古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第331話

「ジウ将軍、只今戻りました」

 

 馬に乗せたまま待たせてしまった、三十分位だとは思うが心が痛い。しかも返事は最悪だし報告する事を思うと気持ちが重い。

 

「ご苦労。お前の顔を見れば返事は聞かなくても分かるが、やはり拒否されたか?」

 

 自分に置き換えた時にハイと言えるか?それが王命を受けても同じ事が出来るのかと言われた。それを受け入れさせる事は最大級の侮辱とも……

 自分は知らず知らずの内に戦力差による優越感に浸り相手に情けを掛け様としたんだ、それをキッパリ否定された。

 

「どうした?何か条件でも付けられたか?」

 

 自分の職務を真っ当する為にも託された伝言を一字一句間違えずに言おう、姿勢を正して背筋を伸ばし腹の底から力を入れて大声を出す。

 

「エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト卿の言葉を伝えます。

ハイゼルン砦が亡国の残党に奪われたお陰で我が国民達に多大な被害を与えたのはウルム王国の責任、その上我等に討伐を押し付けて倒した後に返せと言う。恥を知れ!

一字一句間違い無い様に伝えろと言われました」

 

 大声で言った為に周りにも聞こえた、口々に無礼とか状況判断が出来ぬ愚か者とか言うのが聞こえる。五倍の戦力差だ、いくら難攻不落のハイゼルン砦と言えども落とせるだろう。

 

「そうか、お前はどう感じた?」

 

 挑発的な言葉を聞いてもジウ将軍は落ち着いている、周りが激昂しているのにだ。

 

「はい、覚悟の据わった男と感じました。未だ少年でしたが、王命に対する使命感は我々にも負けないのでしょう。上から目線で同情し降伏を促しましたが、逆に諭されました。自分と立場を置き換えた時にハイと言えるのかと……」

 

 ジウ将軍が腕を組んで考えだした、この人は思考回路を筋肉に侵食された様な方だが、極希(ごくまれ)に物思いに耽る事が有る。

 その場合は間違った判断をしない、だから常勝無敗と言われている。獣の勘と蔑む馬鹿は居るが勝ち続ける将軍に文句は言えない。

 

「何を考える必要が有りますか?敵は少数です、押し切れます」

 

「敵の援軍が来る前に攻め落とすべきです、後数日で増援が来ます」

 

「戦の理(ことわり)を知らない馬鹿な餓鬼です、悩む必要は有りませんぞ!」

 

 側近の連中が攻めろと急かす、確かに時間は少なく敵は少数だ。普通ならゴリ押しでも勝てると判断するだろう、自分も最初はそう考えた。

 外交的にも宣戦布告と取られる行動だが、ハイゼルン砦は攻防の要となる要塞だ。戦力に劣るウルム王国がエムデン王国に勝つには必要な場所、押さえなければならない場所。

 我等は旧コトプス帝国の残党のお蔭で内乱が発生しそうな状態、だからこそハイゼルン砦は押さえねばならない。内乱に勝っても国力が低下してる時にエムデン王国が攻めて来たら……

 

「慌てるな、勿論戦うさ。だが一度会ってみるべきだな、その少年宮廷魔術師殿に。俺が直接乗り込むから交渉の申し込みをしろ」

 

「危険です、敵陣に乗り込むなどと!止めて下さい」

 

「そうです、ジウ将軍に何か有れば我等の大損失です」

 

「もしも敵が卑怯な手段を用いて来たら?無謀過ぎます!」

 

 結局、ジウ将軍に押し切られて再度自分が使者としてハイゼルン砦に向かった。ジウ将軍と側近数名だけで訪ねるので交渉の場を設けて欲しいと。

 

 だが結果は、向こうが堂々と少数でやって来た……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ウルム王国の誇る常勝無敗のジウ将軍が目の前に居る。デカい……ライル団長やバーナム伯爵、それにデオドラ男爵より二回りはデカいな、まるで熊だ。

 

 独特な鎧を着ている、胴回りだけで肩から指先迄は装甲が無い。丸太よりも太い腕は毛むくじゃらで多数の古傷が見える、まさしく歴戦の勇者だな。

 背後に立て掛けられた大剣は刃渡り2m幅20cmは有るぞ、まるで大鉈だ。

 

「堅苦しい事は苦手でな、礼儀知らずとは思わないでくれ。俺はウルム王国大将軍、ジウ・フォン・ダルケマスだ」

 

 急遽設えた天幕の中で向かい合って座る、距離は5mも離れてない。向こうは側近二人を後ろに従えていて、僕はボーディック殿だけだ。

 勿論、天幕の外には十人程の護衛が待機している、ボーディック殿曰く舐められない為にらしい。

 

「僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイと申します。交渉したいとの申し出ですが、互いに譲れない思いが有ります。

結果は見えていると思いますが、敵の見極めの為にでしょうか?」

 

 お互い譲れない立場だ、向こうは奪還したく此方は阻止したい。妥協する余地も無い、だが交渉と申し込まれれば受けるしかない。

 向こうが来ると言ったが此方から向かう方が情報を得やすいと思ったのだが、ボーディック殿とレディセンス殿に猛反対されたが押し切った。

 

「お互い様だろう、貴殿こそ我等を観察してるではないか。ウルム王国の最精鋭部隊はどうだ?俺の自慢の部下達だぜ」

 

 豪快に笑った、一兵卒と言えども高い練度だな。多分だが全員がレベル15前後、部隊長クラスはレベル20を超えているな。僕のゴーレムポーンでも集団戦では苦戦しそうだ、まぁやり方は色々有るけどね。

 

「そうですね、彼等ならば旧コトプス帝国の残党が守るハイゼルン砦なら奪還も出来たでしょう」

 

「だが貴殿が守るハイゼルン砦の奪還は無理と言うのかな?」

 

 この人外を抑えるのは苦労するだろう、大幅にレベルアップした今の僕でも自信が無い。だが戦争とは一人で出来る事でもない、だからこそ付け入る隙が有る。

 

「どうでしょうか?戦に100%は無いと思います、常勝無敗のジウ将軍と戦えるとなれば心が踊りますね」

 

「貴殿からは1%の可能性に賭けるって馬鹿な感じがしないんだよな、参ったぞ」

 

 お互い笑い合う。ジウ将軍は豪快に、僕は微笑むだけだ。向こうの側近達の苛つきが分かる、ジウ将軍は兵士達から崇拝に近いモノを感じる。だが側近達からは余り感じない、あの使者殿は心酔してたのに……

 

「勝ち方にも色々有ります、敵を全滅させる事は一番分かりやすいですが、条件付きの限定勝利も勝ちには変わらないと思います」

 

 ブラフをかます、時間稼ぎの防衛戦に力を入れると思わせて積極的に攻める。近付きさえすれば大量のゴーレムを敵陣の中に錬成し攻撃、最初になるだけ多くの兵士を倒す事が重要。

 戦力が減れば力押しが出来ず攻撃方法も限定される、ジウ将軍一人が頭抜けていても負けない戦い方も有る。

 

「確かにな、だが貴殿からは消極的な戦いをする気配がしない。不思議だな、防衛戦なのに真っ向勝負の気配しかしない」

 

「ふふふ、誉めても僕はハイゼルン砦からは出ませんよ。これは約束しても良い、僕の使命はハイゼルン砦の防衛と維持です」

 

 気配って何だよ?考えている事が分かるのか、何かのギフトか?迂闊な事は考えられない、心に防壁を築かなければ駄目か?

 だがジウ将軍の右側後ろの側近だが、僕に向ける殺気が強くなっている。まさか斬り掛かっては来ないと思うが、戦場で良く見た理性を忘れて襲い掛かる連中と似ている。

 身なりからは参謀タイプだと思う、本人の武力は低そうだ。自信過剰で神経質そうな美形だが華が有る、貴族の淑女達が好きそうな男だな。

 

「そうか、そうだな。確かに相容れぬ立場だ、それは最初から理解していたぞ。俺は戦う相手を見ておきたかったんだ」

 

「僕もです、お互い有意義な時間でしたね。では失礼して帰らせて頂きます」

 

 手強い事は理解した、だが配下の手綱を締め続けられるかが疑問だ。崇拝に近いモノが有るがそれは直属の兵士だけだ、寄せ集めの連中を纏め切れるかが問題だな。

 それに側近の参謀タイプ二人だが、あれはお仕着せの連中と見た。挑発すれば爆発するな、参謀とは冷静沈着が求められるのだが貴族的な我が儘を感じた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「まさか餓鬼の癖に俺を前にして負けない胆力が有るとはな、魔術師なんて連中は頭デッカチの口だけかと思ったが見直したぞ」

 

 あの落ち着き様には素直に驚いた、周りの連中から浴びせられる殺気にも全く動じない。厳しく鍛えた俺の息子達よりも度胸が有るって何だよ、俺の知る魔術師達とは全然違う。

 国が違えば魔術師達の在り方も違うって訳か、ウチの宮廷魔術師達とは完全に別物だな。だが度胸は有れども魔法はどうなんだ?直接見ないと分からない。

 

「何とも生意気で無礼な奴でしたな、たかが男爵風情で伯爵の俺に対して目線すら向けない。我が妻は王族、それなのに……」

 

「全くです、まるで状況を理解していない。これだけの戦力差を前にして条件付きの限定勝利も有るとか、やはり魔術師とは単一で扱う連中です。指揮を任せるのは無謀だ」

 

 面倒臭い奴等が切れ出しやがった、国王から頼まれなければ連れて来なかったんだ。この血筋の良い馬鹿の箔付けの為に国王直轄の騎兵五百と共に同行を許したんだ、傍若無人と言われても国王の命令には逆らえない。

 こんな馬鹿の何処が良かったんだ?見てくれは良いが自信過剰な癇癪持ちの阿呆だぞ、コイツ等はよ。

 

「エムデン王国の宮廷魔術師第三席以上は侯爵待遇ですよ、リーンハルト殿は我等の中で一番爵位も立場も上でした。その彼が自ら敵地に乗り込む勇気は……」

 

 モーデスは奴の事を高く買ったか、王女もこんな馬鹿じゃなくてモーデスを選べば良かったんだ。何が花を愛でる優雅な姿に一目惚れしただ、コイツ自身は花なんて育ててないぞ。

 しかも片方は公爵家の正当後継者だか知らないが、俺の軍師気取りだ。お前の作戦なんか机上の空論だ、夢を語るな現実を見ろ!

 

「只の馬鹿だろ?身を以て学べば良いんだ、敗軍の指揮官としてな」

 

「そうですね、我が策により完膚無き迄に追い詰めて見せましょう」

 

 そう言って笑い合うがな、お前の作戦なんて採用する訳が無いだろ!何が軍を四つに分けて四方から攻めましょうだ、各個撃破されるぞ。

 お前達は後方待機で攻略には使わねぇよ、俺の副官と参謀として作戦に参加した事に意義が有るって奴だ。

 確かにお前等が連れて来た騎兵五百は有能だが、お前等は無能だ。騎兵部隊はお前等を預かる事による迷惑料だと思ってる、だが奴等は俺の指揮下には入ってないんだ。

 有事の際のお前等の護衛が正しいんだろうな、こんな馬鹿二人に気を使う国王にも困ったもんだぜ。愛娘の婿は大事、国の有力貴族の跡取りは大事ってか。

 

「ジウ将軍?」

 

 モーデスにも苦労を掛ける、俺の副官なんて損な役回りだろうに……

 

「構わん、気にするな。それよりリーンハルト殿をどう見る?俺は面白い奴だと感じたぞ」

 

 俺の勘だが奴は強い、本人はひ弱だが底の見えない怖さを感じた。奴がハイゼルン砦の指揮をするとなれば一筋縄では行かないな、苦労はするが楽しみだ。

 

「自分も好敵手になりうると考えています、ですが情報が少ないのです。彼は今回が初めての遠征と聞きます、あの落ち着き様でです。信じられません」

 

「おいおい、若いと思ったがアレが初陣だと?どうなってるんだ、幾ら何でもソレは無いだろ!」

 

 少なくとも何年かは戦場に身を置いていた感じだった、それは身に纏う気配で分かる。そんな奴が初陣だと?馬鹿な、歴戦とは言わないが初陣は有り得ない。

 

「本当です、ですがドラゴンスレイヤーの称号を得ています。対人戦争は初陣でもモンスター討伐なら歴戦の勇者でしょう、地上最強生物を単独で二桁倒した事は有名です」

 

「ドラゴンスレイヤーか、俺も憧れるがウルム王国にはドラゴン種は生息してないんだよな。デスバレーだけにしか居ないのが残念だ」

 

 奴の強さの秘密の一端が見えた、ドラゴンの威圧感に勝つのなら俺の威圧感に耐えても不思議じゃない。

 個人的な武力、いや魔力か。それが図抜けているからこその胆力、自分の力を自信の根拠にしているタイプか。自惚れてくれれば楽なんだがな、そんな甘さは微塵も無いな。

 

「ジウ将軍、大変です!」

 

「何だ、馬鹿者が!落ち着け」

 

 天幕に走り込んで来た兵士を叱る、報告は落ち着いて正確にが基本だ。その場で叱って分からせないと同じ事を繰り返す、躾は大事だな。

 

「はっ!申し訳有りません。ですが騎兵部隊がエムデン王国の交渉団に突撃を開始しました、デルリンチ様からの命令だと聞いています」

 

 は?交渉に引っ張り出して不意打ちが貴様等の作戦だと?

 

「馬鹿野郎!そんな屑みてぇな命令をしやがったのか?」

 

「してません、そんな命令はしていません」

 

「本当です。俺もそんな卑劣な作戦は命じてない、俺の名前を騙った誰かの仕業です」

 

 慌てて天幕を飛び出す、500m先にリーンハルト殿が騎兵達の隙間から何とか見える。不味いぞ、護衛は僅か十名位だった。五百騎の突撃には耐えられないぞ。

 卑怯者の汚名を着せられてズルズルとエムデン王国と開戦する事になろうとは、なんたる屈辱だ。

 




2013年12月5日から投稿させて貰い今日でこの作品も投稿丸二年です、早いもので三年目に突入します。拙い素人小説ですが完結までお付き合いをお願いします。

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