだから間違いは無い、だが正式な返事は今日するんだが……既に決定事項なのか?
正面玄関から中に入る、執事が待っていて案内をメイドさんから引き継ぎデオドラ男爵の執務室に直行だ。
執事が僕の訪問の旨を伝えて中に通される、デオドラ男爵とジゼル嬢の二人が待ち構えていた。
「よう、義息子!」
「ようこそいらっしゃいました、旦那様」
ニヤリと笑う父娘を見て溜め息を吐く、これからは彼等と親族付き合いをするのだ、これ位で負けてどうする?
そう言えば最近アルクレイドさんを見ないのだが、領地経営の為に現地に行って未だ戻って来ないのか?
「ご無沙汰しております」
「今日も魔法迷宮バンクの帰りなのだろう?
余り根を詰めるなよ、お前がバンク六階層のボス狩りを続けてドロップアイテムを集め捲ってるのはオールドマンから聞いているぞ。
市場の価格に影響が有る程集めたらしいな、一週間で二百個近い魔力付加の武器を納品したなら値崩れが起きるぞ。
お前『徘徊する鎧兜』を六百体近く狩ったな?」
「最低買い取り額が金貨五十枚、二百個として金貨一万枚、四人パーティで等分しても金貨二千五百枚、破格ですね。
甲斐性が有るのは嬉しいのですが無理はしないで下さい、もう一人の身体では無いのですよ」
無理はしていない、六日活動したら完全休日を取っている、だが貯蓄が全く無いのが嫌だったんだ。
次は少し考えてペースを緩めるか……
「そうですね、家族を支える大黒柱の気持ちが分かった気がします。
今迄の僕は自分だけの事を考え過ぎていた、周りを支える意味が今一つ理解が足りない事を反省しています。
アーシャ様の件はお受け致します、必ず幸せにしてみせます」
ケジメは付けなければならない、決意を言葉にして伝える。
アーシャ嬢には今迄は情欲は全く抱いてないが嫌いではない、彼女が向けてくれる純粋な好意は嬉しく思う、過去の僕には向けられなかった利権の絡まない純粋な思い。
僕は幸せになれるだろう、彼女が幸せになるかは僕次第だが。
「ふむ、真面目だな。アレは居るだけの華と言ったがリーンハルト殿に向ける愛情は本物だ、幸せにしてやってくれ」
「私より先に嫁がせるのです、必ず幸せにして下さい。それと今の言葉を直接アーシャ姉様に言って下さいね、喜びますわ」
父親と妹に真顔で言われた、全く恥ずかしいが仕方ない。確かに本人に言ってないのは致命的だ、幾ら親の決めた側室話でもだ。
しかし澄ました顔で座るジゼル嬢に一矢報いたくなってきた、何時も苦労を掛けている彼女だけど……
「ええ、必ず。勿論来年成人後にジゼル様を迎える時も直接言わせて頂きます」
「え?あの、その……」
一寸だけ悪戯心を含んだ言葉だったが予想以上にジゼル嬢を動揺させてしまったみたいだ、真っ赤になって上目使いに睨まれたぞ。
両手も膝の上に並べて握り締めてるし、涙も少し滲んでる、やり過ぎたか?
「お前等、俺の前でイチャイチャするなよな。リーンハルト殿、アーシャに会って直接話して来い。俺達との今後の話はその後だ、早く言ってアーシャを楽にしてやれ」
「アーシャ姉様はリーンハルト様が訪ねて来ると知って朝から心此処に在らずって感じでしたわ、早く自分の口から求婚して下さい!」
ワタワタしているとアーシャ嬢付きのメイドが何時の間にか来て連行されてしまった……
◇◇◇◇◇◇
広く長い廊下をメイドさんに付いて歩く、今回は応接室でなくアーシャ嬢の私室に初めて案内される。
そう言えば年頃の女性の私室を訪ねるなど初めてだぞ、どうしたら良い?何か褒めれば良いのか?
「此処になります、私はアーシャ様付きのメイドでヒルデガードと申します。アーシャ様がリーンハルト様に嫁ぐ時に共に参りますので、宜しくお願い致します」
「ええ、コチラこそ宜しくお願いします」
アーシャ嬢の部屋の前で自己紹介されお辞儀し合うって変だな、思わずお互い笑みが零れる。
彼女は前にも僕に話し掛けて来た気の強そうなメイドだが、アーシャ嬢と一緒に来るなら一番信頼されているのだろう。
「アーシャ様、リーンハルト様がいらっしゃいました」
『はっ、はい。どうぞ!』
ノックの後に呼び掛けるが随分慌てて返事が来た。
「失礼します」
メイドさんが開けてくれた扉を潜る、初めて見たアーシャ嬢の部屋は全体的に華美でなく落ち着いているな、だが全体的に薄い配色で女性らしいコーディネートをしている、例えばベッドの天蓋のカバーは緑のグラデーションだ。
「私は呼ばれる迄は外でお待ちしておりますので、宜しくお願い致します」
そう意味深な台詞を言って一礼の後に扉を閉められた……窓辺の椅子に座り外を見ていたのであろう、アーシャ嬢に近付く。
「落ち着いた感じの良い部屋ですね、窓から庭が一望出来るのですか……」
庭で模擬戦が出来る位だから広いのは知っていたが、改めて二階の窓から見ると良く手入れがされているのが分かる。
中央に池が有り回遊出来る散策路には四季の花がバランス良く植えられている、何時来ても何かしらの花が楽しめるだろう、お金と手間隙を掛けている。
「良い庭ですね」
「はい、私は世間で言われる深窓の令嬢。言葉通りにこの窓から見える世界しか知りません、この狭い窓から目に見える物が全てでしたわ」
椅子に座り窓の外を見ている彼女の後ろに立つ、確かに彼女は気軽に外に出れる身分じゃない。
精々が馬車による移動で他の貴族の屋敷とか豪商への買い物とか限られた場所だろう。
だからドワーフ族の工房『ブラックスミス』に一緒に出掛けた時は驚いたんだ。
「僕がアーシャ様の為に用意出来た屋敷は恥ずかしながら此処よりも小さいです、池でなく噴水、四季の花は少ない、使用人も限られた数に抑えています。
ですが貴女に違う世界を見せる事は出来る、魔導の真髄も希望するなら見せましょう。
この婚姻は純粋な恋愛婚では無い、僕は爵位を賜り派閥の取り込み強化の為に貴女が利用された……」
本人はそう思ってなくても客観的な事実は教えておかねばならない、綺麗事だけ並べても何時か周りから言われてしまう。
側室とはそう言う側面を持っている、気に入ったから娶る方が少ない、それは妾だ。
「ええ、私は小さい頃からお父様の決めた相手に嫁ぐと教えられて育てられて来ました、それが貴族の女性の義務であり本来の姿。
嫁ぎ先の血筋を絶やさないのが絶対条件でした。
初めてリーンハルト様を見てから未だ二ヶ月、ですが私の狭い世界の中で貴方は何時も輝いて見えました。
お父様やボッカ兄様にも負けない強さ、それでいて周りを気遣う事の出来る優しさ、この人は他の人とは違うと思い始めました」
アーシャ嬢の独白は始まった、珍しく長く話すが全て聞かねばなるまい。
「私も十四歳の誕生日を過ぎた辺りから他の貴族の方々のパーティーにお父様と一緒に招かれる事が有りました。
殆どの人が私をお父様の付属物か何れ側室に貰おうと欲望に塗れた目で私を見ます、それに気付いても私には知らない振りをして愛想笑いをするしか出来ませんでした。
そんな時にアルクレイドがお父様と模擬戦をする少年が居るから、何故か木陰から見る様に言われたのです。
最初はあっさり負けると思いましたわ、お父様が模擬戦をするのは珍しいのですが殆どが数秒で終わりますから。
でもリーンハルト様は引き分けました、この時に私は思ったのです。お父様に決められる結婚相手なら私は貴方が良いと……
私だって夢見る乙女です、歳の離れた方や欲望の目で私を見る淫獣より強くて若くて優しい殿方の方が良いに決まってます!」
淫獣?思いっ切り力説したが、この大人しくて優しい彼女にそこまで言わせる程に無礼な視線を向けた奴が居るのか?
「ふふふ、私の俗っぽさに驚きましたか?」
「いえ、貴女に欲望塗れの視線を向けた奴を殺したくなりました」
僕の腹黒さに少し驚いたみたいだ、アーシャ嬢が俗っぽいなら僕は陰湿で腹黒いだろうな。
「リーンハルト様の意外な一面を知る事が出来ましたわ」
「僕はですね、意外と狂暴で我が儘で独占欲が強く欲張りで堪え性も無いんですよ。
魔導の追求に歯止めが利かない男です、きっとアーシャ嬢を呆れさせるでしょう。
ですが貴女を幸せにする自信は有ります、僕の元に来て貰えませんか?」
後ろから彼女の両肩に手を置いて囁く。
「はい、末永く宜しくお願い致しますわ」
手を添えられて了承してくれた、これでケジメも付けられたので後は迎え入れるだけだ。
「だけど誕生日パーティーで側室の話をすると歎き悲しむ男達が多いだろうな、決闘なら負けないつもりだけど……」
ベリトリアさんクラスを引っ張り出されると厳しいな、だが可能性は有るだろう。
彼女の事を十四歳の頃から狙っていた奴がいるなら僕の存在は後から出て来た邪魔者でしかない、認められないと騒ぐかな?
「大丈夫です、そんな時の為にジゼルから魔法の言葉を教えて貰いましたわ」
「魔法の、言葉?どんな言葉ですか?」
ジゼル嬢もアーシャ嬢も魔術師でないのに魔法となると、マジックアイテムを解放するキーワードか?
「はい、その場合はですね……んんっ、『私は既にリーンハルト様のお手付きです』って言えば大丈夫だそうですわ」
「それって、余計に相手を煽りませんか?僕は貴女を家に迎え入れる迄は手を出しませんよ」
ニコニコと微笑むアーシャ嬢に何も言えなかった、彼女は意味を理解していないのかも知れない。
プロポーズ自体は成功したので外に待たせているヒルデガードさんを部屋に招き入れる。
「最後が少し問題ですが中々のお言葉でしたわ。おめでとう御座います、アーシャ様」
「有り難う。私、幸せです」
椅子から立ち上がりアーシャ嬢が抱き着いて来たので軽く腰に手を回したが真っ赤になって固まってしまった、やはり箱入りのお嬢様だな。
4月1日より新年度記念一ヶ月連続投稿を行います。