古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第209話

 貴族になる、簡単に言えば爵位を賜るか貴族と婚姻や養子縁組をして家族になる事だ。

 

 公爵と侯爵は世襲制、国王から爵位を授けられるのは伯爵まで。

 実は伯爵以下は爵位と言うよりは称号の意味合いが多い、騎士が出世しても子爵までで平民出身者も同じ。

 領地を持てば自動的に男爵位は貰えるが領地無しの場合も有る、新貴族は基本的に領地は無い。

 領地収入で一番大きいのが「免税特権」で領地が無い場合は国からの年金のみ、商人や冒険者より貧乏な貴族も多い。

 

 僕の場合は父上が男爵位で廃嫡前だから貴族として新貴族男爵位を授かる、この先出世しても伯爵が限界だろう。

 因みに騎士とは爵位持ちが責任を持つ事で授ける事が出来る、つまり僕でも配下を騎士に出来るが『心・技・体』の優れた者という建前が有るから責任は重い。

 

 国王から直に授けられるのは親授、国王から任命を受けた者が授けるのを勅授と言うが、僕の場合は爵位では最低の新貴族男爵位だから貴族院に行って貰うだけ。

 当日、指定の時間に一人で貴族院に向かう、同行者は居ない。

 そして仰々しい式典や手続きが有る訳でもなく爵位を授かった証として大綬と正勲章、それと略式勲章を貰って終了、実に簡単である。

 大綬とは肩から斜めに掛けるようにした幅の広い飾り帯で公爵・侯爵は赤、伯爵は青、子爵と男爵は緑。 

 正勲章は武功十字章、これは主に軍事行動の成果にて貰える物で、僕の場合は先のオーク討伐遠征も含まれている。

 武闘派ばかりの派閥に所属しているので助かる、皆が欲しがる勲章だからだ。

 略式勲章は正式な式典等で大綬と合わせて胸に付ける、エムデン王国により貢献すれば増える訳だ。

 そして驚いたのは年金の他に貴族となったならば自分と伴侶や子供達にも正しく教育しなければならない、その教本を二冊頂いた。

 

 男性教本は食事や服装のマナー、手紙の書き方、社交イベントでの振舞い方などから王族への謁見のマナーまで、上流階級での常識が詳しく解説されている。

 これからの僕に必要な事が詳細に書かれているので熟読しなければなるまい。

 問題は伴侶や娘に教える方だ……

 

 女性教本は基調となっているテーマは『エレガントな振る舞い』だ。

 社交イベントやディナーの席では当然の事だが、乗馬等のスポーツやお茶会とかでも上品さを忘れてはいけないと書かれている、ここ迄は普通だ。

 だが中には『男性とのお付き合いの章』なるモノが最も多いページ数で説明されている。

 

 内容は初めてのデートに始まり、初めての週末旅行・彼の両親に紹介されたら・綺麗な別れ方と、微妙だが何と無く納得出来る項目でも有る。

 

 だが中には『一夜限りの関係を安全に楽しむために』とか『正しい浮気の方法』や『側室と妾の掟』なんて世の中の淑女達を疑う項目まで有る。

 更に不貞の項目には『一時の情熱に任せて浮気をするのは賢明では無い、結果を考えた上で我慢出来なければルールを守って!』って書いて有るがルールって何だよ!

 確かに政略結婚が多数を占める貴族令嬢の結婚に恋愛感情は無い、だから世継ぎを産んで義務を果たした女性が嵌めを外すのを防ぐ目的も有るのかな?

 

 送迎の為に執事のタイラントが用意した馬車の中で読んで頭を抱えた、これが正式な爵位を与えられた者に渡す必読本なのか……

 

 華やかな貴族社会の令嬢達を見る目が更に変わりそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 事務的に貴族院で爵位授与の手続きを終えたが先ずは父上に報告だ、それからイルメラとウィンディア、その後にデオドラ男爵達だな。

 爵位を賜ったが特に役職を授かった訳ではないので冒険者としての活動は続ける、実際に同じ様な境遇の冒険者も居るらしい。

 確かに倹約すれば年金だけでも十分に生活は可能だが、人間暇だと碌な事をしない、酒や女性に溺れたり賭博に嵌まる者も多い。

 

「結局働かざる者食うべからずって事だよな……」

 

 馬車の窓から見る貴族街は立場が変わっても同じにしか見えず、貴族とはいえ爵位は最下層の新男爵位。

 宮廷魔術師になる道筋は出来たが試練は有るので油断は出来ない、ウルム王国との開戦の前に何とか立場を固めないと駄目なんだ……

 

 色々と考えていると直ぐにバーレイ男爵家に到着した、因みに紛らわしいが僕もバーレイ男爵って呼ばれる事になるんだよな。

 

「お帰りなさい、リーンハルトさん。いえ、バーレイ男爵と御呼びした方が宜しいでしょうか?」

 

 悪戯っ子みたいな表情だが悪気は無いのだろう、本来なら本妻の彼女と側室の子供の僕には親子の関係は無いが、僕は彼女の事を第二の母親だと思っている。

 

「いえ、リーンハルトで結構です。実家で家族にまで堅苦しい呼び方をされるのは嫌ですから」

 

 何時もは外に出ないエルナ嬢が玄関先まで出迎えてくれた、今日は父上とインゴが居るのも既に確認済みだ。

 僕の独立を認めてくれた大切な家族に最初の報告がしたかった、本来だったら廃嫡し家の為に、バーレイ男爵家を継ぐインゴの為に尽くさないと駄目だったんだ。

 

「僅か二ヶ月で成人前に爵位を賜った方の言葉ではなくてよ、応接室で旦那様がお待ちです」

 

 悪意なき笑顔、他人の腹の中を探り用心する事が多かったから癒される、家族とは良い物だな。

 

「エルナ様もお腹の子供の為にも無理はしないで下さい」

 

 未だ目立たないが水属性魔術師の見立てでは、赤ちゃんはスクスクと育っているらしい。

 

「貴方の弟か妹になるのです、私は女の子が欲しかったのですがアーシャ様がジゼル様より先に義理の娘になるとは思いませんでしたわ」

 

 少し睨まれた、エルナ嬢は僕の側室候補を色々と探してくれたのに、相談無しにアーシャ様を側室に迎えたので気になるだろう。

 

「なにせ急だったので連絡が遅くなり申し訳ないです」

 

 少しマナー違反だが珍しく歩きながら話す事をして応接室へ向かう、エルナ嬢も第二子を身篭ってから強くなったな、昔の儚さが無くなり母親の強さが出て来た。

 

「おお、来たか。リーンハルト」

 

「お、おめでとうございます」

 

 扉を開けて顔を見ると直ぐに祝いの言葉を貰った、二人とも本心から嬉しそうだ。

 

「有り難う御座います。父上、インゴ。未だ実感は沸きませんね」

 

 久し振りの家族団欒を楽しんだ、イルメラやウィンディアも僕の家族だが違った暖かさがある。

 前者は僕が父上の庇護を受け、後者は僕がイルメラ達を庇護している違いだろうか?

 久し振りの家族団欒は昼食を食べてお茶会まで続いた、エルナ嬢の側室の件は暫く保留にして貰う。

 アーシャ嬢を娶って一応ローラン公爵からニール嬢まで預かっている。

 流石に直ぐに三人目は駄目ですと建前で押し通した、実はニールは手を出さずにデオドラ男爵に預けっぱなしは秘密にして……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 父上から借りていた家は返却した、アレは我が母上との想い出の家だ。

 未だ新婚だった頃に二人だけで暮らした家は手放さずに残しておくのだろう、僕も感謝の気持ちを込めて固定化の魔法を重ね掛けしてきたから百年は大丈夫だ。

 

 短い間だがお世話になった第二の我が家、そして新貴族街の中心近くに有る第三の我が家に帰って来た。

 実は未だジゼル嬢手配のコックとメイドは来ていないので執事のタイラントとイルメラとウィンディアの四人暮らしだ、必然的に出迎えは……

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「お帰り、リーンハルト君」

 

 メイド姿の二人が玄関に並び笑顔で出迎えてくれた、だがタイラントは気に入らないらしい。

 イルメラは元バーレイ男爵家では僕付きのメイドだったが今は僧侶で冒険者パーティのメンバー、ウィンディアは元デオドラ男爵家で雇われていた魔術師だが今は冒険者パーティのメンバー。

 一般のメイドと同じ様な仕事をするのは困る、適材適所だし新しく来る使用人達に示しがつかないそうだ。

 

「ただいま、二人共。何か変わりは無いかい?」

 

 なるだけ優しく微笑みながら声を掛けると二人共困った顔をした、何か留守中に問題が有ったみたいだ。

 

「他の貴族の方々や商人さんから手紙が八通と、贈り物が多数来てるよ」

 

「分かった、礼状を書くから手紙と贈り物は確認するよ」

 

 早速教本が役立つな、手紙の書き方の項目に礼状とかの注意事項や見本も有った、しかし爵位を授かった当日に送ってくるとはね。

 

「それと雇って欲しいと直談判して来た方も多いです、使用人は全てデオドラ男爵家から派遣されるからと断ったのですが……」

 

「諦めない?身元が不確かな人達は雇えないから全て断って良いよ。そう言う連中の相手は、なるべくタイラントに相手をさせるから。構わないな?」

 

 メイド姿の僧侶や魔術師が相手にするのは難しい、タイラントは男だし身体も鍛えているから任せよう。

 

「分かりました、お嬢様方もリーンハルト様の大切な方なのです。余りメイドの真似事は感心しませんよ」

 

「なっ?おい、タイラント!」

 

 確かに大切な女性だが未だ本人達には正式に求婚してないんだ、アーシャ嬢を娶って直ぐに他の女性をなんて問題が……

 三人共顔を赤くしてしまった、意識してしまうと駄目なんだ。

 

 子供の頃から、いや今も未だ子供だが十年近く世話になってるタイラントに勝てる訳もなく執務室に押し込まれた。

 贈り物と手紙の対処をしろって事だが、直ぐに紅茶まで用意してくれるので文句も言えない。

 

「先ずは手紙からなんだが、見事な螺鈿細工の文箱だ。上級貴族からか……」

 

 一番立派で高価な文箱が三通、それなりのが三通、残り二通にはライラック商会とサリアリス様の家紋が押されている。先ずは螺鈿細工の文箱から開ける事にするか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「参った、まさか公爵二家から親書を貰うとは……」

 

 ニーレンス公爵家とラデンブルグ侯爵家はオーク討伐遠征絡み、ローラン公爵家は御家騒動絡み、エムデン王国でも五家しか居ない公爵家の内の二家から親書を貰えるとは胃がシクシクと痛い。

 

「ニーレンス公爵は息子(レディセンス様)と娘(メディア嬢)が世話になった御礼。

ラデンブルグ侯爵はオーク討伐遠征の僕の成果を正しく理解し丁寧な礼状形式を取っている、内通者が居るな。

ローラン公爵は祝いの言葉と来月にサリアリス様が屋敷に来るとの連絡。ニーレンス公爵とラデンブルグ侯爵は祝いの品まで贈ってくれた……」

 

 新しい屋敷では調度品も少ないとの配慮だろう、共に絵画を贈ってくれた。

 だが立派な彫刻(ゴーレム)は沢山有るので錬金出来ない高そうな絵画を贈るとは、もしかしてゴーレム警備網バレてる?

 取り敢えず御礼に何か錬金した物を贈ろう、普通に同等品を買ったら破産しそうだ。

 

「しかし、ラデンブルグ侯爵からの接触か……」

 

 ザルツ地方を領地に持つエムデン王国七侯爵の上位貴族で農業改革を推し進める内政派、王国内でも発言力は強いが討伐遠征隊は全滅し手柄は全てデオドラ男爵に……

 本人は今回の討伐遠征の結果を面白く思ってない、自分の領地の事を他の派閥が解決した、しかも旧コトプス帝国絡みだ。

 

 椅子から立ち上がり窓に行って外を見る、ウィンディアが風の魔法で落ち葉を集めて掃除しているが杖を持つメイドって何か変だよな。

 小さなつむじ風を起こして器用に落ち葉を集める、アレも魔法制御の訓練だから良いか……

 

「このまま礼状を送って終わりとはならないな、ウルム王国と戦争の引き金になりえる事件だったし真相が知られている。

しかもラデンブルグ侯爵はデオドラ男爵に領地通過は許可しなかった、僕は冒険者として一人で領地を通過した。建前は問題無いと思うが納得するかは別問題だな」

 

 ジゼル嬢に相談するか、また迷惑を掛ける事になるな。それなりの三通はユリエル様とアンドレアル様、それとバルバドス師だ。

 三人共に祝いの言葉と贈り物を貰った、こちらは全員魔導書だが魔術師同士の暗黙の何かが有るのだろうか?

 僕は土属性なのに全員が自分の得意な属性の魔導書を送って来た、火と風属性は僕には使えないんだけど。

 

 


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