古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第259話

 嬉しい出来事が一つ有った、まさかセイン殿とカーム殿の相性が良かったとは驚きだ。

 セイン殿は兄弟戦士と同じ臭いがしたんだ、つまり女性に叱られると喜ぶ性質が有ったのだ。

 同性愛者のカーム殿が更生されればジゼル嬢へのアプローチもなくなり一石二鳥、互いの家格も近いし宮廷魔術師と聖騎士団との関係改善の架け橋にもなるだろう。

 問題はセイン殿がカーム殿を側室に望んでいる点だが、本来なら本妻だろう。これは検討する必要が有る、周りを巻き込んで考えるしかないか……

 

 しかしお互いに変な性癖を持っているからこそ、噛み合ったのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 土属性魔術師達を伴いバルバドス師の屋敷に到着した、警備兵が僕を見ると姿勢を正したのは宮廷魔術師になった事を知らされているのだろう。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト卿」

 

 馬車停めに誘導案内されて馬車から降りると四人の警備兵が出迎えてくれた、流石は伯爵待遇の宮廷魔術師だな、対応が更に丁寧になっている。

 

「ご苦労様、バルバドス様は在宅かな?」

 

「はい、研究室の方にリーンハルト卿だけ案内せよと言われております。あとニーレンス公爵の御息女、メディア様が既にサロンの方でお待ちです」

 

 む、別々に待機してるのか……先ずは訪ねた屋敷の主に挨拶がマナーだよな、だが一人でか。

 

「セイン殿は皆を率いてメディア様の所に先に行って下さい、僕はバルバドス様に挨拶に行きます」

 

「分かりました。おい、行くぞ」

 

 すっかり纏め役が板に付いたみたいだな、総勢十二人を率いて勝手知ったるバルバドス師の屋敷を進んで行った、僕の案内には見知ったメイドが控えている。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。ご案内致します」

 

「メルサさん、久し振りですね。バルバドス様に変わりはないですか?」

 

 メイド長であるメルサさんが出迎えてくれた、彼女の娘と僕と同い年で孫娘のナルサさんもメイドとして親子三代でバルバドス師に仕えている。

 だが僕の言葉を聞いた後に表情が曇ったぞ、何か問題でも発生したのか?

 

「何か問題でも?」

 

「ささ、リーンハルト様。ご案内致します」

 

 誤魔化す様に先に歩き出したがこれは何か有るな、暫くは無言で後ろに付いて歩く。

 

「旦那様は後継者問題で悩まれています、連日親戚の方々が屋敷に来られて……」

 

 途中で囁く様に話してくれた事はバルバドス師の後継者問題だ、宮廷魔術師を引退したとはいえ未だ六十代だから時間的余裕は有る、だが実子が居ない状態で後妻と妾が二人だった筈だ。

 

「後継者問題か、確か実子は居ないのですよね?」

 

 バルバドス師はニーレンス公爵の派閥の一員であるフレネクス男爵の次女であるフィーネ様を後妻に、他にも妾が二人居るが実子は居ない。

 だから養子縁組の線が濃厚で候補者は親戚の中から選ばれる、元宮廷魔術師のバルバドス師の財産は膨大だろう。

 未だ本人が元気だし現状で相続問題が五月蝿くなるのは少し変な気もする、だが後妻のフィーネ様とは上手く行ってないとも言われているし焦ってるのか?

 

 

「……はい」

 

 返事に少し間が有ったな、やはり考えた通りに何か原因が有るんだ、しかし他家の相続問題に他人が口を挟む事は出来ない、その後は無言のまま研究室へと到着した。

 

「リーンハルト様、旦那様の事を宜しくお願い致します」

 

 扉の前で深々と頭を下げられたが、何を宜しくすれば良いんだ?だが真剣な彼女の顔と長く仕えて来た実績を考えると、バルバドス師一人では対応が難しい事なのかも知れないな。

 

「よう、最年少宮廷魔術師殿。王宮に出仕三日で席次を一つ上げたらしいな?」

 

 開口一番にお世辞っぽく言われたが態度が少しおかしい、メルサさんの孫娘のナルサさんが紅茶の用意をしているのに途中でカップを奪い大量に砂糖を入れている。

 ナルサさんも困った顔で僕の紅茶の用意を始めたが、砂糖大量投入はバルバドス師が苛々してるか悩みが有る時の癖だ。

 

「あからさまに挑発されましたから、それと言い方は悪いですが腕試しですね」

 

「つまり周りに分かり易く力を示したのか、確かに今の宮廷魔術師連中には引き締めが必要だが一番年の若いお前の仕事じゃないだろうに……」

 

 いえ、一番年上のサリアリス様の思惑も絡んでますから大丈夫ですとは言えず、曖昧な笑顔を浮かべて誤魔化し向かい側に座る。

 

 紅茶とドライフルーツが用意される、バルバドス師は甘党だからな。紅茶に砂糖を二杯入れてかき混ぜる、その後にレモンスライスを浮かべて風味を移す。

 

「席次を第六席に上げたそうだな、現役時代の俺と同じなんだぞ。全く周りの馬鹿共はお前が俺の後継者だと思って騒ぎ出して五月蝿くて堪らんぞ」

 

 俺はそれでも構わないがな、とか豪快に笑わないで下さい、状況的には師弟関係を結び後任として宮廷魔術師になったと言われれば間違いでもない、凄く困ります。

 

「それはお困りでしょう、頑張って跡継ぎを作られてはどうですか?」

 

 相続の基本は実子、次が養子、駄目なら親族を後継者に指名し貴族院に届けて承認して貰う必要が有る。

 元宮廷魔術師のバルバドス師の後継者ならば色々と言い寄って来る親族も多いだろう、本妻も妾の方達と確執が有るだろうし……

 

「俺は種が薄いらしい、畑を変えても子供には恵まれなかった。それに今から育てたら一人前になる迄生きてるかも分からん、俺の後継者が不甲斐ない魔術師じゃ駄目だろ、家が傾くぞ」

 

 子供が出来難いと言われると転生前の自分もそうだったな、多くの側室達から子種を求められたが結局子供は出来なかった。

 サバサバした感じに話してくれるが、後妻達の実家からも責められているのだろう、跡継ぎ絡みは後妻や側室を送り込んだ実家からすれば大問題だし。

 

「お前が出世する前に養子縁組をしておけば誰も文句は言わなかっただろうに、全く惜しい事をしたぜ」

 

 当時は新貴族男爵の長子で来年廃嫡予定の駆け出し冒険者だった、元宮廷魔術師のバルバドス師と養子縁組など不可能な身分差が有ったぞ。

 

「僕も自分の家を興して伯爵待遇ですから、流石に師匠とはいえバルバドス様の養子には成れませんね」

 

 養子縁組となれば今の爵位を返上してバルバドス師の爵位を継ぐ事になるのかな?ローラン公爵の面子を潰すから無理だな。

 冗談話として流す様に軽く肩を竦めて言ってみたが、バルバドス師は結構真剣な顔だぞ。

 

「俺が養子縁組で娘を作ってお前に嫁がせる事も出来るんだぜ?」

 

 ニヤリと笑って抜け道を提示してきた、確かに有りだとは思う、その娘との間に生ませた子供をバルバドス師の後継者にすれば問題は少ない。

 子供が一人前になる迄は、現役宮廷魔術師の僕が後見人となれば大抵の口出しは潰せる、嫌な抜け道が有るからこそバルバドス師の周りが焦ってるのか?

 

「いや、それはですね。色々と不味いし大変だと思います。僕は来週にもマグネグロ様に喧嘩を売ります、問題児になりますから師匠であるバルバドス様にも迷惑を掛けますが宜しくお願い致します」

 

 後継者問題の話を切り替える為にも、このタイミングでしか言えない!

 

 正直に話して頭を下げるが相手が息を飲むのが分かった。

 

「マグネグロの奴にか?正直に言えば俺でも勝てないんだぞ、アイツの能力は……」

 

「アンドレアル様から聞いています、確かに『噴火』の二つ名に相応しい溶岩を扱う攻防一体の魔法ですが無敵という訳ではありませんよ」

 

 カップ半分しか残ってない紅茶に更に砂糖を足したが大丈夫なのだろうか?無言で何かを考えているのは分かるが怒らせてしまったかな?

 長考は魔術師の性みたいな物だが長い、多分三分以上は黙って腕を組んで極甘紅茶をチビりと飲んでいる。

 

「あの?」

 

 沈黙に耐えられず話し掛けてしまった、ジロリと睨まれたが怒りや呆れの表情ではない、例えるなら後悔だろうか?

 手に持っていた極甘紅茶を飲み干すと深々と息を吐いた……

 

「リーンハルトよ」

 

「はい」

 

「俺が宮廷魔術師を引退した理由の一つはマグネグロの奴に負けたからだ」

 

 何だって?同じ火属性魔術師のアンドレアル様とは喧嘩友達みたいなのに、マグネグロ様には負けて引退したんだと?

 非常に辛そうな顔をしている、当然だが良い思い出では無いのだろう。

 チラリとメルサさんに視線を送るが同じ様に目を伏せてしまった、バルバドス師の引退には何かマグネグロ様絡みの理由が有るとみた。

 

「来週初めの夜に僕の為に時間を空けておいて下さい、勝利の報告に伺います」

 

「ハァー、全くお前って奴は本当に馬鹿なんだか変人なんだか分からんな、マグネグロの奴に勝てる自信は有るんだな?」

 

 深々と溜め息を吐かれた、だが一応は認めてくれたんだよな?

 

「マグネグロ様と我が師との間の因縁は知りませんが、自慢の愛弟子と言って頂いたのです。期待には必ず応えてみせましょう」

 

 自信満々に笑顔で言い切る、此処で躊躇(ちゅうちょ)しては自信が無いのだと思われてしまうから。

 

「マグネグロは執念深く陰湿だ、僅差の負けでは政治的圧力で覆すぞ。復讐には手段を選ばない卑劣な奴だが自身も強力な魔術師だ。リーンハルト、俺の言う事が分かるか?」

 

 勝つならば再起不能な迄に追い込まないと駄目だ、中途半端な対応は反則技で引っくり返せる力を持っている。

 

「肝に銘じて、マグネグロ様には物理的に引退して頂きます。取り巻き連中の引き抜きの仕込みも何とか間に合わせます。

ウルム王国との開戦を前に宮廷魔術師と宮廷魔術師団員の引き締めは国家の為に必要なのです、何としてもやり遂げてみせましょう」

 

 馬鹿みたいな権力争いを断ち切らないと亡国の危機なんだ、悠長な手段では間に合わない、大鉈を振るって荒療治しか方法は無い。

 

「クハハッ、クハハハハ!お前って奴は本当に変わっていやがるな、国家の為にとは大きく出やがって……今日は泊まっていけよ、一緒に酒でも飲もうぜ」

 

「有り難う御座います。ですが僕はバーナム伯爵にも勝った酒豪ですよ?」

 

「酒の飲み方を教えてやるよ、ガバガバ飲めば良いってモンじゃねえぞ」

 

 笑いながら部屋を出て行ってしまったが、一応話は終わりだよな。だが少しは気分が晴れたみたいで良かった。

 僕も結構緊張してたんだ、強張っていた身体をソファーに預ける、柔らかいクッションに埋まってしまうと眠くなるな。

 

「リーンハルト様、有り難う御座いました」

 

「あんなに嬉しそうにお笑いになるのは久し振りなんです」

 

 メルサさんとナルサさんの祖母と孫娘の二人が並んで丁寧に頭を下げて来た、やはり周りからの後継者問題が鬱陶しかったんだな。

 

「少しでも気分転換が出来たみたいで良かったよ、本当にさ」

 

 最初の出会いは最悪だったが今では多大な世話にもなっているし恩も感じている、バルバドス師が引退する原因を作ったマグネグロ様には悪いがエムデン王国の表舞台から退場して貰おう。

 

「本当にリーンハルト様が御主人様の後継者なら良かったのですが……」

 

「フレネクス男爵の御子息を養子にとフィーネ様も執拗に御主人様に言い寄っていて、お妾様も身の危険を感じてお隠れになってしまわれたし大変だったのです」

 

 リアル相続問題の真っ只中だな、後妻のフィーネ様の実家が暗躍しているのか。

 フレネクス男爵はニーレンス公爵の派閥だ、従来貴族の領地持ちでニーレンス公爵の派閥では上位に位置するからバルバドス師も色々と気遣いが大変なんだな。

 現役宮廷魔術師なら未だしも引退した身だから往時より権力は減っている、もはや実子を作るのは無理と思えば養子縁組しか手は無い。

 

「貴族の家長とは家の存続を最優先に考えないと駄目だからね、僕みたいに一代で家を興した身でもバルバドス様の苦悩は分かる。でも解決するのも御自身でやらなければ駄目なんだ」

 

 僕だって他人事じゃないんだ、側室に迎えたアーシャと早く子供を作らないと彼女の立場が悪くなるし、子供の為にも継がせる家を守らねば駄目なんだ。

 


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