三週間滞在する予定が三日ほど繰り上がった、ある程度の成果が有ったので割り切る事にする。
『陽炎の栄光亭』のマダムに世話になった事を感謝し一体分のワイバーンの加工肉を譲って貰った、最高の土産物だろう。
商人ギルドの面子をかけた依頼、それは盗まれたアースドラゴンの報復の為に盗賊ギルドと冒険者ギルドに野盗討伐と新しいドラゴン種の確保。
クラークさんは商人ギルドに借りを返す為に、最短でアースドラゴンの死体を引き渡す為に、僕が余分に倒しただろうと交渉しに来た。
報酬は金貨一万八千枚、破格の値段だが彼等も損得抜きで面子重視なのだろう、本来なら一体金貨二千枚前後だから。
因みに一割の金貨二千枚は冒険者ギルド本部の取り分で、僕に指名依頼という形で一般の依頼としては募集を出してない。
クラークさんの用意した四頭の馬で引く馬車に乗り込み王都へと向かう、途中の街や村で馬と御者を交代しての不眠不休の強行軍、約二日で到着する。
広い馬車内の乗客は僕とクラークさんだけ、重量の関係で最小人数だが野盗に襲われても今ならゴーレムポーン三百体が実戦運用可能だ。
「今回の件、私達は『忘却の風』を疑ってます。ドラゴン討伐から生き残った三人も行方不明なのです」
馬車が走り出してから暫く経ってから教えてくれた事、それは今回の出来事が仕組まれていた事だ。
「あの古参の戦士職の連中がですか?」
早々に報酬の金貨千枚を貰って引き上げた筈だが、彼等も襲われて金を奪われたのか?
「そう言えば彼等の内の一人が討伐後に暫く見なかったですね、まさか……」
生き残りを襲って金を奪い返した?あの陰険そうな女性は居なくてリーダーと短気な男が居た。
商人との交渉はリーダーのみが行っていたがアースドラゴンを不自然に放置していたのは撒き餌代わりか、死体が痛んでも素材として牙や爪や鱗をバラせば肉や内臓は関係無い。
「多分考えている通りです、生き残りの一人は私達が内偵として送った男。定期報告のドラゴン討伐迄は問題無かったのですが、報酬を受け取った後は音信不通になりました」
「それは限りなく黒に近いグレーですね、わざと時間を引き延ばし商人を集めてから売って……後から全てを奪う」
危険だが証拠が無い、僕に出来る事もないし、この件は保留だな。
馬車は既にパレモの街を通過した、この先のバズー村で小休憩し馬と御者の交代だ。
次の小休憩はバロール村で馬と御者を交代したら王都まで直行だ、流石に野盗共は襲っては来なかった、やはり逃げ出しているな。
「男二人で差し向かいの食事も味気無いですね」
仕事絡み以外の会話が殆ど無かったので適当な話題を振ってみた。
「リーンハルトさんは私よりも女性職員の方が良かったですか?」
失敗した……
何度目だろうか、馬車の中での簡素な食事を終えてワインで口の中に残った食べ物を流し込む、クラークさんには冗談は通用しないみたいだ。
「いえ、もっとエスプリ(上品な冗談)をきかせるべきでした」
「バロール村も無事に通過しました、あと四時間程度で王都に到着します。先ずは冒険者ギルド本部で手続きを済ませましょう、その後の商人ギルドとの交渉は我々だけで行います」
ああ、ギルドカードの更新や下級魔力石も買い占めるか。その後は一旦自分の屋敷に帰って風呂に入りたいな。
馬車の中で座ってるだけだが着の身着のままは貴族としてどうなんだ?冒険者なら普通だな。
「ドラゴン提供者が依頼人のライバル魔術師では不味いですよね、しかし運搬は空間創造から出しての通常ですよね?」
商人ギルドって冒険者ギルドから近かったかな?王都を荷台にドラゴン乗せて走れば普通に大騒ぎになるぞ。
「我が冒険者ギルド本部にも空間創造のレアギフト持ちが居ますので彼に引き渡して下さい」
ふむ、僕以外の空間創造のレアギフト持ちには興味が有る、他の人がどうやって品物を管理しているのか?
僕は幾つも小部屋を作り管理してレベルにより階層別解放になっている、でも他人が同じかは知らない。
「それは用意周到ですね、ですが他のドラゴンは討伐権利迄は譲らないですよ、ドラゴンスレイヤーが増産されますから……」
折角サリアリス様が僕の為に用意してくれた依頼の難易度が下がる、格下の一体なら問題無いが何人も達成者が居たら問題だ。
「勿論です、今回は王都中央広場に展示するらしいですよ。折角複数倒したのですから全て並べてみてはどうですか?」
「ザルツ地方のオーク討伐遠征の時みたいにですね、国民の意識高揚には良いのでしょうが……ツインドラゴン三体、アーマードラゴン六体、アースドラゴンは一体譲っても十六体。
全て並べても大丈夫ですかね?」
「はぁ?」
少し頑張り過ぎたか?他人の茫然自失は悪いが滑稽に見える。
「ワイバーンに関してはマダムに二体譲ったけど残り二十七体、後は全身骨格が十一体分有ります」
「ドラゴン種が合計二十五体?一人でですよね?改めて聞くとクルものが有りますね」
「ええ、レベルも39になりました。有意義な経験でした」
クラークさんがパタリと座席に倒れた、やはり少し頑張り過ぎたんだな。
「帰ったら大変ですよ、ドラゴン種は一体倒しても大変な功績なのに二十五体も倒したのですか。でも確実に宮廷魔術師に推薦される実績ですね、おめでとうございます」
その後、ドラゴン種の買い取り分配について細かい話になったが僕の御用達であるライラック商会を交えた話し合いにして貰った。
僕としてはお世話になってる冒険者ギルド本部とライラック商会が納得してくれれば良い、これで資金面は暫く大丈夫だろう。
後は何時の段階でウルム王国と開戦になるかだ、その間に宮廷魔術師になれるか、なれたら力を蓄えられるかだ。
問題は山積みだが解決出来ない難題ではない、今後の事はジゼル嬢に相談するか……
◇◇◇◇◇◇
男二人の馬車の旅の終着駅、約一ヶ月振りにエムデン王国の王都へ戻って来た。不眠不休で馬車を走らせる強行軍だったが僕は座っていただけだから腰が痛い位だな。
直ぐに冒険者ギルド本部へと通されて立入禁止とした地下の訓練所に案内された、人目を避けてのアースドラゴンの引き渡しだ。
先ずはクラークさんが書類一式を用意してサイン等の取り交わしをする、これで僕が指名依頼を請けた事になる。
その後でアースドラゴンを空間創造から取り出し訓練所の真ん中に置く、倒したてを収納したので新鮮なままだ……
「おお!確かにアースドラゴンですね」
興奮気味のクラークさん、結構巨大モンスターが好きなのか?五分ほどアースドラゴンの身体を触って調べていたが我に帰ったのだろう、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。
「すみません、大人げなく興奮してしまって……確かにアースドラゴンを受け取りました、依頼達成の手続きと報奨金になります」
依頼達成済みのサインを貰い報酬を受け取った確認のサインをする、脇には金貨千枚が入った大袋が十八袋積まれている、結構な重量とボリュームだ。
「商人ギルドにはリーンハルトさんの名前は出しませんので安心して下さい。あと空間創造のスキルを持つ方ですが極力秘密にする事が条件なので……」
申し訳なさそうに頭を下げられた、つまり訓練所から出て欲しいって事か。
「つまり同じレアギフト持ちの方には会えないのですね。分かりました、これで失礼します」
「すみません、エムデン王国には私達から報告し結果を直ぐに報告しますので、暫くは王都に滞在していて下さい」
言われる迄もなく暫くは王都に滞在する予定だ、先ずは自宅に帰ってイルメラ達の顔が見たい。
デオドラ男爵の屋敷に顔を出さないと駄目だし、ライラック商会も同様だ。
屋敷に戻れば貴族としての仕事が待っている筈だ、ゴーレム運用だけを考えていた一ヶ月は実に自由で有意義だったんだな。
帰りにギルドカードの更新と下級魔力石の買い占めを行ったが、そんなに必要なのかとギルド職員に引かれてしまった。
在庫込みで三百個、既に購入分を合わせて合計で六百個になる。
◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルド本部から出る、滞在していた時間は三十分程で未だ夕方には早くメイン通りでも人通りは少なく閑散としている。
時刻は三時十八分、真っ直ぐ帰れば夕食は共に出来ると思っていたが見覚えの有る馬車が停まっているんだ、家紋はデオドラ男爵家のものだ。
つまり王都に戻って来た事をいち早く知っている、門番を買収して連絡を貰ったかクラークさんの行動から予測したか……
「お帰りなさいませ、リーンハルト様」
「ただいま、ジゼル様。自分も君の不意打ちな登場に少し驚いてるよ」
馬車から下りて流れる様な綺麗な仕種で一礼、周りの連中が歩みを止めて見惚れている。
「ささ、お乗り下さい。早く帰りましょう」
「せめて身嗜みを整える時間が欲しかったな」
早く帰るって言っても僕の屋敷ではなくデオドラ男爵邸の事だよな、早目に今後の動きを相談したいので丁度良かったのだろうか?
馬車に乗り込むと直ぐに走り出す、方向は新貴族街だが通り抜けて貴族街のデオドラ男爵の屋敷に行くだろうな。
「お風呂の用意はさせております、一ヶ月近い指名依頼中に手紙が二通は少ないと思います」
クラークさんが来た日に三通目の手紙を書く予定だった、三日後に帰ると……
「悪かったよ、一応毎週送ろうと考えていたけど途中で切り上げての強行軍で帰って来たからさ」
嘘は言ってない流石に三日毎だとマダムに頻繁にパレモの街に行って貰わねばならない、それは無理だし大切な手紙を信の置けない奴に托すのも無理だ。
「ええ、分かってますが女性として婚約者として淋しい思いをしたのですわ」
「あの髪の毛のお守りは嬉しかったよ」
女性から髪の毛をお守りとして贈られる、重たい意味を持つのだが正直嬉しかった。
「悪い虫が着かない為の虫よけですわ、お母様達の話題もリーンハルト様の事が多かったです、是非とも音楽会を開きたいみたいですわ」
バイオリンが弾ける事は内緒にしていた方が良かったな、過去の曲しか引けないから複雑な気持ちになる。
ボロが出ない内に最近の曲を習うか?いや、そんな時間や余裕は無いだろう。
「それは遠慮するよ、僕は魔術師が本業なんだ。楽器は嗜む程度だし今は余裕が無いんだ」
やはり新貴族街を通り抜けて貴族街に入った、目的地はデオドラ男爵の屋敷で間違いなさそうだ。
アーシャ嬢には挨拶だけでは駄目だろう、今日は帰れるか分からないが泊まりはキツいな。
「いや、もっとキツいかもしれない」
「あら、お父様が自ら出迎えてくれるなんて珍しいですわね」
珍しいも何も完全武装で、もう俺は我慢出来ない模擬戦だ!って雰囲気が滲み出ている、今回は回避は無理そうだ。
「よう!聞いてるぜ、ドラゴンスレイヤー確定だってな」
「ありがとうございます、デオドラ男爵にも薦めますよ、デスバレーは危険が山盛りですから楽しめるでしょう」
◇◇◇◇◇◇
「久し振りの感じだ、玄関先から中庭に直行か……」
目の前には最大のパトロンであり義父でも有るデオドラ男爵が既にピュアスノウを抜き身で持っている。
爛々と輝く目が一ヶ月もの間、我慢した事を如実に表している、多分だが事務仕事に追われてストレスが振り切ったのだろう。
「リーンハルトよ、大分纏う雰囲気が変わったな。覇気と言う物が溢れているぞ」
「デオドラ男爵も我慢の限界が見え隠れしていますね」
「そうか、お前にも分かるか。俺も一ヶ月待ち焦がれたぞ」
軽口を叩き合うが求愛とも取れる熱烈な戦いたいアピールはバーナム伯爵の派閥では普通なのだろう、騒ぎを聞き付けてアーシャ嬢やルーテシア嬢が出て来た。
軽く手を振って挨拶するが不安が隠し切れてない、結婚相手が狂暴な顔で笑う実の父親と向かい合っていれば仕方ないか。
「ルールはお互い致命傷は避ける事、試合時間は五分間だけです」
執事の言葉にお互い頷いた。