宮廷魔術師として王宮に出仕して二日目にて既に権力争いに巻き込まれた、しかも宮廷魔術師第二席マグネグロ様に敵視され否応なしに事を構えるだろう。
彼は火属性魔術師の大家であり一族から多くの火属性魔術師を輩出している、宮廷魔術師団員の三割強に影響力を持つ。
排除する事はエムデン王国の宮廷魔術師達の力の低下を引き起こす事となり、ひいては国益を損ねると半ば放置されていた、だが僕はマグネグロ様の配下全員を一度に倒した。
これにより宮廷魔術師団員の中でも派閥の力関係が変動している、四属性の内で最強は火属性ではなくなったのだから。
目の前のセイン殿を含めた十二人が宮廷魔術師団員の土属性魔術師達だ、彼等はニーレンス公爵寄りの連中だが今は僕の配下でもある。
彼等の扱いについても本来の主であるメディア嬢と話し合わねばならない、彼等の実家はニーレンス公爵家に関係するのが殆どだ。
練兵場の一角を借りて指導を行うのだが、カーム殿と数人の水属性と風属性の魔術師も遠目で僕等を伺っている、正直彼等の内の何人かは味方に引き込みたい。
今は興味が有るが見ているだけだが、何れは共に訓練して他属性の魔術師達とも連携をしたい、土属性魔術師の殆どは攻撃面で決定力に欠けるんだ。
やはり単純な破壊力では火属性魔術師には敵わないので、仲違いは解消したいが今は無理だろうな。
流石は王宮内に有る練兵場だけあり周囲には屋根付きの観戦用客席も有り、被害が行かない様に高さ4m以上の頑強な擁壁で守られている。
だが場内は踏み固めた土で出来ているので訓練で傷めてしまっても、土属性魔術師なら補修は簡単だな。
「先ずは耐火仕様の土壁だが見本を作るから参考にして模倣して欲しい、自分の正面に素早く錬成出来れば防御力は格段に上がる。
土壁と言っても粘土じゃないぞ、鍛冶で使う炉の構成品である耐火レンガだ」
そう言って三ヶ所に高さ2m、幅2mの耐火レンガ性の土壁を錬成する、平らな場所から大地が盛り上がる様に土壁が出来る。
「「「おおぅ!」」」
いや、君達宮廷魔術師団員が驚いたら駄目なレベルだろ!
先ずは四人ずつに別れて班となり調べて貰い自分なりに作らせる、それを見てから是正点を見付け出して直していく。
トライ&エラーを繰り返し自分でコツを掴む事が大切だ、コツを掴めば後は感覚で同じ事が出来る。
「普通のレンガを構成するのとは成分が違うんだ、耐火レンガはケイ酸とアルミナを主成分としている。探査魔法で成分を調べてみると分かりやすいぞ」
ある程度の基礎は出来ている、彼等とてエリートである宮廷魔術師団員なのだから。
土壁に触りながら成分を調べているのだろう、見本が有れば模倣は比較的簡単だ、一番悩むのは成分比だから……
何人かは既に土壁を錬成している、流石にエリート連中は飲み込みが早い。
「耐火レンガは最高で1200度の熱に耐えられる、例えサンアローを撃たれても十数秒は保つから後に二枚三枚と作れば完全に防ぐ事が可能だ。
大きさと厚みはそのまま質量と重量となりサンアローの照射圧力にも耐えられる」
実際に火属性魔術師達から集中攻撃を受けたが僕の土壁やゴーレムは耐えきった、自分の魔法障壁も使ったが一回だけだし。
一番近い班を見ると、セイン殿が唸り声を上げながら両手を付き出して土壁を錬成しているので完成するまで眺める。
錬成し終わった土壁に触る、形は少し歪だが性能面は合格だろう。
「セイン殿の土壁は及第点だ、これなら1200度は無理でも1000度位なら耐えられるだろう」
僕と同じサイズに錬成した土壁を丁寧に調べる、所々歪な部分も有るが及第点だな、もっとも土属性魔術師にとって土壁は防御の基本となる魔法だから出来て当たり前。
「そうですか!それは嬉しいですな」
基本中の基本の土壁でも本当に嬉しそうだが、現代の土属性魔術師って中級以上だとどんな物が有るのだろうか?
その後一時間位で全員が耐火レンガ構造の土壁を錬成出来る様になった、後は錬成スピードと形の均一化だな。
初日の訓練内容としたら良い方だろう、次はゴーレムの基礎だな。
初歩の初歩である土壁を作っただけなのに不思議と達成感を味わっている十二人に対して全員合格と言って終了、僕はデオドラ男爵家に行ってジゼル嬢と相談しなければ。
◇◇◇◇◇◇
一旦自分の執務室に戻りハンナとロッテに一言声を掛けて帰る、帰りは王宮の用意した馬車でだ。
ある一定の役職以上なら誰でも使える便利な馬車なので帰りは殆ど利用している、まぁ公用馬車だな。
「デオドラ男爵家まで頼む」
御者に伝えて馬車に乗り込む、六人乗りの豪華な馬車だが内装が真っ赤なのは何故だ?
途中で何人かの女官や侍女、それに王宮勤めの役人達と擦れ違い挨拶を交すが基本的には好意的だな。
だが火属性と思われる宮廷魔術師団員達には避けられている、年下に全員で挑んでボロ負けだから気持ちは解らなくもない。
目を閉じて背もたれに身を預ける、濃密な二日間だ……明日はゴーレムの基礎を彼等に学ばせる、簡単に鎧兜を錬成し操作してないか?
先ずは見本としてゴーレムポーンを作成、だがパーツ数が三百を超えるので模倣は無理だ。
だからパーツ数を百前後に押さえて両手の指は無し、手首から武器を生やすコレットのゴーレムを真似して極力簡素化する。
これを最初は青銅製、次に鉄製、更に鋼鉄製へと変えて行きたいが精々鉄製止まりかな?
ゴーレム本体を作れる様になってから、漸く制御方法を……
「リーンハルト様、お屋敷に到着致しました」
「有り難う、また頼む」
考え込んでいた為か直ぐに到着した感じだったが、実際は四十分ほどの時間が過ぎていた。
馬車を降りると警備兵とニールが出迎えてくれた、彼女は屋敷の警備の方も手伝っている、デオドラ男爵から武術を学ぶだけでは駄目だと自主的にらしい。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「ああ、だけど御主人様は止めてくれないか?」
彼女の後に控える警備兵二名は苦笑いを浮かべている、ニールはデオドラ男爵に鍛えられてからメキメキと実力を付けていて周りからも認められ始めた。
当人も最初は自信が無かったらしいが、今はそれなりに慣れたのか自然体でいる。
「それは出来ません、御主人様は御主人様です」
直立不動で言われると軍隊みたいだな、デオドラ男爵家の私兵部隊は正規軍よりも規律が厳しいので教育されたらこうなったのか?
「頑固だな、ニールは。後でジゼル様達とのお茶会においで」
「はい、伺わせて頂きます」
前は遠慮が有ったが今は無い、だがジゼル嬢が自分と一緒に嫁ぐとか何とか言ったらしく自分は三人目だと言っていた。
僕はジゼル嬢を本妻として迎えたら、次にイルメラとウィンディアを側室として迎えるつもりなのだが……
ニールと共に屋敷に向かいメイドに引き継がれて応接室に向かう、急な訪問の為にジゼル嬢とアーシャ嬢は準備が有りデオドラ男爵は不在だそうだ。
王宮を早目に出たので時刻は未だ四時四十分、夕食には早く打合せが終われば自分の屋敷に帰れるだろう。
応接室で大人しく彼女達を待つ間にメイドさん達から歓待を受ける、紅茶にケーキにドライフルーツがテーブルに並べられるが夕食前だし紅茶だけで十分だぞ。
「お待たせしました、リーンハルト様」
「ジゼル様、急な訪問で申し訳ないです」
先に来たのはジゼル嬢だった、飾りの少ない深緑色のドレスを着ているが真っ赤なリボン飾りがアクセントになり貞淑な雰囲気を醸し出している。
にこやかに向かい側に座る、機嫌が良さそうだが相談内容によっては……
「此処はリーンハルト様の屋敷でも有ります、訪問とか他人行儀な言い方は嫌です」
「妻の実家って意味だね、そうは言っても緊張はするさ」
模擬戦や音楽会を虎視眈々と狙われては安らぎには程遠い、だがジゼル嬢とアーシャ嬢と一緒の時は楽しいのも事実、嫁の実家に行く婿とは同じ様な事を考えるのかな?
アーシャ嬢が来る前に話した方が良いか、後でデオドラ男爵を交えて執務室で話すか悩む。
「お待たせしてすみません、リーンハルト様」
「こんにちは、アーシャ様」
少しだけ慌てたみたいだが、ヒルデガードさんを伴って現れたアーシャ様は……珍しく少し胸元が開き過ぎなドレスだな、控え目な彼女の事だから周りに押し切られたのだろう。
胸元は余り見ずに視線を顔に向ける、後は珍しく冒険した事に何か言えば良いだろうが本人が気に入ってるか、いないかで正解が変わるんだよな。
僕が嫌だと言えば気に入ってても着なくなるし、逆も結果は同じだ……
「その、少しアーシャ様の魅力を押し出し過ぎたドレスですね。似合っていますが何か心境の変化でも有りましたか?」
先ず褒める、否定もしない、それと何故方向性を変えたかを聞く、返事を聞いてから対応すれば良い。
僕的には似合ってはいるが彼女の性格には合わないから負担を強いている気がする。
ジゼル嬢の隣に座るが屈むと目の前の僕から開いた胸元が見えてしまうので、タイミングを見計らいカップに目をやり視線を外し飲む事で不自然さを無くした。
チラリとヒルデガードさんを見れば悔しそうだ、つまり彼女の入れ知恵か。
「私も少し扇情的かなと思いましたが、今の流行りらしくて……」
「確かにレディ達の集まりに流行遅れのドレスを着て行くのは気後れしますね、僕も鎧兜のデザインを今風に変えたり古式に則ったりと悩みます、ですが一番は自分に似合う物を選ぶ事ですよ。
アーシャ様もジゼル様も素材は良いのですから、無理に流行に踊らされる必要はないでしょう」
本人が嫌がっているので逃げ道を用意する、それに自分の本妻や側室が流行に乗り遅れない為だけの見栄で肌を晒すのは嫌だ。
「でも私達女性は色々な舞踏会やお茶会に誘われます、流行遅れなのは家の格にも関わる事なのです」
「仮にも旦那様が宮廷魔術師第七席なのです、周りもその様な目で見ます。私達の事がリーンハルト様にも影響するのです」
少し困った顔をする二人を見て考える、家族の事が家長にも波及するのも確かだ、ローラン公爵を裏切った某男爵なんて三親等にまで罪が及んだ。
僕は魔法馬鹿で物理と魔法で戦うが、彼女達には彼女達の戦い方が有るのだな。
「分かりました、しかし余りに扇情的な物は止める事、最初に僕に見せる事、異性が同席する場合はショール等を羽織って下さい。代わりに今風なアクセサリーを幾つか作りましょう」
幸い空間創造も全て解放された、ルトライン帝国時代の国宝級な装飾品やマジックアイテムの数々を取り出す事が出来る。
そのまま使うと問題だが現代風にアレンジすれば大丈夫だろう、取り敢えずは銀色の珠だけを繋いだ簡素な『召喚兵のブレスレット』に装飾を施すか。
「リーンハルト様は女性の扱いに慣れてはいませんか?何故、嬉しくて反論出来ない事を言うのです?」
珍しく頬を赤く染めたジゼル嬢に上目遣いに見られた、照れる姿は殆ど見た事がなかったな。
「本当に、独占欲が強いと言いながら嫌味にならない程度ですし、何気無く高価なアクセサリーを幾つも贈るとか……」
アーシャ嬢は真っ赤になってしまい言葉も尻窄(しりすぼ)みだ、普段と変わらず照れ屋だから当然の反応だろうか?
ヒルデガードさんも笑顔で頷いているから対応としては成功だ、後は相談をしたいのだがアーシャ嬢には聞かせられないしジゼル嬢と二人切りになりたいとも言えない雰囲気だ。
デオドラ男爵、早く帰って来て下さい!
◇◇◇◇◇◇
あの後暫くは三人でお茶を楽しみ途中でニールも誘って華やかなお茶会となった、ヒルデガードさんはニールの参加には反対みたいだったが『仕えし主の恋敵と同席など駄目です』とか聞こえてしまったがスルーする。
中々相談するタイミングが掴めず、デオドラ男爵が帰宅したが時間的に遅くなり、なし崩し的に夕食に誘われて泊まる事になってしまった。