女性へのお土産が何が良いか分からず、取り敢えず無難にお菓子を買った。季節のフルーツをふんだんに盛り込んだタルト、銀貨3枚だ。
日帰りとはいえ合計で5時間以上も歩いたし時刻は既に日が沈もうとしている。
自宅に向かう途中で擦れ違う人達も疲れた顔をしてるが僕も疲れた、これが家庭を持ち働くと言う事なのだろうか?
◇◇◇◇◇◇
「ただいま、イルメラ。これお土産のフルーツタルト」
「お帰りなさいませ、リーンハルト様。お風呂の用意が出来ております。先ずは埃を落としてサッパリして下さい」
恭しいイルメラの態度に少し驚くがお風呂は有難い、雨で濡れたし汗も酷いから今の僕は臭うだろう……
荷物は全て収納袋と空間創造の中に押し込んだので彼女に手渡す物はフルーツタルトしかない。
そのまま脱衣場に行き服を全て籠にいれて浴室へ。石鹸でよく体を洗い垢擦りタオルで全身を擦ってから湯船に浸かる。
座った状態で足を伸ばせる大きさの浴槽は一人で入るには広い。これは新婚サイズらしい、つまり混浴が可能なのだ。
「ふぅ、今日は疲れたな……」
湯に浸かりながら肩から腕、それから足をマッサージする。慣れない山歩きはそれなりに疲れた……
「リーンハルト様、お着替えを用意しておきます」
「ん、有り難う」
迷宮では僧侶としてパーティの治癒と護りを担当し家ではメイドとして尽くしてくれる。彼女には本当に感謝が必要だな……
「ゴブリン討伐30匹か……依頼書にはレゾ高原とタクラマカン平原の二ヶ所が最近の繁殖地となっていた。
やはり先生達はレゾ高原で僕等をゴブリンに襲わせる予定だったのか……」
両手で浴槽の湯を掬い顔をバシャバシャと洗う。冒険者養成学校は確かに安全にコストも低くギルドランクを上げられる。
夕方見た依頼書の薬草採取は100株だったしゴブリンの討伐数は30匹と多かった、高い入学金の為の救済措置なのか依怙贔屓なのかは分からない……
「強制実地訓練は後四回、ならば残り五回分をイルメラと二人で……は、意味がないな。彼女とはバンクを攻略しクラスメイトと討伐に向かうべきだ。
ベルベットさんとギルさんと三人パーティなら全員分で90匹か、倒すより探す方が大変だな。累積だから何回か討伐依頼を請けて規定数まで倒してから申請?」
考え過ぎて長湯してしまった、少しクラクラする……
◇◇◇◇◇◇
イルメラと二人の時も食事の時は会話は殆どせず、食後のお茶の時に会話をする。今夜は僕が初めての実地訓練でレゾ高原に行った事の詳細を話し彼女が笑顔で聞いているだけだ。
フルーツタルトを切り分けて飲み物のホットミルクを用意してくれる。僕は甘いお菓子を食べる時はホットミルクが好きなんだ。
「そのベルベットさんとギルさんの技量は、リーンハルト様から見てどうでしたか?」
首を傾げながら聞いてくる仕草は同い年か下手をすれば年下だよ、イルメラさん……
「ん?そうだね、悪くないと思う。
盗賊ギルドが送り込んだ人員は四人で残りの二人が誰かも分からないけど、今日会った二人は有能だったよ。
ポーラさんには感謝するべきなんだろうが、女性限定って条件を勝手に入れられたみたいでね。
素直に感謝はしたくない、僕が女好きみたいに思われてるのが悔しい」
若くて可愛い娘限定みたいに言ってたから、男とか普通の容姿だけど彼女等よりも有能な盗賊も居たかも……確かに下手な奴をパーティに入れてイルメラに変な事をされるより同性の方が良いのかな?
美味しそうにフルーツタルトを食べる彼女を見て思う、変な男と一緒よりパーティは僕以外は女の方が良いな……
うん、パーティメンバーは女性だけにしよう、その方がイルメラが安全だ。『蒼き狼』の変態リーダーが居るくらいだから男が一緒だと安心出来ない。
一度ベルベットさんとギルさんをイルメラと会わせるか。彼女が気に入ればパーティに参加をお願いしようかな……
◇◇◇◇◇◇
夕食を終えてイルメラとの会話を楽しんだら早めに寝る事にした。彼女は一日中この家の掃除をして過ごしたのだろう、布団はフカフカだしシーツに皺もない。
机の上に乱雑に置いてあった筆記具やメモ紙も綺麗に整理整頓されている。この家では彼女に隠し事は出来ないだろうな。
まぁ僕には空間創造のスキルが有るから……いや、やましい品物など持ってないから大丈夫だ!
早々にベッドに仰向けに寝転び明日の予定を考える……
明日は午前中は講義を聴いて午後は武器屋に寄って今の時代の属性を付加した武器の相場を調べるつもりだ。僕の『ブレイクフリー』のパーティメンバーの残り一人は女性にするのは確定、イルメラとの相性が良い子を選ぼう。
元々三人メンバーで残り一人は盗賊系を入れようと考えていたし……男を入れた場合、イルメラは上手くコミュニケーションを取れるだろうか?
泊まり掛けの迷宮攻略で女性一人で周りが男しか居ない場合、不都合にならないだろうか?
仮眠や着替え、トイレとかどうしても異性に気を使ってしまうだろう。
だが女性を入れた場合は、僕が我慢すれば大抵の問題は解決だし新しく入ってくれる子も馴染み易い筈だ。
「うん、新しいパーティメンバーは女性の盗賊で決定だな!」
まだ時間は有るから盗賊ギルドが厳選してくれた四人の中から誰か一人を選ぼう。次は空間創造だが、第三段階まで解放出来た……
収納空間は縦横50m、高さ50mと格段に拡張されたし取り出せる武器・防具は属性魔法が付加されている。但し、コピーさせてもらった元の武器の性能は低く、名工と呼ばれた巨匠達の弟子レベルだろう。
試しに空間創造から出してみる。
火属性のロングソード。刀身に炎を纏わせ切断面を焼く事が出来る。
風属性のウォーアックス。軽量化を施した事により刀身を厚く大きくしたが、重さとスピードで破壊力を増す武器との相性はイマイチな失敗作だ。
水属性のダガー。常に刀身に数種類の毒を纏っている為に解毒薬も数種類要る。これは僕が作った。自信作だが接近戦が基本の武器だから護身用かな。
土属性のメイス。これも微妙だが、武器に自動修復機能がついていてどんなに手荒く扱っても核が無事なら勝手に直る。
これも僕が初期の頃に作った物だ。
自動修復機能は一番難しく試行錯誤を繰り返したので沢山有る。それこそ殆どの武器を一通り造った。上位のゴーレムに自動修復機能を付加する為の実験的作品だ。
「うーん、微妙だな……
ロングソードは使えそうだが初級の属性魔法程度の威力だ。それこそロッド・オブ・ファイアボールと同じくらいだな」
自作のダガーは使えるがヤバイ毒だし他人に知られるのには問題がある。自動修復機能付の武器達は流出させて良いか微妙だ。
スカラベ・サクレから受け継いだ記憶にも自動修復可能な武器の情報は無い。まぁ全ては明日、武器屋に行ってからだな……
体は未だ14歳だからだろうか、睡眠を欲する力には勝てなかった。
◇◇◇◇◇◇
午前中の講義はエムデン王国の近代史、周辺に出現するモンスターの生態や弱点の二本立てだ。モンスターはゴブリンからコボルドやオークにトロール、更には巨大化した昆虫モンスターとか居るのか……
彼等の繁殖時期とか行動原理とか300年前には居なかったモンスターも多い。知らない知識を吸収出来るのは魔術師ならば誰しも至上の喜びだ、時代のズレとは大したものが有る。
モンスターの生態が此処まで詳しく解き明かされているとは驚きだ。思えば僕は対人の戦争ばかりでモンスターの事など知る機会も無かったな。
野営時に攻めてきても参謀が弱点を教えてくれてゴーレムナイト達で押し潰した。それに殆どの場合は部下達が対処してくれたから、モンスター絡みで僕が出張る事は少なかったし……
「リーンハルト君、真面目なのは偉いけどツマンナイ」
「その……薄ら笑いを浮かべて黙々とノートに書くのって怖いわ」
「魔術師ってね、知的探求心が人より変態なのよ、だから興味が有る事に没頭してる時に話し掛けても無駄よ。
最悪は噛み付かれるわ、狂暴な猫と一緒ね」
「噛むのは犬じゃない?猫は引っ掻くのよ」
今日学んだ事の要点をノートに纏め終わって一息つく……一応聞こえているんだよね、好き放題言ってくれたけどさ。
「僕は変態じゃないよ、それに犬猫じゃないから噛まないし引っ掻きません。午後の武術の訓練には参加しないから帰るよ」
ノートや筆記具を収納袋に詰め込む、そう言えばコレって勝負に勝って貰った物なんだけど碌な物が入ってなかった……
艶本とか女性の下着とか訳分からない物ばかりなので全て燃やした。中に入っていた現金は金貨38枚銀貨87枚だった。
因みに僕は冒険者養成学校の中では浮いた存在だ……。
多分原因は彼女達が常に僕の周りにいるから近寄り難いか面倒だから関わり合いになりたくないかだと思う。残りの盗賊ギルドの二人も未だに誰だか分からないし。
「「リーンハルト君、最近私達に冷たくない?」」
「ベルベットさんとギルさんとは出会って二日目ですよ、ウィンディアさんも未だ四日目じゃないですか?
最近って言われても……午後は武器屋に行って魔法属性が付加された武器を見たいのです」
荷物を詰め込み立ち上がると女性陣も全員片付けをしているが……付いてくる気なのかな?
「所謂マジックウェポンよね、見たいって場所分かるの?」
「武器屋に行けば良いんですよね、場所は分かりますよ」
む、何か対応に失敗したかな?何故かウィンディアの哀れむ視線が癪に触るが……
「属性魔法を付加した武器や防具は数が少ないから街の武器屋には置いてないわよ。
エルフの里に直接買いに行くかドワーフの工房に行くかだけど、王都のドワーフ工房『ブラックスミス』の入館手形は持ってるの?」
知らない単語が沢山出てきた……エルフやドワーフは知っているが人間との関わりは殆ど無かった筈だった。
彼等は自分達の領土から出てこない筈で国の上層部が辛うじて交渉出来た筈だが、エルフの里に行けたり人間の街にドワーフの工房が有るなんて300年の間に何が有ったんだ?
「ドワーフ工房の入館手形は無いな……残念だが諦めるか」
「へっへー、私持ってるんだ。
デオドラ男爵のお供でよく買付けに行くし、属性魔法の善し悪しに魔術師の鑑定は必須だから。
リーンハルト君、一緒に連れてってあげようか?」
何て言うかドヤ顔がムカつくが流石はデオドラ男爵家、話からすれば数の少ない属性魔法を付加した武器を買い集めてるとみたぞ。
でも父上とて騎士団の副団長、その『ブラックスミス』とやらに伝手が有るかも知れない。この子に借りを作るのは危険な気がするんだ。
「ん、大丈夫。父上の伝手を頼ってみるよ。
バーレイ男爵家の長男がデオドラ男爵家の世話になるのは色々と面倒臭そうじゃない?」
教室を出ると女性陣も一緒に付いてくるけど、『ブラックスミス』には行かないんだよ。
「じゃあ盗賊ギルド主催のオークションに行きませんか?魔法迷宮で見付かったマジックウェポンとかも出品されてるよ」
思わず廊下で立ち止まり彼女の顔をマジマジと見詰めてしまう……盗賊ギルドのオークション?そこはかとなく違法の香りがしないか?
「何よ、その顔は?
ちゃんと国公認よ、でも私達が案内出来るオークションは出品物のランクは低いわよ。高ランクの武器とかだと金貨何千枚だから私達じゃ参加は無理でしょ?」
国公認なら安心だな、それにオークションにはランクが有り高いレベルの品物は、それこそ貴族や豪商か高ランクの冒険者しか入札には参加出来ないのか……
「今日の午後でもオークション開いてるのかな?参考に見に行きたいな」
「良いよ、確か午後イチから始まるオークションが有るから参加出来るけど、参加費掛かるよ金貨1枚で目録付きだよ」
金貨1枚で目録付きか……参加費も払えないなら来るな的なのだろうか?多分だがベルベットさんとギルさんの分は僕が負担するのが礼儀だな。
案内して貰うのに払わせる訳にはいかないし。
「じゃ案内を頼むね」
盗賊ギルドか……どんな所か楽しみだな。