古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

316 / 1000
第316話

 最初の目的地であるアーレンの村に到着し馬達の世話を頼んだ、強行軍だから馬達の疲労は極力抑えたい。

 アーレンの村の村長宅に向かう途中で見知った少女に出会った、控え目な態度だが僕を一目見ようとしたのか頑張って人垣に揉まれていたのを偶然見付けたんだ。

 

「あれ?リィナじゃないか。何故君がアーレンの村に居るんだい?」

 

 ヒスの村の村長のセタンさんの三女である彼女が何故此処に?僕が声を掛けると彼女の周りの村人が急いで居なくなったので開けた空間にポツリと立っている。

 

「あの、その……実は、その私の……」

 

 ああ、そうだった。彼女は気が小さいんだった、この周りから集中されている状況は酷だろう。

 

「落ち着いて、慌てなくて良いから」

 

「リィナの上の兄が私の娘と結婚していまして、娘の里帰りに同行しているのです」

 

 里帰り?確かヒスの村の村長であるセタンさんに二人の息子を紹介されたな、リィナは三女だと聞いているが他にも子供が居るのだろうか?

 村長等の有力者達は近隣の村の有力者と婚姻関係を結ぶ場合が有る、村人は閉鎖的だから同じ村人の中から伴侶を決める人が多いけどね。此処にも政略結婚と似た様な事も有るんだな。

 

「そうか、驚かして悪かった。オーク討伐遠征の時に世話になったからね、会えて嬉しかったよ」

 

 余り彼女を拘束しても可哀想だろう、緊張の為か赤くなって少し涙ぐんでるし。早々に話を切り上げるのも思い遣りかな?

 

「はい、その……勿体無いお言葉で、す」

 

 漸く顔を上げてくれたのに微笑みかけたら、また下を向いてしまった。慣れない事はするなって事だな……

 周りの村人達も不思議そうな目でリィナを見てる、何故宮廷魔術師と村娘が知り合いで親しそうに会話してるのか謎なのだろう。

 

「リィナ、折角だからリーンハルト様をウチにご案内して世話をしてくれ。私は村人に指示をして馬達の世話をするから」

 

「いや、それは大変だし」

 

 村長?そんな大役を任せて大丈夫なのか?僕以外の四人も公爵家の関係者だし何か粗相すれば冗談ではなく村が無くなるぞ。僕にも事が大き過ぎて庇える自信が無いのだが……

 

「は、はい。ご案内致します。どうぞ此方へ」

 

 レディセンス殿達の方を見れば意外そうな顔をしている、僕が只の村娘のリィナに気を使うのに驚いたのか?

 

「行きましょう。ウォーレン、後を頼みます」

 

「はっ!お任せ下さい」

 

 なる程な、僕一人だったら大変だった。流石はデオドラ男爵だ、細かい所に経験に基づいた慣れを感じるよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 リィナに案内されたのは村長宅の応接室だ、比較的大きな屋敷で応接室も板張りの簡素な造りだが清潔感が有る。開け放たれた窓から村の全景が見え村長が村人に指示を出して馬達の世話をしているのが確認出来る。

 確かアーレンの村は四百人前後が住んでいて主に農業に従事している、副産業が植物の蔓を干した物で編む籠とかの民芸品だったかな?肥沃な穀倉地帯を抱えているので比較的豊かな村だ。

 

「あの、お茶の用意が出来ました」

 

「ああ、有り難う」

 

 リィナともう一人年配の女性がお盆にティーカップを乗せて部屋に入って来た、身なりからして村長の奥方かな?

 カップが全員に行き渡る迄は誰も話さない、無言の重圧にリィナが紅茶を溢さないか心配になるが大丈夫だった。彼女の所作は悪くない、流石は村長の娘だけあり最低限のマナーは仕込まれているみたいだ。

 紅茶を配り終わると年配の女性は部屋を出てリィナは壁際に立って待機するみたいだ、一口紅茶を飲めば高い茶葉を使用しているな。来客用か……

 

「リーンハルト殿、この後の予定は?」

 

 レディセンス殿が質問してきた、四人の中で一番身分が高いし僕とも知り合いなので纏め役みたいな感じになっている。

 

「此処で早目の昼食を取り途中のラールの村で小休止、その後カールスルーエの街まで行って一泊。我々は街の代表の屋敷に泊まりますが他の方々は野営になります。ですが食事は頼んで有ります」

 

 手配は全てジゼル嬢まかせで僕は報告しか聞いてないのだが、ちゃんと御自分が手配した様に話せと念を押されているんだ。

 

「驚いたな、事前に準備を整えていたのですか?大抵は行き当たりばったりで当日交渉で揉めるんですよ。まぁ我々に文句を言える平民など居ませんが不興は買いますからな、余り強権発動はしたくないのが本音ですよ」

 

 無言で微笑んで回答を濁す、僕じゃなくてジゼル嬢が段取りを組んだんだ。余計な事は言わない、そして強権を乱発するのが最近の困った貴族達だ。彼等は自分達が選ばれた貴種だと勘違いしている。

 

「やはり運や魔法だけで上り詰めた訳ではないのだな、根回しが出来てこそ魑魅魍魎が蔓延る貴族社会で生き残る事が出来るのだ」

 

 ボーディック子爵の言葉は重い、流石はローラン公爵の派閥の中でも信頼されている人物だけの事は有るな。結局突き詰めれば派閥争いなど調整と根回しで殆どが決まる。

 宮廷魔術師といえども所属派閥が総力を上げて押し込むのだが、僕は運が良かった。サリアリス様達からの推薦も得られたし人数不足の為の試練にも恵まれた。

 

「そうですね、魔法一本で突き進んで来た僕には難しい問題です」

 

 四百頭以上の馬の世話には二時間は掛かるので、食事をして一休み出来る。歩兵と違い余裕を持っても倍の速度で行軍出来るので、予定通り明後日にはハイゼルン砦が見られるだろう。

 

「あの娘はリーンハルト殿のお手付きですか?貴族令嬢からのアプローチを悉(ことごと)く断る割には手が早いですね?」

 

「そうなのか?ならば早目に保護しなくては大変だぞ、リーンハルト殿の寵愛を受けてると思われれば利用価値が有り確保したがるだろう」

 

「人質にはならなくても嫌がらせの為に殺すとか可能性は有るな」

 

 ミケランジェロ殿の嫌みに真面目にレディセンス殿とボーディック子爵が反応した、僕の関係者は危険なのは分かるが寵愛ってなんだよ!

 

「誤解ですよ、確かに村長のセタンは彼女を僕の部屋に寄越したが手は出していない。嫌がる女性を無理矢理になど紳士のする事ではないでしょう」

 

「あ、あの……私は、その……」

 

 ほら、気の弱いリィナが慌ててしまった。だがそういう見方をする連中が居るのも確かだ、僕は確実に恨みを買っている相手が居るし……どうするか?

 ここで関係ないと言っても問題は無い、貴族と平民の間には歴然とした差が有り僕の問題で彼女に被害がいっても責任は問われない。問われないのだが。

 

「リィナ、誤解による被害が君に行きそうだ。嫌でなければ僕の屋敷で働かないか?幸いだが新しい屋敷を構えるので人手不足なので来て欲しいんだ」

 

 それなりの関係を結んだ者をホイホイ雇っていては駄目なのも事実だが人手不足も事実、リィナは真面目な性格だしメイド長のサラも使用人不足を訴えていた。

 どうせ雇うなら知り合いの方が信用出来るので勧誘してみるか……

 

「え?私をですか。でも私は、その……ご迷惑ではないでしょうか?」

 

「迷惑なら誘わない、僕はリィナに働いて欲しいんだ」

 

 多少強めに言わないと弱気で遠慮がちな彼女は首を縦に振らないだろう、だが躊躇しているのは遠慮だけではなさそうだ。

 

「私は、その……リーンハルト様のお屋敷で働きたいのですが……その……」

 

 ふむ、他に原因が有るんだな。本人の意思以外で躊躇する事とは何だろう?だが余り時間を掛けると周りの四人がどう思うか心配になる、これでは僕がリィナを口説いている様にも取られる。

 

「無理強いはしないが理由が有るなら教えてくれないか?」

 

 これ以上ない位に緊張しているリィナの負担にならない様に優しく声を掛ける、納得出来る理由が有るなら勧誘は諦めるしかない。

 彼女の安全に関しては何か考えなければ駄目かもしれないが、縁無き女性に干渉するのも問題だよな。

 

 騒ぎを聞き付けたのか話を伺っていたのか、先程の女性が昼食を運んで来たので一旦話を止めてリィナも配膳を手伝う。

 貴族でも遠征中は料理に文句は言わないのが暗黙のルール、嫌なら自前で料理人を同行させる事になる。今回出された料理は、キャベツとひよこ豆のスープに山鳩の香草焼き、それに黒パンとワインだ。

 

「田舎故にお口に合うか分かりませんが……」

 

 遠慮がちに言われるが美味しそうではある、だが上位貴族に出すには質素なのは否めない。

 

「構わない、今は行軍中で観光や娯楽で来てはいない」

 

 この場合は一番立場の上の僕が判断しなければならない、女性も安心した様だ。

 

「失礼だが貴女は村長の奥方ですか?」

 

 食事を始めると会話はマナー違反なので先に気になる事を聞く事にする。

 

「はい、パメラと申します」

 

 まさか質問されるとは思わなかったのだろう、男尊女卑が根強い田舎では彼女は紹介されないし自分からも名乗らない。

 

「実は此処に居るリィナを雇いたいのだが、何か心配事が有りそうなのだが心当たりは無いか?」

 

 リィナが言葉を濁した、貴族の問いに答えられない何かが有るんだ。この質問にパメラさんが優しくリィナを見る。

 

「リィナは私の息子の花嫁として呼ばれたのです、その為に遠慮しているのでしょう」

 

「そうでしたか、結婚の予定が有るのなら答えられないのも仕方無いですね。リィナ、無理強いするみたいな言い方で悪かった」

 

 愛する人と結婚するのに村を離れて王都で働くのは嫌だろう、でも貴族からの要求には応えなければならない。そのジレンマだったんだな、ならば勧誘は諦めよう。

 

「いえ、私は結婚は……その、後妻の事は反対なのですが周りが……」

 

 なにか嫌な話を聞いた、嫌がる相手に結婚を強要する様に感じたのだぞ。ムッとした僕の表情に女性二人の表情も固くなる、気分を害したと思ったかな?

 

「パメラさん、どう言う事でしょうか?この結婚は祝福されていないのですか?」

 

 少し口調を固くして質問する、詰問調に取られる態度なのだが彼女は救われた様な感じだぞ。しかし後妻って……

 もう政略結婚なのは疑い様も無いな、リィナも周りと言うかセタンさんからその男に嫁げと言われたのだろう。だがリィナは結婚が嫌っぽい気がするんだ、まだ幼い彼女を後妻に迎えるね。

 

「私も反対なのですが、その夫同士が決めてしまいまして。年の差も有りますし、私としては……」

 

「ふむ、そうですか」

 

 さて、どうするかな?無理強いは良くないと思う。だがアーレンの村と宮廷魔術師第二席の僕と天秤に掛けたらどうするかなど分かり切っている。

 

「宮廷魔術師第二席、侯爵待遇のリーンハルト卿が屋敷に来いと言ったんだ。四の五の言わずに送り出すべきだろう?」

 

「全くだな、反論の余地は無い」

 

「田舎村長の息子の後妻か上級貴族の使用人、悩む必要も有るまい」

 

「全くですぞ、甘い対応は付け上がりますな」

 

 おお、四人から貴族的な意見が来た。一般的な考え方では間違ってない、断る理由など無いんだ。パメラさんもリィナも顔面蒼白だ、不味いな早目に決着を付けよう。

 レディセンス殿達も食事を遅らせる理由がアレ過ぎて不機嫌一歩手前だ、平民が貴族の要請に難色を示しているのだから……

 

「リィナ、我が屋敷に来るんだ。反対する者が居るなら此処に呼んで来るが良い、パメラも良いな?」

 

「「はっ、はい。有難う御座います」」

 

 二人共に結婚は反対らしいので良しとしよう、それに他の四人を待たせるのは不味い。まさか僕の女性問題で昼食が遅くなったとは思わないで欲しいな。

 

「すみません、冷めない内に食べましょう」

 

「しかしリーンハルト殿も隅に置けませぬな、村娘とはいえ中々の器量良しではないですか。それを自分の屋敷に引っ張り込むとは」

 

「ローラン公爵からは報酬に美女と美少女を贈ると話された時は即断したのに、平民の娘に固執するとは不思議ですな」

 

「そうですよ、ザスキア公爵のお誘いは断ったそうじゃないですか。御姉様が可哀想ですよ」

 

 レディセンス殿以外からチクリと嫌味を言われた、食事を待たせた事よりも某かの弱点か弱味を探して来いって言われてるのかも知れない。ミケランジェロ殿はザスキア公爵に対しての対抗心と嫉妬かな?

 

 今は味方側だが気を許す事は難しいって事だな。

 

「妾を欲している訳では有りません、自分の屋敷の使用人位は信用出来る人達で固めたいのです。この話は此処までにしましょう、今日中にカールスルーエの街に行くので予定が押してます」

 

 面白いネタと思われていても僕が終わりと言えば終わりなんだ、この癖が有り灰汁も強い連中を纏めなければ駄目なのかと思うと溜め息しか出ない。

 だが大人しく弱気なリィナが分かり易く喜んで笑顔で僕の後ろに控えていれば誤解は生じただろうな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。