古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第26話

『ブレイクフリー』『静寂の鐘』『野に咲く薔薇』の三パーティを乗せた乗合馬車は王都の停留場へ到着。

 特に別れの挨拶を交わすだけで素直に各々の自宅へと帰っていった。

『野に咲く薔薇』の拠点は新貴族街の中程の一軒家、石造りで丈夫さと防犯性を高めた物件だ。

 今は三人で行動しているがメンバーが増えると経験値や稼ぎの分配率が悪くなるので、必要な時だけ臨時で素材採取コースの連中と組んでいる。

 

「ねぇアグリッサ? ギルドから陰ながら面倒を見るように言われた少年魔術師はどう? 私はかなりの使い手とみたわよ。あのゴーレム、動きが気持ち悪いくらいに人間みたいじゃない!」

 

「そうね……

14歳とは思えないくらいにしっかりしてるし考え方も大人顔負けだわ。未だ直接戦うところを見た訳じゃないけど前衛にゴーレム後衛に僧侶と魔術師は鉄板ね、隙が無いわ」

 

 特権意識や我が儘、傍若無人な質の悪い貴族が多い中で平民にも品行方正な態度が出来るのは珍しい。幾ら廃嫡されるとは言え今は未だ貴族なのだから……

 

「貴女達、あの子の上辺だけしか見てないわよ。あのバラして組み立て直した鎧兜……

指の部分はリング状のパーツを組合せて滑らかな動きが出来る様になっているし、背中の部分も体を曲げ易く装甲が何枚か重なっていて内側の部分は小さな穴が沢山空いて蒸れない工夫がしてあって他にも色々……

あの子、14歳にして既に高名な鍛冶師が造る鎧兜の技法を修得してるのよ。普通は何十年も修業して身に着ける技法を14歳で既に極めている」

 

 ニケの鎧談義が始まったわ、この子はウチのパーティの防御の要だから防具には煩いのよね。

 

「彼の師匠が凄いんじゃないの?流石に14歳の少年が鍛冶師の所に行って鎧兜の造り方を学んで極めるのは無理が有るわよ」

 

 最近の高名なゴーレム使いは人型から異形な形へと変わって来ている、人間の形では限界が有るから人型に拘らずに自由な発想でゴーレムを造る……

 元宮廷魔術師のバルバドス様のゴーレムも人間とモンスターを混ぜ合わせた感じだったわね。私はあんな異形のゴーレムよりリーンハルト君の人型ゴーレムが好きだわ。

 

「鍛冶師は簡単に秘術を教えない、それにあの子のゴーレムの鎧兜の造り方だけど……

もう遺跡から発見されるだけで新品は造れないといわれている古代ルトライン帝国時代の物に酷似しているの。

私も持ってるのよ、使えないけど……」

 

 ああ、あの後生大事に飾ってある鎧兜の事ね。オークションで全財産注ぎ込んで買った奴か……

 

「アレって使わないんじゃなくて使えないんだ……何故?」

 

 わざわざ競り落として使えないなら怒るか落ち込むか売り払うかするかと思ったのに、暇が有ればニヤニヤしながら磨いたりしてたわよね。コレクターズアイテムなのかしら?

 

「鎧兜ってオーダーメイドで造る以外は仕立て直しが必要でしょ、どんな数打ちの量産品でも人間の体型を鎧に合わせる事は出来ない。私の持っている鎧兜はね、ルトライン帝国魔導師団の使っていた物なのよ。

宮廷魔術師筆頭ツアイツ卿の配下500人が着ていたマジックアーマーよ。かの伝説のツアイツ卿が自ら手掛けた逸品と言われている。

そして古代ルトライン人は今の私達より小柄だったのと魔導師だから更に小柄な人が多かったのよ。だから今のエムデン人で体格的に着れる人は少ない。

それに肘や膝、踵とかの関節可動部分の位置調整も必要なのよね。

今の時代のどんな鍛冶師も土属性魔術師も、この鎧兜の仕立て直しは出来ないって断るのよ」

 

 確かに鎧兜って身体に合わないと長期行動には支障が出るわよね、でもそんな貴重な鎧兜の構造に酷似したゴーレムを造れるって事は……

 

「リーンハルト君の師匠なら仕立て直しが可能なんじゃない?」

 

 あら、黙り込んじゃったけど自分の気付かなかった事を指摘されて恥ずかしくなったのかしら?

 

「その人物が生きてる事は怪しいわね。

この鎧兜は現存を確認出来ただけで136セット有るの。どれも高名な冒険者や貴族達が所持してるけどね。

そんな彼等が知らない筈はないのよ。定期的に仕立て直しが出来るかの依頼も出てるし名の売れるチャンスを使わない鍛冶師や魔術師が居るかしら?」

 

 確かにそうね、じゃ逆に酷似した技術は有れども仕立て直しは出来ない。でも類似の鎧兜も市場には出回ってない……怪しいわね。

 

「リーンハルト君には秘密が有る……

それも極上の秘密よね、今は亡き古代ルトライン帝国の技術に近い物を修得してるなんて。なるほどギルドが陰ながら守れって言うわね、ニケの鎧兜を見せてみたら?

貴重な資料としてリーンハルト君の技術が上がるかもよ?」

 

「うーん、壊されたりしないかしら?

さっきの魔術師の女の子もリーンハルト君のゴーレムを弄り回してたし……魔術師って興味が有る事には自重しないって聞くわよ」

 

 あれだけ大切にしていれば他人には触らせたくないのかしら? たとえ仕立て直しが可能かもしれない人にも?

 

「機会が有れば見せてみたら?他人には知られない様な配慮をすれば、彼の秘密も守れるでしょ?」

 

 この時は軽く考えての提案だったが、ニケの鎧兜に対する執着を甘く見ていた。まさか猪突猛進に……

 冒険者ギルドから渡された資料にはリーンハルト君の家族構成や置かれた環境、今住んでいる家の場所まで事細かく書かれていた。

 だから我慢出来なくなったニケはその足で彼の家に鎧兜を持ち込む暴挙に出たわ、私を連れてね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「さぁ、この鎧兜を見てほしいの!」

 

 他人の迷惑なんて重度のコレクターには関係無いのね。いきなり訪ねてきた私達を訝しみながらも客間に通してくれたリーンハルト君に感謝だわ。

 そして修道服からメイド服に着替えているイルメラちゃんは新鮮ね。凄く可愛くて彼が過保護になる気持ちがよく分かるわ。

 この部屋の家具類も新品だしソファーセットも贅沢な装飾は無いけど落ち着いた色で統一されていて如何にも新婚家庭みたい。

 

「いきなり鎧兜を見ろって言われてもですね……こっ、これは……ルトライン帝国魔導師団の……正式鎧?」

 

 一発で当てたって事はニケの推理は当たりかしら?彼もコレクターなのね、慈しむ様に鎧兜に触って簡単に兜を外して襟の後ろに指を這わせたわ。

 

「……シリアルナンバー238……この鎧兜は……マリエッタの……」

 

 シリアルナンバー238って何かしら?最後の呟きは良く聞こえなかったけど、マリエッタって女性の名前の様な……

 丁寧に兜を固定して暫く目を閉じているわねって泣いてるの?

 リーンハルト君の両目から溢れる涙が零れているけど、彼とこの鎧兜には何かしら深い繋がりが有るのかしら?

 イルメラちゃんが優しくハンカチで彼の涙を拭いてるけど彼女も何故泣いているのか理由は分からないみたいね、困惑気味だもの。

 

「すみません、取り乱してしまいまして……それで、この鎧兜を見ましたがどうしたいのですか?もし売りたいのでしたら言い値で買わせて頂きます」

 

 ニケがオークションで競り落とした金額は金貨2726枚だったかしら?女性用だから余計に珍しく高かったそうだけど……

 

「頼まれても売れないわ、悪いけど私にとっても大切な鎧兜なの。リーンハルト君、この鎧兜の仕立て直しが出来るかしら?」

 

 ニケ、この鎧兜の仕立て直しは誰にも出来ないって言ったじゃない。ほら、リーンハルト君も渋い顔をしているわよ、無理なのよ……

 

「簡単なサイズ合わせなら出来ますが、調整部材が必要な場合は同じ素材を用意する事が出来るかどうか……

付加魔法については内蔵の魔力石が壊れていた場合、僕には再製作は未だ不可能です。特に衝撃緩和や重量軽減の付加魔法が無くなると実用的では無くなりますね」

 

 あれ?仕立て直しが出来るみたいな話の流れよね?おかしくない今の会話?

 

「同じ物を一から造れるかしら?」

 

「見てくれが同じ物なら青銅か鋼鉄でも造れます、僕のゴーレムも同じような物ですから……でも人間が着て動かせる重量じゃありませんよ。

逆に重量を減らす為に装甲を薄くしたりは出来ますが意味が無いでしょう」

 

 素材違いでも同じ物が造れるの?それに衝撃緩和に重量軽減の付加魔法を未だ使えない?

 

「有り難う、参考になったわ。

でも今夜の話は内緒にしてね、ツアイツ卿の造った鎧兜は大人気だから私が持ってるのを知られたくないのよ……」

 

 ニッコリ微笑むニケだけど微妙に緊張してるのが分かる。彼女の癖である下唇を噛む時は緊張してる時だわ。

 リーンハルト君、随分と鎧を眺めて何か言いたそうで言わないような変な行動だけど、やはりこの鎧兜が欲しいのかしら?

 

「分かりました……お願いが有ります。

この鎧兜ですが少し破損と金具の調整が悪い部分が有ります。ソコを直しても良いですか?」

 

 黙って頷くニケを見てからリーンハルト君が鎧兜に近付く。何か呟いたと思ったら鎧兜が分解したわ!

 凄い、アレって着込む為の分解の仕方すら分からなくて私達も二人で担いで来たのよ。

 

「細かい罅(ひび)や表面装甲の劣化が激しい、外観は綺麗に磨いてくれているが被膜が剥がれている。

関節部分のネジの緩み、調整が狂ってるな……

やはり大事なコアの魔力が枯渇してるな、これじゃ付加した軽量化と固定化しか機能してない……

属性魔法の防御膜が剥れて素材頼りになってるじゃないか、大分放置してたんだな」

 

 凄いわね、触っただけで鎧の表面が新品同様に変わってるし普通にレストアしてるわよ、でも色々と聞いちゃいけない内容も呟いてないかしら?

 リーンハルト君、無用心過ぎるわよ、目の色変えて何か変なプレッシャーを放ってるけど貴方も鎧マニアなのね?

 何か装甲の内側に張り付いている魔力石がエメラルドグリーンに輝き出したけど不味くないのかしら?

 30分程整備をして満足したのか、漸くリーンハルト君は鎧兜から離れた。

 別物のように輝きを取り戻した鎧兜、前は磨き込んで輝いていたけど今は装甲自体が輝いている。凄いわね、リーンハルト君は鍛冶師としても一流なのかしら? でも……

 

「ニケさん、有り難う御座いました……満足出来ました……」

 

 我が子を見るような優しい目をレストアした鎧兜に向けているわ、まるで子供の頃に私を見ていたお父様の目と一緒。まだ子供なのにあんな表情が出来るなんて不思議な子。

 

「ううん、良いの……この子は暫く預けるわ、リーンハルト君の近くに居たいって私に語り掛けてくるのよ。

多分だけど私は本当の持ち主じゃないって言っているのかな?」

 

「ニケ、何を言ってるのよ!これって貴女が苦労してオークションで競り落とした物じゃない!」

 

「良いのよ、私が持ち帰ったら必ず自慢したくなっちゃうわ。

すると、この鎧兜をレストアしたのは誰だって話になる。現存数はそれなりに多いから一斉にリーンハルト君へ問い合せが行くわ……それって良くない事でしょ?」

 

 無言で頭を抱えて考え込むリーンハルト君……自分の迂闊な行動に後悔してるのね。

 暫く悩んだ後に徐(おもむろ)に立ち上がり両手を前に翳して何かを唱えだした……

 凄い高濃度の魔素が掌の周りに集まり彼の手が動く度に形に成っていく、細かいパーツが組み合いながら形を成していく。

 そして仕上に懐から取り出した魔力石を嵌め込んだわ。

 

「これは……ハーフプレートメイルね。見事な鋼鉄製だわ、胸元の緑色に輝く魔力石って上級魔力石でしょ?」

 

 上半身から骨盤の下までを覆うタイプのフルプレートメイルの軽量化版ね。

 

「はい、今着ているのもハーフプレートメイルでしたから。

重量は15㎏有りますが荷重の掛かる部分は分散されますから実際の重量よりは軽く感じる筈です。両肩に掛かる重さを分散する為に腰の周りの締め付け感が有りますが気になるなら調整します。

胸元の魔力石は鎧に衝撃が掛かった時に籠められた魔力を使い防御力を上げます。今は緑色ですが黄色になったら言って下さい、魔力を補充します。

僕の気持ちと自己満足と口止めなので遠慮はしないで受け取って下さい」

 

 口止めって言うけどリーンハルト君のお礼の気持ちなんだろうな……でも私だって欲しい、私にも口止めが必要じゃないかしら!

 魔力付加の鎧なんて迷宮で見付ける以外は手に入れるのは難しいのよ。

 

「見事な鎧(マジックアーマー)……これを着ていても注目を浴びるわね。普段はマントを羽織って誤魔化すしかないかしら……」

 

 ニケの奴、ニマニマしちゃって羨ましい。

 

「フルプレートが良ければ造り替えますし見た目のグレードも下げられます、どうしますか?」

 

 まるでオーダーメイドの鎧兜並みの対応の良さね。でもリーンハルト君、多分だけどニケは聞いてないわよ。

 舐め回すようにハーフプレートメイルを見詰めているけど、今邪魔したら私でも怖い事になるから……。

 

「何だろう、納得しないって言うか悔しい……」

 

 私だって苦労して鎧兜を担いできたのに全く報われてなくない?


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