古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第220話

 宮廷魔術師への試練、多分だがサリアリス様が僕の為に仕組んでくれたのだろう。

 僕がドラゴン討伐が可能と言う前提で依頼内容を考えてくれたと思う、廻りから見れば一番難しい依頼を選択し王都まで討伐したドラゴンを運ぶ。

 目の前に倒したドラゴンを見せればインパクトは大きい、そしてドラゴンスレイヤーの称号も貰える。

 

 先ずはパレモの街に行き、それからワーズ村の冒険者ギルドの協力者である『陽炎(かげろう)の栄光亭』を拠点にドラゴン狩りをする。

 此処で可能な限り経験値を貯めてレベルアップを目指す、出来ればレベル35を目標にしたい、倒したドラゴンは冒険者ギルド本部とライラック商会に買い取って貰う事で恩を返す。

 

 ジゼル嬢に頼んでアーシャ嬢にはドラゴン討伐の事は伏せる様に頼んだ、彼女には刺激が強過ぎる、嫁ぎ先の相手がドラゴン討伐に出掛けるとか悪夢だろう。

 冒険者ギルド本部のクラークさんの配慮通りパレモの街で内容を明かされワーズ村に行きデスバレーに棲息するドラゴンに挑む、この筋書で行く。

 ジゼル嬢に真実を伝えたのは謀略令嬢として信頼してるから、何か有ってもフォローしてくれる。

 

 そしてジゼル嬢に全てを打ち明けた翌日、早朝に王都を発つ乗合馬車を利用してパレモの街に向かう、片道四日間の長旅だ。

 身元がバレると面倒なので軽戦士の格好、ハーフプレートメイルにマントを羽織り肩掛け鞄を提げている。

 名前は知れ渡ったが顔とは一致しないから安心だ、まさか新貴族男爵が普通の乗合馬車を利用するとは思わないだろう。

 

「それでは出発します」

 

 御者の合図と共にセルビア地方パレモの街に向かい馬車が出発する。

 地方の中核街には王都から直行便が有るが、パレモの街からワーズ村には無いので馬ゴーレムでの移動になる。

 徒歩では厳しく馬を借りても世話が大変だ、デスバレーにも向かうので基本優しく臆病な馬はドラゴンを見たらパニックになるだろう、軍馬なら大丈夫かも知れないが……

 途中の三泊は街や村に自費滞在だが初日はバロール村に泊まる、村とはいえ定期便が停まるので宿泊施設は有るそうだ。

 

 改めて乗客を観察する、二十人乗りの馬車だが王都からの乗客は僕を除いて五人。

 裕福な中年の夫婦連れ、商人風の青年、盗賊職の中年、それとローブを頭から被った年齢性別不詳の魔術師。

 商人風と盗賊職の青年は知り合いらしく話し合っている、共に鋭い目付きと鍛えられた身体をしていてレベルも高そうだ。

 

 腕を組み寝た振りをする、軽戦士の真似をしたが魔術師が居ては騙せない、だが相手の魔力制御は低い、つまり魔術師としてのレベルも低い。

 

「ねぇ君は魔法戦士なの?」

 

 年齢性別不詳の魔術師は女性らしい、甲高い声からすると未だ若いな。

 馬車の奥に座る魔術師の声に周りが注目する、戦士スタイルは僕しか居ないから皆の視線も集まる。

 

「魔法戦士は複合職、自分では魔法戦士だとは思ってない。魔法も使える戦士程度に思ってくれ」

 

 そうだと肯定して上級職と勘違いされるのも困るので正直に答える、土属性の魔法戦士だと武器は自前の錬金術で可能だから相性は良いけどね。

 

「そうね、戦士より魔術師としての方が強そうね。私は水属性魔術師のアクアよ」

 

 水属性でアクアって偽名じゃないのか?だが名乗られて無視は出来ないし嘘も吐け無いか。

 

「土属性魔術師のリーンハルトです」

 

「ふふふ、宜しくお願いね」

 

 何が宜しくなのか分からないが、それっきり話し掛けては来なかった。

 途中の停留所で更に職人風の男三人が乗り込んで来たが、会話からして陶芸職人らしく材料の買い付けに行くらしい。

 色付けの顔料は鉱物を擦り潰して使うらしいが声が大きくて困った、狭い馬車だから少しは気を使えよ。

 途中何度か休憩を挟んで午後四時半に本日の宿泊予定地であるバロール村に到着した。

 

「明日は八時半に出発します、遅れない様にお願いします」

 

 此処までの運賃金貨一枚銀貨二枚を払って馬車を下りる、一括前払いも出来るが毎日清算するそうだ、距離が長くて途中で御者も変わるから間違いが無い様にする為らしい。

 多いのは先に料金を払う方だ、タダ乗り防止は先に料金を貰う方が確実だし……

 バロール村の中心が停留所になっており、周辺に酒場や商店等が数軒有るだけで他は簡素な民家が密集して建っている。

 長閑な農村で周りには畑が遠くまで見えるが村を守る塀や堀が無い、珍しいな。

 

「宿屋は右側の二軒だけよ、食事は出ないから向かいの食堂で食べれるわ」

 

 気配が薄い、こんなに接近されても気付かなかった。

 

「アクアさんはバロール村に詳しいの?」

 

 相変わらず目深にローブを被ってるから表情は見えない、だが敵意は無さそうだが既に正体がバレてる可能性は高い。

 いや、正体がバレてたら男爵に気軽に声は掛けてこないか?

 

「一度来た事が有る、右は安宿で左は割とマシよ」

 

 そう言って左側の宿屋に先に行ってしまう、宿屋を押さえておかないと不衛生な安宿に泊まる羽目になりそうだ。

 アクアさんの後に付いて宿屋に入る、外観は両方共似たような物だったが中に入ると手入れが行き届いているのが分かる。

 

「花瓶に季節の花でお出迎えとは風流だな」

 

「孫が河原で摘んで来ましてね、お泊りですか?」

 

 カウンターに日に焼けた男が立っているが孫が居る歳には見えない、精々四十代だろう?

 

「ええ一泊でお願いします」

 

「二人部屋だと素泊まり銀貨六枚です」

 

 ああ、アクアさんが連れだと勘違いしたな。

 

「別々ですよ、僕等は連れじゃないです」

 

 話を聞いて勘違いを悪いと思ったのだろう、ペコペコと頭を下げて来た。てかアクアさんは無言で反応が薄いな。

 

「申し訳ありません、一人部屋は素泊まり銀貨四枚になります。お湯は別料金で銅貨三枚、食事は用意出来ないので向かいの食堂を利用して下さい」

 

 お湯込みで銀貨四枚銅貨三枚か、懐から財布を取出してカウンターに置く、空間創造は見せない。

 同じ様にアクアさんも無言で同額を置いた、彼女は荷物が少ないが収納系マジックアイテムを持っているみたいだな。

 

「はい、鍵になりますが出掛ける際は一旦返して下さい、部屋は二階です」

 

 二と書かれた札が付いている、彼女は一の札が付いていたが隣部屋か。そのまま無言で二階に向かう、無口なのはエレさんを思い出すな……

 後を追う様に部屋に行く、階段は踏むとギシギシと五月蝿いし明かりなんて無いから薄暗い、二階に上がると明かり取りの窓が有る。

 階段手前の部屋の扉には五と書かれている。奥一つ手前が僕の部屋か……

 

 中に入るとベッドが一つだけの簡素な板張りの部屋だが清掃は行き届いている、ベッドを椅子代わりに座るが木箱に藁を敷き詰めてシーツを掛けただけなので身体が沈み込む。

 

「最近贅沢が身に染みてるのが分かった」

 

 ベッドに沈み込んでバランスを崩すなんて失態を犯すとは笑える、随分とお上品になったモノだ。

 

 気を付けなければ駄目な事は農村は朝も夜も早い、ランプの明かりは高い油を使うので日が沈むと直ぐに寝て日の出と共に起き出すのが普通だ。

 実際部屋の明かりは細くて短い蝋燭一本だけ、多分十五分も持たずに消えてしまうだろうな。

 

「暗くなる前に食堂に行くか用意した物を食べるか……」

 

 結局イルメラ達が大量に作ってくれた料理を食べる事にする、単独一ヶ月近い指名依頼と言ったら二人で山の様に料理を作ってくれた、凄く嬉しかった。

 蝋燭は使わずにライティングを唱えて光球を一つ浮かべる、天井付近でフヨフヨ浮いているが凄く明るい。

 

 空間創造からナイトバーガーと具沢山野菜スープ、それと桃の果汁水を取出して食べる。

 

「一人の食事は久し振りだが味気無いモノだな、オーク討伐遠征を思い出す」

 

 僅か五日間の単独行動だったが今回は最大一ヶ月の期間なら何とかするとジゼル嬢は約束してくれた。

 このドラゴン狩りで経験値を貯めて出来る限りレベルアップする、戦争になれば単純に数の暴力がモノを言う、ゴーレムポーンが最大二百体では少し不安だ。

 愛情が篭った美味しい料理だが、一人だと直ぐに食べ終わってしまう。

 

「ご馳走でした」

 

 後は湯を貰い身体を清めてから早々に寝るかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 カーテンなんて無いから日の出と共に部屋の中が明るくなった、防犯用の雨戸も隙間だらけだから仕方ないか。

 馴れない藁のベッドだが寝心地は悪く無かった、雨戸を開けて部屋に外気を入れる。

 冷たい空気に触れるのは眠気覚ましに丁度良い、頭の中がスッキリした。

 窓から見える密集した民家からは白い煙りが幾筋も立ち上っている、朝食の支度をしてるんだ。

 護衛に召喚していたゴーレムポーン四体を魔素に還しタオルを取出して部屋を出る、裏手に井戸が有り自由に使って良いそうだ。

 

 薄暗くギシギシ五月蝿い階段を下りて厨房を抜けて裏口へ、個人で掘ってる井戸とは贅沢だな、普通は村の共有だが水源が豊かなのかも知れない。

 

「おはよう、早いわね」

 

 先客が居た、この井戸は滑車を使い紐を結んだバケツで水を汲み上げるタイプだ。

 

「おはようございます」

 

 ロープを引いてバケツを持ち上げる、深さは6m程度の浅井戸なので苦では無い。備え付けのタライに水を張り顔を洗う、冷たさで更に眠気が飛んで頭の中が冴える。

 

「昨日は部屋から出なかったのね」

 

「ん?ああ、外食が面倒臭いから持ち込みの食料で済ませた」

 

 タオルで顔を拭いて改めて先客を見る、皮鎧を着込んだ盗賊職みたいな出で立ちだが纏う魔力に覚えが有る。

 

「アクアさんか、何故盗賊職っぽい格好してるの?」

 

「君と同じ、こっちが本職。魔法盗賊って変じゃない?風属性なら気配察知とか便利だったけど水属性だと回復兼盗賊で中途半端」

 

 魔術師としてレベルが低いと感じたのは複合職だったからか、確かに水属性は僧侶と被る、回復魔法は僧侶に敵わないが状態変化の魔法は長期戦には有効だ。

 だが毒や麻痺は強敵に効果が有れば戦局をひっくり返す切り札だ、初見殺しを決めるには使える事を秘密にすると効果的だ。

 

「つまり盗賊職である事を隠しているのか?なら隠し通さないと駄目だろ」

 

「君には知られても構わない、他に知られたくない人達が居るだけだから」

 

 意味深な台詞だが気にする事でもない、知り合い程度で絡みも無いから深入りもしない。

 

「分かった、内緒にするよ」

 

「ありがとう、助かる」

 

 さて、朝食は軽くて良いから紅茶にパンとチーズにするかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 乗合馬車の移動二日目、乗客が少し替わった。

 アクアさんは一番奥で魔術師姿で乗っている、一番早く来たのだろう。

 商人と盗賊職の青年二人と職人三人組は一緒で追加で冒険者六人組が乗り込んで来た、戦士四人に盗賊職が二人で全員十代の少年だ。

 中年夫婦は乗って来ないで僕は最後尾に座った。

 

「では出発します、今日の最終予定地はバズーの村です」

 

バズーの村は山の谷間に有り林業が盛んな村だ、国有林を指定の商会が管理し切り出している。

 

 早速職人三人が大声で話始める、昼寝をすると夜寝付き難くなるので外の景色を眺める、この為に最後に乗ったんだ。

 幌の隙間から流れる景色を見るが長閑な田園風景、牧草地には牛や羊が放し飼いにされていて草を食べている。

 

「長閑だな、平和って奴か……」

 

 皮肉な事にエムデン王国はウルム王国と旧コトプス帝国の残党達との戦争へと向かっている、その為の戦力増強の為に宮廷魔術師を増やそうとしている。

 この急かせる感じからして戦争は避けられないと思う、だからレベルアップも兼ねたドラゴン討伐だ。

 

「なぁ魔術師さん、一人で馬車の旅かい?」

 

「ええ、用事が有って里帰り」

 

「お?声が若いぞ、俺達と同じ位じゃないか?」

 

「良いじゃん良いじゃん、若い女の子最高だな」

 

 ギラギラした下心満載の顔を何とか隠そうと……してないな、何時もは僕に対しての勧誘だ、端から見ても結構嫌な感じだ。

 

「なぁ今のパーティに不満は無いのか?」

 

「俺達と一緒にパーティ組まないか?なぁ良いだろ?」

 

 身を乗り出して勧誘してるが、仮にも女の子に男六人が詰め寄るのはどうだろうか?

 

「特に不満も無いし移籍とかも考えてないわ、迷惑だから勧誘はお断り」

 

 平坦な声でバッサリ切ったな、本当に嫌だって感じを滲ませてるし結構豪胆な子だな。

 

「何だよ感じ悪い奴だな!」

 

「お高く留まりやがって、魔術師だからって偉いのかよ?」

 

 捨て台詞を吐かれたか……

 

「偉くは無いけど試す?」

 

 ほぅ、言い返したら男達は黙ってしまったか。理解出来ない力を使えるのが魔術師だからな、強気に出られたら怯むか。

 だがこんな嫌な思いまでしても魔術師として行動し盗賊職で有る事を秘密にする、面倒事を抱え込んでるのは確実だな。

 


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