古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

342 / 1000
第342話

 

 

 メラニウスと呼ばれた妙齢の女性、ローラン公爵の本妻でヘリウス様の実母だそうだ。あの気弱で優しいヘリウス様は容姿は母親に似たんだな、性格が素直なのは育ちのせいか?

 流石はエムデン王国でも五家しかない公爵家の上位だけあり立派な執務室と言うか応接室だ、ローラン公爵クラスになれば自分で事務仕事など殆ど無く来客対応が仕事だろう。

 

「先ずはおめでとうと言っておこう、事前に説明を聞いてはいたが正直半信半疑だった。まさか被害0でハイゼルン砦を攻略するとは大したものだ」

 

「本当に素晴らしい戦果ですわ、アウレール王もさぞかし喜ばれた事でしょう」

 

 笑顔で褒めちぎられるのも歯痒くなる、例え社交辞令で裏に何か有ると感じていても嬉しく思ってしまう。問題は派閥関係だ、公爵四家が協力したのはバニシード公爵という共通の敵が居たからだ。

 ハイゼルン砦を落としウルム王国とは暫く休戦、バニシード公爵は失脚確定の今となっては公爵四家が仲良く手を取り合ってにはならない。元々競い合ってきた連中だ、一段落した時に僕の扱いをどうする?

 

 一応僕はバーナム伯爵の派閥に入っている、メディア嬢との約束ではジゼル嬢と共にニーレンス公爵を優遇する事になっている。

 だがサリアリス様関連はローラン公爵に世話になっている、二股みたいで嫌だがどうするかな……

 

「有難う御座います、王命を達成出来て今は安心しています」

 

 緊張で顔の筋肉が固まっているが何とか笑みを浮かべて答える、今は言質を取られない事が重要だ。僕を取り込めばバーナム伯爵の派閥ごと引き込めると思ってるのだろう、武闘派が丸々引き込めるのは戦力アップ的に美味しい。

 ウチの派閥の上位三人は人外レベルだ、三人並べて突っ込めば大抵の軍勢は倒せると思う……いや、本気でさ。

 

 形式的な挨拶を済ませて少し余裕が出来たので用意された紅茶を飲む、多分だが最高級品だから最初はストレートで一口含む。

 

「これは美味しい紅茶ですね……」

 

 お世辞でなく美味い、これに砂糖やミルクを入れるのには抵抗を感じる。多くの貴族が紅茶を嗜むのだが僕も好きだ、好みは人それぞれだが今飲んでいる紅茶は掛け値なく美味しい。

 

「我が領地のロンネフェルト地方の特産品なのです、気に入られたのでしたらお分けしますわ」

 

「それは有難う御座います、嬉しいです」

 

 ロンネフェルト産の紅茶は最高級ブランドだ、同格だとハロゲイトかマックウッズかな?

 友好的な雰囲気を心掛けながら会話を続ける、高級とはいえ金貨何百枚もしないから同額程度の物を返せば良い。

 暫くは時事ネタ等を含めて世間話をする、そろそろ三十分を過ぎたな。早過ぎず失礼にならない時間は過ごした、そろそろ終わりにしよう。

 

「そうですわ!我が家にて今回の凱旋を祝う舞踏会を開かせて下さいな。ヘリウスもリーンハルト様に会いたがっていましたわ」

 

「ふむ、そうだな。ボーディックから大体の話は聞いたが、やはり本人からも武勇伝を聞きたいのだ。是非我が家に来て貰えると嬉しいぞ」

 

 何故に祝勝会が舞踏会?そして武勇伝を語らせるって羞恥心を刺激するつもりだな。だが断れない、断る理由も無いし失礼に当たる行為だ。この場では大した時間も無いし話も出来ない、だから自分の屋敷に招くのだな。

 

「はい、有難う御座います。武勇を語る程の事はしていませんが楽しみにしています」

 

 少し考えた仕草をしてから笑顔で了承する、長い戦いになりそうだ。

 

「ニーレンス公爵とザスキア公爵、バセット公爵との日程調整は此方でするから安心したまえ」

 

「そうですわね、我が家が一番先ですわよ」

 

 此方の心配事もお見通しって事か、既に四家で順番を決めての勧誘合戦になるのか。笑顔の公爵夫妻を本気で怖いと思ったぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二件目、ロッテの案内でニーレンス公爵の執務室へと向かう。此方は王宮の北側だな、ローラン公爵は東側で僕とザスキア公爵は南側、バセット公爵とバニシード公爵は西側に配置されている。

 これは敢えて離しているんだろうな、バセット公爵とバニシード公爵は比較的近いけど距離は有る。

 

 此方は事前に話が行っていたのだろう、僕等を見付けた警備兵が先に中に報告して扉を開けてくれた。良く見れば王宮の警備兵じゃない、ニーレンス公爵の私設警備兵か……

 

「良く来たな、先ずはハイゼルン砦攻略の成功を祝おう。おめでとう、半信半疑だったぞ」

 

「流石は私のナイト様ですわ。完璧な勝利でした、王都はリーンハルト様の凱旋祝いで持ちきりですわ」

 

 ローラン公爵もニーレンス公爵も上から目線で良くやったとか言わず、おめでとうの言葉を使った、格下を褒めるにしては珍しい配慮だ。二人共に協力関係を築こうとしてるのが分かる、最上級貴族である公爵家の当主がだ。

 

「有難う御座います。王命を達成出来て安心しています」

 

 礼に倣い一礼する、向こうが気を使ってくれたのに此方が礼儀を弁えないのは不味い。そのままソファーへと移動すればロッテが紅茶の用意をして僕の後ろに立った、僕の後ろにか?

 

「今回は紅茶の違う楽しみ方をしようと思ってな」

 

 そう言うとスプーンの上にブランデーを染み込ませた角砂糖を置いて火を付けた。アルコール分を飛ばして香りを紅茶に付けたか。

 

「ティーロワイヤルとは、ムーディーな演出ですね」

 

 各公爵家の紅茶対決じゃないよな?入れたブランデーだが『フラキン・キュベス』の百年物だぞ、プレミアが凄くて一本金貨三百枚以上はする筈だ。

 酒豪と思われている僕にはワインやウィスキー、ブランデー等の高級な酒が贈られてくるんだ。価値を把握する為にも値段を調べるので覚えた。平均金貨二百枚クラスの酒が大量だぞ。

 

「予想を上回る成果に王宮内の雀共が騒ぎ出したぞ、特に失敗すると吹聴していた連中は赤っ恥だな。我々も事前に教えて貰わねば、良くて善戦するかなってところだ」

 

「リトルキングダムですね。視界の中の王国、制御範囲内の絶対君主。この能力を広めるには絶好の機会でしたわ、流石は私のナイト様です。最高の評価を得られたと思いますわ」

 

 興味深い情報が有った、やはり王宮内には僕の事を良く思わない連中が居る。取り敢えず謁見室に招かれる中に三人、それ以外の連中にも声を上げて失敗すると騒いだ奴も居るんだ。

 やはり早目に官吏の中間職を取り込む必要が有るな……

 

「タイミングが良かったのは認めます、ですが僕でもハイゼルン砦攻略は全力で掛かるしかなかった。出し惜しみは出来なかったのです、今後は対応されるでしょう」

 

 実際にハイゼルン砦の中に居たバレンシアさん達は僕のリトルキングダムを見ている、詳細は分からずとも遠隔操作の大量ゴーレム運用は広まる。

 だけど制御数五百体と制御範囲700mはバレてない、事前に流した情報だと最初は百体の100mだ。全盛期は一千体を3kmの範囲で制御出来た。

 それが短期間に簡単に増えるとは考えないだろう、正確な制御数と制御範囲が分からないと対応は難しい。

 

「アウレール王の喜びは凄かったぞ、反面失敗したバニシードとビアレスには重い罰が言い渡された。バニシードは領地の四割を没収、ビアレスは一族の爵位剥奪だ」

 

「それは……」

 

 重い罰だ、領地没収は収入減に直結する。勢力はガタ落ち、公爵五家の確実に五位に落ちる。当初の目的通りだが僕とは完全に敵対したな、ビアレス殿の件は遺族が全員平民に落ちた。

 幸い魔術師の家系だから他の貴族を頼れば何とかなるな、だが誰を頼る?普通ならバニシード公爵と思うが没落の原因の片方でも有る、素直に首(こうべ)を垂れるかな?

 

「国難に自分達の面子と利益を優先したのだ、バニシードはお家取り潰しでも周りは納得した。だがアウレール王は未だバニシードに利用価値を見い出している、我々は勢力の落ちた奴に追撃をする」

 

「当初の予定通りですわ、リーンハルト様に手出しが出来ない様に徹底的に攻めますので安心して下さい」

 

 思わず顔がひきつる、残りの公爵四家の猛追を凌ぎ切れるかは分からないが敵対する相手の勢力が落ちるのは大歓迎と割り切ろう。何時か僕も彼等と敵対する事になるのだろうか……

 派閥争いに身を置くならば皆で仲良くは不可能だから何処かで誰かと袂を分かつ時が来る筈だ、僕はジゼル嬢の悪友を見捨てる事が出来るのか?

 

「お任せします、多分ですが僕は暫く事務仕事で身動きが取れなくなりそうです」

 

 少し疲れた感じを出して困っているアピールをしておく、祝勝会と祝いの手紙や品物の返事やお返しについてだ。前回の宮廷魔術師昇進よりも多いのは間違い無いだろう、ライラック商会にも手伝って貰わないと処理しきれないぞ。

 

 その後も暫く歓談してから別れた、やはり祝勝会を兼ねた舞踏会に誘われた。日程調整も込みだから安心しろと言われたが、もしかしてローラン公爵達と下話が済んでるのかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最後になるがハンナの案内でバセット公爵の執務室を訪ねた、他の公爵達に負けない位に豪華だがラデンブルグ侯爵が一緒に出迎えてくれた。前回バセット公爵の屋敷を訪ねた時と同じメンバーだ、だが今回はハンナが僕の後ろに立ったぞ。

 貴族的礼節に則った挨拶を交わしてソファーに座る、紅茶は知らない侍女が用意してくれた。漂う香りからして高級品には変わりないが公爵家の紅茶対決ではなさそうだ……

 

「先ずはご苦労だった、ハイゼルン砦の奪還は大きな意味を持つ」

 

「これでウルム王国にも睨みを利かせられる、良くやりましたぞ」

 

 前の二人と違い上から目線だな、最後に仲間になったのもそうだが爵位も立場も向こうが上だから常識の範囲内だ。普通はこうだな、先の二人が破格の対応だったんだ。

 

「有難う御座います。王命を達成出来て安心しています」

 

 前の二人と同じ返事を返す、アウレール王とセラス王女の命令を満点で達成した事は事実だ。だが今後も戦争では最前線に行かされる事にもなった、使い潰さないが十二分に活用する的な?

 

「今後もアウレール王はリーンハルト殿を重用するだろう、次はウルム王国の攻略だな」

 

「休戦はあくまでも休戦、和平ではない。バンチェッタ王の対応は面白くない、アウレール王も同じ考えだ。リーンハルト殿は、その件についてどう考えているのだ?」

 

 今迄と話の方向性が違うな、確かにアウレール王はウルム王国との戦いも視野に入れている。だがバセット公爵に話したかは時間的に疑問だ、断定したけどブラフかな?

 紅茶を一口飲む、普通に上手い。味わう様に飲んで考えを纏める、不確定情報を僕に教える意味は何だろう?

 

「臣下は仕えし王の決定には逆らいません、それがエムデン王国の為になるなら尚更です。宮廷魔術師とは敵を倒す為に居るのですから……」

 

 建前を言ってみたが二人共に反応は薄い、だが視線をハンナに送ったのは見逃してないぞ。前回はハンナの助言が話を纏めたが今回は判断材料の為に視野に置いたのかな?

 

「模範的だな、だが実績は作れた」

 

「周りも五月蝿くは言えぬな、それだけ今回の戦功は大きい」

 

 微妙だな、僕の戦果を祝う気持ちは無いのかもしれない。彼等にとって僕は出過ぎた杭かもな、排除するには太くなり過ぎた。だが抱え込むには他の公爵三家より縁が薄いって所だな。

 

「そうですね、伯爵位を授けると直接言われました。新貴族男爵の長子としては破格の報酬です、嬉しく思います」

 

 少し欲を前面に出して様子を見る、やはり反応が薄いな。余り欲望を見せない相手は信頼出来るが信用は出来ないと言われた事が有る、他人を判断する場合に自分を基準にする奴が多いからかけ離れた者は信用出来ないそうだ。

 だが直接関わらなければ信頼に値する好人物って意味らしい、良く分からない人物評価だな……

 

「我が領地での事を解決してくれた恩には報いたい、だが領内から女達を連れ去ったのは何故だ?」

 

「引き抜きは忌むべき行為だ、しかも女ばかり二十人とは色が強いぞ」

 

 特に怒っている表情はしていない、確かに財源である領民の引き抜きは許されない行為だ。だが今回は救済の面しかない、それも調べれば分かる内容なのに祝いの席で言うか?

 

「彼女達は周辺の村等から連れ去られた者達です、傷付き生きる気力を無くした彼女達に手を差し伸べた理由は二つ。

一つは討伐軍を率いた者としての責任、守るべき者達を守れなかった義務を果たす責任が有ったから。

二つ目はモア教の信徒としての私的な面も有ります、今回の件は相殺として下さい」

 

 深々と頭を下げる、言い掛かりに近いが嘘でも無い。此処は言い訳せずに引き下がるしかない、元々彼等に礼など求めていないから損はしない。

 

「全く欲が無いのか真面目なのか……あんな敵兵に汚された女達など打ち捨てれば良いだろう、何故恩賞を捨てて迄庇う必要が有る?」

 

「建前は立派だが損得勘定が出来ぬ男だと周りから笑われるぞ」

 

 二人の言葉が終わってから頭を上げる、やはり表情が無い。此方を推し測る感じがする、僕を見極めようとしているのだろうか?

 

「必要だからです、今回の作戦は仇敵に奪われた砦の奪還及び周辺の街や村の保護です。僕は敵兵を倒しハイゼルン砦を奪い返す事は出来たが被害を抑える事は不十分でした。

エムデン王国は旧コトプス帝国の残党共とは違うのです。ですがビアレス殿は自国民から略奪してしまった、信頼と信用の回復には必要な措置でした」

 

 これは本音だ、何でも無条件で救済する事はしないのだが今回は同じ遠征軍の先発隊が酷かった。これを放置しビアレス殿を引き摺り下ろすのも有ったが当人が死んでしまっては無理だ。

 責任の追及が出来ず、どうしても関係者に矛先が向く。だから公に救済したんだ。普通だったら分からない様に援助する。

 

「耳が痛いな。そこまでエムデン王国の事を考えているなら我等としても報いねばなるまい。幸いリーンハルト殿は古代のマジックアイテムに興味が有ると聞いた、コレを贈ろう」

 

 そう言って持って来させた物は……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。