古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第256話

 宮廷魔術師の席次を上げる為に第六席『切り裂き魔』のリッパー様に挑んだが、不意討ちを食らって一時は防御に徹したが山嵐で生やした刃を蔦の様に巻き付けて大地に引き倒した。

 

 流石の魔法障壁も這い寄る金属の蔦には反応しなかったか……

 

「卑怯だぞ、口上の途中で攻撃するなんて!」

 

「そうだぞ、この勝負は無効だ!」

 

「恥を知れ!リッパー様を解放するんだ」

 

 威勢は良いが及び腰だな、しかも負けを認めると仕えるリッパー様の席次が下がるから必死だな。彼の敗因は最初の不意討ちで勝負を決められなかった事だ。

 

「宮廷魔術師の席次の上位者が下位者に不意討ちまでしたのにですか?

お前達の言う卑怯な行為と言うならば全員纏めて僕に掛かって来い、手加減抜きで相手をしてあげよう」

 

 元々言い掛かりに近く実力では敵わないのを理解しているので悔しそうに顔を背けるだけだ、敵意を煽った僕では彼等の引き込みは無理だな、他の連中に期待するしかないか。

 

「さて、リッパー『殿』は降参してくれないでしょうか?」

 

 反撃しそうだったので、更にスルスルと金属製の刃の蔦がリッパー殿の身体を包み込む、絞れば輪切りの出来上がりだ。

 

「ぐぬぬ、ぐふぅ」

 

「ああ、喋れませんでしたね。今緩めます、顔だけですが」

 

 既に金属の帯が身体中を巻いているので全身に包帯を巻いた重病人みたいだな、だが反撃の呪文を唱えたら締め付けるしかない。

 

「クソッ、勝てば様から殿かよ。負けだ負けだ、負けを認めるから早く自由にしろよな」

 

 芋虫みたいに身体をくねらせているが素直に負けを認めたのが意外だ、往生際が悪く文句や恨み辛みを言ってくるかと思ったが……

 不意討ちの件も有るので警戒しながら拘束を解くと直ぐに取り巻き達が駆け寄る、言動は狂人ぽいが配下には慕われているのか。

 腕を揉んだり肩を回したりしているが傷付ける程には強く締め付けてない筈だが筋でも痛めたか?

 

「身体の方は大丈夫ですか?」

 

「自分でやっておいて心配すんな!鍛え直して必ずリベンジするぜ、覚えとけよ。ほら、皆行くぞ」

 

 あっさり引き上げたな、拍子抜けした……

 

 彼等が練兵場から居なくなるまで見届ける、確かに強かった、ウィンディアと比べても二枚も三枚も上手だろう。

 最初の不意討ちで最大最強と言っていた呪文を唱えられたら勝負は分からなかった、『切り裂き魔』の二つ名の悪癖、相手を切り刻んで楽しもうと手加減したのが敗因だぞ。

 

「流石はリーンハルト様ですね、順位変動の件は俺から連絡しておきます。これで宮廷魔術師第六席ですな」

 

「セイン殿か、頼むよ」

 

 凄く協力的になったものだ、だが思った以上に練兵場に観客が集まっているのが気になる。

 僕が練兵場に移動して勝負を挑むのに然程の時間は掛けなかった、なのに何故あんなに集まっているんだ?

 観客席には疎らながらも六十人近くの観客が居るんだ、見回すと侍女らしき一団を見付けた。

 

「む、ハンナとロッテの仕業か……」

 

 目が合うとスカートの裾を摘まんでお辞儀してくれた、周りの侍女達も同様だが距離が有るのにその仕草はおかしくないか?

 軽く手を振って応える、周りの侍女達がハンナ達に耳打ちしてから華やかな集団は去って行った、お茶会に行きたくなくなった。

 

「リーンハルト殿、昼前から積極的に攻めますな。宮廷魔術師に任じられて三日目で席次を上げた前例など無いのですよ」

 

 煌びやかな鎧兜を着込んだ三人が近付いて来た、ミュレージュ様と同僚の近衛騎士団の方々だな、身体の向きを変えて正面を向いてから一礼する。

 

「これはミュレージュ様、拙い模擬戦を見られてしまいましたか」

 

 然り気無く後ろに控える二人を観察する、ミュレージュ様は近衛騎士団の末席と言ったのに彼等は後ろに控えている、今は王族としての立場なのか?

 

「不意討ちを防ぎ前に見せて貰った『山嵐』から始めて見る魔法に変化させての連続攻撃、しかも手加減しているのは分かりましたよ。あの拘束をした時点で勝負は決まっていたのですから……」

 

「有り難う御座います、良ければ後ろのお二方を紹介して頂けますか?」

 

 敵意は無いが値踏みを含んだ視線を遠慮無く向ける二人だが一回り以上は年上だな、二十代後半くらいの鋭い視線と鍛え上げられた肉体を持っている。

 

「ああ、彼等は同僚の近衛騎士団員なのですが僕付きの護衛でも有るのです。恥ずかしながら王族と近衛騎士団の二股生活ですから断りきれなくて……」

 

 近衛騎士団と王族では圧倒的に王族の方が立場が上だから仕方ないだろう、特にミュレージュ様はリズリット王妃に可愛がられているからな。

 

「スカルフィー・フォン・フェンダーと」

 

「ボームレム・フォン・フェンダーだ、スカルフィーとは兄弟で俺が弟だ」

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです、お見知りおきを」

 

 兄弟で近衛騎士団とは凄い家系だぞ、フェンダー家は知らないので後で調べておくか。

 

「ふむ、聖騎士団やミュレージュ様との模擬戦も見ている、だが今日はゴーレムを使わずに相手を倒したのだな」

 

「リッパー殿の暴風殺は我々でも防戦一方に追いやられる魔法、それを魔法障壁を展開したまま攻撃魔法も使えるとは驚きですぞ」

 

 え?複数同時魔法って普通じゃなかったか?複合魔法は有るのに複数同時魔法は無いのか?

 考えれば人前で魔法障壁を展開したまま攻撃魔法を使ったのは初めてだったかな?

 

「僕など未だ未熟者です、そう褒められると照れますね」

 

 取り敢えず笑って誤魔化す、この近衛騎士団の兄弟はデオドラ男爵に通じる気配を感じる、つまり戦闘狂だ!

 

「噂と違い謙虚だな、俺等と同じ戦う事が大好きな人種なんだろ?」

 

「バーナム伯爵の派閥に居るのだからな、勿論戦いが三度の飯より大好きだろ。王宮に来て三日間で五十人以上と戦った男は初めてだぞ」

 

「確かに格下は集団で、格上は単独で相手をしてますね。流石はリーンハルト殿だ、どんな事でも戦いに結び付けられると教えて貰いましたが御自分でも実践してますね」

 

 僕も頑張りますとか言われたが、その評価だと僕はバーナム伯爵の派閥構成員と同様の戦闘狂扱いです、激しく反発します!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ロッテ、今度の殿方は凄く扱い辛いみたいね?」

 

「未だ成人前なのに無茶苦茶よ、毎日が波乱万丈って凄い生き方よ」

 

「僅か三日間で宮廷魔術師団員を壊滅させて席次を上げる少年魔術師か、変人サリアリス様のお気に入り、彼女の愛人説や隠し子説って本当なのかしら?」

 

「隠し子は無いわよ、十五年前でしょ?普通に人前に出てたし妊娠してればお腹が膨らむから分かるわよ」

 

「じゃあ愛人説?若いツバメの出現にサリアリス様の親族は気が気じゃないわよね」

 

「でもミュレージュ様もお気に入りよね、リズリット王妃と同伴で昼食に招待されたんでしょ?」

 

 今は昼食中なのにお喋りなんてマナーが悪いったら無いわね、私達は仕えし主達の昼食の前後で食べなければ駄目で時間も限られているのに……

 

 スープを飲む事を止めて賑やかな侍女達の会話を聞いて考える、愛人説よりも隠し子説の方が信じられる、サリアリス様はリーンハルト様をそれこそ我が子か孫の様に可愛がっていた。

 初めて見た彼女の優しい表情、そしてリーンハルト様もまた彼女に甘えていた、あの異常な二人には不思議な縁が有るのは確かね。

 

「ハンナ、黙ってないで何か教えてよ」

 

「ロッテもよ、公爵家のゴリ押しで一番人気のリーンハルト様付きの侍女になったんだから」

 

 口の中の食べ物を飲み込みナプキンで口を拭く、最低限のマナーは守りたい。

 

「確かにリーンハルト様はサリアリス様のお気に入りなのは間違いない、初日に訪ねて来た時は彼を褒めて頭を撫でてたわ」

 

「リーンハルト様も自然と目を閉じて幸せそうだったわ、少なくとも二人共に友愛に溢れていたから愛人説は無いわね」

 

 あの変人が、自分の子供や孫達にも厳しい事で有名な彼女が手放しで褒めて甘やかすのよ。

 

「それって隠し子説が濃厚かしら?でも妊娠してれば隠しても絶対分かるから無理よね」

 

「サリアリス様の親族連中は全員魔術師だけど宮廷魔術師団員にも成れない、才能の無い連中ばかりよね。天才の子供や孫が必ずしも天才とは限らないのは皮肉だわ」

 

 宮廷魔術師筆頭の家族や親戚として一応それなりの役職や立場には居るけど、彼等にとってリーンハルト様は邪魔者でしかない。

 だが排除は出来ない、それをすればサリアリス様が激怒して彼等と縁を切るわ。

 才能も無く後ろ楯の無くなった彼等は没落するだけ、サリアリス様は黒い噂(前王暗殺疑惑)も有るし派閥にも無頓着だから立場は微妙よね。

 

「それはそれとして、実際どうなの?」

 

「実際って?」

 

 気が付いたら私とロッテの周りに彼女達が集まりニヤニヤした顔をして見ているけど、王宮勤めの侍女も裏に回れば噂好きの集団だわね。

 

「リーンハルト様ってさ、どんな娘が好みなのかしら?唯一の側室はデオドラ男爵の娘だけど深窓の令嬢として有名なアーシャ様でしょ」

 

「いくら出来過ぎな少年魔術師様も好みは普通の男達と一緒、儚い系が好きって事でしょ?」

 

「実家から情報を寄越せって煩いのよ、何人かは手紙で申し込んだけど全滅らしいわ。お茶会やサロンのお誘いも同じ、中々の内容の手紙で丁寧に断ってくるんだって」

 

 確かに既に側室を一人貰い来年は本妻を迎えるのだけれど、宮廷魔術師なら他にも何人か側室を迎えるのは普通よね。厳選してる訳でもなさそうだし……

 

「色事には興味が薄そうよ、今日も送られた恋文を全て断ったのよね。しかも家と家の繋がりを重視せずに令嬢の事情を汲んでよ」

 

「事情って?」

 

 短い言葉で返さない、スプーンで相手を差さない、口の中の食べ物を飲み込みなさい、全く今の状況を殿方が見ていたら幻滅するわよ。

 

「コウズル伯爵が娘のフレイシア様に手紙を書かせたのよ、でも彼女って舞踏会で知り合ったギャロック子爵に憧れているじゃない。わざわざ手紙でリーンハルト様の事を年上と書いたのよね」

 

「相手を怒らせる最悪の方法だわ、フレイシア様は十七歳、リーンハルト様は十四歳、間違う筈が無いわよ」

 

 パスタにフォークを突き刺してクルクルと回す、もう殿方も見てないしマナーが悪くても良いわ、時間も無いし……

 

「当然リーンハルト様も気付いて彼女の事を聞いて来たのよ、そうしたら他に意中の相手が居て深窓の令嬢としては出来る限りの抵抗をしたんだなって、失礼な事は不問にして丁寧なお断りの手紙を書いていたわ」

 

 自分で言っていて変だと再認識した、別に他人の恋愛事情を考慮する必要なんて無いのに、必要なのは自分が一代で興した家の存続だけよね。

 

「ふーん、淡白なのか優しいのか微妙よね。でも宮廷魔術師で有りながら宮廷魔術師団員や他の先輩宮廷魔術師に喧嘩を売って勝ち続けるのは凄いわね」

 

「余り味方は作らずに敵だけが量産される、でも気にも止めないのは危険だわ」

 

「味方は厳選してないかしら?サリアリス様とミュレージュ様は別格としても、ユリエル様とアンドレアル様とも仲が良いわよ。

敵対したのは慢心した宮廷魔術師団員と訳有りで嫌われ者の先輩宮廷魔術師……まさか、マグネグロ様にも挑戦する気かしら?」

 

 へぇ、貴女達も其処に辿り着いた訳ね。どうしようかしら、教えるのは勿体無いわね。

 下手に広まったら警戒されるだろうしリーンハルト様が私達に教えたのは、ニーレンス公爵とバセット公爵に先に情報を与える為だし言えないわね。

 

「流石に第二席に挑むのは早いでしょ、今は地盤固めじゃないかしら?」

 

「そうよね、流石に第六席から第二席に一気に挑まないわよね?」

 

 笑顔を張り付けて頷く、来週は今日よりも大騒ぎになるだろう、何と無く可笑しくなってしまう。

 

「男女間のドキドキとは違うけど、リーンハルト様の行動を見ているとドキドキするわね」

 

「私はハラハラするわ、危なっかしいと言うか目が放せないと言うか、不思議な殿方ですもの」

 


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