古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第267話

 ライラック商会から帰る途中、上級貴族用の馬車停めで出会った中年の婦人。多分だが上級貴族の奥様だろう、品良く身なり良く護衛の二十代後半の青年二人も強そうで美形だ、魔力は帯びてないが強そうで美形だ。

 嫌味っぽく二回考えてみた。

 

「これはこれは、今をときめく宮廷魔術師第六席、『ゴーレムマスター』のリーンハルト卿ですわね?」

 

 羽扇で口元を隠して問われた、僕は見覚えは無いが向こうは僕を知っている、何処かで会っていたら知らない素振りは失礼に当たるのだが名乗る気配は無い。これは試されているのか?

 

「はい、確かに僕はリーンハルト・フォン・バーレイです。失礼ですがマダムのお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 貴族的礼節に則り一礼する、どう考えても思い出せないので知ったかぶりするより正直に聞いてみる。もしかしたら相手だけが何かで見掛けて覚えているのかも知れないし……

 

「此方のマダムはモリエスティ侯爵夫人で御座います」

 

 慇懃無礼な態度が様になっている、悔しくもないが負けているかな。

 

「ほほほ、直接会うのは初めてかしら?」

 

 護衛と思われる青年の紹介に一瞬だけ身体が強張った、彼女がサロンで絶大な影響力を持つモリエスティ侯爵夫人か……

 確かサロンのお誘いを受けて出席する旨の返事を送った筈だよな、それが偶然の接触か?

 

「そうですか、サロンのお誘いですが楽しみにしています。では失礼します」

 

 一礼して立ち去る事にする、サロンに行く迄には色々と調べておくか。

 

「リーンハルト様、これから御予定は有りますか?よければ御一緒に私のサロンに遊びにいらっしゃいな」

 

 む、断ると問題が有るからと出席の手紙を出した相手に当日予約無しで誘われる、これは問題だぞ。

 今断ると次回気まずくなるが予備知識無しで参加するのも憚られる、だが声を詰まらせて僅かに考えてしまったのは失敗だな。

 

僕に予定が無いと悟っただろう笑みを浮かべている、誘いを受けるしかないか……

 

「夕方にデオドラ男爵家に伺うだけなので、少しお邪魔させて貰っても宜しいでしょうか?」

 

 言外にデオドラ男爵とは蜜月だと匂わせる事と時間的制限を設ける、未だ三時過ぎだから二時間位がリミットだ。

 

「あらあら、アーシャ様の所に通ってるのですね?」

 

「早く貴族街に屋敷を持てと王宮勅使の方に言われたのですが、中々気に入った物件に出会えなくて難儀しています」

 

 照れはデメリットしかない、初々しいなど若い女性の特権で男がヤルのは気持ち悪いだけだ。序でに貴族街に屋敷を探してる旨を匂わせた。

 今さっき降りた馬車に誘われて乗り込む、そのまま自分の屋敷に帰るならば彼女はライラック商会に用事が有った訳ではないんだな。

 偶然か仕組まれた出会いなのか判断材料が不足しているのが辛い。

 

「未だ未成年なのに僅か三日間の活躍は聞いておりますわ、素晴らしい行動力ですわね」

 

 優しく包み込む様な笑顔、向かい合って座っている筈なのに距離が近く感じる、これが社交界で磨かれた話術と所作なのか?

 

「落ち着きが無いと叱られているみたいです」

 

 苦笑いを浮かべる、端から見れば異常な行動だ。戦闘狂の派閥に属する若い宮廷魔術師は血に飢えていると噂になっているのは知っていてバーナム伯爵もライル団長も喜んでいるのも……

 

「年上の女性の扱いに慣れてませんか?叱るなどと親近感が一気に縮まりますわよ」

 

「お気に触りましたらお許し下さい、深い意味は無かったのですが特殊な派閥故に戦う事が是となってまして苦労しています。ああ、バーナム伯爵には御内密にお願いしますね」

 

 叱責で好感度は上がらないだろう、主従関係なら有るかもしれないが僕等は今日初めて会った他人だ。

 しかし掴み所の無い夫人だな、警戒心が簡単に薄れて……警戒してるのに意味も無く薄れる?

 

 深呼吸をして心を落ち着かせる、疑いを持って挑んだのに簡単に警戒心が薄れるのは異常な事態だぞ。

 精神操作系の魔法なら感知出来る、例えそれがエルフ謹製の精霊魔法でもだ。ならば神からの祝福たるギフトの効果なのか?

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、何でも有りません」

 

 どんなギフトなんだ、魔力を使わないから何と無くしか分からない、ジゼル嬢の『人物鑑定』やナナル嬢の『能力査定』とも違うナニかだ。

 警戒心を解くなんて簡単なモノではなさそうだ、思考誘導か最悪は精神操作系か?

 心の中に城塞をイメージする、要は精神力の問題で魔術師は制御に長けている職業なのだ。

 

「あら?あらあら、どうしましょう」

 

 凄く楽しそうに困ったみたいな言葉を言われても困る、やはりギフトの類いだったか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 モリエスティ侯爵夫人のサロンに招かれた、多くの人達が集っているのだが想像と違い全員が芸術家っぽい。

 広々とした室内で多くの者達が絵を描いたり彫刻をしたり楽器を片手に作曲したりしている、芸術家の卵達を支援しているパトロンなのか……

 このサロンは音楽や美術に関係する若き才能有る者達を集めて競い合わせているのだな、貴族が集まり雑談するサロンとは一味違うんだ。

 

「此処はね、才能有る若者達を集めた芸術家のサロンなの。絵画や彫刻、作曲等多岐に渡る才能がぶつかり合い相乗効果で高みに上がるのよ」

 

「芸術、いや文化の担い手の集まりですね。僕には場違いな華やかさですね、軍属は破壊が本業なので何かを産み出す事は出来無いのです」

 

 パトロンであるモリエスティ侯爵夫人を中心に集まってくる連中と僕は存在からして違う、彼等は産み出す者達で僕は破壊する者だ。

 彼等も分かっているのだろう、向けられる視線には僅かに敵意と侮蔑が含まれている。

 

「土属性魔術師、ゴーレムマスターのリーンハルト様なら色々と作り出せるのでは有りませんか?

少なくとも装飾品の製作はこの子達では勝てない域に居ますわよ、メディア様とアーシャ様に設えた装飾品は見事の一言です」

 

 私にも何か作って欲しいと言われたが困った、芸術家って苦手な人種なんだよな。僕は機能性を重視するのだが彼等は違う、そもそも価値観が天と地程も違うから相容れないんだ。

 

「マダム、彼は自分が言っている通りの破壊者ですが悔しい事に芸術品を作り出す事も出来る。失礼、私はペーパー伯爵の四男モーリスです」

 

 絵画を描いていたのだろう、エプロンを着て絵の具で汚れた神経質そうな男だ。伯爵家の四男では家督は継げないな。

 

「本来なら錬金で作った物など芸術ではない、人の手が加わってこその芸術と言いたいのですが身に付ける淑女の美しさを差し引いても見事でした。私はケンブリック子爵です、宜しくリーンハルト卿」

 

 嬉しそうに握手を求められた。三十代前半の爵位持ち、小肥りでノミとハンマーを持っているから彫刻家だな。

 

「全くあの守り刀は芸術品ですね、本来は武器など芸術とは真逆の品物なのに……僕はペリニヨン男爵の八男、ロッシーニです」

 

 若い、同い年位の癖毛でソバカスだらけの少年だがバイオリンと羽ペンを持っている、作曲家かな?

 

 何か変な三人組の連中に囲まれて気安く肩を叩かれたりしている、好意的だし身分がどうこう言う気は無いが悪い噂の多い宮廷魔術師の僕に対して何かしら思わないのか?

 彼等の名前は聞いた事がない、売れない芸術家って奴は金持ちか貴族のパトロンが居ないと苦しい筈で、その辺の距離感や事情には十分に気を使うのが普通だと思う。

 パトロンであるモリエスティ侯爵夫人の客人だから好意的に接してるのとも違う感じがする?

 

「モリエスティ侯爵夫人、えっと、その……彼等は少し友好的過ぎませんか?もう少し貴族としての節度をですね」

 

 なくとも宮廷魔術師第六席に対する接し方ではない、男にベタベタ触られるのも嬉しくない、その絵の具やインクで汚れた手で触らないで欲しいのです。

 

 やんわりと断りを入れて後退る、三人以外の連中も妙に好意的過ぎる、自然な感じじゃなくて何かに操られている様な……

 

「リーンハルト様、そんなに警戒しないで下さい。アーシャ様やジゼル様の身に付けていた装飾品の素晴らしさに感動したのです。彼等も才能は有りますが、井の中の蛙にならない様に世界を見せたかったのよ」

 

 意味は何と無く分かる、でもモリエスティ侯爵夫人が売れない芸術家の卵達の為に被るリスクじゃないな。

 これは僕を試しているのだろうか?少し非礼でも友好的に接する彼等にどう対処するか、無礼と叱責するか……さて、どうするかな?

 

「嗚呼、マダム……僕等の為に……」

 

「感謝の言葉も有りません」

 

「御期待に応えてみせます、必ずです」

 

 祈る様に、いや実際にマダムに祈りを捧げているけどさ。やはりギフトでガチガチに抱き込んでそうで怖い、狂信者とかさ。

 

「貴方達の意識改革を促したのは分かりますが、僕も立場が有りますので少しは遠慮して下さい」

 

 感動的な話かもしれないが当事者は御免だ。

 

「リーンハルト様は恥ずかしがり屋なのですか?貴方達、少し離れなさい」

 

「リーンハルト卿、私の妻と若き芸術家達と話が盛り上がっているみたいですな。私も混ぜて貰っても良いですか?」

 

 背後から声を掛けられて振り向くと壮年の男性がマダムの隣に立っている、彼がモリエスティ侯爵本人だろう。

 男なのに長髪で衣装に拘りが有りそうな、一寸普通ではない感性の……何て言うか派手だ。

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです。宜しくお願いします」

 

 相手は侯爵、僕は宮廷魔術師、爵位は向こうが上だが宮廷での序列は同等、今思い出したが彼はバセット公爵の派閥だった。

 迂闊だったな、貴族の上から順番に派閥構成や後継者は頭に叩き込んだ筈だが肝心な時に思い出せないなんて……

 

「本当に申し訳ない、芸術家を気取る連中は俗世間の事には疎いのが常識だ、彼等に悪気は無いのだ。モーリス、ケンブリック、ロッシーニ、リーンハルト卿に謝罪しなさい」

 

 これは手打ちの流れだな、プライドの高い上級貴族が先に謝罪し当事者もそれに倣う、文句を言うと此方の品位を疑われる。

 だが、まさか侯爵本人が頭を下げるとは驚いた、普通は彼等を叱責し罰を与えてチャラだぞ。マダムの笑みも薄ら怖い、旦那に頭を下げさせて気にしてない様子は変だ。

 

「お気になさらず、僕も気にしてませんから」

 

「我等はリーンハルト様と友好を温めていただけです」

 

「お互い芸術を愛する者としてですね、もっと知り合うべきなのです」

 

 コイツ等もっと変だ、パトロンに頭を下げさせても笑ってるって、契約を切られても平気なの?折角モリエスティ侯爵が手打ちにしようとしてるのに、狂ってるとしか思えない。

 

「モリエスティ侯爵、この件については終わりにしましょう。特に大事にする必要は有りませんから……」

 

 未だにヘラヘラ笑う三人組が薄ら怖くなってきた、それにマダムがニヤリと笑ったのも見てしまった。何かしらの力が彼等の方に……ギフトの力か?

 慌てて彼等を観察すればガクガクと震え出した後に表情が無くなった、これは精神操作系で間違いないな、とんでもない力だぞ。

 

「「「リーンハルト卿、申し訳有りませんでした」」」

 

 全く誤差なく動作を揃えて謝罪した、もう茶番劇に付き合う意味は無い。問題は何故モリエスティ侯爵夫妻が僕に接触し己のギフトを見せたかだ。

 

「リーンハルト卿、奥でお茶でも如何ですかな?」

 

「ええ、頂きましょう」

 

「それでは此方の方に、ご案内致しますわ」

 

 もう誰も三人組を見てもいない、完全なる茶番劇だがマダムは最初に僕に対してもギフトを使った。

 だが敢えて誤魔化さずに他の人間を使いギフトの効果を僕に教えた、普通は隠すのに旦那を巻き込んでまで……

 芸術家の卵達の中を悠然と先に歩く二人を見て思う、マダムのサロンに招かれて断るのはデメリットしか無い、裏を返せば参加すればメリットが有ると軽く考えていた。

 だが実際は違う、これが貴族社会で一目置かれるモリエスティ侯爵夫人のサロンの秘密なのだろう。

 

 




気が付けば通算UAが300万を超えていました、驚きました。
いや本当に驚いたのですが読者の皆様のお蔭です、有難う御座いました。
取り敢えず来週の木曜日までは連続投稿頑張ります。

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