古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第235話

 デスバレーからドラゴン種狩りをして強行軍で帰って来た日に、ストレスが限界値を越えたデオドラ男爵に模擬戦を挑まれた。

 一ヶ月もの間、領地を任せる代官達からの報告を読み指示を出していたのだ、鬱憤(うっぷん)は半端無いだろう。

 

「早くだ、早く始めろ!」

 

 落ち着き無く審判に開始の合図をせがむ当主ってどうなんだ?

 奥様方も二階のテラスに集まり僕等を見下ろしている、屋敷の使用人達も殆どが集まっている。

 空間創造に魔術師のローブを収納したので僕は皮鎧しか着ていない、パッと見は盗賊と代わらないな。

 

「では……始め!」

 

 合図と共にデオドラ男爵が突っ込んで来る、プレッシャーは凄いが慌てなければ問題は無い。

 

「土壁よ!」

 

 デオドラ男爵を囲む様に四方から厚さ3m高さ6mの土の壁を迫り上げる、多分だが正面突破するだろう。これは一時的に視界を全て塞ぐ為の物で閉じ込め様とは考えていない。

 

「アイアンランス!」

 

 予測通り正面から土壁を粉砕して飛び出して来たデオドラ男爵に向けて、先端を丸めたアイアンランスを三十本撃ち込む。

 

「舐めるな!」

 

 視界を塞ぎ障害物を粉砕した瞬間に撃ち込んだアイアンランスが全て躱すか弾かれた、一秒にも満たないのに何ていう反射速度だ。

 

「貰ったぞ!」

 

 ピュアスノウを振り被りながら飛び込んで来た。

 

「魔法障壁全開!」

 

 前にアーシャ嬢の誕生日パーティーの模擬戦で見せた魔法障壁で敵を弾く技を行使する、魔法障壁にピュアスノウが接触した瞬間に魔力を最大で放出!

 何とかデオドラ男爵を弾き返すが一回転して危なげなく着地した。

 

「この俺が弾かれただと?」

 

 無傷だが10mほど弾き飛ばす事に成功する、空間創造からカッカラを取り出して頭上で一回転させて突き出す、先端の宝環がシャラシャラと澄んだ音を奏でる。

 

「不死人形達よ、無言兵団よ、集団戦の真髄を見せてみろ。押し潰せ、円殺陣!」

 

 ゴーレムポーン二十体を内側、同じく二十体を外側に配し槍を使い一斉に攻撃を加える。だが体裁きとピュアスノウ、それとガントレットで殴って弾く。

 

「立体的な攻撃に対処出来ますか?雷雨!」

 

 デオドラ男爵の上空15mにゴーレムポーン二十体を錬成、そのまま落下させて攻撃する。

 驚くべき事だがデオドラ男爵はゴーレムポーンの波状攻撃に耐えている、いや押し返している。外側の二十体を順次投入していくが回復が間に合わない。

 

「全周囲と上空攻撃に対応するとは呆れを通り越して感動すらしますが……足元の攻撃はどうですか?大地より生えろ無慈悲な刃よ、敵を穿て。山嵐!」

 

 地面から生える無数の槍を足で蹴り飛ばした。

 

 立体的に六面体に見立てた攻撃陣を防ぎ切る、上下・左右・前後から繰り出される攻撃を防ぎ切る、これがエムデン王国の武の重鎮デオドラ男爵か!

 

「まだだ、まだ負ける訳にはいかないな!」

 

「それまで!それまで、模擬戦は終了です」

 

 審判の掛け声に全てのゴーレムポーンを魔素に還す事で応える、五分間攻め続けても殆ど無傷。肩で息をしているが見える範囲に傷は無い、だがストレス発散は不完全か……

 

 

「デオドラ男爵、続けて第二幕と行きましょう。僕は未だ貴方に全てをぶつけていない」

 

「吠えたな、リーンハルト!受けて立つぞ」

 

 このまま終わらせては完全にストレスが発散されて無い状態だ、燻る不満は周りにも悪影響を及ぼす。

 

「ゴーレムルーク!」

 

 全高6mの全金属製ゴーレムルーク、攻城戦級の大型ゴーレムを四体錬成し一気にデオドラ男爵へと詰め寄る。

 一斉に巨大メイスを振り下ろすが頭上5mに跳び上がって避けた、てか人間って垂直に5mも跳べるんだ?

 

 ゴーレムルークにはラインを二十本繋げている、巨体故に反応速度が遅いのを制御用ラインを増やし直接指示する事で補う。

 四体のゴーレムルークでデオドラ男爵を囲む、常に一体目が攻撃を仕掛け避けた所を二体目、三体目と順次攻撃を繰り出す。

 武器は長さ4mのメイスだが驚いた事にピュアスノウで弾き返している、普通は剣の方が曲がるか折れる筈だぞ。

 

「ふふっ、楽しいなぁ、リーンハルトよ。やっぱりお前は俺が見込んだ男だ、だから俺の全力を見せてやる。細切れになれ、回転剣撃三連!」

 

 闘気を纏わせたピュアスノウを身体ごと回転させて切り刻む、一瞬で三回転したのだろう、ゴーレムルークが三分割された?

 

 首・胸・腰が一瞬で切り刻まれて魔素が溢れ出す、修復は間に合いそうにない。

 四角の包囲を三角に変えて距離を詰める、あの技は溜めと走り込む距離が必要だ。

 デオドラ男爵は正面のゴーレムルークに五月雨(さみだれ)を放つが、準備動作が不完全な為に強度を増した装甲には切り傷しか与えられない。

 ゴーレムルークを二体倒した時点でデオドラ男爵が後ろに飛び去り距離を置いた、肩で息をしているが表情は晴れ晴れとしている。そろそろ潮時か……

 

「さて、熱くなり過ぎました。今日は引き分けで終わりましょう」

 

「くは、くははっ。そうだな、これ以上は殺し合いになりそうだ。腕を上げたな、リーンハルト殿よ。俺が手加減無しなのにお前は手加減しただろ?」

 

 言動が少し変だがストレスは発散出来たみたいにスッキリ顔になっている。良かった、これで暫くは大丈夫だろう。

 

「いえ、投擲魔法や武器の先端を丸めた程度です。ツインドラゴンをも倒した多重円殺陣が防ぎ切られるとか自信が無くなりますね」

 

 実際には数を抑えたが制御ラインの本数の関係も有る、数を増やして制御を甘くすれば逆に弱体化しただろう。

 同数ならポーンをナイトに変更しゴーレムルークも六体までなら同様に制御は可能、レベルアップしても倒し切れないデオドラ男爵とは同じ人間なのか?

 今ならオーガー(戦鬼)とかの血が混じっていると言われても信じるぞ。

 

「久し振りにスッキリしたぞ、またやろうな!」

 

 並んでバンバンと肩を叩かれたので思わずよろける、だが欲求不満は解消したな。周りからも盛大な拍手が贈られた、でも当主のストレス発散に丁度良いとかは思われたくないな。

 

 一つの問題は解決した、だがもう一つの問題をどうするかが問題だ。

 

「リーンハルト様……」

 

「リーンハルト様?」

 

 言葉が続かない女性と疑問形の女性、僕はどうしたら良いんだろう?

 

 周りを見渡して援軍を捜す、メイドさん達はニッコリ笑い執事達は目を逸らして仕事に戻った。見上げると二階のテラスに奥様方が居ますが、無言で良い笑顔を向けてくれるだけだ。

 

「味方が居ない、ここは完全な敵地か?」

 

「無理はしないで下さいと言いました!」

 

 恐る恐る近付いて来たアーシャ嬢が腕を抱いて見上げて来たが泣きそうだ。

 

「無理なんてしてませんよ。大丈夫です、十分に気を付けてます」

 

「アースドラゴンを狩りに行ってツインドラゴンと戦う、貴方って人は戦闘狂では無いと私に言いましたわよね?」

 

 ジゼル嬢参戦、アーシャ嬢と反対側の腕に抱き着いた、こちらも少し涙目だ。

 だが貴女には手紙で事実を告げている筈だ、出発前も同様に教えているのに罪悪感が半端無い。

 

「え、遠距離操作で倒したんです。安全には十分留意しました、ドラゴンなんて大きなトカゲですから大丈夫だったんです」

 

 これは小型ドラゴン種に襲われて死にそうになったとは言えない、どうしたら良いんだ?

 

「アーシャ姉様、リーンハルト様を部屋にお連れして色々お話をしましょう」

 

「そうですわね、色々と聞きたい事も有るのです。今後の事についてもです」

 

 両手を美少女に抱えられて屋敷に連行される、デオドラ男爵よりも手強い姉妹だ。

 

「出来れば先に風呂に入って身嗜みを整えたいのですが……強行軍で移動の後に直ぐに模擬戦だったので……」

 

 淑女二人に挟まれて二日身体を洗ってないのは気が引ける、自分の匂いが気になるんだ。

 

「リーンハルト殿、疲れただろう。俺と一緒に風呂に入るか?」

 

「ええ、ありがとうございます。是非ご一緒させて下さい!」

 

 デオドラ男爵の気遣いに有り難く便乗する、本当に疲れたのです、主に気疲れです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 デオドラ男爵邸の大浴場は本当に広い、浴槽も深く大きく風呂付きのメイドさんも何人も居る。

 既に抵抗は無意味で全身綺麗に洗われて着替えも手伝われた、慣れって怖い、流される自分も怖い。

 

 身嗜みが万全になると今度は庭の池の辺(ほとり)に設えられた東屋に通される、夕日が水面に写り真っ赤に燃えているみたいだ……

 

「どうぞ、アイスティーをご用意致しました」

 

 令嬢二人が座るテーブルの向かい側に椅子が一つ、座るとヒルデガードさんがアイスティーを用意してくれた。

 風呂上がりの身体には涼しい風と冷たい飲み物が嬉しい、一口飲めば気持ちも落ち着……かない。

 

「改めて、ただいま。変わりは無いかな?」

 

 無言で見詰める美少女二人に、ぎこちなく笑いかける。

 

「一ヶ月、僅か一ヶ月でレベルを39に上げる、どんな無茶をされたのです?」

 

「毎日ドラゴン種狩りをしてました、ドラゴン種を二十五体、ワイバーンは二十九体、これが今回の指名依頼の成果です。結局デスバレーの手前2kmで断念しました」

 

 淡々と無理はしてない風を装い伝える、本当は一度死にかけた。

 そう言えば小型ドラゴン種の事を冒険者ギルド本部に伝えてないや、明日にでも再度訪ねるか……

 

「これで正式にドラゴンスレイヤーの称号と宮廷魔術師への推薦資格を得ました。

実はサリアリス様と何度か親書のやり取りをしてまして、彼女の考えを正しく理解した事を喜んでいましたわ」

 

 サリアリス様の中ではジゼル嬢が僕の正妻候補で本命、能力重視のサリアリス様にとってもジゼル嬢は有能で好ましい相手だ。

 しかも彼女が善意で仕組んだ試練を正しく理解し実行する、嬉しいと思うだろう。

 

「少し張り切り過ぎた気もしなくはない、だけど君達二人を娶るんだ。宮廷魔術師くらいには出世しないと釣り合わないだろう?」

 

「それは、嬉しいですが卑怯です、何も言えなくなります」

 

 上目使いに睨まれた、だが昨日まではドラゴン種と睨み合っていた事を考えれば可愛いものだ。

 アイスティーを一気に飲んで氷をかじる、マナー違反だが冷たい氷が喉を通るのが気持ち良い。

 

「冒険者ギルド本部からエムデン王国に報告が上がればリーンハルト様にも通達が来ます。早ければ明後日、遅くとも今週中には連絡が来ますわ」

 

 ヒルデガードさんが新しいアイスティーを用意してくれた、彼女は無表情だが少し怒ってるな、三日に一度は顔を出せって言われて一ヶ月間は手紙二通で後は放置だからな。

 

「そうですね、自分の屋敷で待機になるのかな?流石に魔法迷宮バンクに攻略に行ったら怒られるだろうか?」

 

 思考に耽る、自分だけレベルアップしたが他のパーティメンバーは一ヶ月間待機状態だ、そろそろ魔法迷宮バンクの最深部に挑戦しても良いだろう。

 二杯目のアイスティーを飲み干す、そろそろ太陽が沈み段々と辺りが暗くなって来た。

 

「辺りを淡く照らせ、ライティング」

 

 薄い桜色に光る魔法の球を浮かべる、基本白色だが色は変える事も可能だ。

 

「綺麗な色ですわね」

 

「本当に、綺麗……」

 

 完全に太陽が沈む迄の十分位の間、彼女達は光球を見ていた。

 両手を合わせてから広げる、中には同じ桜色の光球が十個浮いている、それを池の上をランダムに動かす。

 

「蛍みたいですね」

 

「見た事もない幻想的な光の世界……」

 

 お嬢様方は気に入ってくれたみたいだ、暫くはフヨフヨと池の上を飛ばし最後は全てを一つに纏めてから弾かせた。

 キラキラと輝く魔素の粒が更に幻想的な雰囲気を醸し出す、光のイリュージョンだ。

 

「さぁ、冷え込みますから屋敷に戻りましょう」

 

「凄く感動しました、また見せて下さいね」

 

「本当に素晴らしいですわ、ライティングの魔法の応用ですわね」

 

 僕の数少ない攻撃用でない補助魔法だが使い方次第で色々な事が出来る、今度は数と色を増やして見るかな。動物ゴーレムよりは受けが良かったな。

 


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