古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第305話

 王都の魔術師ギルド本部に立ち寄った、気紛れの偶然だった、家臣を増やす為に一言断りに行っただけだったのだが……

 最初は良かった、ライティングの魔法の構成を教える事を対価に魔術師ギルドに所属するロップス達の引き抜きを認めて貰った。

 

 しかし問題は『王立錬金術研究所』の件だ、セラス王女より個人的にマジックアイテムの製作について相談が有り、それに応える形でレジストストーンを渡した。

 僕が個人的にセラス王女と伝手を持ったんだ、彼女は僕個人に依頼し僕も個人的に彼女の願いを叶える。個人的にだからこそ配慮する事が少ない、だが組織としてだと話が違ってくる。

 僕が魔術師ギルドの幹部として『王立錬金術研究所』に協力すると、セラス王女は僕個人でなく魔術師ギルド全体に配慮する必要が出てくる。

 個人的な配慮だからこそ家紋を刺繍した『戦旗』をくれたりしたんだ、お互い責任の範囲は自分だけで済んだから。

 だが僕が魔術師ギルドの幹部ともなれば、セラス王女は魔術師ギルド全体に配慮が必要となる。此処でメリットとデメリットを考えてみる……

 

 メリットは、王都の魔術師ギルド本部と伝手が出来て後ろ楯になって貰える。

 

 デメリットは、セラス王女との関係が個人的から組織の一部に変わる。彼女からの成果の対価が個人から組織に代わるので結果的には目減りする。

 今までは僕個人で総取りだったのが、組織に対してになり僕はその中の一部を貰う事になる。

 

 後ろ楯としてセラス王女か魔術師ギルド本部を取るかって事だな、セラス王女も僕個人には気さくに接してくれたが組織の一員としてなら構えるだろう。

 僕が提供するマジックアイテムも魔術師ギルドが量産し販売する、利益の殆どを掠め取られる。

 

「メリットが殆ど無い、デメリットが多い。魔術師ギルド本部は良い事ばかりだが僕は苦労だけしか無い、どんな対価を貰えば損得が相殺されるんだ?」

 

 帰りの馬車の中で考えても迂闊な事をしてしまった、あのまま知らぬ存ぜぬを通せば良かったんだ。

 いや、何れ問題になり拗れた状態からの交渉になっただけだな、彼等も面子が有り王族からの依頼の失敗など認められない失策だろう。

 一番簡単かつ確実な方法は僕を味方に引き込む事だ、ならば僕の成果を丸々モノに出来て成果品の量産販売の利益まで手に入る。

 

「だが、このまま有耶無耶にはならない。下手したら魔術師ギルドが敵対する、仕方無いから条件を付けて要求を飲むしかないのかな?」

 

 背もたれに仰け反る様にして丸めた背中を伸ばす、王都の二大ギルドの後ろ楯は大きい。双方に利益を与えているので裏切られる心配は少ない、多少の事には目を瞑り安全を優先するか?

 セラス王女には正直に話してお詫びとして『魔法障壁のブレスレット』を献上すれば許してくれるかな?彼女にしても自身が立ち上げた『王立錬金術研究所』の株が上がるメリットは有る。

 融資してるし仮にも王立となっているから、失敗は失策と取られるので悪い提案じゃない。

 

「サリアリス様に相談、は駄目だな。利益を掠め取るのかと僕の為に魔術師ギルド本部に怒鳴り込みそうだ。

同じ宮廷魔術師のユリエル様やアンドレアル様だと何と無くギルド寄りな意見の気がする、最初に配慮しろって言われてるし。

僕の参謀で軍師で一番信頼する謀略令嬢のジゼル嬢に相談するのが最良か、全く結婚前から尻に敷かれているとの噂は間違いじゃないな……」

 

 御者に指示してデオドラ男爵の屋敷に向かわせる、今は大事な時期だし間違った判断は危険だ。彼女なら最良の判断をしてくれるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「ああ、ただいま?今日は皆居るかい?」

 

 最近慣れた使用人総出の出迎えだが、今日はヒルデガードさんが代表で出迎えてくれた。つまりアーシャは居る訳だ。

 

「デオドラ男爵様とルーテシア様は不在ですが、ジゼル様とアーシャ様はいらっしゃいます」

 

 御者には明日の朝は迎えが要らないと伝えて先に返す、此処から自分の屋敷迄は近いし相談は遅くなるかも知れない。

 

「そうか、では案内を頼むよ」

 

「はい、承(うけたまわ)りました」

 

 深々と一礼してから先に歩き出すヒルデガードさんの後ろに付いて行く、多分だがアーシャの部屋に直行だろう。彼女はアーシャに仕えるメイドだから優先順位はアーシャが一番だ。

 廊下を案内される途中で会う使用人達は立ち止まり脇に寄って頭を下げてくれる、僅か三ヶ月前はボッカ殿に喧嘩を売られたりしていたのだが……

 

「暫くお待ち下さい。失礼します、リーンハルト様がいらっしゃいました」

 

『まぁ、直ぐにお呼びして下さい』

 

 深窓の令嬢であるアーシャも、最近はお茶会や音楽会へのお誘いが多いらしい。唯一の側室だからな、僕と知り合いになるのには彼女と縁を結ぶのが最短だろう。

 

「失礼します、急な訪問で申し訳無いですね」

 

 ヒルデガードさんが大きく扉を開けてくれたので中に入る、彼女の私室に入るのは二回目だ。

 どうやらアーシャは刺繍をしていたらしい、布や糸がテーブルに置かれている、手先は器用だと聞いていたし刺繍やレース編みは貴族令嬢の定番の趣味らしい。

 

「ハンカチに刺繍ですか?」

 

「はい、季節の花を刺繍してみようと。未だ習いたてなので難しい物は出来ませんから小さなハンカチにと思いまして」

 

 錬金術で反則気味に作り込む僕と違い一針ずつ丁寧に刺繍をしていたのが分かる、彼女は丁寧で根気の要る事も厭わずに行えるから性に合った趣味だな。

 暫くは普通に会話を楽しむ、三時のティータイムには少し遅くなったが紅茶とケーキを食べたので空腹が収まった。

 

「そうだ、少し相談事が有りましてジゼル様を呼んでも良いですか?」

 

 ケーキを食べ終えて会話が一段落した所で本題に入る、だがアーシャを除け者にするのは可哀想だし不用意に話を漏らす事はしない。メイドだけ下げれば問題無いだろう。

 

「相談事ですか?分かりました。ヒルデガード、ジゼルを呼んで来て下さい」

 

「はい、アーシャ様」

 

 暫く待つと少し機嫌の悪いジゼル嬢が部屋に入って来たが未だ何も叱られる事はしてない……いや、この思考も既に精神的に尻に敷かれている証拠か?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 全員に紅茶が注がれドライフルーツが配られるのを無言で待つ、やはりジゼル嬢は不機嫌だが僕やアーシャに対してではなさそうだな。

 何とか隠そうとしているが隠しきれないジレンマみたいなモノを感じる、あのポーカーフェイスの特技を持つ彼女にして隠しきれない怒りって何だろう?

 

「リーンハルト様、相談事が有ると聞きましたが?」

 

 配膳を終えてメイドが部屋を出て直ぐに質問して来たな、何時もの余裕が感じられない。

 アーシャも気付いているのか不安げな顔をしているが、直接聞くのは無粋な行為と思って黙っている、本人から言うのを待つのだろう。

 

「はい、報告と相談です。先ずは報告ですが公爵四家から全員応援の部隊を貰う事にしました、合計精鋭四百の騎兵部隊ですから平地の遭遇戦なら歩兵二千人程度なら正面から粉砕出来ますし護衛としても最適です。

ラデンブルグ侯爵からは現地の案内と情報提供をお願いしました」

 

 思考を切り替えたみたいだ、目を瞑り少し考えている。

 

「つまりザスキア公爵とバセット公爵に配慮したのですわね、ラデンブルグ侯爵はバセット公爵のオマケ扱いですか。本当に知識欲以外は欲望の薄い旦那様ですわね、確かに民衆に立場を分かり易くする事は賛成ですわ」

 

 正しく僕の思惑を当てられた、だが知識欲以外は欲望が薄いとはもう少し条件を乗せても良かったのだろうな。

 

「その通りです、後は各家の隊長達と顔合わせをして事前打ち合わせをすれば終了です。始めてしまえば後は簡単な流れ作業と変わらない、早々にハイゼルン砦を落として各所に連絡を回します」

 

「ザスキア公爵とローラン公爵の諜報網を使ってですわね?周りから要らぬ圧力が掛かる前に事実を広める事は賛成ですわ」

 

 中には勝ってから仲間に入り込むとか手柄を奪おうとするお馬鹿さんも多いですから、と笑いながら言ったが額に青い血管が浮き上がった。怒りの原因に関係してる事は周りの貴族連中か……

 

「はい、後は遠征軍本隊の到着までハイゼルン砦の維持と防衛をすれば終わり……にはならないですね。

多分ですが後から来るウルム王国軍への牽制と周辺に潜む旧コトプス帝国の残党討伐に協力させられるでしょう。まぁ平地での戦いなら歩兵の五千人程度なら問題無いかな」

 

 軍隊とは二割も倒されれば浮き足立つし被害が三割を越えれば全滅判定だ、後は殲滅の指示が出れば掃討戦だが、アウレール王は敵の殲滅を望むだろう。

 だから散り散りに逃げ出す前に全員集まる総力戦でなるべく数を減らす必要が有る、ウルム王国領に逃げ込まれたら外交問題で最悪はウルム王国とも開戦だ。

 

「な、何でしょうか?ジッと見詰められると恥ずかしいのですが」

 

「今サラリと怖い話をしたのですよ、歩兵の五千人なら楽勝などと普通なら軍隊規模の戦力を一人で扱えると言ったのです。

リーンハルト様は魔法関連では嘘は言いませんから事実なのでしょう、ですが気を付けて下さい。要らぬ敵を作ります、理解出来ない恐怖に人は団結し排除する生き物なのです」

 

 ああ、そうだった。転生前はそれで実の父親から謀反の罪を着せられて処刑されたんだった、今が幸せだから忘れてたよ。

 本妻(予定)と側室から心配されてしまった、反省だ、また同じ事を繰り返そうとしている。

 

「そうですね、平地での遭遇戦には極力公爵四家の騎兵部隊に頑張って貰います。彼等にも手柄を立てる機会を与える必要が有りますから」

 

 この遭遇戦の対処については事前に打合せで議題にだそう、いきなりだと我も我もと統制が乱れるし最初に決めておけば安心だ。

 人間は突発的な出来事も事前に決めておけば問題無く対処出来る、公爵四家は一応順位は有るけど絶対じゃないからな。

 

 微笑んで頷いてくれたので対応としては正解だったみたいで安心した、なので次の相談をする。

 

「もう一つ有りまして、実は配下に土属性魔術師が欲しくて仁義を通す為に王都の魔術師ギルド本部に行ったのです。

一応魔術師ギルドに所属する連中の引き抜きですから断りは必要だと、実際は高レベルでなければ本人の意思を尊重するとの事でコレットの件は問題有りませんでした」

 

 此処で一旦話を止めて紅茶を一口飲みながらジゼル嬢をチラ見する、作り笑顔が貼り付いています。

 

「そ、それでですね。どうやら『王立錬金術研究所』には魔術師ギルドからも相当数派遣していて設立にも絡んでいて、既にセラス王女から金貨五万枚も融資を受けているそうです。

僕は組織的に研究していた成果よりも高性能のレジストストーンを錬金しセラス王女に献上した……」

 

「そうですね、素晴らしい成果です。もうセラス王女は魔術師ギルドには見向きもしないでしょう、だから勧誘されたのですね。

多分ですが『王立錬金術研究所』に魔術師ギルドの幹部クラスとして協力して欲しい、でしょうか?」

 

 ウッと言葉に詰まる、その通りなのだが何故分かったんだ?アーシャは分からないのか曖昧な笑みを浮かべているが、澄まし顔のジゼル嬢は全て分かったみたいな顔をしている。

 

「その通りです、確かに魔術師ギルドの幹部として協力して欲しいと頼まれました。ですが個人の功績を組織として扱うとなれば僕にはメリットが殆ど有りません、なので悩んでます」

 

 話の途中で呆れ顔になったので何か失敗したのだろう、深々と溜め息を吐かれたし。

 

「新人宮廷魔術師であるリーンハルト様に必要な事は実績と後ろ楯ですわ、魔術師ギルド本部ともなれば王都でも有数のギルドです。

そこの幹部となり王族絡みの件で責任者の立場ともなれば、魔術師ギルドは総力を上げてリーンハルト様に協力します。勿論成果を出し続ける必要は有りますが、それは貴方ならば問題は無い筈です。

この話は受けるべきです、早急にです。明日一緒に魔術師ギルド本部に行きましょう」

 

 そう言う考え方も有るのか、しかしジゼル嬢(保護者付き)での訪問は少し恥ずかしいな。

 


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