古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第344話

 爵位と勲章の授賞式、国王自ら授ける親綬は僕だけだった。伯爵位である青色の大綬を一旦受け取り、高級官吏が肩から斜めにたすき掛けにしてくれる。

 その後に勲章を与えられたが予想よりも高位の『白銀双剣翼章』で驚いた、良くて『黄金片剣翼章』だと思っていたのに更に二つも上の勲章だ。

 同じ様に高級官吏が胸に付けてくれて宮廷楽団が荘厳な曲を奏でる中でアウレール王に一礼して終了、僅か十分にも満たなかったが生まれてから一番緊張した。

 この頂いた『白銀双剣翼章』はクロスした剣を翼が抱え込む形をしている、地金は剣が銀で翼が金で出来ている。それに褒賞金として金貨一万枚も貰えた。

 

 最後に領地だが、元王家直轄領である港街『ローゼンクロア』と周辺の四つの漁村を含むローゼンクロス領を拝領した。

 破格の待遇だ、ローゼンクロアの街だけで住民は三千人を越える、周辺の漁村を合わせれば四千人に近いだろう。近隣諸国からの中規模の貿易港として栄えている、陸続きと違い船による交易は珍しい他国の品々が手に入る。

 安定した収入が見込める優良な領地だが代官と警備兵三百人が新しい家臣になる、あとは警備用の五十人乗り程度の帆船が三隻。

 これはカッターと呼ばれる小型帆船で、1本マストの前後に縦帆を備えている一番普及している帆船らしい。僕は海は苦手なんだよな、ゴーレムは重いから沈むんだよ。

 近くにはエムデン王国海軍の軍港も有り治安は比較的に良いそうだ、維持管理や運営費を引いても年間で金貨十万枚以上の純利益が見込める。その他に港絡みの交易の売り上げも期待できるのかな?

 因みにエムデン王国の海軍は他国よりも規模は小さい、海に面してる国土も少ないし何より現代は海洋技術も三百年前と余り変わらない。最大の帆船でも二百人乗り程度、外洋に出るには心許ない。

 それにシードラゴン等の船を襲う大型海獣の存在も有る、人類には未だ海は未知の部分が多過ぎるんだ。安全の確立された陸地の近くの近海を利用するのが殆どらしい。

 

 他の功労者は第三陣として出陣しハイゼルン砦の維持に協力したライル団長とラミュール殿、戦死したコンラート将軍も『白銀片剣翼章』を貰い、公爵四家から使わされた各隊長とレディセンス殿達には『黄銅片剣翼章』が褒賞金と共に授与された。

 第四陣のマリオン将軍は特に戦いも無かったので対象外だが、ハイゼルン砦の総司令官に正式に就任したので昇進だろう。

 僕は貰った褒賞金の一万枚を全てデオドラ男爵に渡して応援の歩兵達と協力者達の報酬分配を頼んだ、利益の分配は必要だ。

 

 ビアレス殿の件については後味の悪い結果となった、本人は死亡したが祖父母と両親と兄弟迄の二親等が処罰の対象となり爵位を剥奪された。財産こそ没収されなかったが歴史有る火属性魔術師の家系が断たれた結果となった。

 バニシード公爵は爵位こそ剥奪されなかったが領地の四割を没収され、公爵五家の五位に転落し大きく勢力を削ぐ事となる。四位のザスキア公爵よりも更に二割程低い勢力となっては挽回は難しいだろう。

 これから他の公爵四家からの追撃も考えれば没落するかも知れない、僕は敵対するバニシード公爵が衰退するなら大歓迎だ。

 

 他にも細々とした事は有れども一応の決着が付き、漸く今回の討伐遠征も終息する事が出来た。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「よう!『ハイゼルン砦の英雄』って噂が広まってるぜ」

 

「ローゼンクロス伯と呼んだ方が良いかな?」

 

「全く差が広がり過ぎて悔しいのだが、自分の不甲斐なさが悲しいぞ」

 

「………………おめでとうございますわ」

 

 世話になった人達への挨拶回りだが、同じ宮廷魔術師であるユリエル殿の執務室を訪ねた。アンドレアル殿と息子のフレイナル殿も集まっていたので丁度良かったのだが、ウェラー嬢も来ていた。

 取り敢えずソファーに座る事を勧められたので御礼を言ってから座る、向かい側にユリエル殿とウェラー嬢、僕を挟んでアンドレアル殿とフレイナル殿だ。

 立場上同僚として席次も上になってしまったので殿付で呼ぶ様に言われたが未だ慣れない、年長者に対して同格の対応をしろって意味だからな……

 

 部屋付きの侍女が紅茶を用意してくれた、最近紅茶ばかり飲んでいる気がする。

 

「ウェラー嬢、ご無沙汰しています。今日は御父上に会いに来られたのですか?」

 

 不機嫌そうに睨まれても困るんだ、前回は散々打ちのめしたからな。結局拗ねて王家主催の舞踏会も欠席だったし……

 

「そうです!お父様が貴方が落としたハイゼルン砦に行かれると聞きまして会いに来たんですわ」

 

「俺も一緒に行く事も気に入らないと騒いでだな、困っていたんだ」

 

 今にも噛み付きそうな顔をしている、確かに僕が落としたハイゼルン砦の防衛に安全を期して宮廷魔術師第四席であるユリエル殿と第十二席のフレイナル殿が向かう事になった。

 弓兵もそうだが遠距離攻撃が可能な火属性と風属性の魔術師は必要だ、奪われる事は絶対に認められない。

 

「ハイゼルン砦はウルム王国との関係上、重要な要塞です。その重要な要塞を任せられる人材も限られているのでしょう、選ばれるのは素晴らしい事ですよ。

ウェラー嬢の寂しい気持ちも分かりますが、アウレール王の信頼の厚い父上を誇って下さい」

 

「狡い言い方だわ、頭では分かってますが心が納得しないの。寂しい気持ちを我慢出来ないのは悪い事なの?」

 

 建前で諭したら本音で返された、確かに十二歳の少女が父親と離れて暮らすのは寂しいよな。しかも最前線の要塞勤務なら心配にもなるか。

 

「俺が一緒じゃ不安なんだとよ」

 

 フレイナル殿が拗ねたよ、この人も子供っぽいよな。最初は噛み付いて来たしウェラー嬢と思考回路が一緒か?

 

「お父様の足を引っ張らないで下さい!」

 

 相変わらずフレイナル殿の評価が低い、可哀想って言うか何て言ったら良いのか哀れだ。

 チラリと横目で父親達を見れば感激と苦笑と両極端だな、ユリエル殿とウェラー嬢の関係は良好なのは分かったが僕に対しては未だ痼(しこり)が残るよな?

 言い争う二人を見ていると何故か和む、性格も似てるし結構お似合いじゃないのかな?尻に敷かれるのは確定かも知れないけど……

 

「ユリエル殿は何時出発するのですか?」

 

「ん?ああ、明後日には出発するぞ。アウレール王からも早く行けと言われている、マリオン将軍だけでも問題無いとは思うが念の為にだろう」

 

 明後日か、早いな。事前に連絡は行っているとは思うが赴任先が長期だと色々と準備も有るだろうし忙しかっただろう。

 

「そうですね、万が一にも奪い返される事は許されない。幸い居住環境は良いので要塞とはいえ殆ど城と変わりませんよ」

 

 衣食住に不便は無い快適な生活を送れる筈だ、娼婦達は引き上げたか二線級の娘達に交代したかだな。マリオン将軍が彼女達を優遇するとは思えないが兵士達の士気に関わる問題だ、当時の僕と同じく頭を悩ませているだろう。

 

「そうか、前総司令官殿の意見として厳粛に受け止めよう。それとだな、留守の間ウェラーを任せた。お前なら愛娘に近付く不埒者をブッ潰せるだろ?もし俺が帰って来た時に変な虫が付いてたら……分かるよな?」

 

 この人、本気で僕に愛娘の監視を強要してきたぞ。自分が離れると彼女に取り入ろうとする輩が居るのを知ってるんだ、潰すには僕なら立場上王族以外なら可能だ。

 

「分かりますが気を付けないと駄目な連中のリストを下さい、後は屋敷の使用人にも僕の事を知らせて協力する事を徹底させて下さい。何時も張り付いていれば大丈夫でも実際は不可能です、使用人達の協力は必須ですよ」

 

 本人は非協力的だと思うから周りを巻き込んで対処しないと無理だ、下手したら知らない内に口説き落とされてましたなんて事に成りかねない。

 使用人を買収して伝手を作り接近するのが常套手段、下手したら内緒で部屋に招く位する不埒者の使用人も居るらしい。

 幸い彼女は深窓の令嬢とまではいかないが上級貴族の令嬢、そんなに外部との接触の機会は無い。監視下に置くのは難しくない、本人も色恋沙汰に興味は薄いだろう。

 

「分かった、徹底させる。だがお前も魔が差したとかは無しだぞ、ウェラーは俺が認めた奴を婿に取る。嫁には行かせない、手を出せば誰であろうと殺すぞ」

 

 ああ、子煩悩の親馬鹿が極まった人だよ、困った人だよ。

 

「出来る限りは見張りますが他にも手を考えて下さい、僕も忙しくなるので二重チェックは必要ですよ」

 

 リスクの分散は必要だ、見落としや手違いも有りそうだから。

 

 何とか先輩宮廷魔術師達への挨拶回りも終わった、夕方からは戦勝祝いを兼ねた舞踏会への参加だ。その前に執務室に戻って戦勝祝いの手紙や贈り物の処理をするか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「「「お帰りなさいませ、リーンハルト様」」」」

 

 全員揃っての出迎えに軽く手を上げて応える、一ヶ月振りの我が執務室は手狭になった気がする。別室に置かれた贈り物は目録を作ってくれたので空間創造に収納してきた、戦勝祝いに昇進祝いが追加されたので倍増しだ。

 前回は総計で約八百個、だが今回は上回るのは間違い無い。王宮に二百以上送り付けてくるんだ、屋敷の方はどうなっているのか考えたくない。

 

 執務室に戻り親書の山を見て気分が萎える、だが三日間は王宮から出られないから処理は自分でするしかない。諦めてジゼル嬢謹製の派閥構成員早見表を片手に種類分けから始める、優先するのは爵位の高い順番に派閥別に親しいから中立、敵対へと並べる。

 

「む、これはビアレス殿の親族からだな。嘆願書の類いだろうか……」

 

 祖父と父親、それと弟から親書が来ている。読めば嘆願書だった、競争相手だった僕がアウレール王に嘆願すれば爵位剥奪は取り下げられると思ったか?

 対価は金銭に妹を側室に、それと派閥に加わるってか……

 

「悪いが黙殺する、親書の存在ごとね」

 

 錬金で金属製のバケツを作り親書を放り込んで火を着ける、お互い家の存続を賭けて王命に挑んだんだ。負けたから慈悲をくれは却下だぞ、アウレール王も許しはしないだろう。

 

 嫌な気分になったが更に悩ましい気分になった、大問題の親書が二通有る。

 

 一通目はバニシード公爵の七女で王位継承権第三位のヘルカンプ様に嫁いだメルル様からの親書。

 二通目は王位継承権第二位のロンメール様からの親書だ、確か芸術家肌のお方で絵画や音楽の才能が豊かと聞いた。

 

「王位継承権上位者絡みの親書か、第三位の寵姫と第二位本人からとは胃が痛い」

 

 深呼吸を数回して気持ちを落ち着けてからメルル様の親書から読む事にする、淡い桜色の封筒は微かに香水の匂いがするな。蝋封を外して中の手紙を取り出す、二枚の便箋には可愛い文字が綴られている。

 

「本人直筆だな……」

 

 文字を見れば人となりが大体予想出来る、線が細く小さめな文字。丁寧に書かれているのは几帳面で忍耐強いと思う、元々は良く笑う快活な少女だった筈だ。

 

 書かれた文字を目で追っていけば、最初は戦勝祝いと出世についての祝いの言葉だ。次に領地について一度行った事が有り、初めて見た広大な海に感動したと控え目ながらも読み手に伝わって来る。

 

「最後はやはり父親の非礼についての謝罪か、アウレール王に口添えをとは書かれてないが今後は良き関係を築きたいって娘に書かせるなよな!」

 

 便箋を丁寧に折り畳み封筒に戻して空間創造に収納する、娘は心配して仲を取り持とうとしているが本人は恨みしか無いだろう。関係改善は不可能だ、他の公爵四家も追撃の手は緩めないな。

 

「王族の寵姫に親書を送るのは問題になりそうだな、誰かに仲介を頼むしかない。変な誤解は致命的だ、浮気相手とか勘違いされたら首が飛ぶぞ」

 

 幼女愛好家の異常性癖の有るヘルカンプ様は、幼いメルル様に固執し溺愛している。殆ど言い掛かりみたいな難癖も可能なんだ、例えば返事の手紙が見付かれば言い寄って来たと言える。

 親書を送った事実が問題で内容は関係無い、腹が立って燃やしたと言われたら反論出来ない。だが王族の寵姫の親書に無視も出来ない、借りを覚悟でリズリット王妃に頼むか。

 記録や証拠の残らない方法で断る、これしか無いな。

 

「次はロンメール様からの親書か……」

 

 此方の封筒には胡蝶蘭の絵が書かれている、水彩画だな。蝋封には薔薇の紋章が押されている、手が込んでいるのは芸術家肌の王子様と思えば良いのだろうか?

 一旦気持ちを落ち着ける為に紅茶にブランデーを少し入れて飲み干す、アルコールに依存する人の気持ちって重圧から逃げる為かもしれないな。

 

 


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