古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第291話

 リズリット王妃とセラス王女との謁見、本来は完成したレジストストーンを渡して今後の切っ掛け作りをするだけの予定だった。

 確かに今後も継続的な関係は築けたし王家所有のマジックアイテムも見せて貰える事になった、これで終われば大変有意義だったのだが……

 

 セラス王女は短期間で僕の家紋を施した『戦旗』を急いで制作し授けてくれた、自分の家紋も隅に縫い付けてだ。職人の苦労は大変な物だったろうな。

 王家から拝領された『戦旗』は過去にも前例は多々あるが王族の家紋を縫い付けた物は極端に少ない。

 武闘派として一大勢力を持つローラン公爵やバーナム伯爵等の過去の戦争で大きな功績を立てた者しか持ってない。

 

 僕は宮廷魔術師になってからは味方としか戦っていない、それで第二席まで上り詰めた対外的な実績は皆無の男だ。

 ザルツ地方のオーク討伐に絡んだ旧コトプス帝国の残党共との戦いの成果は全てデオドラ男爵に譲り、僕は露払いだけして討伐証明を貰い資金とギルドポイントを得た。

 

 今回は自分とセラス王女の家紋の入った『戦旗』を掲げての出兵となる、少なくとも各公爵家には知らせる必要が有るな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「只今戻りました、未だ居らしたのですね」

 

「あら、お帰りなさい。遅かったわね」

 

 自分の執務室に戻ればソファーに陣取り寛ぐザスキア公爵が出迎えてくれた、なんたる豪華な出迎えだろうか。しかも会話の内容が親しい関係みたいで困る。

 

 ハンナとロッテ、セシリアにイーリンも並んで出迎えてくれた、未だぎこちなさが有るが少しは軟化したみたいだ。

 取り敢えずゴーレムナイトを一体錬成し空間創造から取り出した『戦旗』を掲げる、暫くは執務室内に飾っておく予定だ。コレを見せて周りの反応を伺う。

 

「あら、リーンハルト様も男の子ね。『戦旗』を部屋に飾るなんて」

 

 うふふって笑ってるけどセラス王女の家紋を見たら笑ってられないと思うぞ、取り敢えず隠しても意味が無いので教える。

 

「セラス王女から頂きました、隅に特大のオマケが縫い付けて有りますよ、ほらね?」

 

 戦旗の端を摘まんでセラス王女の家紋を見せると全員が息を飲んだ、何て事してるんですかってジゼル嬢の怒りの幻聴が聞こえた気がした。

 侍女は公爵四家と繋がっていて、五位のザスキア公爵家は本人が此処に居る。

 

「確かに特大のオマケね、あのセラス王女にしては大胆な引き込み工作だわ。それは貴方が仕向けたのかしら?」

 

 ザスキア公爵の目が細まった、短い付き合いだが良くない前兆だ。先に唾を付けたのに他人に後から拐われるみたいな?

 侍女四人は全員が呆れ顔だが言い訳をさせて欲しい、僕が望んだ結果ではない。

 

「セラス王女の天然さにリズリット王妃が上手く立ち回ったって事です、確かに迂闊でしたが状況的には断れず恩恵も多い。

メリットは、ハイゼルン砦の攻略時に『戦旗』を掲げる事はニーレンス公爵とローラン公爵への牽制になる。ハイゼルン砦を奪還して最初に掲げるのは、この『戦旗』でなければならない」

 

「つまり手柄を掠め取られる心配は無くなった訳ね、幾ら公爵家でも王族の家紋の入った『戦旗』より先には自分の『戦旗』は立てられないわ」

 

 ザスキア公爵の言葉にニーレンス公爵の縁者のロッテとローラン公爵の縁者のセシリアの顔が曇る、僕が彼等の思惑を快く思ってないと感じたか?

 

「そうセラス王女は考えて自分の家紋を『戦旗』に縫い付ける事を許した、彼女の思惑はそこ迄でした。自分の『王立錬金術研究所』の協力者の箔付けの為にでしょう、気持ちは嬉しいですが僕は手柄を独り占めにする気持ちは最初から無いのです。

4:3:3でも2:4:4でも構わなかったんです、だから『戦旗』は最初に立てますが戦果は今後の話し合いの結果で良いです」

 

 三等分でも多く取られても良かった、対外的な実績が欲しかったので報酬は二の次でも構わない。逆に公爵家とギスギスするのが嫌だった。

 

「公爵二家との軋轢(あつれき)を嫌ったのね、貴方は前にデオドラ男爵にも手柄を譲ったわね。名声よりも実利を取る事は悪い事じゃないけど、普通は少しでも取り分を多くしようと頑張るのよ。貴方には必死さが見えない」

 

 しょうがない子ねって笑われた、子供扱いは年上の特権だけど上から目線に感じさせないのは流石だな。

 

「協力者には利益を供与する事も必要です、今回はビアレス殿より先にハイゼルン砦を落とすのが目的。

その事に協力してくれる方々には十分な御礼が必要なのです、自分はアウレール王との約束通りハイゼルン砦を落とした結果が全てで、それに対する報酬に然程の執着はない。

勿論それは貴女にもですよ、出来る限りの御礼はしますが貞操は駄目です」

 

 公爵三家の名前を出した時点で他の連中は参加を見送った、彼等から利益をぶんどる事は無理と思ったんだろう。代わりに戦費の足しにと色々な物が送られてくる。

 物資に資金、情報に人材、これらを受けて勝てば送った側も僕の勝利に貢献した実績になるんだ。

 物資は全て空間創造にしまい、ハイゼルン砦を落としたらライラック商会に買い取って貰い御礼の品を贈る、また赤字だろうな。

 

「普通は逆よね、御礼に俺のモノになれよって言えば良いのに。貴方くらいよ、私の求愛を拒めるのは」

 

 うわぁ、凄く貴族の男らしい意見だけど僕は男女間の事については無理矢理や強引は嫌なんだ、特に貞操を奪う系はトラウマすら感じる。

 だが貴族の間では普通の事で侍女四人も特に気分を害した感じはない、彼女達は家長の命令で知らない男に嫁ぐ事も有るから普通なんだろうな……

 

「無理矢理は嫌ですか?リーンハルト様の立場なら伯爵までの子女なら誰でも側室に出来ますわよ、先方も望むでしょう」

 

 本人の意思を無視した実家の思惑的な意味では望んでいるでしょうね。

 

「そうですね、だけど嫌なんですよ。貴族としては失格なのは理解しています、断り切れない場合も有るでしょう。でも自分から押し付けるのは嫌なんです」

 

 女性陣五人が変な人を見る目で見ている、だが侍女達は極力隠す努力をして欲しかった。仮初めとはいえ今の主は僕なんだから、あからさまに呆れた視線は不敬だと思うんだ。

 立ち話も何だから自分の執務机に座る、ハンナ達年長組が紅茶とお菓子の準備をしてくれてイーリンはザスキア公爵の爪の手入れ、セシリアは壁際に控えている。

 カップが用意され紅茶が注がれる、王族用と殆ど変わりがない品質の紅茶を一口飲む……渋い味に感じる。

 

「えっと、話の続きですけど……ハイゼルン砦の攻略に際し最初に掲げる『戦旗』は僕の物になりましたが戦果の分配は話し合いでOKですよね?

それと成り行きでセラス王女派、つまりはリズリット王妃派と周りは認識するでしょうが何か問題は有りますか?」

 

 王宮の更に奥に有る『後宮』の派閥争いについて僕は全く知らない、アウレール王の正妻と側室達の女の争いって陰湿そうで嫌なんだよな。

 

「そうね、アウレール王の後宮には二十六人の側室が居て大体四つのグループに別れているわ。

最大なのはリズリット王妃の率いるリズリット派、次に大きいのは最近一番寵愛を受けているアンジェリカ様率いるアンジェリカ派、残り二つは最古参のマリオン様の率いるマリオン派、それと無所属の集まりね。

リズリット王妃はマゼンダ王国から嫁いでいるの、だけどアンジェリカ様はバセット公爵の娘よ。私の姪も後宮にいるけど無所属派なの」

 

 ふむ、各公爵家の縁者も送り込まれているのか、王位継承権が上位の皇太子達にも側室を送り込んでるらしいし後宮の派閥も複雑なのか?

 

「各公爵家からも側室として縁者を差し出しているみたいだけど、後宮の派閥争いにも口を出すのかな?」

 

「もう、リーンハルト様は知識に偏(かたよ)りが有り過ぎよ。良いわ、お姉さんが教えてあげる。基本的には後宮の派閥争いと貴族間の派閥争いは連動するわよ、血を分けた孫が次期王になれば絶大な権力を得るから……

でも現状は次期王にはグーデリアル様が指名されてるでしょ、彼が継ぐ迄に二十年近く有る訳だから余り後宮の派閥争いは関係無いのよ」

 

「つまり血の繋がった後継者が王位を掴むのは次の次で未だ何十年も先だから、ですか?」

 

 アウレール王が新しい側室に生ませた子供を次期王にする事はない、グーデリアル王子が健在な内は安泰って事か。

 保険として縁者を側室に送り込んでいるから万が一の場合も安心、そこまで後宮の派閥が王宮内の派閥争いに関係しないのか。

 

「良く出来ました。でも一応最大派閥に引き込まれた訳だから気を付けた方が良いわよ。他の側室達からすれば敵対した訳だし、女の嫌がらせは陰湿なの」

 

 含みの有る言葉だな、この部屋の男女比は圧倒的に女性だし、ザスキア公爵の他にイーリンも黒い笑みを浮かべている。正直居たたまれないんだ、早く癒しが欲しい。

 その陰湿さが僕に向かない事を祈って書きかけの親書を引っ張り出した、中々内容が思い浮かばず他の事を考えてしまう。明日はビアレス殿が出発するので見に行くかな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目の前で私を放置して手紙を書き出した生意気で興味深い少年を見詰める、公爵の私でも強引に手が出せない立場だが異例中の異例で出世した為か知識に偏りが有る。

 マナーは完璧、親書の内容も中々のモノだし楽器やダンスも一人前らしい。とても新貴族男爵の息子の教育内容ではない、伯爵家級以上の後継者教育に近い。

 それに魔法については宮廷魔術師第二席、つまりエムデン王国でNo.2の地位に就いている。土属性魔術師の最高峰と自分で言うだけはありエルフ謹製のレジストストーンと同等なモノを目の前で簡単に錬成してみせた。

 そしてそれがセラス王女の目に留まり、彼女から家紋の刺繍された『戦旗』まで貰って来た。つまり王族と伝手が出来た事を意味する、ミュレージュ王子とセラス王女の二人と……

 

 誰もが彼と縁を結びたがったが既に対外的には公爵家の三家と公式に縁を結んだ、そして王族とはリズリット王妃にミュレージュ王子、今回のセラス王女については自分の家紋まで許した。

 貴族的な派閥争いは公爵三家と、後宮的な派閥争いはリズリット王妃派に属した事になる。

 今回のハイゼルン砦の攻略によりバニシード公爵とは完全に敵対したわ、形振り構わず財力にモノを言わせての傭兵団集め、自分の私兵の殆どを今回の攻略の為に集めた。

 領地でも徴兵を始めたとセシリアの情報にも有った、時間的に先発部隊には間に合わないが二人が失敗した場合の保険だろう。

 または最初から成功しないと考えて二陣を本命にしてるかも知れない、明日の私兵部隊の構成を見れば本気か時間稼ぎか分かるわね。

 

 しかし全く私の存在を気にしてないわね、真剣に親書を書く顔は性的にそそるわ、早く貴方を組み敷いて色々と苛めたいわね。私を待たせる罰は重いわよ。

 

「あの、何か?」

 

「真面目な顔も素敵よ、お姉さん興奮しちゃうわ」

 

「そうですか、有難う御座います」

 

 真面目に返されたわ、でもこの子って男女間の関係については淡白で奥手らしいのよね……

 

 寵愛を授けてるのはデオドラ男爵の娘達だけで、手を出しているのはアーシャだけ。婚約者のジゼルには手を出してないと送り込んだメイドから報告が来ている。

 ローラン公爵が押し付けたニールは魔法戦士として鍛える為にデオドラ男爵に預けたきり放置している、一時期才媛と噂になっていた下級貴族の二人は家臣として厚待遇で雇ったそうだが妾ではない。

 

 残りで本命は一番最初から行動を共にしているメイドと冒険者パーティの魔術師と盗賊、共に美少女だけど平民だから大した問題では無い。

 

「リーンハルト様の本命ってジゼル嬢かしら?他にも若くて綺麗な女を選り取りみどりなのに?」

 

 あら?親書を書き損じたみたいね、ペン先で便箋を突き破るって冷静沈着なこの子としては珍しい。やはり本命はジゼルか……

 

「婚約者で本妻予定ですから本命ですよ、他の娘達とか言われても派閥争いの政略的な意味ですから、出来れば遠慮したいです」

 

「なら、自由恋愛の私を拒むのは何故かしら?」

 

 政略的な意味は殆ど無く性的な意味で私は貴方を狙っているのよ、手を出さないのは何故かしら?

 

「え?その、アレです。えっと……」

 

 凄い動揺したわ、初心(うぶ)いわね。この辺は年頃の少年なのよ、実力と実績と性格的なギャップが凄いのよね。まだ付け入る隙は多いわね。

 

「少し時間をあげるから良く考えなさいな。上級貴族として生きる為には色々と必要な物が貴方には足りないの」

 

 そこに付け込む隙が有るの、貴方は味方よりの人間には甘い。敵対したマグネグロをあっさり殺す割には甘過ぎるのよ。

 


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