古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第341話

 ハイゼルン砦攻略から凱旋して王都に戻って来た、中央広場で演説した後に直ぐに王宮に連行。取り敢えず執務室に向かうが建物の入口で侍女達に出迎えられた、嬉しいが僕は侍女と兵士達に人気が有り下級官吏達には嫌われている。

 

 見知った侍女も居るが初めて見る娘さん達も居る、ハイゼルン砦でも事務仕事に忙殺されたが一ヶ月近く放置した執務室にも仕事の書類が山積みだろう。特に戦勝祝い関係の手紙や贈り物は凄い事になっていると聞いた、今から気持ちが萎える、また手紙書きの日々だ。

 

「先ずは身嗜みを整えて疲れを癒して頂きます」

 

「リーンハルト様には上級浴場が解放されていますわ、王族の方々も使われる名誉有る浴場です。ささ、ご案内致します」

 

 執務室に行く前に風呂に入れってか?四方を取り囲む様に動いて来たぞ、目が妖しい位に真剣だ……

 

「え?いや、風呂はだな。一人で大丈夫って、僕の話を聞いてよ」

 

 見知らぬ侍女四人が周りを取り囲み何処かへ誘導する様を生暖かい目で見送るハンナ達に助けを求める、仕えし主の危機だぞ。

 

「私達の手伝いも必要でしょうか?仕えし主とはいえ混浴はご遠慮致しますわ」

 

「違う!僕はそういう手伝いを遠慮したいんだ」

 

 そうは言っても彼女達の正当な仕事だから断る事は否定に繋がるから身を任せるしかないんだよな、深々と頭を下げているが絶対イーリンは笑ってる。肩が小刻みに動いているから分かるんだぞ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 見事な浴場だ、総大理石の拵えだが全体的に白色でぼやけそうなのだが黄金の目地を入れる事で視覚的に引き締めている。壁面に施された彫刻も見事だし獅子の彫刻の口の部分からは湯が大量に涌き出ている、躍動感が有り見事な芸術品だ。

 

 床石も細かい模様が刻み込まれて滑り止めの役目も果たしている、広さも浴場が15m四方、湯船は5m四方も有る。湯は遠くで涌き出る温泉を持ち込んで沸かし直しているらしい。

 

「ささ、此方へ。身体を清めさせて頂きますわ」

 

「ふぅ、分かった」

 

 諦めの境地で椅子に座ると二人が身体を洗い残りの二人は湯を汲んで来る、偉くなればなる程に自分で出来る身の回りの事を任せる必要が有る。それが貴族なんだって教えられたが、出来る事は自分でした方が良いと思うんだよ。

 そんな事をさせるから自分達は神に選ばれた貴種で、周りは自分に仕えるのが当然だ!とか平気で平民を虐(しいた)げる馬鹿が多い、いや話が逸れたな。

 他の事でも考えないと恥ずかしいんだ、この羞恥心は転生前には無かった感情だ。

 

「痛くは有りませんでしょうか?」

 

「大丈夫だ、まだ強くしても問題無い」

 

 丁寧過ぎる程に左右から垢擦り手拭いで肩から背中全体、それから脇腹を擦り腕を念入りに洗ってくれる。

 この後に前に移り胸から腹へ、下半身から両足になるんだよな。前は恥ずかしいんだよ、最後に髪の毛を洗い髭を剃って終了。だが僕も魔術師として思考の海へ沈めば大丈夫だ……

 

「終わりましたわ、湯船の方にどうぞ」

 

「うん」

 

 現実逃避が上手くなったかも知れない、連泊するとなると毎晩コレが続くのか?割と深い浴槽に浸かると侍女達は浴場から出て行った、後は上がる時に身体を拭いて着替えの手伝いをしてくれるんだ。

 

「ふぅ、風呂は心身共にリラックス出来ると言うが身体は兎も角、精神的にはキツい。何とかならないかな……」

 

 湯に肩まで浸かり天井を見上げる、見事な絵が描かれて豪華なシャンデリアが吊るされている。贅を凝らした浴場だな、流石は王族の方々も利用するだけの事は有る。

 

「これからどうなるか……」

 

 バシャバシャとお湯を掬い両手で顔を洗う、温泉水を利用してる為か肌がツルツルになった気がする。いや身体を洗って貰った時に産毛まで剃られたから肌はツルツルだ。

 少なくとも三日間は王宮に拘束される、夜は祝勝会が続き昼間は訪問客の対応だろう。少しだけ聞いたが近隣諸国からもお祝いの使者が来ている、僕の調査も含むから対応せざるを得ない。

 此処で外交の慣れを感じさせるのも不味いが、拙い対応はもっと不味いから無難にこなす必要が有る。

 

「悪循環だ、上手くやればやる程に深みに嵌まる。だが手は抜けない、悪循環だ」

 

 ブクブクと鼻先まで湯に潜る、余り長湯も出来ないが早いと身嗜みを整えた事にならず微妙だ。百まで数えてから湯船から上がると監視していたかの様にタオルを持った侍女達が近付いてくる。

 

「偉くなると羞恥心は無くさないと駄目なのか、プライベートでもプライバシーなんて無いんだろうな」

 

「侍女は空気とお考え下さい」

 

「意識されるのは嬉しいのですが寝室へのお供は出来ません」

 

 呟く様に言うが変な返しをされた、何だよ寝室へのお供ってさ?四人がかりで身体を拭かれているのを意識するのも同じ事だと諦める、着替えが済む頃には身体で見られてない場所なんて無いのだろうな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 身支度を整えて執務室に戻る、途中擦れ違う侍女や警備兵からの熱い視線に笑顔と軽く手を上げる事で応えるが皆嬉しそうだ。やはりハイゼルン砦を落とす事を相当期待されていたんだな。

 明日から忙しいが今日は行事は無い、本当なら家に帰ってイルメラとウィンディアに会いたい。勿論だがアーシャとジゼル嬢にもだが……

 扉を開けて中に入ると着飾った淑女が軽く抱き付いてきて頬にキスをされた、親愛の挨拶だが彼女からは初めてされたな。

 

「お帰りなさい、リーンハルト様」

 

「留守中お世話になったそうですね、有難う御座いました」

 

 最初に出迎えてくれたのは王宮に出入り出来て隣に執務室が有るザスキア公爵だよな、実際に色々世話になったのも事実だから感謝はしている。

 

「むぅ、違いますわ。た・だ・い・ま・ですわ!」

 

「えっと、ただいま戻りました?」

 

 執務室は家じゃないとか言っても無意味なんだよな、確かに久し振りでも有るから良いか。

 ザスキア公爵をソファーに誘い向かい側に座る、彼女の事だから僕の為に色々と動いてくれた筈だ。後でイーリンに確認して見あったお礼をしよう。

 

「凄い事をしたのに淡々としてるわね!

難攻不落のハイゼルン砦を落としてウルム王国のジウ将軍を撃退したのよ、爵位は当然だけど領地も直轄地から賜るのは確定。他にも勲章が贈られるわよ、間違いなく『黄金双剣翼章』だと思うわ」

 

 前回新貴族男爵位を賜った時は緑色の大綬と正勲章の武功十字章を貰ったが今回はそれより更に上の双剣翼章だと?

 

「武人の最も憧れる武功勲章ですね、嬉しくは思いますが『黄金双剣翼章』は段階をおいて貰える勲章です。先ずは『黄銅片剣翼章』か『白銀片剣翼章』ですよ。片剣翼章も双剣翼章も黄銅・白銀・黄金と三種類六段階有ります、慣例は無視出来ません」

 

 勲章には名誉の他にも毎年恩給が付くからな、一番下の片剣翼章でも第六級黄銅で年間金貨三百枚、第五級白銀が五百枚で第四級黄金が八百枚。

 双剣翼章だと第三級黄銅で年間金貨千枚、第二級白銀が二千枚で第一級黄金が三千枚と大金だ。この恩給は重複可能だから複数貰えば老後の生活に困らない。

 平民はどんなに活躍しても黄金片剣翼章まで、貴族は黄金双剣翼章まで貰える。箔が付くから欲しい連中は多いが野盗の殲滅位じゃ貰えない、それだけ受章者は名誉な事なんだ。

 更に言えば黄金双剣翼章は武功勲章の最上位、過去の受章者だと旧コトプス帝国との戦争で最も活躍したサリアリス様だ。宮廷魔術師筆頭として数多の戦場で敵を氷漬けにした伝説級の魔術師に与えられた栄誉、僕では未だ届かない。

 

「リーンハルト様は特例続きなのよ、依怙贔屓でなく実績で特別扱いするしかないの。今回もそう、タイミング的にも最高だったわ。ビアレス様が大敗した事が外交的にもピンチだった、近隣諸国との交渉も不利な状態では上手く纏まらなかった筈よ。

あの難攻不落のハイゼルン砦を短期間に落とした高位魔術師の存在が圧力を与える事になった訳よ、分かるかしら?」

 

 そう言って大輪の薔薇が咲き誇ったり咲き乱れたりする錯覚が背後に見える笑みを浮かべてくれたので少しだけ見惚れてしまった、流石は唯一の女性当主だけはある。

 

「何と無くですが分かりました、でも未だ確定では有りませんから実際に貰ってみないと分かりません。アウレール王からは領地付きの伯爵位を授けるとも言われましたが実感が全く無いのです」

 

 もし本当なら前回は貴族院に行って国王からの任命者に授けて貰った勅綬だったが、今回は国王自らが授ける親綬となり最高の栄誉だ。更に勲章まで最上位となると流石に無いだろう、まだ一度しか身に付けてない緑色の大綬だが伯爵になれば青色の大綬になる。

 ん?伯爵位を授かれば男爵位は返上だよな?

 

「どうしたの、不思議な顔をして?信じられないなら私が頬をつねりましょうか?」

 

「いえ、結構です。此処で色々と予想しても不毛ですから明日を楽しみに待ちます」

 

 笑顔でザスキア公爵がにじり寄って来た、この人の年下好きは擬態なのに時々本気じゃないかと思う時が有るんだ。本能が襲われるんじゃないかって警告する、僕の危険予知能力も大した事は無いんだな。

 

「あら、そう?普通は自分の出世や報酬に一喜一憂するのに冷静ね」

 

「魔術師故に考えすぎてしまうのです、そして常に最悪の状態を想定してから物事を考える癖が有ります。楽観的に生きたいとは思いませんから丁度良いんですよ」

 

 彼女には色々と疑われている、巨額の収入に浮かれないとか能力以前に性格や態度で予想してくる苦手で相性の悪いタイプだ。力押しでゴリゴリ来るタイプなら幾らでも対処出来るのだけど……

 

「はいはい、そう言う事にしましょうね。それと他の三人にも今日中に挨拶しておきなさい、それが身分上位者への対応よ。

順番で揉めるから最初に助力を申し出た順によ、ローラン公爵が最初で次にニーレンス公爵、最後にバセット公爵ね。既に全員王宮に来ているわ」

 

 世話好きなお姉さん風に教えて貰ったが失念していた、王宮から出れないから各公爵の屋敷には行けないと思い込んでいたんだ。

 

「有難う御座います、先ずはローラン公爵だとセシリアだな。イーリン、セシリアを呼んでくれ」

 

 ザスキア公爵が来てる時は必ずイーリンが側に控えている、僕の侍女だが本当の主はザスキア公爵だからだ。暫く待つとセシリアが執務室に入って来た。

 

「リーンハルト様、何かご用命でしょうか?」

 

「ローラン公爵が王宮に来ているそうだ、挨拶に伺いたいので申し込みに行ってくれ。次がニーレンス公爵で最後がバセット公爵だ、ロッテとハンナとも調整してくれると助かる。夕食迄には終わらせたい」

 

 そんなに長居はしたくないから一人三十分位かな、遅くなるのも失礼だから早目に済ませるか。

 

「畏まりました、三人と調整して報告しますので暫くお待ち下さい」

 

「頼みます」

 

 一礼して去っていく彼女の背中を見詰める、何か嬉しそうだったけど良い事が有ったのかな?それから十五分程待ったが面会の許可が貰えた、先ずはローラン公爵からだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ローラン公爵の執務室は僕の執務室から歩いて十分程離れている、建物も別棟だし王宮の広さを実感するな。セシリアに先導されて歩くが初めて来るエリアの為か緊張する、セシリアの他に護衛の兵士も二人居るし……

 中庭の回廊には良く手入れのされた季節の花が咲いていて良い匂いがする、白い小鳥が芝生で何かを啄んでいるのを見ると癒されるな。

 

「此方になります、暫くお待ち下さい」

 

 僕やザスキア公爵の執務室より立派なオーク材の扉をノックすると中から妙齢の美女が現れた、流石はローラン公爵の侍女って事かな?でも衣裳が侍女っぽくないな。

 

「メラニウス様!大変失礼致しました。しかし態々メラニウス様が来客対応などされては……マレルは居ないのですか?」

 

 セシリアの慌て様が変だ、あのメラニウスと呼ばれた女性は見た事が無いがローラン公爵の縁者だろうか?向こうも僕に気付いて魅惑的な笑みを浮かべたぞ。

 

「お噂は伺っておりますわ。ようこそ、リーンハルト様。主人が待ち切れずにいますの、どうぞ入って下さいな」

 

「有難う御座います。失礼ですが貴女は?」

 

 流石に侍女じゃないのは理解した、近くで見た衣裳や装飾品のグレードが最上級に近い。そして主じゃなくて主人って呼び名も微妙だ。

 

「メラニウス様はローラン公爵様の正妻であらせられます」

 

 セシリアの緊張した声色に警戒を高める、この腹黒いが有能な侍女が緊張するとなれば公爵夫人って立場だけじゃない何かが有る。出来れば先に情報を得たかったな。

 


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