古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

300 / 996
第300話

 

 久し振りに定刻通り屋敷に帰る事が出来る、連日王宮に出仕しデオドラ男爵家やバルバドス師の屋敷に泊まっていたから。

 定刻が過ぎたので帰りの馬車の手配をハンナに頼んだ、今夜は屋敷で夕食を食べれる、久し振りにイルメラやウィンディアと落ち着いた話が出来ると思うと嬉しくなるものだ。

 

「リーンハルト様、何やら嬉しそうですわね」

 

「ん?ああ、一段落したからね。少し気持ちに余裕が出来たからかな」

 

 セシリアの鋭い指摘を誤魔化す、流石は情報収集担当だけあり良く見ている。まさか恋人二人を屋敷に住まわせて会いに行くのが楽しいと思われるのは恥ずかしい。

 多分調べはついている筈だが平民だから派閥的な絡みが無いので彼女達的には問題は無い。

 ウィンディアはデオドラ男爵家の関係者だが今更だ、二人が三人になっても彼女は平民だ。デオドラ男爵家から本妻・側室・妾の全てが揃った位にしか考えないだろう。

 

「そうだ、明日は午前中は実家に行って午後はバセット公爵の屋敷に行くので此方には来ないからね。明後日は昼間は休みで夜は王家主宰の舞踏会に行くよ」

 

 週三回出仕のノルマは達成した、明日は実家とバセット公爵の屋敷に行って、明後日は昼間はイルメラ達とオペラにでも行って午後は王家主宰の舞踏会に出席予定だ。

 

「畏まりました、寂しいのですが私達だけで対応しておきます」

 

「ザスキア公爵が遊びに来そうだから不在って連絡しておいてね、それじゃ明明後日(しあさって)に!」

 

 四人が横一列に並び深々と頭を下げてくれた、公爵四家から遣わされた女性達だが優秀なので有り難い。その分気苦労も絶えないが無能や敵対者よりはマシなので助かる。

 王宮の警備兵に案内されて馬車停めまで案内される、やはり擦れ違う侍女やメイド、警備兵から熱い視線を送られるんだな。

 五分ほど誘導されると目的地に到着、僕に支給されたエムデン王国の紋章付きの高級馬車に一人で乗り込む。

 無言で整列し頭を下げる警備兵達に軽く手を振って馬車を出発させる、自分の屋敷までは三十分位だ。

 貴族街を抜けて新貴族街に入る、この区画に住む者でエムデン王国の紋章付き馬車に乗れるのは僕だけ。

 だから身元が直ぐにバレるのは仕方無い、何人かが気付いて注目するが停めてまで話し掛ける事は出来ないので助かる。未だ家臣希望者は多いのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「ただいま、サラ。他の皆は?」

 

 メイド長のサラが出迎えてくれた、一人だけだがイルメラ達は不在かな?

 

「イルメラ様とウィンディア様は執務室の方でアシュタル様とナナル様の手伝いをしております。タイラント殿はコレット殿とライラック商会の方に行っております」

 

 他の皆と言ったのだがイルメラとウィンディアの行動をピンポイントで教えてくれた、しかしタイラントがコレットを連れてライラック商会に行ったのか……

 お抱え魔術師だが執事の仕事も教えるつもりなのかな?

 

「この二日間で手紙や祝いの品が沢山届いたんだね、王宮の方にも沢山届いて難儀したよ」

 

 サラを伴い屋敷に入る、王宮に届いた品物も目録ごと持って来ている。これも渡しておかないと全体を纏めて把握しきれない。

 ハイゼルン砦攻略の援助物資は庭に荷馬車が並んでいる事でも大量に持ち込まれたのが分かる、だが空間創造に収納するから問題はない。

 一応全部持って行って使わなければライラック商会に売って御返しの品を贈る、食料や医療品等は避難した領民達への援助としても使える。

 または選別して必要な物だけ持って行くかな?荷物が増えるのは構わないしナマモノだって空間創造なら時間が止まるから腐らない。

 

「だが決して狭くない庭の殆どが荷馬車で埋め尽くされているのは参ったな、後で目録を見てから空間創造に収納するか。積載物を知らないと整理出来ないし……」

 

 二階の執務室の扉を開けると修羅場っていた。

 

「ナナル、この集計表間違ってる。目録よりも少ないわよ」

 

「食料は一括りにしてないの!日持ちのする穀物と加工食品、飲料水は持って行くけど他は売却リストの方よ。

何処の馬鹿よ、生野菜はまだしも鮮魚なんて遠征に不向きな物を寄越して!勿体無いから腐る前に売るわよ」

 

「イルメラさん、バルテス男爵はニーレンス公爵派閥よ。ローラン公爵の派閥はバーレス男爵の方だよ」

 

「紛らわしいのです、名前も似ていて同じ小麦粉三百袋とか示し合わせているのですか!」

 

 初めてイルメラが苛ついて愚痴を溢す姿を見た、彼女達四人は僕に気付いていないので音を立てない様に扉を閉めて数歩下がる。

 

「サラ、やり直しだ。僕は玄関に戻るからね、イルメラ達に今帰って来たと報告してくれ」

 

「了解致しました、お優しいのですわね」

 

 私、分かってますから内緒にしますから的に微笑まれた。だが修羅場っていた室内に乱入するのは嫌なんだ、玄関前まで戻りサラに手を振って合図をする。

 彼女はドアをノックして中に入るとバタバタとした音が聞こえて十秒程すると澄まし顔の四人が出て来た。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「お帰りなさい、リーンハルト君」

 

「「お帰りなさいませ、旦那様」」

 

 相変わらずのイルメラ、注意しても油断すると君呼びのウィンディア。アシュタルとナナルはハモったか……

 

「ただいま、色々と屋敷の方にまで贈り物が届いて大変みたいだね」

 

 僕は修羅場は知らない、穏やかな笑みを浮かべて労をねぎらう事しか出来ない。多分だが僕は親書と恋文の対応を受け持つので手伝えない。

 軽くイルメラとウィンディアを抱き締める、アシュタルとナナルには二人が僕の大切な人だと教えている。

 

 私達の求愛を拒んだのは二人のせいなんですねって言われたが、その通りと答えたら一応納得してくれた。勿論口止めも忘れてない、彼女達は自分の才能を生かせる環境を求めたので色恋沙汰は無関心だ。

 

「全然大変じゃないよ、私達大丈夫だよ」

 

「そうです、リーンハルト様は安心して親書と恋文の確認をして下さい」

 

「う、うん。恋文は全て断るよ、どうせ派閥引き込みの駆け引き文だからね。親書は確認するけど食後にしようよ」

 

 恋文と言った時の悲しそうな顔が忘れられない、全部断るから大丈夫なのだが何通来てるのかが気になる。だが蒸し返すと危険だから聞かない。

 軽く二人の背中を押して、執務室じゃなく応接室へと向かう。アシュタルとナナル?働くのが家臣の務めなので頼みます、後で手伝うから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ソファーに三人で座る。変だな、向かい側には座らずに両隣に座った。ソファー自体は広いのだが割りと近い。

 サラが気を利かせて全員分の紅茶を用意した後で席を外した、どうぞごゆっくりは違う声の掛け方だと思う。僕の腕には彼女達の肩が当たっている、プロポーズはしたから間違いではないが照れる。

 

「その、本当に危なくないんだよね?戦争なんだよ、心配だよ」

 

「ウィンディア、リーンハルト様を疑ってどうするのです?私達は信じて待つだけです」

 

 む、両側から抱き付かれた。これが兄弟戦士曰く『両手に花』状態か、これは納得だ。柔らかい何かの感触が凄く良い。

 

「心配は要らないよ、護衛に公爵四家の精鋭騎士団や騎兵隊が付いてくれる。ハイゼルン砦の件は僕の『リトルキングダム』ならば遠距離から安全に攻略出来る。

だがバニシード公爵とマグネグロ殿の遺族とは明確に敵対した、後は宮廷魔術師同期のビアレス殿にエルナ様の実家であるアルノルト子爵家が怪しい動きをしている。周囲に注意してくれ」

 

 そう言って試作品の『魔法障壁のブレスレット』を二人の左手首に嵌める。勿論手を握りながらだ、恋人なら肌に触れても問題無い大丈夫だ。

 彼女達も紫水晶のブレスレットを興味深く調べている。

 

「これはマジックアイテムですね?結構な魔力を感じます」

 

「多分だけど自動で発動する防御系だと思うけど、構成が複雑過ぎて分からないよ」

 

 む、流石は僧侶と魔術師だな。鑑定スキルじゃなくて魔力の感知や魔力構成から調べて来たが、ウィンディアは殆ど正解だ。

 

「自動的に発動する魔力障壁だよ、レベル20相当の強度が有るが発動時間は十分間だ。二人共防御用の障壁は展開出来るけど不意討ちに弱いから補えるだろう」

 

 イルメラは神の奇跡による防御障壁をウィンディアは魔術師なら当然使える魔力障壁を展開出来るが、詠唱が必要で即対応は難しい。

 

 これはそのタイムラグを補える、レベル20と少し低いがザスキア公爵の手前暫くはコレで我慢して貰う。『召喚兵のブレスレット』も渡して組み合わせれば大抵の攻撃から身を守る事が出来るだろう。

 バニシード公爵とマグネグロ殿の遺族がアルノルト子爵の名前を出した、ならば人質として家族か身内を襲う筈だ。そして僕に近い女性は限られる、人質として有効なのはアーシャとジゼル嬢だ。

 他は今の貴族的観点からは人質の価値は無い、だから報復で危害を加えるだろう。一時的とは言え彼女達から離れるのだから準備は過剰な位が良い。

 

「悪いが出世して敵が増えた。だから狙われる危険性が高いんだ、注意してくれ」

 

「はい、有難う御座います」

 

「私達だって一流冒険者だよ、でも気を付けるね」

 

 がっちり抱き付いて来たので彼女達の頭が僕の胸元に押し付けられる、イルメラは甘いミルクの香りでウィンディアは爽やかな柑橘系の香りが……

 

 嗚呼、やはり僕は女性の匂いに拘りを持つ性癖を持っていたのか。転生前には無かったのだが、こんな場面で新しい自分を自覚するとは困った男だな。

 

 暫くは不足しがちだった彼女達の成分を補給する事に専念する、これから最悪一ヶ月以上は遠征しなければならない。

 アウレール王はハイゼルン砦奪回だけでなく、周辺に徘徊する旧コトプス帝国の残党軍を倒す迄は兵を引かないだろうから。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 頑張った御褒美タイムは終了し、夕食迄の間に山積みとなった仕事の処理の為に執務室へ向かう。

 アシュタルとナナルの私達が死に物狂いで頑張っているのにお楽しみでしたね?的な視線を華麗にスルーして自分の執務机に座る、天板が見えない位に親書や目録が山積みだ……

 

「恋文と言う派閥引き込みの駆け引き文は読まない、今は忙しく考えられないと割り切ろう。侯爵七家の親書は僕が書く、流石に公爵四家は直接会えるから親書は無しだが大量の物資を送ってくれたな。

保存の良い物ばかりで全て網羅している、食料に飲料水、医療品に衣料品まで遠征に合わせたんだな。これは全て空間創造に収納して持って行くが残りはライラック商会に売ってくれ。

伯爵家からは四十二通か、これってエムデン王国の伯爵家の六割超えだぞ、残り四割は様子見か無関心か敵対と割り切ろう。返事は手分けして良いかな?」

 

 才媛と評判の家臣二人を希望を込めた目で見て訴える、お願いします手伝って!

 

「「嫌です!」」

 

「まぁそうだよね、子爵以下を頼んでるんだし無理か……今夜は夜更かしだな」

 

 流石にイルメラもウィンディアも手伝うとは言わない、伯爵クラスともなれば代筆は失礼と取られる場合も有るから、なるべく自分で書かなければ駄目だ。

 諦めて最初の一通目の封を切り中身の便箋(びんせん)を二枚取り出して広げる……

 

「レットー伯爵か、誰の派閥だっけ?」

 

 ジゼル嬢が作成した派閥早見表を取り出す、公爵五家を頂点に下に派閥構成員が書かれているので指でリストをなぞりながら探す。

 

「居た、ローラン公爵の派閥か」

 

 立ち位置を確認してから手紙を読む、最初は自己紹介から時事ネタに触れて最後に僕を持ち上げる。洗練された内容に綺麗な文字を見ると知的で繊細な印象を受けた。

 二枚目が本題だ、先方の希望はハイゼルン砦攻略の手伝いとして物資を送らせて貰う事と自分の四男が土属性魔術師なので弟子入りさせて欲しい、無償でも構わないので屋敷に住まわせて使ってくれか……

 

「まいったな、この流れは予想してなかった。弟子入りは問題だ、信用して良いかも分からない奴を身の回りに置く事は出来ない。何れは自分の魔導師団を作りたいがメンバーは厳選しないと駄目なんだ」

 

 秘匿する情報も有るし誰でも良いとは言えない、だが取り入る為に身内を差し出すのは有効だ。それが女性でなくて数の少ない土属性魔術師ならば余計に断り辛い。

 此方のメリットも十分理解した上で断り辛い提案をしてきたが、これは早目に魔術師ギルドに行って平民の土属性魔術師を紹介して貰った方が良いな。弱点は早目に潰さないと付け込まれるぞ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。