ハイゼルン砦を守る兵士達は適度な緊張感を醸し出している、現在二連勝中なので余裕が有るのだろう。各公爵家の精鋭騎兵部隊だがランスをロングボゥやクロスボゥに持ち換えて防御に回る事にも反発は無い。
明日か明後日にはライル団長達が率いる本隊が来るのも要因の一つ、もう一つは実際に二連勝した僕の存在だろう。
最後の一つは悔しいがバレンシアさん達の存在だ、堅牢な要塞に強力な魔術師、酒も女も用意されていれば自分達も出来る限りの事はやろうと思う。
彼女達の手料理はウルム王国の伝統的な家庭料理だった、カスレと言う白インゲン豆の煮込みに、タルティフレットと言うジャガイモとチーズを大量に使ったグラタン。
メインディッシュはブフ・ブルギニヨンと言う牛肉の赤ワイン煮込み、フルートと言う棒状の細長いパンも作ってくれた。
結論は大変美味しかったです、胃袋を捕まれた何人かは彼女達を身請けしたいと話している。
彼等は公爵家に仕える精鋭達だから金は持っている、なので娼婦ギルドに交渉すれば金を払って彼女達を身請けする事は出来る。
妻か妾かは知らないが不可能じゃないし、彼女達もそれを狙って見込み有る男には媚を売り奉仕するらしい。
賑やかな食堂で何時もの四人と一緒に食事をするが、今回はバレンシアさんじゃなく新しい娘が給仕をしてくれている。清楚系と同い年位の最年少の娘さん二人が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
この清楚系の娘さんが一番人気らしい、何でも昼は淑女で夜は娼婦を地で行くかららしい。らしいばっかりだが、この件については確定情報は要らない。
「リーンハルト様、ワインのお代わりはどうですか?」
「ワインはもう要らないよ、紅茶が欲しい」
最初は清楚系が構ってくれたが脈無しと感じると幼い娘が世話を焼いてくれる、彼女も二番人気らしい。ウチの連中は年下好きなのか?精鋭騎兵隊とはいえ平均年齢は二十代後半の連中だろ!
「私達の家庭料理はどうでしたか?」
紅茶を飲んで寛いでいるタイミングでバレンシアさんが来た、自信有り気な顔だよな……
「正直美味しかった、家庭的な手料理は故郷を思い出しますね。未だ帰れないのが残念です」
ハイゼルン砦の食料庫に有った材料で、ここまで美味しい手料理を作ったのは大したものだ。素朴な味わいだが僕は贅を尽くした料理よりは好きだ。
「奥様の手料理でも思い出しましたか?」
「いえ、妻は貴族の令嬢ですから料理はしませんよ。精々がクッキーやケーキ等のお菓子です、思い出したのは……いえ、何でも有りません」
イルメラやウィンディアの手料理を思い出したとかは言えないな、それは今の僕の立場では有り得ない事だから嘘だと思われるし。
「気になりますわ、それにウチの売れっ子二人に世話をさせても余り乗り気じゃなさそうですし」
チラリと二人に視線を送ると下を向いてしまった、威嚇は可哀想だぞ。僕にその気が無いだけで彼女達が悪い訳じゃない。
「いや、世話は嬉しいですよ。何時も同じ男ばかりで顔を付き合わせて食べるよりは、皆さん嬉しいと感じてます。ねぇ、レディセンス殿?」
女性に弱いレディセンス殿に話を振ってみる、特に慌てず驚かずだな。残念だけど皆が弄るから慣れてしまったか?
「む、確かにな。だがリーンハルト殿は新婚だしアウレール王が認めた本妻殿との結婚も控えている、浮気は厳禁ですかな?」
ニヤリと切り返して来たか、女性慣れしていない初々しさは無くなってしまったな。残念だが弄り過ぎるのも問題だから仕方無しか……
「そう思って貰って構いませんよ、戦場に居るのですから羽目を外さない様に気を付けるのも指揮官の務めと思って下さい。兵士達は良いのです、最悪二日酔いでも代わりは居るが僕は誰かに代わって貰う事は出来ないのですから」
こう言われれば何とも言い返せないだろう、それが上に立つ者の最低限の責任なんです。
◇◇◇◇◇◇
全滅したウルム王国の騎兵部隊は日が暮れる前に全て回収された中々の手際の良さだろう、多くの天幕が張られ周囲には篝火が焚かれている。だが篝火は野営地から100m程度しか離れていない、松明を持った巡回兵も疎らだ。
ハイゼルン砦から良く見えるって事は向こうからも良く見える、大軍が出てくれば嫌でも分かるから然程警戒をしていない。
跳ね橋が下がれば見えるし夜間に騎兵部隊の突撃は常識的に無い、敵は僕等の情報を詳しく調べている。今は騎兵部隊が四百人しか居ないし僕は守りを固めると言った、だから奇襲の危険性は考えてない。
「一回しか使えない騙し討ちみたいな作戦だけどさ、僕も不意討ち紛いに襲われたから相子だよね?」
単騎で攻める事には反対された、だが理由を説明して押し切った。タイミング的には今夜しか使えない限定的な奇襲攻撃、だが今なら最大の効果が有るだろう。
数人の護衛を連れての夜間強襲、全員が黒ずくめの格好をして鳴かない訓練を施した馬を用意した。僕は真っ黒な馬ゴーレムだが問題は無い。
作戦は単純で敵陣の1km手前まで接近、制御範囲ギリギリの700m先にゴーレムポーンを五百体錬成しロングボゥにて連続斉射する。火矢は点火が出来ない事と速射性を損ねるので使わない。
僕等が敵陣の1km手前まで接近し離れた所にゴーレムポーン五百体を錬成して攻撃する、敵は矢が飛んで来た方向を警戒するし攻撃に向かう。僕等は反対側だから悠々と引き上げる事が出来る。
今夜は雲が多い月が出ている時は周りが見えるが、雲が掛かると真っ暗闇になる。敵陣は煌々と篝火が焚かれているので此方からは見えるが、向こうからは僕等は見え辛い。
時刻は深夜二時過ぎ、眠りが深くなる時間帯だ。敵の見張りや巡回兵に見付からない様に細心の注意と用心をしながら1km手前まで接近する。
丁度大岩と低木が集まり身を隠せる場所を見付けた、此処に隠れながら作戦を開始する。卑怯な手段で我等を奇襲した事を後悔するが良い!
「クリエイトゴーレム!さぁ土属性魔術師の新しい戦い方を教えて差し上げますよ」
僕は自分達の居場所から500m程離れた場所に横25列縦に20列の間隔でゴーレムポーンを五百体錬成する、大体感覚で距離を計算し斜め45度にてロングボゥを構える。
「良し、先ずは最初の斉射を始める!」
僕の言葉に一斉にゴーレムポーンが反応し弓を構え押さえていた矢を放す、放たれた矢は山なりな軌道で敵陣に到着し兵士達が休む天幕を貫いた!
◇◇◇◇◇◇
「敵襲!敵襲です、左手前方より弓矢による奇襲を受けました」
モーデスが天幕に飛び込んで来た、鎧兜は着てないが抜き身のロングソードにラウンドシールドを持っている。正直夜襲は予想外だった、状況を見る為に天幕から出る。
「敵の弓矢、二陣が来るぞ。盾を頭の上に構えろ、無い奴は物陰に隠れるんだ!」
見上げた空には弓矢の矢尻が月明かりに反射して煌めいている。ヤバいぞ、三百本以上ないか?
広範囲に降り注いだ弓矢は野営地の半分に当たり半分は後ろ側に逸れた、最初の弓矢は二割程度しか当たらず左手前に逸れたそうだ。
「つまり敵は着弾点を見て微調整している、三陣は殆ど野営地に当たるぞ。全員盾を構えろ、無い奴は馬車の下に入れ。次を耐えたら突撃する、大体の位置は掴んだな?」
今は動けない、次を耐えたら突撃だ。動く的には当て難いだろ、暗闇で俺達に気付かれずに弓兵を三百人近く移動させるとは凄い用兵能力だ。
誰だ?今ハイゼルン砦に居る指揮官クラスだとボーディック卿しか居ない、宮廷魔術師には多数の兵士を指揮する事は無理だ。
「畜生め!自分がハイゼルン砦から出ないってのはブラフか、他人に任せるなら嘘じゃないってか?」
不満を吐いていたら三回目の弓矢の雨が降ってきやがった、今回は命中精度が良いぞ。三百本じゃねえ、四百……いや五百本は有る。
頭上に構えた盾に弓矢が当たり乾いた音を立てて跳ね返った、だが衝撃が凄い。木の盾を構えた奴は貫通して怪我を負ってしまった、被害は大きいと腹を括るか。
「これは相当の手練れを集めたぞ、だが此処から反撃だ。無事な奴は突撃するぞ、俺に続け!」
これだけの威力と命中精度なら敵の距離は近い、精々100m位の筈だ。逃がさないぜ、此処で手練れの弓兵を倒しておけばハイゼルン砦の攻略は楽になる。
「負傷者に構うな、今は敵の殲滅だけを考えろ!急げ、俺に続け」
三回の攻撃で三百人近くが戦闘不能になったか?いやもっとか?だが周りを見れば二千人前後は突撃している、これなら敵を殲滅出来る!
例え待ち構えて居たとしても騎兵は居ない、歩兵のみだろう。ならば人数の多い今なら倒せる。
「モーデス、無事か?」
盾を構えながら近付いてくる副官に声を掛ける、どうやら無傷らしいな。
「はい、ジウ将軍!お荷物の二人も無傷です、邪魔なので騎兵部隊の生き残りに護衛させて置いて来ました」
「そ、そうか」
珍しくモーデスが毒を吐いた、相当ストレスを溜め込んでいたんだな。敵に向かい走りながら横目で見ればギラギラした目をしている、戦闘モードに切り替わっている。
コイツは普段は冷静沈着だが、一旦戦闘モードに入るとバーサーカーになる。だからこそ俺の副官になったんだ、コイツを扱えるのは俺しか居ない。
「モーデス、変だな。もう100mは走ったが敵の気配が全く無い」
「確かに五百人以上が居た形跡も有りませんね、草木は倒れてないし足跡も無い。もっと先ですか?」
山なりに降ってきた弓矢の射程は普通なら80m前後、手練れでも100mから150mだろう。仮に強化したクロスボゥを使ってもだ、しかも短時間に三回も連射したんだ。
クロスボゥは強力だが連射は無理、数を用意すれば可能だが千五百個も用意出来るか?それを持って我等に気付かれずに移動出来るか?無理だろ。
更に100m程進んだ、これで合計200m程進んだのだが、この距離から野営地に弓矢を射ち込むのは不可能だ。人間の筋力では無理、ならば魔法で強化すれば?それでも無理だ、敵はもっと先から攻撃している。
「止まれ、全軍止まれ!」
底無しの罠に飛び込んでる気がしてならない、敵の気配も殺気も何も感じない。もう敵は居ないぞ、200m以上離れた場所から威力の有る弓矢を放てる弓兵が五百人近く居るだと?
裏切り者のピッカーが育て上げた『千の腕』でも不可能だぞ、連中はどんな魔法を使いやがったんだ?
「ジウ将軍、どうしますか?」
「どうもこうもないな、今回は俺の完敗だ。だから目標を変えて敵の増援を叩く」
「増援……もう直ぐの位置まで来てますね。我等と交戦状態になったのは知っていても自国内の移動中なら油断も有る。今から大回りして間に合いますか?」
モーデスがバーサーカーから戻ったか、既に深夜二時半だが増援の野営地は多分だがアンクライムの街、迂回で一時間足しても三時間と少し六時前には到着する。
「間に合わせる、このまま隊列を直して進むぞ。負傷者は残って治療と撤収準備だ、軽傷者が面倒を見ろ。
俺達は負け越しているが、敵の増援を叩けば五分に戻せる。騎兵部隊の全滅は俺のせいじゃないだろ?」
「元々は馬鹿二人の護衛、ジウ将軍の指揮下にはない部隊です。最悪はデルリンチ殿の暴走にしましょう、幸い目撃者は多数作れます。国王も彼等には甘い、負けは有耶無耶にされます」
コイツも悪どいよな、目撃者を作るといったぞ。流石は俺の副官だ、普通の奴じゃ無理なんだ。
「そうだ、俺達は夜襲を受けて被害甚大だが直ぐに攻勢に出て敵を下がらせた。その上で逆に敵の増援に奇襲を掛けて勝つ、これで状況は五分に戻せる。
後は外交で勝負だな、双方共に旧コトプス帝国の残党共に踊らされるのは嫌だし落とし所は有る」
「流石はジウ将軍です、では偽の伝令をした奴を探して捕まえます。利用出来ますから……」
ニヤリと暗い笑みを浮かべたモーデスから目を反らす、コイツ怖い時が有るんだよな。ああ、王女はコイツの腹黒さに気付いて見てくれは良いが扱い易い馬鹿を選んだんだな。
「ジウ将軍?」
「何でもねぇよ、隊列を整えたら出発するぞ。時間が無いから急ぐぜ」
あの少年宮廷魔術師、リーンハルトって言ったな。要注意だぞ、騎兵部隊を全滅させた手並みと良い夜襲といい戦争ってモノを理解している節が有る。
何が初陣だ、絶対に隠して育てていたんだ、これほどの者を出してきたのだ、エムデン王国の本気度が分かる。嫌な奴が現れたな……