なし崩し的に始まったデオドラ男爵との模擬戦、きっと自分が戦場に行けなかった事を拗ねているのだろう。女性が拗ねるのは可愛げが有るが、戦闘狂の中年が拗ねると模擬戦になる。
「嫌なパターンだな」
僕の山嵐でも一本では鋼の蔦が断ち切られた、まぁ想定内だがレベルアップして強度は五割増しなのに簡単に切られては自信が無くなる。
だが一本で駄目なら三本に増やせば良い、地中に錬成した山嵐の株は五つ。一株から三十本の鋼の蔦を生やせる、だから三本の蔦を絡ませて一本にする、単純に太くするよりも強くしなやかになるんだ。
「魔法とは応用が出来るのです、先人の知恵をただ借りるだけの魔術師など三流以下。応用して漸く二流、新しく産み出してこそ一流の魔術師を名乗れるのです!」
三本の鋼の蔦を絡ませて強度を増して再度攻撃する、今迄は簡単に弾けたが強度を増して重量も増えては遠くまで弾けない。
故に僕に反撃する隙を作れない、ストレスが溜まり捲りだろう。だから追撃する、手加減はするが容赦はしない。
「アイアンランス!」
両手を広げて空を仰ぎ見る、太陽が大地に隠れ初めている為か雲が赤く染まっている。そろそろ暗くなり視界も悪くなるか……
長さ120cmの鋼鉄のランスを五十本錬成し自分の周囲に浮かべる、先端は丸めたが数は減らさない。
「乱れ撃ち!」
五本ずつ鋼の蔦を回避するだろう地点を予測して射出する、三十本の鋼の蔦を避けながら此方も注意して回避先にも気を配る。それが出来るのがデオドラ男爵なんだよな……
「甘い、甘いぞ。他の連中なら無理でも俺には通用しない」
ええ、知ってました。ピッカー将軍やゴッドバルド将軍が子供に思えますよ、だからジウ大将軍からのプレッシャーも跳ね返せたんだ。
「他と同じなどとは思っていません、貴方は特別です」
最小限の動きで回避するが、その無駄を省いた動きに付け入る隙が有る。三本を絡めた鋼の蔦は先端も一本に纏めて貫通力を高めている、デオドラ男爵は5cmも離れずに回避しているが先端は広げる事も出来るんだ。
「畜生がぁ、回避したと思ったのに何故だ?」
「錬金とは自分の思う様に何でも作れて変化もさせられるのです」
最小限で回避した時に絡めていた先端を解いて左腕に絡み付いてバランスを崩させる、最小限での回避は体力を温存し隙を無くすが一度崩れると脆い。
それに太陽が殆ど沈んで暗くなり視界も悪い、山嵐も死角を狙い時間差で攻めている。この状況で動きを制限出来れば、後は追い込みだ!
残りの鋼の蔦を操作し一斉に攻撃させる、拘束された状態で右手一本では捌き切れずに何発か攻撃が当たる。それでも三本絡ませた鋼の蔦を三十本で襲わせたのに暫くは回避していた、凄い身体能力と技量だが……
「クリーンヒットは初めてだが効果は殆ど無いか、鎧兜の性能に加えて異常な耐久性。正しく人外最狂の戦士だな」
漸く動きを止めたが逆に仁王立ちで踏ん張りが利く体勢になってしまい、信じられないのだが三本の鋼の蔦を絡ませたのに力ずくで引き千切ってしまったぞ。
人力で引き千切れる強度じゃないんだけど、デオドラ男爵には毎回驚かされる。
「クリエイトゴーレム!ゴーレムルークよ、攻撃しろ」
三体の全長6mの大型ゴーレムであるルークをメイス装備で錬成する、三角形の陣形の真ん中にデオドラ男爵を配して機会を伺う。
鋼の蔦の攻撃により漸く動きを止めたデオドラ男爵に対して一斉にメイスを振り下ろすが……
激しい金属音が鳴り響き千切れた蔦が飛び散った、破片を避ける為に魔法障壁に力を入れる。だがデオドラ男爵からの攻撃は無かった、状況の確認の為に目を凝らす。
「そんな馬鹿な脱出方法が有るのか?」
わざとメイスに当たり反動で蔦を引き千切り拘束を解いた、しかもメイスを両足で蹴る様にして飛び去ったんだ。
タイミングをずらしたメイスの動きを完全に掴んでなければ無理だった、致命傷を避けて手足を狙ったけど一瞬でメイスの軌道を見切ったのか、見切れるのか?
「時間です、双方武器を納めて下さい。模擬戦は終了です!」
良いタイミングだった、一瞬不可思議な出来事に頭が真っ白になり呆けてしまったんだ。危なかった、反撃されたら押し込まれただろう。
ゴーレムルークと鋼の蔦を全て魔素に還して庭に開けた穴を錬金で埋める、判定は引き分けだったが実際は負けだな。
「ふざけんな!これからだろうが」
「ルールはルールです、今回も引き分けですね」
興奮状態のデオドラ男爵には近付きたくはないが仕方無い、下手に黙ってると問答無用で第二戦に突入しそうだし……
「だがよ、今回の戦いは納得出来ないぞ!」
やれやれ、不満の溜まる戦いだけど理由が有るんですよ。言ったら納得するかな?子供っぽい仕草と言動だけど、実際はエムデン王国の武の重鎮様だ。
「手加減無しの配慮無し、本来の手加減無しとは相手に何もさせない事です。模擬戦としてなら魅せる戦いに心掛けますが、デオドラ男爵は手加減無しの配慮無しでと言いましたから」
「だからこの戦いかよ?確かに何もさせて貰えなかったが……」
「この後はゴーレムナイト三十体による円殺陣で足止めして投擲攻撃で体力を削る、それで駄目なら錬金で足元に大穴を開けて落としてゴーレムによる遠距離飽和攻撃です。もっとストレスが溜まったと思いますよ?」
ぐぬぬぬって唸ってるけど理解はしたな、納得はしないけど面白くない戦いは嫌だろう。本来の模擬戦とは互いの技術を高め合う物で、闘争本能を満足させる行為じゃないんだ。
アーシャやジゼル嬢が近付いて来るが良かった、これで無理は出来ないから模擬戦は有耶無耶で終わりだな。次回はストレスが発散出来る模擬戦をしよう。
「お父様?模擬戦は終わりですわ」
「リーンハルト様もお疲れですわね、お風呂に入って身嗜みを整えて下さい。後でレティシア様の件は教えて下さい」
あれ?内緒じゃなかったのか?その為に僕とデオドラ男爵だけで対応した筈だぞ、笑顔を浮かべているが目が笑っていない。こんなアーシャは初めて見る……
「む、いや、それはだね。その、色々とややこしいけど疚(やま)しい気持ちは全く無いんだ」
「ヒルデガード、旦那様の入浴のお世話をお願いします。私も一緒に入りますから」
僕の話を聞いて下さい!
「はい、アーシャ様。畏まりました」
大胆な台詞だけど恥じらいを感じない、額に井形が見えるし口元もピクピク動いてる。まさかエルフ族のレティシアとの浮気を疑っているのか?
「リーンハルト様も宜しいですわね?」
「も、勿論だよ。言い訳はしないが弁解は聞いてくれ」
な、長い戦いになりそうだぞ。
◇◇◇◇◇◇
結論から言えば説得は成功した、理路整然とした話し合いの他に夫婦と恋人同士が使える説得方法を駆使して何とか誠意を示し納得して貰った。
だが代償は大きく二人共に疲労困憊で夕食は欠席、夜食の時間帯に体力が回復して軽くサンドイッチを食べてまた休む事になったんだ……
「完全に痴話喧嘩だったな、初めての経験だ」
感覚的には未だ深夜だろう、ベッドの中でぼんやりと昨日の事を考える。リィナや娼婦達の事は浮気でないと直ぐに信じてくれたアーシャが、レティシアの事は中々信じてくれなかった。
凄く悲しそうな顔をするので、つい前にヒルデガードさんの言った『殿方の大いなる愛で不安を上書きして無くす』を実践してしまった。最初はおずおずと応えてくれた彼女も、最後は……
「でもこれって最低の対処方法じゃないか?浮気癖の有る男が女を黙らせる方法みたいだ」
左腕に抱き付いて眠るアーシャを見る、薄明かりの中でだが幸せそうに眠っている。自分以外に僕の欲望を受け止める女性が(今は)居ないと納得してくれたんだ。
この控え目で優しい彼女が此処まで嫉妬したのには不安が有った、魔術師として成功している僕に魔力の全く無い自分が釣り合うのか不安だった。
そこに魔法特化種族のレティシアと痴話喧嘩紛いの会話をしていれば、更に不安が増したんだ。会話の内容まで知っていたのは、使用人が聞いて彼女に伝えたのだろう。
僕も気が動転して周囲の警戒が不十分だった、だがそれが直ぐに広まるのも問題だな……
「疲れさせてしまったかな?」
禁欲生活も一ヶ月を越えれば、アーシャの負担は大きかっただろう。だがその負担が大きければ大きい程、身の潔白になるのだから困る。
彼女の控え目だが良い匂いを沢山堪能出来た、だが一番は髪の匂いと首回りだな、これは譲れない事実だ。
「さて困ったのは明日の朝だよな……」
アーシャは納得したがジゼル嬢は納得していない、だが同じ説得方法は使えない。救いは感情的なアーシャと違い理知的な事だ、訳を話せば理解はしてくれるだろう。
真実は話せないのが辛い、何故にレティシアが僕に拘るのか?まさか三百年前の知り合いで転生の秘密を知っているからとか教えられない。
「誤魔化す事は出来ないし、何かプレゼントを贈ってご機嫌を取るかな……」
錬金で作る装飾品だとネックレスにブレスレットに指輪にティアラは既に贈っている、未だなのはイヤリングにブローチ位かな。
イヤリングは金属の装飾部分より核となる宝石の方が大切だ、レジストストーンを組み込めば防御力UPも図れる。
幸い回避率35%迄は商品化しても大丈夫だ、セラス王女の『錬金術研究所』で製作可能となった。売値で金貨千枚だから宝石としての価値もそれなりに有る、だが本来の意味で身を飾る物じゃない。
「金額じゃないとは思うが、男って見栄を張る生き物だよな。金貨千枚が彼女達と釣り合うかと思えば微妙だ、もっと価値の有る物じゃなければ釣り合わない」
資産は順調に増えている、領地も貰えたし錬金した『雷光』やレジストストーンの販売利益も凄い。ならば市販の宝石を買うか、空間創造に収納している品物を出すか……
「旦那様?目が覚めたのですか?」
「ん?起こしちゃったかな?」
頭を胸に擦りつけてくるが肌に髪の毛が当たり擽ったい、彼女は仔猫みたいに擦り寄って来るな。抱き寄せて額に唇を押し付ける、欲望は昨夜の内に昇華したので健全なキスだ。
「何か考え事ですか?小声で独り言を呟いてましたわ」
「うん、今後の事だよ。未成年にして宮廷魔術師第二席で伯爵で領地持ちだ、反発も多い。少しずつ何とかするしかない、その手順を考えていたんだ。
アーシャを抱きながら考える事ではないけどさ、時間が有ると色々考えてしまうのは魔術師の性(さが)なんだ」
浮気を疑われた事に対する、ご機嫌取りじゃないぞ。嘘をついているから引け目も有るのは確かなんだけど、これは教える事は出来ない。
「その、旦那様」
ギュッと抱き付いて来たが嘘がバレたのか?いや、思ったよりも大きい胸がだな、押し潰されてヤバい状況に……見た目の控え目さと胸の大きさが反比例だぞ!
「な、何かな?」
「その、私達は従来男爵の娘達です。お父様は武の重鎮と言われてはいますが、エムデン王国全体としての影響力は大きく有りません。私達に遠慮せずに勢力の大きい伯爵家辺りから、何人か側室を迎えて下さい。
旦那様の力になり得る……ん?んん、旦那様?」
その先を言わせずにキスで口を塞ぐ、アーシャなりに考えてくれたのだろう。僕の立場は特殊だ、確かに同じ貴族の知り合いは少なく親族付き合いの幅も狭い。
だから不安にさせてしまうのだろう、個人の力の限界を……
「気にしないで構わない、安易に側室を迎えて派閥や親戚付き合いを増やす方が危険だよ。僕は政略結婚を否定した、アーシャを側室に迎えたのだって自分の意思でだよ。
確かに周囲は政略結婚と見るし、僕も求婚の時に説明したけどさ。それでも気持ちは変わらない、だからそんな悲しい話はしないでくれ」
薄明かりの中でアーシャの表情は見え難いが泣いていた、僕は女性の涙には弱いんだ、だから泣かないでくれ。
「旦那様、大好きです!」
ギュッと抱き付いて来るとだな、僕の荒々しい部分が目覚めてしまうんだぞ。だから落ち着いてくれ、僕も落ち着くから。
「あの、旦那様?また、その……元気になってますわ」
「そうだね、アーシャに責任を取って貰うしかないかな」
「ばか、ですわ」
甘く長い夜が続く……