古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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新章の始まりです。


第五部
第315話


 いよいよ出陣の時が来た、準備期間は短かったが出来る事は全て行った。後は手順を間違えずに行えば勝てるし、その後の心配事も大丈夫だ。

 ジゼル嬢も色々と準備をしてくれたしデオドラ男爵家の精鋭部隊も付けてくれたので大丈夫だ。

 このハイゼルン砦の攻略および旧コトプス帝国の残党の殲滅は一ヶ月では終わらないかも知れない、僕は聖騎士団と常備軍からなる本隊到着の前にハイゼルン砦を落とす必要が有る。

 猶予は多く見積もっても十日間、短ければ半分の五日程しかない。

 

 イルメラとウィンディアと僅かな時間しか触れ合えなかったし魔法迷宮バンクを『野に咲く薔薇』とニールと共に臨時パーティを組んで探索してくれとも頼んだ。

 ブレイクフリーは特殊だ、ダメージ無視のゴーレム軍団との迷宮探索に慣れてしまうのはマイナス面も有る。この機会に一般的な攻略方法を学んで貰い少しでも経験値を稼いで欲しい。

 レベルアップは自己防衛の手段でもあるし一ヶ月も屋敷に軟禁だと気持ちも鬱になるだろう、気分転換に魔法迷宮攻略も変だとは思うが仕方無い。

 

 王都中央広場には既に多くの民衆が集まっている、ビアレス殿の出陣式よりも多くないかな?聖騎士団員に案内されて管理棟に入れば豪華なメンバーが出迎えてくれた。

 

「公爵四家の当主が揃い踏みですか!これ程豪華な出陣式は無いですね」

 

 初期から援軍を送ると約束してくれたローラン公爵にニーレンス公爵、一番協力してくれたザスキア公爵、最後に参加したバセット公爵が高価ではないソファーセットに座っているとは珍しい。

 警備の聖騎士団員達の緊張が凄い、何か失礼が有れば物理的に首が飛ぶ面子だからな。

 

「あら、大切な出陣式ですもの。私達自らが送り出す必要が有るのよ、秘密にするつもりは無かったのだけれどね」

 

 片眼を瞑ってお茶目感を出されても困るのだが……出来れば教えて欲しかったが予想の範囲内だから良いとするか。

 

「民衆に正当な出陣だと思わせる必要が有る、我々も最精鋭部隊を送り出すのだからな」

 

「単純に期待しているから直接見送りに来たのだ、既に我々の部隊は中央広場に展開している。後はリーンハルト殿のゴーレム、無言兵団だけだ」

 

「我々の期待の証と思ってくれ」

 

 上からザスキア公爵、ローラン公爵、ニーレンス公爵、バセット公爵の順に激励の言葉を頂いた。壁際に控えている聖騎士団員達は緊張でガチガチだな、彼らの為にもお膳立てが整っているなら直ぐに出発するか……

 

「有り難う御座います。正当な出陣として恥ずかしくないゴーレムを僕の無言兵団をお見せしましょう、最短で結果を出してみせます。では……」

 

 長話は無用、期待には結果を以て応えてみせる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『現れたぞ、リーンハルト卿だ!見事な鎧兜だが一人だけだぞ』

 

『公爵様達は戦旗を掲げて騎士様達が並んでいるのに、リーンハルト卿は一人だけなのかな?』

 

『そんな馬鹿な事はないだろ?先行したビアレス様達の半分くらいしか居ないぞ』

 

 前回はドラゴンスレイヤーとしてツインドラゴンを並べたが、今回は公爵四家の精鋭達を並べている。各家の指揮官を先頭に整然と並んだ精鋭達の前に進み出る、騒がしかった民衆達が無言になり僕の一挙手一投足に集中する。

 

「ふふふ、悪くない緊張感だな。昔を思い出す」

 

 転生前も領民の意識高揚・戦意高揚の為に演説をした事を思い出す、彼等の望みは……

 

 整然と並んだ精鋭達の前は真っ直ぐ行進出来る道が拓けていて左右に民衆達が詰め掛けている、前回みたいに振る舞い酒や食事も無いが同じ事はしない。

 50m程ゆっくり前に進む、丁度広場の中心だ。空間創造から『戦旗』を取り出す、『剛力の腕輪』のお陰で片手で重さ20kgは有る戦旗を掲げる事が可能だ。

 

 戦旗を片手で斜めに持てば僕の家紋である鷲のデザインと隅にセラス王女の家紋である『杖に絡み付く二匹の蛇』が民衆に良く見える。

 

『おい、あの旗の隅の家紋ってセラス王女様のだぞ!』

 

『リーンハルト卿の戦旗にセラス王女様の家紋が刺繍されてるぞ、それって……』

 

『セラス王女様のお墨付きを得たんだ!リーンハルト卿は王族の命を受けての出陣なんだ!』

 

 ザスキア公爵の仕込んだ連中が目敏くセラス王女の家紋を見付けて騒ぎ出す、釣られて周りの連中も気付いて興奮してきた。

 ゆっくりと全体を見回す、何人かと視線を合わせる事も忘れない。彼等は皆一様に興奮しているし好意的だ、これは最初の演説としては最高の状況だな。

 

 仕掛けるなら今だ、大きく息を吸い込み考えていた台詞を言う!

 

「エムデン王国の国民達よ!苦難を乗り越えて旧コトプス帝国に勝利した貴方達を嘲笑うかの様に、残党共がハイゼルン砦を不当に占拠した。

僕はこの戦旗に誓う!エムデン王国と国民達の為に、苦難を乗り越えた貴方達の為に、過去の亡霊共を殲滅し最短でハイゼルン砦を奪い返す事を此処に誓う!」

 

 宣言の後にゴーレムポーンを九百体、横二十体で四十五列に整列させて錬成する。自分の脇に馬ゴーレムを一体だけ錬成し乗り込む。

 中央広場全体を覆う程の魔素が集まり濃霧の様に視界を遮り、晴れた後には陽の光を反射し光輝くゴーレム軍団が現れた。一気に魔力が枯渇寸前まで減ったが、隠し持った上級魔力石で何とか回復する。

 

「公爵四家の精鋭達と共に、いざ出陣だ!」

 

 ゆっくりと馬ゴーレムを歩かせると今迄固まっていた民衆が湧いた、大音響が中央広場に鳴り響く!

 

 上手く国民を扇動出来たみたいだ、後は興奮が醒めない内にハイゼルン砦を落とした事を知らせよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「凄いわね、思わず濡れちゃったわ。あの子、数万人の民衆を一人残らず味方に付けたわよ、宮廷魔術師第二席の侯爵待遇の上級貴族が名も無き民衆に誓ったのよ。

国王と同列に国家と同じに彼等を扱い誓ったの、私の手の者も扇動させたけど必要が無かったかもね」

 

「ビアレス殿みたいに復讐や名誉、助力してくれたバニシードの馬鹿の為に戦うんじゃない。国家と国民の為にと言い切った、しかも最短でだ。

数万人を前に雰囲気に呑まれずに言えるとはな、度胸は認めねばなるまい」

 

「だが問題も有るぞ、我等貴族は平民になどに媚びない別次元の存在だ。それを国家と国民の為になど、アウレール王を蔑ろにする愚かな行為だな。やはり良く出来てる様に見えても未だ子供だよ」

 

 あら?友好的と思ったけど最後に仲間に入ったバセット公爵はリーンハルト様に対して辛辣ね、何か思う所か裏が有りそうだわ。

 調べてリーンハルト様に教えれば恩が売れる、あの子は恩人には甘いの。そこが未だ子供なのよ、貴方は見誤ったわね。私の幸せの贄(にえ)になりなさいな。

 

「愚か者はお前だぞ、バセット公爵よ。奴は民衆に具体的な物を何も与えずに自身の行動だけで味方に引き込んだ、元手が0でだぞ。

民衆と馬鹿にするが、王都に住めるのは豊かな者達も多い。例えば多数の商人達がリーンハルト卿に協力を申し出るだろうよ、短い言葉だけで最大の効果を生んだんだ」

 

 実子二人をリーンハルト様と懇意にさせているニーレンス公爵は良く見ている、財務系の集まりだから戦力が欲しいのね。単一戦力ならリーンハルト様は騎士団一つに相当する、敵対するのは確かに愚策だわ。

 

 私は下級官吏達に人気が無いと教えた、彼等は平民に近い暮らしをしている。その彼等の生活圏は平民達が溢れている、だがその平民達はリーンハルト様の味方になった。

 この状況で最短でハイゼルン砦を攻略し、私の手の者が連絡係として王都に吉報を持ち込んだら……

 

「そうね、ニーレンス公爵の言う通りよ。あの子は下級官吏に人気が無いから気を付けてと忠告したのよ、その対策でもあるわ。

下級官吏など平民と大して変わらない生活なのに、周りはリーンハルト様の味方ばかり……この環境でリーンハルト様に不利益な行動はし難いでしょうね」

 

「貴族社会の最下位、新貴族男爵の息子が我等公爵家に迫る出世を成し遂げた。今回の件でバニシードの馬鹿とビアレス殿は失脚だな、折角三位になれても直ぐに五位に転落とは呆れる」

 

 ローラン公爵も良くリーンハルト様を見ている、確かに異例の大出世だから普通とは少しちがうのよ。

 

 嗚呼、良いわ。凄く良いわね。あの子は本当に私の理想の男の子、だけど私の年下好きを擬態と勘違いしているわ。

 

「ならばその勘違いを利用して食べてしまいましょう。うふふ、楽しみだわ。早く帰って来て下さいな、私のリーンハルト様」

 

 早く押し倒して滅茶苦茶にしたい、その首に思いっきり噛み付きたい。貴方はどんな鳴き声を上げて私を楽しませてくれるのかしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 な、何だ?今背中に氷柱を差し込まれたみたいな悪寒がしたぞ。誰かが噂をしているのか?敵対している連中だろうな。

 上からバニシード公爵、ビアレス殿、アルノルト子爵にバーレイ男爵本家も怪しいし……

 

 未だ王都から近い、ゴーレム達を減らす訳にはいかないな。もう少し先に進んだら解除しよう、魔力の枯渇が問題だ。見栄を張るだけの行軍だから隊列を乱す事は出来ない、後少しの我慢だ。

 進行ルートを再確認する、今回は先のオーク討伐と同じラデンブルグ侯爵の領地だが道は違う。既にラデンブルグ侯爵とヘルクレス伯爵は私設軍を動かして略奪部隊から村や街を守っているが被害は甚大らしい。

 僕の考えた日程は三日間、初日にアーレンの村とラールの村を通過しカールスルーエの街まで行く。二日目は田園地帯をひたすら進みハイム・ジンゲン・ヒャムと四つの小規模集落を抜けてエルディング平原で野営、三日目はホーフの村とキーリッツの村を通過しアンクライムの街まで行く。

 アンクライムの街からハイゼルン砦は徒歩で二時間の距離だ、周辺にはヴァレン・ツェレ・ゴスラー・ゾルタウ・トリアー・ケーテンと六つの村が有るが被害を受けていると思う。

 この六つの農村は点在しているので略奪部隊から守る為に私兵部隊を常駐させる事は出来ない、ある程度纏まった数が居ないと返り討ちに遭うからな。

 

「む、考え込んでいたら大分進んだな。そろそろ徒歩のゴーレムを魔素に還して進軍速度を上げるか」

 

 視界の先に最初の目的地であるアーレンの村が見える、残りの距離は5km位だから一時間と掛からずに到着するだろう。

 一旦馬ゴーレムを止めてゴーレム達を魔素に還す、周囲に膨大な魔素が溢れて風に乗り霧散していく……

 ゴーレム達の後ろに居た公爵達の精鋭を待つ、先頭はレディセンス殿だ。四人の中で公爵の実子だから身分は一番上だな、次がボーディック子爵で三位が公爵の甥のミケランジェロ殿、貴族でないが土属性魔術師のゲッペル殿が最後だ。

 

「ゴーレム軍団の御披露目は一旦終了か?俺との模擬戦は相当手加減したんだな」

 

「常時三百体運用可能と聞きましたが三倍近い数ですな」

 

「呆れたゴーレムの運用技術ですな、同じ土属性魔術師だが俺には無理だ」

 

「流石はゴーレムマスターって事ですね、悔しいけど凄いや」

 

 各指揮官の方々からお言葉を貰った、だがレディセンス殿の好戦的な目は模擬戦のやり直しを要求するみたいで嫌だぞ。

 一体の馬ゴーレムと四頭の軍馬が一列に並んで少し早いペースで進む、小休止を入れるべきかと思い後ろを振り返れば乱れずに整然と行進する精鋭騎馬隊。

 

「流石は最精鋭、半日の行軍にも乱れ一つ有りませんね、ですがアーレンの村で馬を休ませましょう。グレッグ、先触れとして行ってくれ」

 

 側に控えるグレッグさんにアーレンの村に伝令に行く様に頼む、前回のオーク討伐遠征と違い今回は軍馬だけで四百頭で荷馬車隊も含めれば更に増える。

 馬は水を大量に飲むから先に村長に金を握らせて配慮する様に頼むのだ、この辺は豊かな穀倉地帯だから問題無いが水が貴重な乾燥地帯なら一悶着有るからな。

 

「了解しました」

 

 グレッグさんが馬を飛ばして先行する、宮廷魔術師の僕と公爵四家の精鋭に文句を言える平民など居ないが迷惑を掛ける訳にはいかない。それが施政者として必要な配慮なんだ。

 

 暫く待つとグレッグさんが戻って来た、村長と話を着けて村全体で軍馬の世話をしてくれるそうだ。対価として金貨三十枚を村長に渡す事にする。

 ゆっくり威嚇しない様にアーレンの村に向かえば、村の入口に村長と村人二十人以上が並んで出迎えてくれた。

 

「リーンハルト様、ようこそアーレンの村へ。村人を代表して歓迎致します」

 

 壮年の筋肉質で短髪の男性が歓迎の言葉で迎えてくれた、彼が村長だろう。

 

「世話になります。馬達に新鮮な水と飼い葉を与えて下さい」

 

「はい、誠心誠意お世話をさせて頂きます。リーンハルト様達には我が家の方で休んで下さい」

 

 流石は公爵軍と宮廷魔術師への対応だ、村長は最大限の協力をしてくれるのだろう。いや、ジゼル嬢の仕込みが凄いって事だよな。

 

 


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