古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第360話

 我が配下の宮廷魔術師達について考える、十二人の定数の半分程度しか居ない国家の象徴。戦力の要となる連中だが世代交代の時期に来ている、信頼する筆頭サリアリスは後五年で引退だ。

 古株のユリエルとアンドレアルも十年前後、中堅のラミュールとリッパーは後二十年は頑張れる、若手はフレイナルとリーンハルトの二人だけの厳しい陣容だ……

 

 マグネグロとビアレスの馬鹿共は死にやがった、両方とも俺とエムデン王国に不利な事をしやがったが死んでしまっては文句も言えない。

 合計七人、周辺諸国も宮廷魔術師を定数揃えている所は少ない。幸いだがウチは最年少が後五年で宮廷魔術師筆頭になる、実績も実力も申し分無い。

 

「ゴーレムマスターのリーンハルトか。リズリット、何か報告が来ていた筈だが?」

 

 公務の間の休憩時間だが王妃との懇親の場としても利用している、人は遠ざけているから密談には丁度良い。

 

 主要貴族には我が王妃が多数の間者を送り込んでいるので、大抵の貴族の家庭の事情は分かる。女共の情報収集能力は馬鹿に出来ない、決定的な情報も有れば集めた断片的な情報からでも正解を導ける。

 

「あの出来過ぎな子の秘密の一端が分かりましたわ、エルフ族のレティシア殿と親密な関係でした。ドワーフ族のグリモア王との面会を断らせる理由が嫉妬と独占欲とは驚きですわね」

 

 クスクスと楽しそうに笑うが大問題だぞ、我が国の宮廷魔術師筆頭予定がエルフ族と婚姻するなど前例の無い大事件だ。他種族との混血など貴族連中が騒ぎ出す、我等は尊き貴種らしいからな。

 

「おい、まさかだがゴーレムマスターがエルフと結婚したいとか言い出さないよな?」

 

「あの短命の人間を見下すエルフが、感情表現が希薄な彼等が喜怒哀楽を剥き出しでリーンハルト殿に詰め寄ったそうですわ。

過去に勝負を挑まれ圧勝したが気に入ったので色々と面倒を見ているそうです、魔力付加の技術を向こうから教えるから面会は断れと迫ったそうですわ。

リーンハルト殿は技術を教えて貰う事もグリモア王との面会も両方断ったそうです、勿体無いですが彼はドワーフ族のヴァン殿とも懇意なのでバランスを取ったのでしょう」

 

 なる程なのか?エルフ族とドワーフ族が取り合う人間の魔術師の少年か……人間の魔法技術と違う体系の他種族との技術交流も、あの出来過ぎと言われた奴の魔法技術の秘密か。

 

「魔法については分かった、エルフ族とドワーフ族の上位陣と懇意で教わる機会が多ければ納得だ。本人の才能を最大限に活かせる環境だったのか、まさに英才教育だな」

 

 本人も努力と技術の研鑽を厭わない性格だ、理解出来ない能力は師の素晴らしさと本人の資質が組み合ったのだな。ちゃんとした理由が分かれば恐れる事はない。

 

「む、待てよ。ヴァン殿と知り合ったのは最近の筈だぞ、あのゴーレムをドワーフの協力無しで作り上げたのか?」

 

 ゴーレムとは自動で動く鎧兜の事だが、あの完成度の高さがドワーフの協力無しで出来たのか?彼等の鍛冶の技術が必要不可欠だぞ。

 

「ドワーフ族の偉大なる過去の英雄であるボルケットボーガン殿の作品を模倣し続けたそうですわ、鍛冶では一つ作るのに数ヶ月掛かりますが錬金は魔力が続く限り一日に何回も可能。

そのたゆまない努力と研鑽の結果にヴァン殿が兄弟弟子の関係を認めた、凄い事ですわね」

 

「ふむ、確かにそうだな。実力で認められたのか、能力については納得出来たな。だが宮廷のしきたりやマナーについてはどうだ?ダンスや楽器の演奏とかも文句が無いのだろう?」

 

 貴族としてのマナー教育は家族が行う事だが、爵位により内容が全然違う別物なんだ。奴は新貴族男爵の長子として最初は後継者として育てられた、新貴族男爵になる教育だ。

 だが実際に奴のマナーは確認したが王族として見ても及第点だった、伯爵以上の後継者の教育内容に等しいレベルだな。

 宮廷晩餐会のマナーも問題無かった、マナーとは独学は不可能で、教師による指導と経験が必要だぞ。

 

「一応爵位を賜ってから勉強したみたいですわ。サリアリス曰く才能は残酷らしく一度教われば出来るらしいですね、普通は何度も教えを請い経験を積まねばならないのですが不思議です」

 

 サリアリス、孫馬鹿と言うか愛弟子にして後継者の奴を甘やかしはしないが溺愛し過ぎだ。四十年近くの付き合いだが、自分の子供や孫達とは全然違う接し方だぞ。

 俺は本気で隠し子だと思って聞いたが違うらしい、あの『永久凍土』の知識に引けを取らない対等に近い力を持ち偏屈婆とも上手く付き合う。

 普通は偏屈で王族殺しの疑いの有る人物と懇意になろうなど考えないだろうに、奴の方もサリアリスを尊敬し敬愛している。まるで相思相愛だな、血の繋がった親子よりも絆が強い。

 

「まぁ良いか、ゴーレムマスターは今後は他国との外交でも使えるのは分かった。王族の護衛として同行も出来るし戦争も司令官として指揮を任せる事も可能だ、何より……」

 

「何より、何でしょうか?」

 

 思わず止めた言葉に我が王妃が反応した、リーンハルトは有能だが一番俺が期待している事はだな。

 

「野心が無い事だ、奴はその気になれば簒奪も可能な位置に居るが全く考えていない。王としては有能で野心の無い部下は得難い者なのだ、出来が良くても王位を狙う奴など安心して使えない」

 

 排除するしかない、才能を惜しんで配下として使っても裏切る事が確定の奴になど近くにいさせられない。だが奴は全くその気が無い、自分の位置は臣下として明確に定めている。

 

 俺のスキルは『聴覚強化』という使い勝手の悪い物だと言われている、確かに遠方の音が良く聞こえる程度では諜報くらいにしか役に立たない。

 だが俺は自分の聴力を何百倍にも高められる、故に心音すら聞き取れる。どんなに鉄面皮な奴でも心拍数まで抑える事は出来ない、不意な質問にドキッとするのは止められぬ。

 リーンハルトには際どい質問を何度もしたが全て平常心だ、女関係以外は驚かないし慌てない。魔術師が常に冷静とはいえサリアリスにさえ通用している。

 それに自分に効果の有るスキルだから他人に掛ける事も無いので発見し辛いのも、このスキルが凶悪なところなんだ。

 

 マグネグロは簒奪は考えなかったが、自分の権力に固執した馬鹿だったから殺しても奴に罰は与えなかった。逆に良くやってくれたと褒めても良かった。

 

 バニシードは馬鹿だが簒奪は考えてないし俺への忠誠心も有る、権力に固執はするが許容範囲だから罰を与えて許した。ビアレスは良く知らぬが周囲の状況を読めない奴だったな、失敗は一族に償って貰う事にした。

 

「向上心に溢れていますが野心は無い、それは貴重ですわね。ではもう少し絆を強くしませんか?」

 

「婚姻に絡む取り込みは駄目だぞ、アイツは女関係は頑固だ。婚姻による王族への取り込みは微妙だぞ、無理強いすれば反発して薮蛇だな」

 

 唯一の難点は女関係に頑固な事だ、だからジゼルを本妻に迎える事を周囲にも分かる様に許した。本来なら伯爵以上の、いや俺の娘を本妻に据えるべきなのだが俺の方が妥協した。

 仕える王に妥協させられる臣下は少なく皆無と言って良い、だが諦めたのは正解だったな。俺への忠誠心が厚くなった、ならば親族関係に拘る必要は無い。

 五年待てば宮廷魔術師筆頭だ、武勲も有るしこれからも増える。若輩者と蔑むのは不可能だろう、だが今は未成年だから難しい。

 

「ですが本妻と唯一の側室が男爵の娘では困ります、せめて公爵の娘を側室に据えねば周囲の抑えが利きませんわ」

 

「よせよせ、公爵クラスを嫁になどと言ったらザスキアが暴走するぞ。アイツはゴーレムマスターに熱愛中だからな、歪んだ愛だが純粋だから困る。ゴーレムマスターが変な性癖に目覚めても困るんだ」

 

 アイツはサドだからな、ゴーレムマスターが調教されてマゾとかになったら笑えない。戦争を担う宮廷魔術師が痛め付けられる事に快感を覚えたら、わざと負けるぞ。

 

「国王に女性関係を心配されて配慮される臣下など初めてですわね」

 

 またお前は童の様に笑いおってからに……お前を妻にしてから何人かの側室を迎えたが、俺の心を一番掴んでいるのはお前なのだぞ。

 だからリーンハルトのジゼルに拘る気持ちが分かる、引き離せば引き離した相手に強く敵対する。奴が本気で敵対すれば、俺でも負けはしないが危うい。

 

「他で心配をさせないからな、唯一の問題が女性関係だ。それも女癖が悪いんじゃなくて一途で奥手だ、叶えてやるのが王の器だよ」

 

「流石は我が夫ですわ」

 

ふむ、今夜はリズリットを寝所に呼ぶか。他は相手の部屋に行くが自分の寝所に呼ぶのはリズリットだけなのだ、この特別待遇を分かっているのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「よう!昨晩は大分激しかったみたいだな、お前も普通の男だった訳だ。身体を使って女を黙らせれば一人前の男だな」

 

朝食の席で開口一番下ネタですか?周囲の女性陣から白い目で見られてますよ。

アーシャを伴い二階テラスに向かえば、既に全員が集まっている。デオドラ男爵に本妻殿、ルーテシア嬢とジゼル嬢の四人が座り空きの席は二つで僕は上座なのか……

メイドが椅子を引いてくれたのでデオドラ男爵の隣に座る、チラリと女性陣を見ればアーシャは真っ赤だ。

ルーテシア嬢は普通でジゼル嬢は作り笑い、本妻殿は微笑んでいるのだが本心が分からない笑みだから怖い。

 

「その浮気がバレた旦那の対応みたいな話は止めて下さい、デオドラ男爵も同席してましたよね?」

 

「まぁな、信じられない会話だったがお前の浮気疑惑は無かったぞ」

 

それだけ言えば良いのに、何故敢えて変な方向に話を振るんだ?女性陣が誤解すると解くのが大変なんです!

 

「そんな恨めしそうな目で見るな、悪かったよ。酒飲みで負けて模擬戦も引き分け、出世して俺よりも宮廷内での序列が高いお前を弄れるから楽しかったんだ」

 

「時と場所を選んで下さい、アーシャ達が悲しみます」

 

その言葉にアーシャとジゼル嬢が笑みを向けるが凄く寒いんだ、多分だが氷の微笑みって奴だな。どちらに向けてるか分からないから余計に怖い。

 

「貴方も少しおふざけが過ぎます、反省して下さい。さぁ食事が冷めますわ」

 

パンパンと手を叩いた本妻殿が注目を集めた後に、デオドラ男爵をたしなめて朝食を食べましょうと話題を変えた。

形勢が不利だったデオドラ男爵を庇ったみたいだが、話題を変えて貰えたので良かった。

 

「ん、そうだな。食事にするか」

 

久し振りにボリュームの有るデオドラ男爵家を見ると帰って来たんだと実感する、ハイゼルン砦に居た時は殆どバレンシアさん達が作ってくれたからウルム王国の料理が多かった。

隣国なのに文化の違いなのか珍しい料理も多かったが家庭料理がメインだった、平民階級の娼婦達だから当たり前なのだが素朴だけど美味しかったな。

 

「どうした、リーンハルト殿。料理を見てニヤニヤして?」

 

「いえ、三日間王宮に軟禁状態だったので堅苦しい宮廷料理ばかり食べてましたから……久し振りにデオドラ男爵家の伝統料理が食べれるのが嬉しかったのです」

 

まさか娼婦達の手料理と比べていたとは言えないので誤魔化す、異国の家庭料理など上級貴族なら食べた事は無いだろう。遠征慣れしたデオドラ男爵なら有るかな?

 

「そうか?コック達も喜ぶだろう、リーンハルト殿の世話をしたい使用人は多いからな。だが食が細いのが心配だ、男なら沢山食べるべきだぞ」

 

「僕は魔術師です、満腹は思考を鈍らせるので腹八分で良いと考えています。肉体強化も必要ですが最前線で剣を振る訳じゃないですから優先度は低い」

 

ニールを見ても分かる、デオドラ男爵家の訓練はスパルタ式だ。武の才能が有れば開花するが、無ければ地獄の特訓だと思う。

今度のマジックアイテムの研究だが『睡眠』と『混乱』のレジストストーンが一段落したら、筋力UPとかの能力UP系のパワーストーンの研究も良いか。

 

「お前は魔術師だからな、だが常に最前線で戦っていたと聞いてるぞ。ハイゼルン砦の攻略にジウ大将軍との戦い、騎兵部隊の殲滅に弓装備ゴーレムを率いての夜襲。全て最前線でゴーレム達の指揮をしていた、違うか?」

 

 またこの人は危ない事を会話に放り込んでくる、この話題も駄目なんです。恐る恐る女性陣の方に視線を向けると……いや、怖くて向けられないので食事に専念した。

 


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