古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第290話

 侍女達の不仲、各々が公爵家の縁者であり派閥絡みの関係上仲良くはなれないだろうがギスギスした関係は僕にストレスが溜まる。

 ただ一概に派閥絡みだけじゃなくて色々な感情が入り雑じっているみたいなんだ、一番は若さに対する何かだと思う。

 僕の執務室に入り浸るザスキア公爵も少しは感じているのか、イーリンをたしなめたが上手く行くだろうか……

 

「リーンハルト様、セラス王女と連絡が取れました。案内のウーノを連れて参りました」

 

「おはようございます、リーンハルト様。姫様がお待ちになっております」

 

 ハンナは王族の居住する区画には入れない、更に上級の侍女達が仕える場所らしい。ウーノを伴って執務室に入って来た彼女は得意顔だ、王族との連絡要員ともなれば色々な情報が手に入るからか……

 

「ん、有難う。ザスキア公爵、少し留守にしますので……」

 

「分かりましたわ、何か有れば私が対処しておきますから」

 

 違います、一緒に出て自分の執務室に帰って欲しいのです。何故貴女が僕の有事を対処するのか分かりたくは無い!

 

「そ、そうですか?それではお願いします。ウーノ、案内を頼む」

 

「畏まりました、姫様は物凄く楽しみにしておりましたわ。それはもう子供みたいに……こほん、いえ恋する乙女の様でした」

 

 言い直したが喜ぶ姿が簡単に想像出来る、彼女は堅物の印象だが実は感情が豊かで恥ずかしがり屋な一面を持つ。

 そんな彼女に第一段階で『エルフの里』で取引されるレベルのレジストストーンを渡しても良いのか疑問は残る、だが公的に認められればメリットも多い。

 メリットとデメリットを天秤に掛ければ傾くのはメリットの方だ、後は交渉次第だな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト様をお連れしました」

 

「ご苦労様。ではリーンハルト様、ご案内致します」

 

 ウーノから別の高級侍女に引き継がれて案内された場所は、前回のテラスではなく建物内の応接室だ。流石は王族が使うだけありローラン公爵の応接室よりも豪華だが品も有る、壁に架けられた絵画や隅に置かれたブロンズ像も高いんだろうな。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト殿」

 

「しかし早いですね、一週間と聞いていましたわよ」

 

 リズリット王妃も同席か、未婚の王族と二人で会うのは問題行動と取られたかな?今の僕はエムデン王国最大の問題児だから心配なのかもしれない。

 

「急な面会に応えて頂き有難う御座います」

 

 貴族的作法で一礼する、リズリット王妃がソファーを勧めてくれたので二人の向かい側に座る、直ぐに本題には入らないのが貴族の作法だ。先ずは何か話を振るか……

 

「リーンハルト殿、早く成果品を見せて下さい!」

 

 前屈みになって急かして来たぞ、王族なのに色々な物を省いて直球で攻めて来たので色々と台無しな姫様だ。

 リズリット王妃は困った顔をしたが特にたしなめる事もない、つまり初めてじゃない奇行なんだな。ミュレージュ様もそうだが彼女の子供達は何かしら一点にのめり込む癖が有る。

 

「どうぞ、此方になります」

 

 テーブルの上に二つのブレスレットに加工したレジストストーンを入れた箱を置く、目の色を変えたセラス王女が奪う様に掴み取り箱から取り出して色々と調べ始めた。

 漸く侍女達が紅茶の用意をしてくれた、主の奇行にタイミングを伺っていたのだろう。舐める様に見て調べているセラス王女を横目に紅茶を一口飲む、高い茶葉はストレートで味わうに限る。

 

「リーンハルト殿、このレジストストーンの性能は?外見は見事ですが実際の性能はどうなんですか?」

 

 凄い勢いだな、相手がカップに口を付けている時に話し掛けるとか王族のマナーとしては問題行動だと思うぞ。

 

「それぞれ毒と麻痺を30%の確率で回避します、今はこれが精一杯ですね。改良は可能ですが最大でも35%迄でしょう、ですが時間は掛かりますよ」

 

「時間は、どれ位掛ければ更に性能が上がるの!」

 

 おっと、凄い食い付きだけどそろそろ問題だろう。チラリとリズリット王妃を見れば瞳に警戒の色を浮かべている、遣り過ぎたか?

 

「リーンハルト殿、少々出来が良過ぎますわ。これ等はエルフ謹製の品と変わらない性能です、短期間の成果としては驚きの内容です」

 

「本来のエルフ謹製の品々はもっと凄いですよ、人間に売れる品物としての限界、そして人間の魔術師が作る事の出来る可能性は此処まででしょうね。今はですが……」

 

 今はだが、時間が有れば更に性能は上げられるだろう。打算でセラス王女に接近したのが裏目に出たな、リズリット王妃の警戒心を煽っただけだったか?

 だが母親の警戒にも関わらず娘は興奮しっぱなしみたいだ、母親との会話には関心を向けていない。

 

「警戒はごもっともです、もし不安ならレジストストーンについては研究を止めても構いません。本業はゴーレム使いですから問題は有りません」

 

「問題有りです!それで更なる性能向上が可能なのですよね?どれ位必要なのかしら?」

 

 言葉を遮られた、この成果品を見て僕を手放す事は出来ないよな。他国に亡命とかの心配よりも宮廷魔術師としての本業を優先されて協力を疎かにされる事を心配している筈だ。

 リズリット王妃は単純に成果品の出来が良くて不安になった、初期のジゼル嬢と同じ理解出来ない者が怖いだな。

 

「セラス、落ち着きなさい。先ずはリーンハルト殿の成果品を受け取ったのですから、王族としてする事は分かりますよね?」

 

「んんっ、リーンハルト殿。確かに依頼の品を受け取りました、十分な結果です。報酬は買取り金額の他にブレスレットの加工を含めて金貨千枚を用意しました。

それと同じ物を錬金した場合は優先的に買取ります。金額は一個で金貨五百枚、宜しいですわね?」

 

 母親に指摘され姿勢を正してから報酬の話をしてくれた、成功報酬と成果品の買取りで合計金貨二千枚は妥当な値段だ。継続で優先的にレジストストーンが買えるのだから。

 

「有難う御座います、取り敢えず依頼は達成で宜しいですね?出来ればエムデン王国で所有するマジックアイテム類を見せて頂ければ参考になります。場合によっては同系統の品物も錬金出来ると思います」

 

「王家所有のマジックアイテムの複製が可能ですって?いや、しかし……でも、この完成度の高さなら或いは他の品々も可能なのかしら?」

 

 何やら小声でブツブツと悩み始めたみたいだ、少し刺激が強過ぎたかな?欲張るのは危険だし一旦引き下がるかな、警戒されては意味が無い。

 紅茶を一口飲む、これでハイゼルン砦に行く前の仕事は殆ど終わった。バニシード公爵の軍備も整いつつあるとセシリアが調べて来た、ビアレス殿は本隊五百人と二つの傭兵団を率いて明日王都から出発する。

 残りは途中で合流するそうだ、そして王都から出発する傭兵団は『明星』と『朝焼け』の二つ、そして僕が壊滅させた『赤月』と繋がりの有る傭兵団らしい。

 

 セシリアの掴んだ情報だと僕への敵対心からバニシード公爵の誘いに乗ったらしい、本当に彼女の情報収集能力は凄い。

 

「リーンハルト殿、明日にでもバニシード公爵とビアレス殿が王都を発つと聞いています。準備は大丈夫なのですか?」

 

 物思いに耽るセラス王女を無視してリズリット王妃が話し掛けて来る、情報通り明日出発するのか。

 これだけ王都内で噂になったんだ、出陣は大々的に行うだろう。バニシード公爵が態々(わざわざ)自分の領地から精鋭部隊を王都に呼んだ。

 中央広場の使用許可も取っているから、出陣前に整列してから中央通りを行進するのだろう、数は精鋭部隊が五百人に傭兵団が二つで百人。壮観な眺めになるだろう、国民へのアピールだが有効だろう。

 当然だがバニシード公爵は演説もするだろう、既にビアレス殿は飾りと言うか御輿扱いだな。

 

「既にニーレンス公爵もローラン公爵も精鋭部隊は王都に集結済みです、郊外で鍛練に励む日々ですね。僕は身体一つで用意など大した物は有りません、何時でも出発出来ます」

 

 人間の軍隊とは全く違う、僕のゴーレム軍団……いや無言兵団は孤独な軍団長の元で粛々と戦う、感情を持たない不死人形達なのだ。

 何故だろう、リズリット王妃が溜め息を吐いた。呆れられる発言をしたつもりは無いのだが、何か不味かったのか?

 

「セラスがどうしてもリーンハルト殿の手助けをしたいと聞かないのです、本来なら王族が片方を贔屓する事は問題が有るのです。

ですが貴方はエムデン王国に必要な人材、むざむざと危険な事を押し付けるのは愚策だったのですよ。セラス、いい加減に戻って来なさい!」

 

 何だろう、変な流れになっているぞ。王族の加護を受けられるみたいな流れに、いや援助なのかな?

 僕の長考より危険な妄想に浸っていたセラス王女が現実世界に帰還した、話の流れだと彼女が何かくれるのだろうか?

 

「えっと……すみません、お母様。リーンハルト殿がハイゼルン砦を攻略し無事に王都に戻って来れる様に特別に作らせました」

 

 四人の侍女達が大きな箱を運び込んで来た、縦横30cm長さは2mは有りそうな大きな長方形の箱だが……箱から取り出して広げた物は……

 

「これは、戦旗ですね。しかも貴族院に申請登録した僕の家紋が刺繍された物だ」

 

 侍女四人掛かりで広げた戦旗は縦200cm横100cmの大きさの立派な物だ、短期間で用意したのだろうが緻密な刺繍が施された手の込んだ作りだ。

 だけど家紋を模した戦旗を貰う意味って何だ?

 

「リーンハルト殿、この戦旗をハイゼルン砦に打ち立てるのです」

 

 え?セラス王女が用意した戦旗を攻略したハイゼルン砦に打ち立てるって……

 

「ニーレンス公爵もローラン公爵も我先にと戦旗をハイゼルン砦に立てるでしょう、家紋が靡く戦旗を周りが見れば誰の手柄か分かり易いですから。

でも王族から贈られた戦旗よりも先に自分の戦旗を立てるのは無礼な行為です」

 

「リーンハルト殿の功績を正しく周りに示す為に私が用意しました、必ずハイゼルン砦を陥落させて下さい」

 

 王妃と王女から貰った物は僕の家の家紋を模した戦旗だった、確かに価格は精々金貨三百枚程度だろう。だが付加価値が凄い、これを掲げて戦う事は錦の御旗を掲げるに等しい行為だ。

 戦旗の脇にセラス王女の家紋である『知恵の杖』が刺繍されている、杖頭に一対の翼が有り柄には絡み付く二頭の蛇、知識の探求を是とする者達に好まれる図案だ。

 つまりこの戦旗はセラス王女公認、これを掲げる事は彼女の意思の尊重を意味する。ああ、戦旗一つで派閥への組み込みを仕掛けて来たか……

 

 立ち上がりセラス王女の前で膝を付く。これは断れない、断れば不敬罪で物理的に首が飛ぶ。

 

「セラス王女、この戦旗を掲げ必ずやハイゼルン砦を攻略してみせましょう」

 

「リーンハルト卿、期待しています。必ずや我がエムデン王国の悲願であるハイゼルン砦を奪還しなさい」

 

 これでアウレール王とセラス王女から直々にハイゼルン砦攻略を命令された事になる。

 拝領した戦旗を箱に詰めて貰い、そのまま空間創造に収納する。王家からの拝領品は無くしたり汚したりしたら大変だ、もしも盗まれたら最悪は御家断絶位はされる。

 それ程迄に厄介な代物なんだ、全く嬉しいとも思わないのだがセラス王女が家紋を縫い付けた意味を考えると……

 

「リーンハルト殿、セラスの気持ちも汲んで下さい。私は自分の家紋を縫い付ける事に反対しました。それは万が一の時に責任の一端を被るからです、ですが聞き分けの無い娘は拒んだ、貴方の為にですよ」

 

 リズリット王妃から追撃された。そうなんだ、自分の家紋を許すとは一蓮托生な意味を持つ。彼女はわざと自分の家紋を許した、これは対外的に僕はセラス王女派、ひいてはリズリット王妃派となった。

 後宮の派閥争いは貴族の派閥争いとは少し趣は違うが、それでも派閥争いには違いない。また一つ貴族の柵(しがらみ)に絡み付かれた訳だ。

 

「感謝の極み。必ずや最短でハイゼルン砦を落とし、この戦旗を掲げてみせましょう」

 

 セラス王女が差し出した白く細い掌の表に軽くキスをする、裏なら求婚になってしまうが表は敬愛だ。

 

「良かったわね、セラス。貴女の気持ちはリーンハルト殿に十分伝わったみたいですわ」

 

 ええ、派閥引き込みの件は了承しました。もっともセラス王女にはそんな思惑など全く無く、早く帰ってきて自分に協力しなさいって意味だと思う。

 取り敢えずこの『戦旗』は自分の執務室に飾っておこう、見た者が勝手に色々と考えてくれる筈だから……

 


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